▼▽▼ Exion Dynamics ▼▽▼

「……アトリが配信している?」


 ダンジョン内を通ってイタリアに移動したドナテッロ・パッティは、SNSのトレンドを見て眉をひそめた。


「まさか、あの深層魔物に挑んでいるというのか? 『ぴあ&じぇーろ』クラスの人間にスキルブレイクを血液内に直接投入したのだぞ。


 深層魔物とカテゴライズしているが、それ以上のTier深度が数える程度しか観測できていないだけで、強さは深層魔物よりも強くなっているはずだ」


『そのはずですが……!』

『あのサムライは顕現した魔物と戦っています!』

『強さは間違いなく深層クラスです! 何度も検証した方法なので間違いはありません!』

『配信されている魔物の攻撃などからも深層クラスなのは確実です! 成長すれば熾天使セラフィム溶岩龍ラヴァに匹敵すると予測できます!』


 部下からの報告は疑問と驚きに満ちていた。


 それも当然だろう。彼らはスキルブレイクを10数年近く研究し、その効果をレポートしてきた。倫理に反する研究を行い、人体への影響は完全に理解している。事実、ぴあとじぇーろは想像以上の魔物となった。表にこそ出せないが、この研究成果は新たな可能性を見せている。


 ドナテッロは部下の報告を聞きながら、花鶏チャンネルを開く。そこには確かにアトリの姿と、そして炎と氷の魔物と化したぴあとじぇーろが写っている。


『斬ったああああああああああ! アトリ大先輩がカグツチを斬りました! 空間掌握をされているのかすぐに中央に戻されましたが、それでもアトリ大先輩の刃が届いたのです!』


『斬ったけど戻された!?』

『なあ、これって見たことないか?』

『ああ、ぴあ&じぇーろの【回転木馬】に似てるぜ』

『そのスキルを持つ魔物ってことか……?』

『仮にあの魔物が【回転木馬】を持つ魔物だとして、なんで双子は深層魔物のスキルを持ってたんだってことになるが』

『深層に行ったことがあるのはアトリ様ぐらいだぞ』

『いや、戻ってきていないけどワンスアポンナタイムも深層に行った』

『今度はタカオカミを斬った!』

『血は出てないし、見た目も動きが変わらないからダメージが通っているのかわからん!』

『バカやろう! アトリ様の刀で斬れないモノはないんだよ! こんにゃく以外はな!』

『なんでこんにゃく?』

『こんにゃく?』

『コニャック?』

『ええと……こんにゃくって何ですか?』

『ぎゃああああああああ! 世代の壁!』

『愚かな……。誰もがネタを理解していると思うな……』


 アトリの動きと攻撃、そしてその刀が魔物を捕らえる度にコメントが沸く。


『おいおい、深層魔物と渡り合ってるだと?』

『深層に行って帰ってきた配信者だと!? そんな奴がいるのか!?』

『アーカイブを見た。マジか……!』

『あの<登録王>トーロック・チャンネルーンでさえも深層から帰ってきてないのに……!』

『鳳東の妹!? ワッツ!?』

『なんでそんな逸材が日本如きにいるんだよ!』


 これまでアトリを知らなかった諸外国からの驚きのコメントが飛んでくる。ダンジョン探索者の質が低いと見下されていた日本に、下層どころか深層を進む者がいようとは。しかもそれが――


『スキルなし!? アリエナーイ!』

『分かった。【無し】というスキルなんだな。俺は知ってるぜ』

『スキルなしでダンジョンを突き進むなど無理だ! スキルがあったからこそ、人類はダンジョンを進めるのに!』

『アメリカで開発しているダンジョン用強化人間が流出したのか!?』


 スキルシステムを使用しないただの人間。努力の末に至った技術で進んでいるのだ。スキルシステムがないものは上層すら突破できない。それが当たり前だというのに。


「これはマズい流れか……?」


 ドナテッロは配信の流れを見ながら、不吉な流れを予測していた。


『日本に深層クラスの魔物を作り出し、スキルブレイクで生み出した魔物の強さをプレゼンする』


 ざっくり言えば、ドナテッロの目的はそれである。エクシオン・ダイナミクスは企業であるがゆえに、利益を出さなければならない。品質向上やコスト管理などもあるが、業務を多角化して新規の顧客を得ることも必要になる。


 スキルブレイクで生み出さすことができる深層クラスの魔物。そしてその作製ノウハウ。


 非公式に日本以外の国家統治者や首脳に情報を送り、エクシオンの『新商品』を披露する。国一つ滅ぼしかねない『商品』を見せつけ、売りつける。高ランクのスキルと配信者。それを犠牲にすれば人知を超えた魔物をその場に顕現できる。


 顕現させる場所は地上でなくてもいい。ダンジョンの奥でもいいし、何なら気に入らない国家に潜伏させた存在を魔物にしてもいい。そしてそういったテロ行為への対抗手段として、確保してもいい。


 圧倒的な力。それを産み出す手法。ドナテッロはそれをいま日本で見せている――のだが。


What’s this?何だよこれはこれは?』

Ist diesこの魔物は Dämon zu schwach弱すぎないか?』

你会失去这个小女孩的小娘に負けそうだぞ!』

Vous, les escrocsこのペテン師め!』


 ドナテッロに浴びせられる各国代表者からのメッセージ。日本という国が消えるほどの魔物と聞いたのに、たった一人の小娘に押されている。しかも聞けばスキルを持たないと言うではないか。


