第四幕 サムライガールVS強化人間!
序:サムライガールは深層を進む
ダンジョンがこの世界に顕現した時は、当然だが上層エリアのみしか知られなかった。
3年の探索の結果、別の階層――中層に繋がる転送門を発見する。上層以上の敵の強さと罠の凶悪さをもって上層を突破した探索者を迎え撃ち、その奥にさらに下層に向かう門が見つかった時は、まだ奥があるのかと乾いた笑いを上げた。
下層の凶悪さはその存在が発覚してから60年近く手が付けられず、下層の様子が配信されたのはここ十数年の話だ。今でも『安定して』下層探索が行える配信者は少なく、中層を探索できる配信者が無茶をして特攻して散ることも少なくない。
そして深層。その存在が露になったのは3年前。『ワンスアポンナタイム』と呼ばれる当時の三大企業最強格探索者+アトリの姉が結成したパーティが、深層に向かう転送門を発見し……そしていまだに帰ってこない。
深層配信が行われるのは、100年後か。そう囁かれていた最中――わずか3年で深層に配信カメラが入ることになった。相対性理論を利用した自己証明。高感度高衝撃耐性耐熱性を持つカメラ。そしてデタラメともいえる剣術を持つ配信者。
サムライガール、アトリ。
彼女は今日も、ダンジョン深層の様子を配信していた。
「また奇妙な光景だな」
アトリは菅笠を軽く上げて、上を見上げた。数多の世界を飲み込んだという説の在る『ダンジョン』において、空があるエリアも珍しくはない。そこには地球とは違う天体があることも珍しくはないのだが……。
「空に浮かぶお天道様がこちらを見下ろしているとは」
「
空に浮かぶ天体。地球で言う土星に似たリングを持つ球状の存在。それがアトリに語り掛けてきたのだ。大きさにすれば直径20mぐらいだろうか。目も鼻も口もあり、それが宙に浮かんでいるのである。
『土星が喋ったあああああああああ!』
『サターン!』
『吾ってなんだよ!』
『古い一人称だな。奈良時代とかそんなレベル』
アトリだけではなく、コメントも驚きで埋め尽くされる。アトリの脳内に流れるコメントの言葉。最初は困惑したが、意識を逸らせば気にならなくなる。何度も配信すれば慣れてくるというものだ。
「確かに。奇妙と言ったのは謝ろう」
「構わぬ。重力に逆らえぬ者からすれば確かに吾の存在は奇妙だろう。言葉通りの視点の違いからくる発言はどこにでもあること。それを非礼などと言わぬよ」
「ありがたい。その懐の広さに感謝する」
頭を下げるアトリに静かに告げる『星』。
『お? 意外と常識人』
『人じゃないけど話が分かる星』
『知性も高そうだし、好意的だな』
『このまま雑談して終わりそうな流れ』
コメントも常識的な流れに落ち着いてきた。安堵する言葉が多数流れる中、
「では斬り合おうか」
「うむ。死ぬがよい」
抜刀するアトリ。それと同時に『星』の周りにあるリングが砕け、細かな――アトリの頭部ほどの石礫になり、アトリに降り注ぐ。アトリと『星』は互いにそうすることが決まっていたかのように戦闘に移行した。
『は?』
『なんで今の流れで戦闘になるの!?』
『たがいに分かっていたかのような戦いの流れ!』
『ダンジョンの敵が友好的とかあるわけねー!』
『稀に友好的な奴いるけどね。中層の酒飲みオーガ部族』
『めっちゃ敵対的だろ、あれ! 戦闘方法が酒飲みってだけで!』
『っていうかこれヤバくね? 空中にいるから刀届かなくね?』
『アトリ様の身体能力なら飛んで届きそうだけど……』
『いや、迂闊に飛ぶ待機している石に迎撃される。あの土星はそれを狙っている』
『飛び道具でけん制して、潜り抜けたところで本命。待ち戦略か』
アトリは『星』が放つ石礫を切り裂きながら耐え、『星』はリングから形成された石礫を一部待機させている。コメントの言うように、飛んで近づけば待機させた石をぶつけに行くだろう。
故に戦いは硬直――
「今か」
戦いは硬直などしない。アトリは降り注ぐ石の勢いが弱まった瞬間に血を蹴って宙に飛んだ。『星』を両断すべく刀を構えて宙を舞う。
『ジャンプした!?』
『今か、じゃねえええええ!』
