弐拾陸:サムライガールは親友と駄弁る
場所はいつものファミレス……ではなく、アトリが住むマンションのリビング。そこにアトリとタコやんと里亜の三人が集まっていた。
「とんでもないことになっていたのだなあ」
アトリは梅うどんを食べながら、そんな事を呟く。
「今更やなぁ。まあ、当事者が一番理解してへん、言うのはあるあるやけどな」
タコやんは納豆カレーを食べながらそんな言葉を返した。
「流石はアトリ大先輩です! 事情を知らずとも問題なく解決できるんですから!」
里亜はイチゴパフェをいろんな角度から撮り、それを編集しながら賞賛の言葉を返す。
「いや知らないというか、二人は教える気なかったのでは?」
「あの状況やったら聞くだけ無駄や。どうせ敵から逃げる気なんてなかったんやろ? ついでに配信できたんやし結果オーライや」
「ですです。アトリ大先輩は自然体が一番です。世紀の配信に里亜も協力できて幸せです」
「遠隔操作とアカウントのチャンネルのパスワードに関しては、私に事前に言えたことだと思うが」
「まあええやん。そういう機能もあって損はないで」
「あくまで緊急事態だったという事で」
アトリの追及に微妙に目を逸らすタコやんと里亜。アトリはため息をついて、これ以上の追及を諦めた。結果としては日本中をパニックから救ったという、プラスの方向に働いたのだし。
そう。アトリVSカグツチ&タカオカミ戦は日本はもちろん世界全国の注目を浴び、魔物顕現のパニックを塞いだのである。最大同接数は900万を超えて更にSNSを通して拡散され、アトリの名前は世界中に広まった。
一国を滅ぼしかねない魔物を切り裂く戦いを配信した。
ダンジョンから出る魔物の脅威に怯える者達からすれば、それは希望となった。迷宮災害によりダンジョンの魔物が地上に顕現する事件は、稀ではあるが発生する。
だが一度発生すればその区域は致命的な打撃を受け、多くの命が失われる。深層魔物となれば、その破壊規模は国家転覆もしくは地形が変わるほどだ。
もしアトリがいなければカグツチ&タカオカミは高温と低温の嵐となって、日本中の地形と気温を変えながら蹂躙していっただろう。カグツチとタカオカミがアトリだけを狙い、且つ短時間で討伐されたからこそ被害は最小限で収まったのだ。
自国の崩壊。故郷の喪失。そんな絶望に陥っていた人達は、アトリの配信を見て希望を見た。日本刀を手にして魔物に挑む侍。最初は何かの冗談かと思ったが、その白刃が振るわれるたびに誰もが英雄の姿をそこに重ねた。
初動のパニックを塞いだのは、間違いなくエクシオンの対応だろう。
だがその後に起きたかもしれない事件――デマや暴動等の非常時に人が犯す愚行を止めたのはアトリという存在だ。不安の象徴である魔物に勝利したことで、人々を愚行に動かす要因を切り裂いたのだ。
「正直、大変やったんやで。エクシオンの緊急発表から1時間でSNSは大荒れ。軍は動き出すし、マスメディア関係はこぞってエクシオンを称賛して媚び出すし」
「まあ里亜もタコやんもアトリ大先輩があそこにいると分かった瞬間落ち着きましたしね。おかげで色々出来ましたし!」
「ウチは落ち着いてへん。呆れたんや」
「もー。そこはそういう事にしておきましょうよ。
まあ色々と言っても、アトリ大先輩のいるところにドローン飛ばして配信しただけなんですけどね」
『アトリが画面に映るまでパニくってた』等とは絶対に口にしないタコやんに呆れながら、里亜は何でもないように告げる。
口ではなんでもないように言っているが、実際は容易ではなかった。
タコやんの『ゾウが踏んでも壊れないドローン』も頑丈ではあるが、だからと言って風速20mの嵐の中を安定して飛べるわけではない。風自体の強さもあるが、吹き飛んだ瓦礫に当たれば破損して動けなくなる。
『オーサカの女舐めんな! こんぐらいチャチャっと突破したるわ!』
それを理解しながら、タコやんはドローンを飛ばしてアトリの元にたどり着けたのである。
その間、里亜はSNSの準備を行っていた。急ごしらえのテロップや炎と氷の魔物の名称を考える。コラボが始まると同時にトークンを大量に作って、一斉に宣伝を行う。知り合いにも連絡をして、協力を要請していたのだ。
『ひぃぃぃぃぃ! 人手足りないです! あー、レオンさん? 少しお手伝いしてほしい事があるんですよ。実は――』
配信するために裏で走り回っていた。その事を二人は言わない。アトリが全力で戦い、それを皆に見てもらうために労したことを語ることはない。
「せやせや。おかげでウチらもたんまり配信数稼げて数字沢山もらえたわ。今後も何かあったらよろしくな」
そんな苦労をおくびに出さず、軽口を言ってタコやんは話を終わらせた。これ以上、語ることなどない。里亜も無言でうなずき、この話題を流す。
「数字とかはよく分らぬが、かなり注目を浴びたようだな」
「かなり、なんてレベルじゃりませんよ! 900万を超える同接数もかなりのモノですけど、海外のニュースを独占状態なんですから!
