弐拾肆:サムライガールは配信を始める

『アホかぁぁぁぁ! 存続かけていいワケないわこのくそボケサムライがぁぁぁぁ! いつものボケボケモードに戻れ!』


『ぎゃあああああああ! シリアスモードのアトリ大先輩カッコいい! でもお待ちを! いつも通り里亜が盛り上げて見せますから!』


「は? タコやん? 里亜殿? え? ええ!?」


 いざ戦闘開始とばかりに意識を切り替えたアトリは、1秒後にタコやんと里亜の声を聴いてワタワタと辺りを見回す。


 そして炎と氷の魔物は、そんな様子を前に攻撃を止める。とはいえ、存在するだけで周囲に猛烈な熱と冷気を振りまいているのだが。


『いや待て。ボケ過ぎていらんこと言われるとあかんな。適当に気合い入れていつも通りにやれ』


『ええええええ!? アトリ大先輩の戦闘見たーい! ガチバトル見たーい! でもいつも通りの気が抜けたアトリ大先輩もいいんですけどね!』


 声は少し離れた所に浮いているドローンから聞こえてきた。熱風と吹雪が吹く中で些か不安定な飛行だが、それでもきちんと稼働している。小型カメラとスピーカー。タコやんが操作しており、里亜のスマホとも回線を繋げているのだろう。


 タコやん製の『ゾウが踏んでも壊れないドローン』だ。曰く、ダンジョンの過酷な環境に耐えうる偵察ドローンである。


「ネーミングセンスがおかしい? この伝統的なネーミングが理解できへんとはまだまだやな」


 なんで名前はタコと関係ないのか、と聞いたアトリにそんな答えを返したとか。閑話休題。


「ええと、タコやん? 信じられないとは思うがこの魔物はぴあ殿とじぇーろ殿で――」


『なんやかんやあって魔物になったんやろ! その辺の説明はええわ!』


「なんやかんやとは一体?」


『なんやかんやはなんやかんやや! 正直ウチらもふわふわとしか分かってへんけどな!』


「おおう、そうか。まあなんだ。どうあれ逃げるという選択肢はないぞ。むしろ興が乗ってきたのでな」


 何が言いたいのかわからないタコやんを適当に頷いて返し、アトリは告げる。どうやれ目の前の魔物をどうにかしないといけないのは間違いない。


『せやな。アンタやったらそう言うわな。好きにせい。


 せやけど配信者やったらこんな貴重なハプニングを配信せぇへんでどうすんねん! 浮遊カメラ、遠隔起動や!』


 タコやんが言うと同時にドローンのランプが明滅し、アトリのカバンに入れてある浮遊カメラから起動音がする。ダンジョンで採れる浮遊石に電力が流れてふわりと浮き、カメラが起動してアトリの姿を捕らえる。


「は? ちょ、タコやん!? カメラが勝手に起動したんだが!」


『こんなこともあろうかとも遠隔で起動できるようにしたんやで!』


『そしてこんなこともあろうかとも『花鶏チャンネル』アカウントのパスワードも調べてあるので、配信は何時でも開始可能です! 当然コラボも!』


「里亜!? それは犯罪ではないのか!? そして二人ともこんなこともあろうかとか、どんなことがあると思ったのだ!?」


 あれよあれよと知らぬうちに配信が開始される。いや待って。カメラが遠隔起動したり、パスワードを知られてたり、色々怒っていい事なんじゃないかなこれ。そんなことを考える間も与えぬほどの速度で花鶏チャンネルが開催された。


「日本の危機? 深層魔物? だからどうした! オーサカの女は何時だってマイペース! D-TAKOチャンネル緊急あーんど、コラボ配信開始や!」


「こんに里亜! ぷら~なチャンネル、緊急コラボ配信開始です! いつもの三人コラボ! 最後の一人は当然アトリ大先輩!」


「あわわわわ! その、ええと、アトリだ。……ええ、えええ……」


 状況などどこ吹く風とばかりのタコやんと、状況を知りつつポジティブにまとめる里亜。そしてそんな状況に戸惑いながらも挨拶をするアトリ。


「場所は京都の商店街! いま日本中で注目を浴びてる深層魔物がおるところや! そこにうち等のサムライがおるんで配信しとるで!」


「京都に突如現れた炎と氷の魔物! 名称未定の魔物を日本神話から『カグツチ』と『タカオカミ』と名付けます! カグツチとタカオカミはアトリ大先輩に襲い掛かり、その腕と足に傷を与えています!


 しかしこの程度で諦めないのがアトリ大先輩! この程度のハンデを覆し、いつも通りに魔物を切り裂いてくれるでしょう!」


 開幕トークを行っている間、里亜はトークンを使って各SNSに宣伝していた。避難している者もいるが、突然の魔物顕現を信じられず呆けている者もいる。そう言った人達が宣伝を見て、アクセスしてくる。


『は? なんでそこにいるの!?』

『突然のコラボ配信!』

『おおおおおおおお! マジかあああ!』

『この魔物って今エクシオンが映してる奴だよね!』

『アイエエエエエ! サムライ! サムライナンデ!』

『↑ いや、シャレ抜きでそんな心境だわ』

『魔物いるところにアトリ様あり!』

『いやいやいやいや! え? これは流石になくない!?』

『【悲報】逃げ遅れた人はサムライだった!』

『でも、アトリ様ならワンチャン……』

『深層魔物を切れるアトリ様なら、勝てるかも……』


 コメントは戸惑いと困惑から始まり、そしてアトリと魔物の勝負に方向性が流れていく。


「せやで! このアホサムライからすれば深層魔物斬るぐらい朝飯前や! どっかの輩が日本の最後とかほざいてるけど、気にせずどっしり配信見てぇな!」


「花鶏チャンネルをご覧になっている方々はアトリ大先輩の強さに疑念を抱かないでしょう。しかし初見の方もいますので、あえて説明をば!


