終:サムライダンジョン!

 かつて米国と呼ばれていた国家は、時空嵐で世界が分割された際に大きく切断された。


 とはいえ、もとより各州により異なった法が制定されているなどもあり、分断後の混乱は国家の規模に対しては大きくなかった。早期の立ち直りによりダンジョンをより詳しく解析し、三大企業と技術提携することでダンジョンを最も攻略できた国家となる。


 ハワイこそ溶岩龍に奪われたが、ダンジョンから現れる魔物を撃退して平和を維持している大国。ダンジョン探索大国として今なお世界に覇を唱えているのが米国なのだ。


 三大企業も米国各地に支社を置き、その技術を提供している。国家と企業は表向きは協力し合っているように見えるが、腹の内は相手を利用することしか考えていない。


『あのお方復活のために、米国の力を利用させてもらおう』


 ダンジョンにこの世界を飲み込んでもらいたいインフィニティック・グローバルは、その国力を利用しようと企む。


『人数の多さは信仰の多さに直結する。数多の神や悪魔が住みやすいのは事実だ』


 神性や魔が統括するアクセルコーポは、信者を求めて米国に力を注ぐ。


『人の数だけ欲望がある。いい人材もいるだろう』


 エクシオン・ダイナミクスは、人材と経済を求めて米国に拠点を置く。


 三大企業の技術がなければ、ダンジョンは攻略できない。それは世界最大国家である米国でも同じことだ。ダンジョン顕現世界における三大企業の存在は国家であっても無視できない。


 だが、彼らにも意地があった。


 かつて世界をリードしたと豪語する国家が、企業という存在に劣るなど許せなかった。


 米国は三大企業の目の届かぬ研究施設でダンジョンから得られるアイテムを解析し、それらを生物……すなわち人間と融合させる。


 それ自体は何の問題もない技術だ。例えば、タコやんの背中に背負っているタコ足ガジェット。あれはゴーレムコアなどを利用したものである。タコやんは脳波で命令できるようにしているが、そう言った機器を人体に埋め込む実験を行っていた。


 この実験そのものは、大きな事故もなく成功する。義手や義足に使われる物質をダンジョン素材に変えただけだ。安全性を確かめる実験もなされていたので、妥当な結果と言えよう。


 しかし得られた結果は、けして満足のいくものではなかった。


 せいぜいが腕が数本増えるだけ。武器を沢山扱えるが、スキル持ちの人間にはかなわない。開発費用やメンテナンスなどでかなり資源を削られるのもスキルシステムに劣る。ダンジョンを攻略するにはとても足りない強化だ。


 さらなる強化を求めて研究者たちは奔走する。魔石による強化は三大企業を超えることはできない。それ以外の方法で強化するのだ。四肢全てをダンジョン製に変え、ダンジョンで採れた植物から薬剤を作り、妄執ともいえるスキル排他主義の研究は、


「超能力」

「これだ」

「脳の処理能力を解放し、超感覚を手に入れるのだ」


 ESP。超感覚的知覚。五感以外の知覚手段ではない方法で外界の情報を得る能力。


 圧倒的な視力、全てを聞き漏らさぬ聴覚、精神を繋ぎ意思を伝達する精神感応。そしてそれを処理する脳。


 ダンジョン素材により強化された肉体と、ダンジョン産の薬品投与により得られた超能力。それらに対して拒絶反応を起こさぬように遺伝子を操作されて育てられた人間。


「これは神の遺伝子だ」

「人類を救う神の申し子となる子供たち」

精神感応テレパスで繋がった神の子達のネットワーク」

「子供たちの名は――」


 研究者たちは自らが生み出した遺伝子改造人間――強化人間をこう呼んだ。


『Networking by Divine Gene』


 NDG。神の遺伝子によるネットワーク。ダンジョン内でもテレパシーで連携し合う神の子供達。


 配信を行わずに秘密裏に活動していた彼らは、非公式だが深層にまで到達しているという。三大企業ですら届かぬ場所まで到達していることに自尊心を取り戻した米国だが、そこでとある噂を聞く。


