弐拾参:サムライガールは双子と戦う

 騒動から一日後、ダンジョンに向かうアトリは道の真ん中で足を止める。


「三度目か。今回は隠れて撮影する者はおらぬようだが」


 アトリは自分に鋭い意志をぶつける相手に、言葉を投げかけた。

 

「…………」

「…………」


 ぴあとじぇーろ。その表情は鋭く怒りに染まり、アトリを無言で睨んでいる。ぴあとじぇーろの手にはスキルで生成された炎と氷が宿っていた。


「え? なんだなんだ?」

「まさか街中で攻撃スキルを使う気か?」

「あれって『ぴあ&じぇーろ』?」

「おいおい。通行止めとかあったか?」


 アトリとぴあとじぇーろ。それを見た人達がざわめき立つ。


 町中で配信者同士が戦う。そう言うシチュエーションの配信を行う場合は、事前に市や企業などに許可を取ったり、関係ない人が巻き込まれないように他のスタッフが通行止めしたりするのが通例だ。


 だが今回はそう言った通行止めを行うスタッフがいない。スタッフに命令するフォルテが捕まっているからだ。ぴあとじぇーろはドナテッロに言われるままに、アトリが通るこの道で待ち伏せしていたに過ぎない。


「あー。某と遊ぶのはいいが、人払いはしたほうがいいな。フォルテ殿だったか? 二人の父にも話を通して――」


 興奮している双子を刺激しないようにやさしく告げるアトリ。話が通じる……昨日のことを思えば通じるかは疑問だが……とにかく保護者の名前を出せば落ち着くと思ったアトリだが、


「パパをイジメるな!」

「パパを返して!」


 アトリが父親をイジメて奪ったと思っているぴあとじぇーろには逆効果だった。そのまま炎と氷の弾丸をアトリに向かって打ち放つ。


「きゃあああああ!」

「マジか!?」

「死ぬぅ!」


 そして炎と氷はアトリだけではなく、その場にいた通行人にも飛ぶ。その威力は下層魔物を傷つけていたぶれるほどだ。何の対策をしていない人間が食らえば、良くて大怪我。悪ければ死ぬこともありうる。


「なななな何をするか二人とも!」


 アトリは逃げ遅れた人を庇うように弾丸の軌跡に割り込み、刀を振るう。ギリギリ間に合ったが、その分アトリ自身への攻撃への対処が薄まった。左肩に炎の矢を受け、右足に氷の矢が突き刺さる。


「ひぃ!? あ、ありがとうございます!」

「あわわわっ! 大丈夫ですか!?」


「問題はない。それより早くここから去るといい。次は守れるか分からぬからな」


 ケガをしたアトリを心配する人達に、アトリは双子から目をそらさずに告げる。無言で何度か頷き、走って去っていく人達。


「これは……修行不足だな。姉上なら守ったうえで全て避け切ったろうに」


 炎を受けた左腕は力が入らず、氷の矢が刺さった個所は感覚がマヒしている。やむなくアトリは右手で刀を握り、左足に重心を預けて構えた。


「パパのトモダチの言うとおりだね、ぴあ」

「普通の人は庇うんだね、じぇーろ」

「パパはイジメたのに!」

「パパは助けないのに!」


 声に怒りを込めて、ぴあとじぇーろは言う。一般人を巻き込んで攻撃すれば、アトリは庇う。そうすれば攻撃の何発かは当たるはずだ。そう教えられて、それを実践した双子。


「「パパを返して!」」


 パパ。加賀見フォルテを助ける為なら、その辺の人を傷つけることなど厭わない。倫理観など、当の昔に壊れている。パパが言うから。パパが褒めてくれるから。だから何でもできる。そんな子供の価値観。


「昨日の話か。某に言われてもなぁ」


 理不尽を感じるアトリだが、ぴあとじぇーろが話を聞いてくれないのは明白だ。


「「死んじゃえ、サムライのおねーさん!」」


 二人同時に消え、アトリの真正面と背後に移動する。【回転木馬】による瞬間移動。片腕片足が傷ついたアトリはその動きに――


「消えるタイミング、現れるタイミング。何度も見せすぎだ」


 合わせるように刀を振るう。大上段から真下に唐竹に振るい、流れるように振り返り背後にいる相手に下から上への逆風の斬撃。相手がそこに来ると分かっているかのような動き。