 アトリ大先輩は現在唯一の深層配信者! その動きは桜花爛漫! その戦果は百戦錬磨! あらゆる魔物を快刀乱麻を断つが如く突き進む! そんな最強のサムライなのです!」


「いや、そこまで持ち上げてもらうほどでは……。


 というか、いま日本の最後とかとんでもない事を言っていた気がするのだが」


 いろいろとついていけないアトリ。アトリは戦いに没頭していたこともありエクシオンの避難勧告を聞いておらず、今初めて状況を理解しつつある段階だ。


「あー。気にすんな。アンタがこの魔物……カグツチとタカオカミを斬ったら全部終わりや。その後で何があったか教えたるわ。


 アンタは斬ればええ。昨日も今日も明日も、いつも通りにな!」


「はい! アトリ大先輩はいつも通りにやってください!


 いつも通りに戦って、いつも通りに配信して、いつも通りに終わってください! 日本の終わりとかつまらない事を、その剣技で斬っていつもの日常に戻ってください!」


 タコやんと里亜はそう言ってアトリに戦いを促す。日本の終わりなんて関係ない。むしろそんなことなどなくに終わらせろ。


 日常を揺るがす滅び。常識の崩壊。命が今この瞬間になくなってしまう危機。平穏の崩壊。今日生きていける保証。明日も平穏の保証。それらが存在するという保証。それこそがという事。


 平穏。明日もあるという事。未来も安全という事。いつ消滅するかもしれない日常を保証する保険。滅びを覆す安心。それが在ると、その刃で示せ。


(信じれるで! お前やったらいける!)


(アトリ大先輩ならやってくれます!)


 エクシオンの絵図なんてぶった切れ。企業そのものが描いた計画を『何もなかった』とばかりに無に帰してほしい。


「う、うむ。よくはわからぬが、斬ればいいのだな」


 アトリがその意図を察したかどうかはわからない。だが仲の良い親友に話しかけるようにアトリは頷いた。日本を救うという気概はない。いつも通りに刀を抜き、いつも通りに魔物に挑む。


『いや斬ればいいと簡単に言うけど……』

『現場周辺は風速20mの熱風と吹雪が吹いてるって聞いたけど……』

『実際看板とか吹き飛んでるし、標識も曲がってないか?』

『なんでこんな状況で普通に立ってるんだよこのサムライは!』

『体幹がどうとかいうレベルじゃないぞ!』

『しかも戦うとかありえない!』

『うむ、ありえない』

『ありえない。花鶏チャンネル初見はみなそう言う。かくいうオレもそうだった』

『アトリ様の強さを知らなければ、皆そう言うだろう』

『こんなのアトリ様からすればいつものことよ!』

『ダンジョンが地上に変わっただけで、アトリ様なら斬れるさ!』

『がはは、勝ったな。トイレ行ってくる』

『脳内で処刑用BGMが流れてるぜ』


 コメントも悲壮なものは消え、アトリが如何に勝つかを見ようとする者が増えてきていた。同接数は400万を超え、同時にSNSのトレンドも『京都』『深層魔物』『日本終了』よりも『アトリ』『勝ち確』『サムライ爆誕!』等が増えてくる。


Samuraiサムライ? What did you say何を言っているんだよ?』

没有办法战胜深層的恶魔深層魔物に勝てるはずがない!』

Japanern日本人 geht es gut大丈夫か!?』

Avez-vous paniquéパニックでおかしくなったのか?』


 アトリの事を知らない外国からの反応。


 世界各国が地上に顕現した深層魔物に注目している。エクシオン・ダイナミクスの電撃的な発表。そして日本を救おうとする英雄的な行動。世界中の誰ももが日本の終わりを疑っていない。エクシオンの英断を称賛している。


 その流れを、ただの配信者がひっくり返そうとしているのだ。


 アトリを応援する声など、世界全土から見ればごくわずか。1%にも満たない声だ。


「では参る」


 アトリの戦意と同時にカグツチとタカオカミが動き出す。わざわざ待ってくれたのか、或いはアトリの戦意に反応したのか。


「もやすよ」

「こおらせるよ」


 アトリの周囲を回るように移動し、炎と氷の弾幕を放つ魔物達。弾幕の一つ一つがぴあとじぇーろの時に比べて大きく、そして温度も激しい。回転速度も速く、アトリに空間干渉する力も大きい。無策に踏み込めば弾幕と空間干渉で足を止められ、いい的だ。


「ここだな」


 五感を駆使し、五感以外の何かの感覚を発動させ、アトリは刹那の間隙を見つける。弾幕の狭間、スキルによる空間掌握の隙間。それを見つけたアトリでさえ説明が困難な2000分の1秒の狭間を迷うことなく踏み出すアトリ。


 踏み込み、刀を振るう。


「――ぁ……!」


 カグツチが悲鳴を上げる。アトリの刀が炎の体を切り裂き、ダメージを与えた。炎の体はすぐに元に戻り、アトリの位置もすぐに円の中心に戻される。見た目からはノーダメージに見えるがアトリには確かに斬った感覚が残っている。


「【回転木馬】とやらの弱点、理解したぞ。さすがに三度目ともなれば分かろうものよ。


 さあ、存分にやり合おうか。ぴあ殿にじぇーろ殿」


 戦に飢える笑みを浮かべ、アトリは刀を構え直した。

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