『思いっきり迎撃されるタイミングじゃねえか!』
コメントの指摘通り『星』は待機させてあった石をアトリに向けて飛ばす。空中では足場はなく、回避できない。石はアトリに向かって真っすぐに飛び、
「しゃああああ!」
アトリの気合とともに全て切り裂かれた。
『はああああああああ??』
『なんで空中で刀振るえるの!?』
『ちょっとあり得ないんですけど!』
『あの数を全部切り裂くとかどんだけの動きか!』
驚くコメント。だがしかし、
『ふ、ニワカが』
『アトリ様からすればこの程度は当然』
『待ち戦略など先刻承知。それすら刀で切り裂くのがアトリ様よ』
同時に古くからのチャンネル登録者はわかってたとばかりにコメントを返す。先ほどの『石を待機させて迎撃しようとしている』というコメント時も『駄目だ。まだ笑うな。堪えるんだ』と待機していたという。
「なんと――!」
驚く『星』は次の瞬間アトリの刀に斬られていた。15の斬撃が刻まれ、細かに分割される。
『ちょ、何この切れ味!』
『あんだけデカい土星さんがサイコロステーキに!』
『ええええええ……サムライ怖い』
『いやいやいやいや! なんなのこれ! ジャパニメーションなの!?』
『話には聞いていたが、ここまでとは……』
着地したアトリに対して、驚きと畏怖が混じったコメントが飛ぶ。深層を進むアトリの噂を聞き配信を見に来た者達が、その強さとデタラメさに肝を潰されていた。
「よもやこれで終わりではあるまい?」
「大したものだ。様子見のつもりが手痛い一撃を食らってしまったな」
刀を鞘に納めず、分割された『星』を見ながら言うアトリ。斬られた欠片が浮遊して結合し、斬られる前の『星』が復活した。
『は?』
『え? 終ってないの?』
『こんだけ斬られたのに?』
『いやいやまだまだ』
『驚くのはここからだ』
『って言うか深層の魔物がこれで終わりとかありえないから』
『本番はこれからだ!』
困惑するコメントと、アトリの戦いを期待するコメントが交差する。コメントにあるように、アトリの『星』の戦いはここから加速していく。
『星』の攻撃は多岐にわたっていた。先ほどのような石のシャワー。鋭利な岩石による槍のような攻撃。石で巨大な掌を作り、アトリを挟み込んで潰す。竜巻のようにアトリの周りで回転し、四方八方から攻め立てる。
「巨大な星の様に見えて、実体は細かな岩石集合。そしてそれを様々な形に結合させて攻撃してくるというのが貴公。違うか?」
その攻撃を刀で切り裂きながら、アトリは『星』に問いかける。『星』は驚いたように一瞬沈黙する。そしてそれを認めるように言葉を紡いだ。
「……なんと。僅か数刻で吾の正体に気づくとは。
吾の本体は貴方の瞳程度の小さな石。石を操作する程度しかない存在だ。軽蔑したか?」
『石を集め、武器にして攻撃する』……ただそれだけの能力。しかしそのバリエーションは数多い。『数で押し切る』『質量で圧殺する』と言った力技もあれば、『武器を作って攻める』『空間を塞いで選択肢を狭める』といったテクニカルな事もしてくる。
「まさか。一芸を極めている者には敬意を覚えるよ。恥ずかしながら某も刀を振るうしかできぬ身。多岐にわたる攻撃には平伏する。
そのような相手と渡り合えるのだから、やはりダンジョンは良い! もっとだ、もっと戦おうぞ!」
『怖ッ!』
『なにこのバーサーカー!?』
『数分前まで礼儀正しくしていた娘は何処に!?』
『ヒェ!』
『初見だとビビるよなぁ。アトリ様のバトル笑み』
『興が乗ったアトリ様にビビるまでがチュートリアル』
『慣れてもぞくっと来るけどな!』
『だがそれがいい!』
強敵を前に笑みを浮かべるアトリ。それを見て怯えるコメントと、それを仕方ないよねと頷くコメント。圧倒的な戦闘力と、刃を思わせる鋭く冷たい笑み。知っている者と知らない者では、その反応が違う。
花鶏チャンネルはここ一か月ほど初見が増えていた。
原因は先のカグツチ&タカオカミ討伐配信。地上に顕現した深層魔物を倒したことで、世界各国から注目を浴びたからである。国を滅ぼしかねない魔物を相手に単身勝利したサムライ。その存在を見ようと配信を見に来るのだ。