「あ?」

「れ?」


 斬られた。ぴあとじぇーろがその事実に気付いたのは、地面に伏したその後だ。これまで何度も翻弄していたのに、こんなにあっさりとやられるなんて。


「怒りで連携が狂ったな。まだ一度目の襲撃の方が強かったぞ。


 ぴあ殿とじぇーろ殿の強さはすきるとやらの移動ではない。一糸乱れぬ二人の連携だ。そこにズレが生じたので、それにあわせて斬ったまで」


 刀についた血を払うように大きく振り払いながら、アトリは告げる。【回転木馬】による空間移動などアトリにとっては些末な話。同時に空間を移動し、全く同じ動きをし、翻弄しながら容赦なく攻める。アトリが二度も切れなかったのは、その連携を打ち破れなかったのだ。


「ぱぱ、痛いよ」

「ぱぱ、助けて」


 斬られた双子は立つこともできない。痛みに悶えながら必死に助けを求める。アトリは刀を納め、スマホで救急車を呼ぶ。致命傷は避けた。急げば死ぬことはないだろう。もっとも、しばらく入院は必要だろうが。


「それが痛みだ。二人の武器……すきるは、その痛みを他人に与えるモノだ。


 それをしっかり身に刻むといい」


 救急車を呼んだ後、アトリは冷たく静かに言い放つ。武器……ではないが、スキルを使って攻撃してきたのだ。そんな相手に容赦はしない。正当防衛とはいえアトリ自身も幾分かの刑罰を受けるだろうが、それは甘んじて受けるつもりだ。それが武器を持つという意味だと身に刻んでいる。


「ああ、大丈夫ですか! 今ポーションを二人に!」


 戦いが終わったことを察して走ってくる男性。救急車が来るまでの応急処置とばかりに、を手にしていた。


「飲むだけの力はなさそうなので、傷口に直接かけますね!


 直接体内に入るから、けど我慢してね!」


 言ってその男はアトリが斬ったぴあとじぇーろの傷口にポーションを振りかけた。ポーションが傷口に触れると、びくりと体を震わせる双子。呼吸が荒くなり、手足をガクガク震わせたかと思うと、時折何かをつかむようにピンと伸ばして硬直する。


「え? これはマズくないか!?」


 強直間代性けいれん。医学の知識がないアトリでも、この状態は良くないことはわかる。男を押しのけてアトリが双子を見れば、けいれんを続けながら立ち上がるぴあとじぇーろがいた。壊れかけの人形が無理やり立ち上がった印象を受けるアトリ。


「ぱぱ、みてて」


 ぴあは全身を炎で覆われた体になる。轟々と燃える幼い体は周囲に熱気を振りまいていた。


「ぱぱ、かつよ」


 じぇーろは白く発光する人型の姿になる。存在するだけで周囲に吹雪を振りまき、パキンパキンと空気が凍る音が響く。


 超高温と超低温の魔物。そこにいるだけで暴風を産み出し、周辺を荒らしていく。固定されていない自転車は風の勢いで吹き飛び、店の看板は大きく揺らいで吹き飛んでいく。そして風の勢いは少しずつ増していく。


「あわわわわ! 助けてくれぇ!」


 ポーションを振りかけた男は魔物と化した双子を前に一目散に逃げだす。まるでそうなることを予想していたかのような、素早い逃亡。


『作戦成功です、ドナテッロ様!』


 男は逃げながら雇い主にメッセージを送る。エクシオン・ダイナミクスの社員。ぴあとじぇーろがアトリに斬られた時のために待機していたのだ。まさか一撃で負けるとは思ってもなかったが。


「いやはや摩訶不思議だな。ダンジョン外だというのに魔物と相まみえようとは」


 事態を理解していないアトリは刀を構え直して口を開く。いきなり襲われて迎撃したら、その相手が魔物になった。誰がこんなことを信じるのか。アトリは銀色のポーションが暗躍していることなど知りはしないのだから。


「ぴあと」

「じぇーろが」

「「ころころするよ」」


 ふたりの姿が、消えた。


 熱波と冷気の塊がアトリの周囲を回転する。移動しながら無数の高温と低温の矢を放ち、赤と白の弾幕がアトリを覆い尽くす。


「これはこれは」


 鏡合わせとばかりの連携。アトリが攻めきれなかったぴあとじぇーろの動きそのものだ。だが放たれる攻撃の数が段違い。これまでの攻撃が10ならば、今の弾幕密度は500はある。


