▼▽▼ タコやんと里亜は一番を選ばない ▼▽▼

 ――事件は唐突だった。


 まあ、事件など唐突に起こるものだが。そんな皮肉めいた事すら気にならなくなるぐらいに、事件はいきなり起きた。


『エクシオン・ダイナミクスより、皆様に警報です! 日本京都区域において、魔物が出没しました』


 今地球を実質上統括している三大企業。その一角であるエクシオン・ダイナミクスから、緊急速報が日本中に向けて警報が流される。


『推測によると、魔物のTier深度は、深層クラス! ヨーロッパの熾天使セラフィム。ハワイの溶岩龍ラヴァに匹敵すると思われます!』

『獄炎地獄の顕現!』

『極寒地獄の顕現!』

『今、京都は大きな温度変化により激しく気流が乱れています!』

『周囲の人達は避難を!』

『京都は! いいえ、日本はもうお終いになる可能性があります!』

『天使に支配された鴎州!』

『火龍に駆逐されたハワイ諸島!』

『その惨劇を受ける可能性があります!』


 破滅。終焉。人類の終わり。説得力のある『力』を示し、それを煽る。


 それが虚構ならどれだけよかっただろうか。しかし今起きている現象は現実のものだ。圧倒的な熱量と、圧倒的な冷気。それが生み出す暴風と気象異常。荒れ狂う風は日本各地に影響を及ぼしている。


 予測不能のスーパーセル。温度差が産む積乱雲。周辺は激しい気流が生まれ、雹や落雷などの異常気象が発生している。何もかもが予測不能。これまで人類が培った気象データに存在しない事が起きている。


 高温と低温が動くたびに周辺の空気は揺れ、その余波は島国日本の気候を乱す。暴風が荒れ狂い、海流が激しく隆起する。熱波は生態系を乱し、冷気は作物の育成を収縮する。


 深層級の魔物は、そこに在るだけで周りに大きな影響を与える。魔物と化したぴあとじぇーろの存在は、そこにいるだけで気候を乱していく。それを理解したうえで、


『ですが問題ありません! エクシオン・ダイナミクスはダンジョンを通して皆さま日本国民を他国に輸送する手立てはそろえております!』


 エクシオン・ダイナミクスの公的放送はそう言い切った。


 日本国民を、移民として他国に送る準備はできている。


 まるで


『皆様! 最寄りのエクシオン・ダイナミクス支部にお集まりください! 慌てずに! パニックを起こす必要はありません!


 我々は! 我々エクシオン・ダイナミクスの指示に従い、行動してください!』


 言葉だけ聞けば、パニックを起こさずに避難誘導を行おうとするプロの言葉。実際、この報道で暴動やパニックは抑えられた。災害時の初動としては満点と言ってもいいだろう。多くの人間はその事に何の疑問も抱かない。


『こちらが現場の映像です! 炎の魔物と氷の魔物が暴れているのが分かるでしょうか!


 竜巻と言ってもいい突風が吹き荒れ、高温と低温が入り混じっています! 逃げ遅れた人を襲っているのか魔物は動きませんが、それも時間の問題です!』


 エクシオン・ダイナミクスの浮遊カメラが現場の映像を映す。暴風で映像は安定しないが、二体の魔物は誰かを襲っているようだ。その様子がクローズアップされ――


「何やっとんねん、あのアホサムライ……!」


 おぼろげな姿ではあるが、その姿を見たタコやんはそれが誰かが分かってしまった。足を引っ張るような動きだが、その動きには見覚えがある。アトリだ。


『タコやーん! アトリ大先輩があそこにいます!』


 ほぼ同タイミングでタコやんの端末に里亜からのメッセージが飛んでくる。タコやんは回線をつなぎ、インカムをつけて里亜と会話を始めた。


「言われんでもわかっとるわ! アイツはそう言う星の元にでも生まれてきたんとちゃうか!?」


「ええ、アトリ大先輩ならそうかもしれません! 流石です! 騒動の真ん中にアトリ大先輩あり!


 マジレスすると、アトリ大先輩が何かをしたいうのではなく何かの事件に巻き込まれたのかと!」


 アトリが魔物を呼び出したりするはずがない。それは100%ありえないとタコやんも里亜も納得できる。


「まあそんな所やろうな! それにしても深層級魔物とかマジヤバやないか! どっから出てきたんやあれ!? ダンジョンから出てきたとかか!?」


「あんなの巨大な魔物が出てくるんなら、事前に何らかの予兆があるはずです!