「計算違いだったな……さすがのアトリも子供二人がいきなり魔物化すれば動揺するか逃げると思ったのに」


 トントンと指で机を叩くドナテッロ。彼が描いた最良のシナリオは、魔物化したぴあとじぇーろを前にアトリは逃亡。その後エクシオンに助けられ、恩を覚えてエクシオンに協力してくれる。そこまで都合よくいかずとも、コネさえ結べればまずまずの結果だ。


 悪い方のシナリオとしては、アトリは逃げきれず死亡。その後、遺体を回収してスキルブレイクの研究素体に使用。或いは【死霊術】あたりを使って強いアンデッド素体にするか。


 だが、ドナテッロが予測できない展開が繰り広げられていた。


 アトリは逃げず、そしてスキルブレイクで生み出された魔物に勝利する。


 十数年かけて作り出したスキルブレイクの世界レベルでのプレゼン。これが上手くいけば、世界各国からの支援を受けてインフィニティック・グローバルやアクセルコーポを押さえて上に立つことができる。三大企業ではなくエクシオン一強の時代がやってくるはずだったのに。


「せめて配信をしていなければ誤魔化すこともできたというのに。同接数600万か……世界各国から注目の的だな」


 さらに悪いことに、その戦いが花鶏チャンネルから配信されていることだ。エクシオンのカメラで撮ったものならいくらでも誤魔化せる。


 だがリアルタイムで配信されている個人のカメラに介入することはまず不可能だ。サーバーに配信停止を申し出るにしても時間がかかる。しかも足をつけずにやるのなら、準備が必要になる。


「せめてこの戦いでアトリが負けてくれれば、こちらの言い分も立つのだが……!」


 机を叩いていた指を強く握って拳にし、配信画面を見る。花鶏チャンネルの配信が止められない以上、ドナテッロのプレゼンが上手くいくためにはこの配信でアトリが負けるのが晒されることだ。


「カメラが壊れるか、或いはアトリが負ければそれでいい。そうとも、スキルブレイクはエクシオンが長年研究し続けてきた商品だ。


 スキル化した魔物を活性化させ、精神状態を胡乱にして同調させる。魔物と言う高度の肉体とスキルを有し、ダンジョン探索者という技術と経験値を持つ。ダンジョンという時代が産んだ新兵器なのだ!」


 自分を落ち着かせるように叫ぶドナテッロ。


 アトリが勝てるはずがない。彼女はただの人間だ。持っているのもただの刀。ましてやスキルシステムを有していない。そんな人間はダンジョン上層で右往左往するだけ。それがダンジョンの常識だ。世界の8割近くがそう思っている。


 だがドナテッロは知っている。アトリの強さを。その功績を。


 シカシーカーを護衛し、下層ボスのコボルト軍を全て【鑑定】するために奮闘したことを。


 キメラリューヤと呼ばれた200近くの魔物と融合した存在を苦も無く切り裂いたことを。


 そしてしろふぁんに宿った<ダンジョン>を斬り、追い返したことを。


(ダンジョン……! 異なる世界の人知を超えた高位存在。この世界を一飲みしかようとして阻止され、それでも世界を時空嵐で分割したモノ……!)


 数か月前に顕現した<ダンジョン>を思い、ドナテッロは身震いする。ドナテッロはエクシオン・ダイナミクスのトップだ。ダンジョンがこの世界に顕現した時のことは、先々代のトップから聞いている。


 高位存在。自分達が認知している『世界』を上から見る存在だ。本やゲームのような創作物を見て遊ぶ者のように、そこに在る生命を次元の違う位置から見るという。そして見るだけではなく、そこに介入もできるのだ。


 この世界にダンジョンが現れ、世界は一変した。ダンジョンそのものが多くの世界を飲み込んだ巨大な存在だ。力の質も種類も法則も、何もかもがこの世界を凌駕している。


『ダンジョンに対抗できるのは、ダンジョンから派生した存在だけだ』


『この世界が生き残るには、ダンジョンから派生するモノを利用するしかない』


 時空嵐を乗り切った先々代のエクシオン・ダイナミクス代表はそう言った。故にエクシオンはダンジョンのアイテムを研究する。そこから研鑚し、そしてスキルブレイクというダンジョンの魔物を装着者内部で増幅させるポーションを産み出した。


「いつ来るかわからない第二の『時空嵐』に備え、エクシオンは進化し続けなければならない……!


 インフィニティック・グローバルのような<ダンジョン>信仰でもなく、アクセルコーポのような人類ではない存在共の日和見管理でもなく、我らエクシオン・ダイナミクスのような人類がこの世界を守るのだ!」


 その為なら多少の犠牲は仕方ない。配信者が魔物になろうが、人類同士が争おうが、必要な犠牲だ。むしろそれでデータが取れるのなら科学として前進だ。


 Exion原子すら超える Dynamics爆発的成長――


 ダンジョンを人間の技術で克服するために、如何なる手法もいとわないという決意。その決意は時代を重ねるごとに変貌していく。


「人類の未来のために、ここで負けてくれサムライ……!」


 ――欲望に染まり、初代とは異なり悪しき方向に。

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