「極東のサムライが深層魔物を倒しただと!?」

「しかも日常的に深層配信をしているだと?」

「スキルも持たない日本刀だけで?」


 そんな馬鹿なと一蹴した彼らだが、その配信を知って驚愕する。彼女――アトリの実力は本物だ。我々が開発した強化人間に匹敵する……どころか凌駕するスペックを有している。単体での戦いなら勝ち目はないだろう。


「彼女を超える強化人間を作り出すのだ」

「配信などで遊んでいる者に負けるなど許されない」

「米国こそが世界の頂点であるべきなのだ」


 彼らの心に灯がともる。新たな強化人間を作り出し、アトリを凌駕すべきと開発に力がこもる。だがそれと同時に――


「あのサムライを捕らえ、新たな強化人間の素材とするのだ」


 アトリの強さを奪おうという黒き炎もまた、彼らの中に宿るのであった。



……………………


…………


……


「それでは配信を始めようか」


 アトリの浮遊カメラが起動し、その姿を映し出す。深層にある時空扉の一つ。アトリが最後にマーキングした場所だ。転送サービスを使ってそこまでやってきたのである。


 20メートルを超す巨大な逆向きの円錐が立ち並ぶ場所だ。前に来た時はそこに住まうドクロヘビと1時間ほど戦った。骨の一つ一つが意思を持ち、切断しても独立して襲い掛かってきたことを思い出す。


 配信開始と同時にコメントも一気にあふれ出した。


『待ってましたあああああああ!』

『深層配信再開!』

『俺達のアトリ様が帰って来たぜえええええええ!』

『この配信のために生きている!』

『ダンジョン配信最先端だぜ!』

『俺達のサムライはここにあり!』


 二週間ほど配信していなかったこともあり、コメントの大半が再会を喜ぶ声ばかりだ。


「うむ、すまぬの。やんごとなき事情で配信ができなかった。これもひとえに某の修行不足。配信を待っていた皆のモノには迷惑をかけた」


『そんなことありません!』

『適度に休むのは大事!』

『修行不足とか言われたら恥じるばかりでございます!』

『迷惑じゃないよ!』

『配信を待っていたのは事実だけどな!』


 アトリの謝罪にコメントが反応する。


 アトリが配信できなかった理由は表向きはカグツチ&タカオカミとの戦いで受けたダメージの療養であるが、本当はあまりの注目度で移動が困難だったからだ。だがそれは伏せられた。


「アンタに注目する奴らは仰山おるからな。そいつらのせいで配信できへんかった、ってのはそいつらに負けた気がするから言うたらアカンで」


「よくわからぬが、そう言うのに勝ち負けとかあるのか?」


「自分達の監視がプレッシャーになっている、という事を公言すれば向こうも監視を継続もしくは強化しますからね。


 あれですよ。普通のストーカーって相手が驚いたり怖がったりすると調子に乗りますよね。それと同じです」


「いや……犯罪者の心理を然も知っているかのように言われても……」


「普通のストーカーとか……普通じゃないストーカーも知ってるんかい。


 ウチは時々里亜が怖いわ」


「そ、そういう事を人づてに聞いたというか! けして里亜はストーカー経験があるわけではありませ……なんで二人とも距離を取るんですか!? あ、マジドン引きしてる! ちょ、待って待って!」


 そんなやり取りもあったが、要はアトリに注目している相手を調子づかせないためのけん制である。実際、ダメージの回復も行っていたのだから嘘ではない。万全を期すのはダンジョン攻略の基本中の基本だ。


 それが功を奏しているかどうかはわからない。だが二週間ほど間をおけば、アトリに対する注目度は大きく減っていた。SNSなどは別の話題で持ちあがり、街を歩いても特に注目されるようなことはなかったのである。


(よくはわからぬが、タコやんと里亜が何かしてくれたのだろう。


 聞いても答えてはくれぬが)