 欧州の天使降臨時は空間が歪んで磁場が狂い、無数の羽根と福音の鐘が鳴ったと聞きます。存在するだけで周囲の環境を変える存在ですからね! とにかくそんな兆候があれば三大企業がもっと早く警報を出していますよ!」


 世界を統べるとも言われた三大企業。ダンジョンの事を研究しているこれら企業がダンジョン災害の予兆を見逃すとは思えない。欧州の天使顕現時もハワイのレッドドラゴン登場時もその予兆を察し……しかし人類は敗北したという。


 ともあれ、高ランクのダンジョン魔物が地上に出る際には何かしらの予兆はある。だが今回の怪物は予兆なく突如地上に顕現し、そして三大企業の中のエクシオンだけがこれに対応している。


「せやな。急にドキツイ魔物が現れる事なんか――」


 そこまで言うタコやんは、ハッとなって息をのんだ。


「タコやん?」


「あったな。しかも超弩級のヤツがいきなり現れた事件。


『ダンジョン』様や! あれも急に現れたやろ! しろふぁんがなんやかんやあってなんやかんやした奴!」


「なんやかんやってなんなんですか?」


「なんやかんやはなんやかんやや! ほら、しろふぁんの持ってた新世界何とかってスキルが……スキルが……」


 タコやんは言いながらどこかで似たような話があったなと思い記憶を探り、数日前に自分がまとめたレポートを思い出した。


「スキルブレイク……? は? どういうことや?」


「何勝手に話進めてるんですか、タコやん。何か分かったんなら教えてくださいよ!」


「スキルブレイク、っていうアングラで回ってるポーションがあるんやけどな。リューヤが飲んでたヤツや。何でもスキルの効果を増幅させるってやつやけど、ウチはその効果をスキルシステムのリミッターを解除する、って仮説たててんや。


 もしかしてそいつを飲んで魔物化したかって思ったけど……冷静に考えたら、そんな都合よくアングラポーションがあるわけないか」


「スキル効果の増幅……?」


 里亜はタコやんのセリフを聞いて、口元を押さえた。知っている。名前はともかく、そんな効果のポーションを聞いたことがある。


「加賀見フォルテが飲んでいたポーション……? エクシオンが配布したポーション……」


「は? なんでそこでエクシオンが出てくんねん?」


「タコやんこそなんで10年前の話を知ってるんです?」


「待て待て待て、話がとっ散らかってきた! 一旦まとめたほうがよさそうや!」

 

 ――タコやんと里亜はお互いが調べたことを報告し、情報をまとめ上げる。


「つまりあれか? スキルブレイク自体は10年前からあったってことか。


 そんで双子のオトンがそのポーションを使ってたと」


「ですね。それが10年前の話です。そして現在加賀見フォルテは何者かに支援を受けて『ぴあ&じぇーろ』の活動を行っています。


 まだ幼いぴあさんとじぇーろさんが、アトリ大先輩に渡り合えるほどの支援です。【回転木馬】に【刃の舞踏】。おそらく身体強化系のポーションも飲んでいるんでしょう」


「そもそもあの双子のスキルはなんやねん? 距離を詰めても離されるとか高度な空間掌握スキルやで。んなモンを提供できる支援者ってどんだけや?」


「名前以外は不明です。どんな魔物がもっていたのか。どの階層由来なのか。ぴあ&じぇーろが使うまでは誰も知らないスキルでした」


「……せやな。あそこで暴れてる魔物みたいに、相手を回転して囲むぐらいしか知らんわな」


 タコやんはエクシオンが映す映像を見る。赤と白の魔物が回転しながらその中央の得物を射撃し、時折近づいて切りかかっている。その特徴的な戦い方を、タコやんも里亜も知っていた。


「ええ……。あれはぴあさんとじぇーろさんの戦い方です」


 超高温と超低温の魔物。爆風と吹雪の化身。その動きは間違いなくあの双子のモノだ。回転しながら遠距離攻撃を仕掛け、いきなり間合いを詰めて近接攻撃を行う。炎と氷という共通点もある。


 突然現れたぴあ&じぇーろに似た戦い方をする深層魔物。過去にエクシオンの支援を受けていた双子の父。そして今回の騒動で、エクシオンは全てを予測していたかのように動いている。


「仮説を言っていいか? アホみたいな仮説や」


「ええ、里亜も多分同じことを考えてます」


 タコやんと里亜は息を吐いて一拍おき、互いに仮説を告げていく。


「双子のオトンはどこからか支援を受けてスキルブレイクを貰い、あの双子に与えてた。


 スキルブレイクはスキルシステムのリミッターの緩和。リューヤもあれを飲んであんな魔物になった」


「原理は不明ですが、ぴあさんとじぇーろさんもそのポーションであんな魔物になった。リミッターが外れたスキルが強過ぎたのか、その辺りはわかりませんが……あの魔物の戦闘パターンから、それは間違いないでしょう」