「なかなか厳しいな」


 迫る炎と氷の弾丸を切り裂き、そして地面を転がって避ける。避けた先にも迫る新たな攻撃。アトリはそれに対応すべく身を起こそうとし――怪我をした足が思い通りに動かずよろめいた。避けるのには間に合わない。


「ならば全て斬るだけよ」


 右手で刀を握りしめ、迫る弾幕を睨むアトリ。イメージは強く。その通りに体を動かす。思うと同時に体は動く。繰り返された鍛錬がイメージ通りに動いていく。例え片腕が動かずとも問題ない。


「すきありだよ」

「おそすぎるよ」


 弾幕全てを切ったアトリの真横に瞬間移動してくるぴあとじぇーろ。アトリの刀を模すように、手にしているのは70センチほどの炎と氷の直刀。それが弾幕を切ったばかりのアトリに同時に迫る。


 血飛沫が舞った。


 身をひねって跳躍し、直撃だけは避けるがそれでも刃はアトリの体を切り裂いた。地面を転がるアトリ。転がった地面に赤い染みが広がる。アトリの全身を激痛が苛み、血液が流れる度にじわじわと活力が失われていく。


「いやはや、大した連携だ。それぞれの技……すきる、でいいのか? それも格段にキレを増している。


 深層の魔物に匹敵する強さだな」


 アトリは今のぴあとじぇーろの強さをそう評した。深層の魔物と戦った経験がアトリにそう告げている。


 タコやんの仮説が正しいのなら、銀色のポーション『スキルブレイク』の効果はスキルのリミッター解除だ。二人がもつ【回転木馬】【刃の舞踏】。そしてぴあの【炎弾】とじぇーろの【氷矢】の全てが限定解除されている。


 ……いや、その表現もおそらくは正しくはないのだろう。


 人間の魔物化。


 スキルが人間の体を乗っ取り、魔石の元となった魔物に変化させている。


 キメラリューヤはマゾムガガプ山にいた数多の魔物と融合した結果だが、今のぴあとじぇーろはそれとは関係なく魔物になっている。しかもその強さはアトリ曰く深層レベル。


 今はアトリに矛先が向いているが、アトリが倒されればその凶暴性は何処に向かうのか。目的を達して大人しくなるかもしれない。父親を救うために国家権力に向くかもしれない。そんなことも忘れ、本能のままに暴れるかもしれない。


 手負いのアトリは彼我の戦力差を脳内で計算する。片腕片足の状態で、二対一。しかも完璧ともいえる連携を取り、戦う空間は相手に支配されている。


 圧倒的劣勢。その事実を認めたうえで、


「いいぞ。悪くない。むしろ良い。――尽き果てるまで斬り合おうぞ」


 笑みを浮かべるアトリ。強い相手と戦える。その喜びに鋭い笑みを浮かべる。


 狂気の笑み。修羅の笑み。戦に傾倒するアトリ。


 戦場。血。命の奪い合い。殺し殺し合うフィールド。生命賛歌などデバフ。負ければ死ぬ場。油断が死。手加減が死。甘さが死。気を抜けば死。一瞬の気の緩みが死。そんな死線を潜る戦士や騎士や侍なら当然の場。


 今ここにあるのはそう言う状況。深層レベルの魔物と言う存在。それに相対できるだけの戦力。僅かな油断が戦況を覆し、そしてそれがここにいる多くの生命の存続を揺るがす。そんな状況。


 アトリが負ければ、ここに住む多くの命が塵芥に化す。そんな状況なのは、誰の目にも明らかであった。深層レベルの魔物が暴れれば、この地域はその暴虐に支配される。ヨーロッパの天使支配地域然り。ハワイのレッドドラゴン支配然り。


 この地に住む人間の未来。この戦いの勝敗は揺れる天秤の上。それを理解してアトリは言う。


「存分に斬り合おうぞ。互いの存続をかけて」


 互いの死を持ってしか終わらぬ戦。魔と人の殺し合い。そんな空気は、


『アホかぁぁぁぁ! 存続かけていいワケないわこのくそボケサムライがぁぁぁぁ! いつものボケボケモードに戻れ!』


『ぎゃあああああああ! シリアスモードのアトリ大先輩カッコいい! でもお待ちを! いつも通り里亜が盛り上げて見せますから!』


 そんな――


「は? タコやん? 里亜殿? え? ええ!?」


 アトリの日常を思わせる『親友』の声で、日常へと引き戻された。

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