 アトリもタコやんと里亜が自分のために動いてくれていることは、なんとなく察していた。あとで礼を言わなくてはな。そう思いながら刀の柄に手をかける。


「さて、早速だが敵のようだ。どうやら前に倒したドクロヘビが成長したようだな」


 アトリが敵意を察知し、顔を向ける。浮遊カメラもその先を向き、迫る魔物を映し出した。それは――


『は?』

『何だあれ?』

『ドクロの……ヒドラ?』

『蛇の首が増えてるううううううううう!?』

『はああああああああ!?』

『成長っていうレベルじゃねええええ!』

『まさかとは思うけど、あのドクロヘビの強化種!』

『いやいやいやいや。強化種とかウソでしょ?』

『上層のスライム強化種とかでもかなり強いんですよ。深層だとどうなるの?』

『まあ……単純に首の数だけ戦闘力アップとか?』

『あの骨全部が独立した魔物なんですが……?』

『骨の数いくつあるっているんだよ!』

『一般的な骨は約1000個ほどで……首が7つあるから7000個?』

『なお首が繋がっている胴体もある模様』


 それは、骨のヒドラ。長さ10メートルほどの七つの蛇首を持つ魔物だ。前回アトリがこの場で倒したドクロヘビを七匹束ねたような、そんな姿だ。


『<500EM>アトリの超後輩:なんのなんの! この程度はアトリ大先輩の敵じゃありませんよ!』


『<500EM>謎のタコ:どーせ敵は皆スパスパ斬ってまうんやからな。それよかこの逆さ円錐はどないなっとんねん! 物理仕事しろ!』


『アトリの超後輩』こと里亜がもスパチャで盛り上がり、『謎のタコ』ことタコやんもスパチャでツッコミを入れる。コラボ配信をしていないときは、二人はこんな形でチャチャを入れていた。


「群体系の魔物ですか。これは興味深い。鹿わたし枝角アントラーが疼くというものです。下層の調査が終われば、すぐに深層に向かいたいですね」


『シカシーカー』の鹿島は配信を見ながら被り物の顎に手を当てた。下層調査も容易い事ではないが、それでもいずれ成し遂げて見せよう。


「大した実力ね。本気で『最強』に挑んでみるのも悪くないかしら?」


火雌冷怨カメレオン特攻隊』のレオンはアトリの戦いを見て、心に灯がともる。配信のシナリオではなく、戦士としてアトリにもう一度挑んでみようと笑みを浮かべる。


「おねーちゃん!」

「頑張って!」


 どこかの病院の一室で、ぴあとじぇーろが配信を見ながら応援する。今は動くことができずダンジョンに入ることもできないが、何時かダンジョンに入ってアトリの様に戦ってみたい。そんな想いが沸き上がる。


 サムライガール、アトリ。その配信は多くの人間を奮起させる。その戦いに喜び、その勝利に叫ぶ。深層という未曽有の場所を刀で斬り突き進む。


 当人に自覚はないが、三大企業の陰謀さえも切り裂いて進むアトリ。その歩み、その切っ先が切り開く未来が如何なるものか。


 それは誰にもわからない――


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サムライダンジョン!

第三幕『サムライガールは企業配信者に狙われる!』


 <終劇!>


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 あとがき!


「サムライダンジョン!」を最後までお読みいただきありがとうございました!


 第三幕は三大企業の企業配信者達とエクシオン・ダイナミクスのお話です。この世界における『人間』の話になりました。


 シカの被り物をする鑑定士。不良っぽい常識人。純粋無垢な虐待双子。変な人を書くの、楽しい……! あ、ついでに人材マニアの企業トップもいます。


 ダンジョン配信モノなのにあまりダンジョン探索してないと気づいたのは書き始めてから……次は、次は深層きちんと探索しますから……多分!


 いろいろ匂わせていますが、次は外国のお話。強化人間などが出てくる予定です。


 それでは改めて、お読みいただきありがとうございました! 

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