「10年前にあのオトンにスキルブレイクを渡していたのは、エクシオン」


「魔物になったぴあさんとじぇーろさんを都合よく撮影しているのも、エクシオン」


「双子魔物がダンジョンから出てくる兆候すらなく、だから誰もが予測できへんかったわけで。でもエクシオンは知ってたかのようにカメラ飛ばして撮影してる」


「そもそもエクシオンが言っている国民大輸送なんて、事前準備がなければできるはずがありません。


 数千万人単位の輸送と輸送先なんて、根回しだけでも年単位は必要です」


「魔物が現れることを予測していたとしか思えへん。……違うな。魔物を町中に作り出したとしか思えへん。


 魔物を作り出してピンチを演出し、そこに住む人を助けてチヤホヤされるか、あるいはそれでなんか得をするか。何やこのマッチポンプ!」


「でも誰が……? いいえ、どれほどの規模が動いていると思います?」


 仮説を積み上げれば積み上げるほど、背後にいる存在の組織力が大きくなる。小物なフォルテを支援するもの好きから、日本に深層魔物を作り出し、そこに住む国民を逃亡させようとしている規模に変わっていた。

 

「仮説が正しかったら10年ぐらいはスキルブレイクの実験してる、言う事やからな。その時代から下層の素材採るとか、企業最高の探索者でもないとあり得へんで。


 そんなんを使えるんやから、そらもうエクシオン・ダイナミクスそのものが動いとんのとちゃう?」


 タコやんは鼻で笑いながら肩をすくめた。冗談にしてはパンチが効いている。ただの妄想で、ただの仮説だ。状況を組み立てて、面白おかしく脚色したに過ぎない。こんなことは、ありえない。


 奇しくも、二人の仮説は正鵠を得ていた。


 エクシオン・ダイナミクスのトップ、ドナテッロ・パッティの策謀の尻尾。それを摑んでいた。


 だが証拠は何一つない。しらを切られればおしまいだ。つまらない陰謀論だと一蹴されるにすぎない。タコやんも里亜も、こんなのは仮説の域を出ないことを知っている。


 知ってはいるが――


「こんなんあり得へんけど……あのアホが絡んでるしなぁ……」


「アトリ大先輩ですからね! アリアリです!」


 アトリが絡んでいるとありえない話でもあり得そうな気になるのであった。


「ここまで話デカくなったら、うち等にできる事なんてあらへんわ。大人しく避難するんが一番やな」


「そうですね。それが一番です」


 匙を投げるように言うタコやん。深層級の魔物もそうだが、これがエクシオンの計画ならタコやん如きではどうにもできない。アトリのように強いわけでもない。ただの科学系ダンジョン配信者が世界を統べる三大企業の一つに挑もうと思う事さえおこがましい。


「……それが一番、なんやけどなぁ……」


 避難所に向かって足は動かない。


「ええ。それが一番です。そんなことは里亜にだってわかります」


 頭はどうすればいいのか考えることが止まらない。


「悔しいなぁ。やりたい事あるけどが足らへんわ」


 心はあそこで戦うアトリを見捨てられない。


「ええ、悔しいです! 里亜はが足りません!」


 アトリに全てを任せてしまうなんて、できっこない!


「奇遇やな。天才なウチの知識、貸したろか?」


「奇遇ですね。人手ならいくらでもありますよ!」


 同時に宣言するタコやんも里亜。互いのセリフが分かっていたかのように、二人は笑みを浮かべていた。


「火事場泥棒めいた配信、やってみるか?


 国の浮沈がかかった状況をゲリラ配信。ついでにデウスエクスマキナでとっぴんぱらりのぷうな感じ終わらすんや」


「なんなんですかそれは!? デウスエクスマキナって、アポ・メーカネース・テオスですよね! 悲劇を覆す機械仕掛けの神! とっぴんぱらりのぷうも秋田の方言で――!」


「とっぴんぱらりのぷうはとっぴんぱらいのぷうや! 考えてる時間なんてないで! あのアホのために動きまくれ!」


「イエス! アトリ大先輩のためなら里亜は全力で動きます! 行きましょうタコやん!」


 こうして二人の配信者は動き出す。


 日本の為でもなく、エクシオンの策謀を潰す為でもなく。


 ただ一人、アトリというサムライのために。

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