いまじゃ『SAMURAI』や『ATORI』はワールドワイドに広まってますからね!」
「おかげで外歩くだけでも大変やからな。ホンマ、何事もほぼほぼが一番や」
里亜やタコやんの言うように、あの配信の後にアトリの知名度は大きく膨れ上がった。
突如現れた深層魔物を倒したサムライ。あらゆるものを切り裂き、威風堂々とした立ち様。清流の如く厳かに、しかし燎原の様に容赦ない剣。誰もが異国の剣士に注目する。
――というのが表向きの流れだ。実際の所は、ドナテッロのスキルブレイクプレゼンが大きく影響している。
『人造とはいえ、深層級魔物を切り裂いた存在』
『あのドナテッロに一泡吹かせた駒』
『偶然とはいえ、三大企業の一角の計画を切り裂いた貴重な存在』
『未熟体とはいえ<ダンジョン>の顕現を止めるほどの実力者』
『このサムライは、我が国の敵か味方か見極めなければ』
ダンジョン顕現後、世界は三大企業が支配する形となった。国家体制は形骸化し、資金や技術などを三大企業に寄り添う形で維持している。
そんな三大企業の一角、その代表が満を持して売り出したスキルブレイクのプレゼンを真正面からぶっ壊したのだ。快刀乱麻を断つが如くばっさりと。
ドナテッロ・パッティはトカゲのしっぽ切りとばかりに、スキルブレイク開発チームを切り捨てて無関係を装う。コネと資金を削り、元々非公式だからという理由で強引に押し切った。
ドナテッロはどうにか代表の地位だけは維持したが……それが形の上だけなのは誰の目にも明白だ。人心は離れ、エクシオン内における権力も大きく減じたという。
ダンジョンがこの世界に現れて初めて、企業代表が痛手を負ったという事実。それを為した一人の配信者。それが三大企業所属配信者でもなく、ましてや魔物の力を借りるスキルシステムを使ったのではない。
企業の影響を全く受けない配信者。それが為した英雄的行動。それがアトリに注目する裏の流れだ。表向きの理由も含め、世界各国の権力者から一般市民までがアトリに注目しているのである。
「難儀だの。おかげで移動もままならぬ。ダンジョンにも行けないし、体がなまるというモノだ」
ため息をつくアトリ。あまりに知名度が高くなりすぎて、外を歩けば皆がアトリに気付いて話しかけてくるのだ。好意や称賛の声はいいが、勝手にカメラで撮影されたりされるのは気分がよくない。
そう言ったこともあるので、外出を控えていた。花鶏チャンネルが深層配信をしていないのは、そう言う理由で外に出れないからである。
「熱が収まるまでは外出禁止やな。配信も傷癒すってことで休んどけ。飯とか日用品で必要なモンは配達で済ませばええやろ。身バレせえへんようにウチらが受け取るわ」
「二週間もすれば別の話題が持ち上がりますからね。それまでの辛抱です」
「二週間か……長いな」
里亜の推測に肩をすくめるアトリ。室内で出来る鍛錬もなくはないが、実戦を離れればその分腕がなまる。それがアトリにとってつらい事であった。
「今のトレンドはスキルブレイクとぴあさんとじぇーろさんですね。
世界各国でスキルブレイクを始めとした非公式ポーションに関する規制法が強化されて、スキルブレイクの生産工場が摘発されたってやつです。背後関係を洗ってるみたいですけど……すでに尻尾切りされた後ですかね、これ」
「あの双子っていうか双子のオトンに関しては、まー出るわ出るわやで。子供を荷物持ちとして登録した後で戦わせたり、アングラポーション飲ませてたりが表ざたになって大騒ぎ。こっちもダンジョン法案改正のきっかけになるとか騒いでるわ」
アトリの活躍の熱は未だ冷めないが、時間が経つに捨てて人々は他のことに興味を抱く。悪事が暴露され、それが正される。いつの時代も悪が裁かれるのは喝采を浴びるものである。
「ぴあ殿もじぇーろ殿も父親にべったりであったからなぁ。悲しんでなければいいのだが」
「双子をばっさり切ったやつに言われても嬉しない思うけどな。容赦なく殺す気やったやんけ」
「挑まれた以上、手心を加えるつもりはない」
「アトリ大先輩の容赦のなさに痺れる憧れるぅ!
まあその辺りは問題ないと思いますよ。退院後の話になるでしょうけど、親戚の人が引き取るらしいです。ニュースサイトで話題になってました」
里亜がタブレットの画面に映し出したのは『あの子達は私が育てます!』『毒親だった兄には任せておけない!』等の見出しが書かれたニュースページだ。要約すればフォルテの妹に当たる人がぴあとじぇーろを引き取るという内容である。
「おお。よかったよかった。良き人に譲られるのならそれに越したことはない」
「わからんで。双子が稼いだ銭欲しさに引き取るだけやもしれんし」
「タコやんは夢がないですねぇ。これだから守銭奴は」
「アホか、開発には金が要るんや! ドローンとか浮遊カメラの改造とかどんだけするか分かってんのか!」
「タコやん落ち着いて。お金だったら私が稼いだお金を使ってくれてもいいぞ」
タコやんをなだめるようにアトリが言う。これまでのダンジョン探索で得た魔石の金額はかなりの額だ。アトリは富に拘らない。幾分かを融通してもいいと、本気で思っている。
「いらん! ウチはアンタにだけは銭の貸し借りはせんと決めたんや!」
だがタコやんは頑としてアトリからの援助を断っていた。
「むぅ。毎回ながら頑として受け取らぬか」
「まあまあアトリ大先輩。友達同士でお金の貸し借りはしないということで」
「銭は自分で稼ぐ! それがオーサカの女ってだけや!」
「うむ。タコやんのそう言う気質は好きだぞ」
「はいはい。ったく、この天然タラシはナチュラルにそう言うこと言うから……」
「きゃー! 里亜はアトリ大先輩のこと好き好きですよ! だから斬って!」
「いや、それはさすがに」
「その愛情表現さえなければ里亜も普通やねんけどなぁ」
日本を救ったと言われるサムライも、戦いから離れればどこにでもいるん年齢相応の少女。
その刀が守ったのはそんな日常なのだ。
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