弐拾伍:サムライガールは炎と氷を斬る
炎の化身『カグツチ』と氷の化身『タカオカミ』。
二対の魔物はアトリを中心に円を描くように移動しながら炎と氷の弾丸で攻める。そして気が付けばアトリの近くに現れ、炎と氷の刃で襲い掛かる。
対してアトリは基本動かず攻撃をさばく。飛来する弾丸を日本刀で切り裂き、迫った刃を払い流す。
「ここだな」
そして機会を見つけて踏み込み、双子の片方に斬りかかる。すぐにアトリは魔物が描く円の中心に戻されるが、アトリの刀は魔物を確かに切り裂いていた。
「なんで」
「どうして」
何度も何度も斬られ、炎と氷の魔物は疑問の声を上げる。ぴあとじぇーろとの戦いでは刃は届かなかったのに、今は何度も何度も斬られている。しかも回を重ねるごとに刀は深く鋭く迫ってきているのだ。
「説明はしたぞ。そのすきる? 【回転木馬】の弱点というか構造は見切った。
某を二人が等距離且つ同一の動きをしている間はその中心に位置を固定される。だが距離や動きに差異があれば固定する力は弱くなる。そういう事なのだろう?」
アトリはぴあとじぇーろが使用している【回転木馬】のスキル内容を完全に見切っていた。
【回転木馬】……本来のスキル名は【鏡合わせの檻】。同じスキルを持つ者同士が対象を中心に同一距離にいる間はその対象はその場から動けない。本来はそんな拘束用のスキルだ。
スキル所持者は基本動くことのないゴーレムなどの非生物であり、オブジェに紛れて不意を突いて相手を足止めするモノである。移動してもその場に戻されるだけで、その場に留まってスキル保持者を同時に攻撃すれば解除される。そんな使いづらい代物だ。
だがスキルを持つ者が全く同じ動きで移動できれば、その有用性は大きく変わってくる。等距離を保ったまま全く同じ動きをする。ズレればそれだけスキルの効果が弱まるが、逆に言えば一糸乱れぬ動きなら相手は円の中心から移動できないのだ。
それを可能としたのがぴあとじぇーろだ。双子という特殊性と純粋な心がその動きを可能とした。父であるフォルテに褒めてもらいたくて訓練を重ねた。だがその動きは――
「確かに今もそのすきるとやらは発動している。だが動きに違いがあるな。
魔物としての力を得たことで、人として培った鍛錬を失ったと言ったところか?」
その動きに違いがある。だからスキル効果は十分に発揮していない。少なくとも、アトリが切りかかるだけの間隙があるのだ。
アトリはそう言うが、カグツチとタカオカミの動きはほぼ同一だ。同じ速度で動き、同じ密度の弾幕を放っている。鏡合わせと言ってもいいほどの同一性だが、魔物化する前の動きからすればズレが生じているのだ。
『いやいやいやいや!』
『ほとんど同じ動きに見えるんですけど!?』
『え? 何この高難易度の間違い探し!』
『弱点か……これ?』
『つまり、動きの違いを見つけたと同時に斬りかかってるって事……?』
『それだと遅い。ズレが修正されたらスキル効果が発揮される』
『つまり……ズレると思った瞬間に攻撃してるって事……?』
『しかも刀で。あの距離を踏み込んで切りかかってる』
『成程、わからん』
『分かったとしても実践できることじゃねー!』
コメントもあまりの言葉に荒れていた。アトリが言いたいことは理解できる。しかし生じるかもしれない動きの齟齬を予測して攻撃している? しかもあれだけの弾幕をさばきながら? 時折接近して切りかかられる状況で?
「暴かれた【回転木馬】の弱点! いいえ、特性! なんとそれは等距離同一性の動きが条件! アトリ大先輩はその動きのずれを事前に察知して攻撃しているのです! なんと冷静沈着! そして信じられません!
恥ずかしながらそのからくりが分かっても里亜にはカグツチとタカオカミの動きの違いが理解できません! タコやんも隣でコンマ送りしながら違いを探していますが、首をひねっています!」
「ここで切りかかってるから、このコンマ数秒前……。何処がちがうんや!? フレーム落としても分からんぞ……!
……は? もしかしてこの弾の射出角度とかか? ほとんど同じやないか! なんでこんなんが分かんねんこのサムライは!?」
解説をしている里亜と、その隣で必死に映像を解析しているタコやんもあまりのことに驚愕している。カラクリが理解できても、それを行うにはかなりの技量と勇気が必要になる。失敗すれば死ぬ状況で、そんな事を試せるのはまともな精神をしていない。
「疑問は解けたな? では再開と行こうか。
糸口がつかめればあとは攻めるのみ。この刃、いずれ二人の心臓に届こうぞ」
そんな声などどこ吹く風とばかりにアトリは刀を構える。
動きはこれまでと変わらない。カグツチとタカオカミの動きがズレると思った瞬間に動き、【回転木馬】の位置固定から脱出して、片方に斬りかかる。近づいてきた魔物の攻撃を避け、カウンターで一撃を食らわせる。
アトリが攻撃できる頻度は十数秒に一度あるかないか。その隙が生まれても魔物の甚大な体力をわずかに切り裂ける程度。
『何だよこれ。見栄えしないな!』
『待ち戦略とかアトリ終わったな!』
『カミカゼトッコウしないサムライとか、価値ないです!』
それは配信動画としてはタブーと言ってもいい。隙を窺う時間。切りかかってもその成果が見えない虚しさ。ゴールの見えない作業。地味で無駄な努力を繰り返すと言ってもいい流れ。
「よっしゃ。分ってきたで! 動きのズレパターンは『1:弾幕の方向』『2:初速』『3:回転時の移動角度』『4:近接攻撃時の武器の場所』あたりや!