誰もが最初はフェイクを疑い日本が作ったジャパニメーションだと思ったサムライが実在する配信者だと知り驚き、そしてその戦闘力と戦闘狂の笑みに二度驚く。このような事が毎回起きているのである。
「素晴らしい。斬撃一つ一つが精練された動き。そして回数を重ねるごとに吾の本体に近づいてきている。
幾度となく繰り返された鍛錬の果てにある技術。数多の戦いにより生まれた肉体。そして経験とセンスが蓄積された精神。それこそが貴公の強さか」
「さてな。よく強さの秘訣を問われるが、某は鍛錬を繰り返すのみだとしか答えられぬ」
「で、あろうな。ならば吾の強さも示そうぞ。吾の強さは強者へのあこがれ。小さき石から始まった吾が最初に見た光景を見せてくれよう!」
『星』は言って岩石を集めて一つの生命を形成する。爬虫類に似ているが、どこか鋭さを感じさせる存在。鋭い牙と爪を持つその存在は、ダンジョンを知るものなら畏怖をもってこう呼ばれる。
『ドラゴン!?』
『岩でできたドラゴンだ!』
『再現度高ええ!』
『ブレス吐きそうなぐらいだ』
ドラゴン。神秘の象徴。暴力の権化。『星』が強さを目指した原点。岩で形成されたドラゴンはアトリを飲み込もうと襲い掛かり、
「――しっ!」
アトリの刀が一閃され、岩のドラゴン両断される。口を割くように振るわれた刀を鞘に納めた。
「その強さ、確かに受け止めた。龍に至った貴殿の想いと努力に敬意を示そう」
納刀の音と同時に龍を形成していた岩は光り輝き、一斉に消え去った。魔物がいた証である魔石が地面に落ち、アトリはそれに一礼する。
『イッポン!』
『勝負あり!』
『すげえええええええええ!』
『アトリ様、大勝利!』
『は? え? 終わったの!?』
『今ので決まったの!?』
『はああああああああ!? なんだそれわけわかんねぇ!』
『おおおおお、あまりにも鮮やかすぎて言葉も出ねぇ……』
アトリの勝利に沸くコメントと同時に、戦いが終わったことが理解できずに驚くコメントが遅れて沸く。あまりにあっさりとした幕引きを理解できないのだが、魔石が出たので納得せざるを得まい。
「さて、そろそろいい時間だ。今日の配信はこれまでにしよう。
それでは皆の者、また花鶏チャンネルをよろしく頼む」
一礼して配信を終えるアトリ。感謝のコメントが流れて、配信画面は暗転する。
「クール! これが件のサムライか」
その配信を見ていた男は、手を叩いて笑みを浮かべた。
「そうだ。日本の配信者。我々と同じ三大企業に依らず、スキルなしで戦う戦士だ」
「アンビリバボーだ! 実在していたとは驚きだね。エイプリールフールのネタかジャパニメーションと思ってたぜ」
「本当に生身で刀一本だけとはな。ダンジョン素材で作られた義手義足もなく、投薬なしであの速度の戦闘に追いつける思考を持つとは」
話をしている人達は、皆義手義足をしていた。ダンジョン内で採取された鉱石を素材とした四肢。ゴーレム系などの無生物魔物の駆動系を用いており、硬度もパワーも人間の四肢を超える品物だ。
加えてダンションで採れる素材を用いた薬品を使い、脳の処理能力を向上させていた。それにより超感覚に目覚めている。未来予知と言ってもいいほどの思考能力を有していた。
「ユニーク! 億単位の開発費で生まれた強化人間。それと同レベルの戦闘力を持つとはね」
「笑い事ではないぞ。例の配信以降、上層部は大慌てだ。我が国の威信をかけた強化人間の存在意義が揺らぐとな」
「オウノゥ! 手を取り合えれば一番だが、国家のプライドがそれを許さない、か」
「そういう事だ。時空嵐が発生する前まで、アメリカは世界一の大国だった。その栄光を取り戻す為に生まれたのが我々。いわば我々の存在意義に関わってくるのだ。
さあ、日本に向かうぞ。アレン」
「オッケー。ブライアン!」
アレンとブライアン。アメリカ軍により作られた強化人間の二名が日本に向かう。
サムライガール、アトリ。彼女を求めて――
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