お前らにアンケートや! 次はどの違いが来る思う? 暇してるんやったら参加してな!」
「目を凝らし、耳を澄まし、全身で動きを感じ取るアトリ大先輩! 二百を超える氷と炎の弾幕を処理しながら、カグツチとタカオカミの違いを探る! 動きながら静かに待ち、静かに探りながら刃は止まらない!
そしてタコやんも魔物の動きを解析出来てきたみたいです! 割とアバウトな選択肢ですが、それでも絞れるのは大したもの! 皆さんコメントでも気軽に答えてくださいね!」
『2』
『1:弾幕の方向……? あれだけの数全部同じ角度とか普通無理だろ!?』
『3! キミに決めた!』
『4! 4! 4!』
しかしそのタブーを埋めるようにタコやんと里亜が動き出す。解析ソフトをフルに使って魔物の動きをサーチしたタコやん。受け身に戦うアトリをカッコよくポジティブに解説する里亜。見ている者を飽きさせないサポートが配信を沸かせる。
『七か国の字幕対応!? リアルタイムで翻訳してるのかよ!』
『このカメラワークあり得ないんですけど!? 風速20mの暴風の中でも安定しているとかどんだけか!』
『彼女、本当にスキルシステム使ってないのか!? ジャパニーズサムライクレイジー!』
『……マジでリアルタイム配信なの、これ? ジャパニメーションの方がまだ納得できるよ!?』
『本当に深層配信者なんだ……』
アトリを知らない国外からのコメントも、その実力を褒めたたえ始める。スキルのない刀だけの小娘という印象は、スキルなしで戦う東洋の神秘として扱われ始める。
『一応言うけど、日本人でも驚きの対象だからな、アトリ様は!』
『日本人全てがアトリ様みたいに戦っていると思うのは間違いだから!』
『スキルなしでダンジョン踏破できるのはアトリ様だけだ!』
『いろんな意味で頭おかしい(誉めことば)だからな!』
もっとも、当の日本でもアトリの特異性は認めざるを得まい。驚きのコメントに同調するコメントにあふれる。
「どうした? 動きが散漫になってきたぞ。人であった時の方がまだ手ごわかったな」
そしてダメージを重ねるごとにアトリが攻撃する感覚が狭まってくる。カグツチとタカオカミの動きのズレが激しくなっているのだ。十数秒に一度の攻撃だったのが五秒に一度になり、そして――
「だ、め」
「しんじゃ、え」
カグツチとタカオカミはアトリを囲んで移動するスタンスを放棄する。連携を捨て、そのスペックを全快にしてアトリに襲い掛かった。ドラゴンのブレスを思わせる広域の炎の蹂躙。巨岩を思わせる氷による圧殺。
「カグツチとタカオカミ、アトリ大先輩の攻撃に耐えきれず連携を放棄! 燎原の炎の如く広く激しく焼き払う炎! 隕石の如く重く鋭い氷山! 深層魔物が持つ能力を解放するかのように攻め立てる!
しかし! しかしそれは――!」
「悪手だな」
里亜の解説を継ぐようにアトリが呟く。炎はアトリを飲み込み、氷は重力のままに地面に叩き付けられ――切断された。
それは切断としか言いようのない光景だ。山と言ってもいいほどの氷が真っ二つに割れて、地面で荒れ狂う炎はアトリを避けるように両断されて消える。それは聖者が海を割った奇跡を彷彿させた。
『は?』
『
『
『
『
切断から一秒後、これまでのアトリを知らない者達のコメントであふれかえった。様々な国の言葉が流れ、それらは驚きから賞賛へと変わっていく。
『まだまだ!』
『この程度で驚いていたら花鶏チャンネルはやってられないぞ!』
『まあ、俺達も毎度毎度驚かされるんだがな!』
『アトリ様、やっちゃってください!』
そしてアトリを知る者達は、この展開を知っていたかのようにコメントする。
「アンタは戦闘以外はへっぽこなんやから、ここでバシッと決めや!」
「きゃあああああああああ! アトリ大先輩のベストバウトに追加です! 里亜も斬って!」
数多のコメントとタコやんと里亜の言葉に後押しされるようにアトリは刀を翻す。自ら『切り開いた』空間を疾駆し、炎と氷の魔物に迫る。
「横やりが入ったが、これも勝負。運もまた実力と割り切るがいい。
できるなら、万全の二人と戦って勝ちたかったものだな」
アトリの刀はカグツチとタカオカミの両方を切り裂く。空虚を斬ったかのような手ごたえのなさ。
しかしアトリは勝負は終わったとばかりに刀を鞘に納める。
「あ、ぱぱ」
「ごめんね」
チン、という納刀の音と同時に炎と氷の魔物が霧散する。元の姿に戻ったぴあとじぇーろがそう呟き、倒れ伏した。
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