弐拾弐:サムライガールは絡まれる

 タコやんや里亜が色々調べていることなど知らず、アトリは今日もダンジョンに向かっていた。一度家に帰って着替えた後、いつもの羽織袴に着替えて刀を手にする。浮遊カメラなどのダンジョン装備一式を手にし、マンションを出る。


 ダンジョン入り口がある建物へ向かう道。その途中でアトリは自分に向かって歩いてくる男に気付いた。酔っているのか千鳥足で、そのまま倒れそうなほどである。


「……おい、テメェ! いい気になってるんじゃねぇぞ!」


 アトリに向かって叫んだ男の顔には覚えがある。加賀見フォルテ。ぴあとじぇーろの父親だ。アトリの刀が届かない位置から指をさし、地団駄を踏みながらがなり立てる。


「ふむ。いい気とはどういうことだ?」


「ちょっと強くて深層配信しているからって調子に乗るな、ってことだ! オレ様がその気になれば、テメェなんかすぐに追い抜けるんだぞ!」


 叫ぶフォルテ。酒が入っているのか顔が赤く、言っていることも言いがかりだ。アトリは深層配信を鼻にかけたつもりはない。フォルテの実力も話に聞く限りでは上層突破もあやしいぐらいである。


「ああ、慢心するなという事か。確かに重要だな。年長者からのお言葉、しかと受け止めた」


 アトリは無難にそんなことを言って頭を下げる。そのままフォルテの横を通り過ぎようとするが、フォルテは走ってアトリの前に回り込んだ。


「待てよコラァ!」


「まだ何か某に用が?」


「オ、オレ様を舐めるなよ! 今はチャンネルを消しているが、かつては名の知れた配信者だったんだ! 本気になればテメェの様なひよっこなんざ相手にならねぇんだよ!」


 酔ってフラフラしながらアトリに絡むフォルテ。酔っ払いは面倒だなぁ、とため息をつくアトリ。さすがに刀を抜くわけにもいかず、頭を掻いていた。


「そうかそうか。ではその時はお相手させてもらおうか。今はお互いそれどころではないから、後日にな」


 言ってやんわりとフォルテを押しのけようとと手を伸ばすアトリ。特に力は込めていない。拒絶の意思が伝わる程度にフォルテに向けて力を込めた。


「ぎゃあああああああああ!」


 なのに、フォルテは派手に地面に転がった。痛そうに悲鳴を上げ、そのまま這うように後ずさりする。


「誰か助けてくれぇ! 殺されるぅ! ダンジョン配信者に殺されるぅ!」


「え? え? え?」


「あの刀で斬られたぁ! 血、血が出てるぅ! 警察! DPU! 誰かコイツを取り押さえてくれぇ!」


 フォルテは腕を上げて、そこにある傷口を指さし叫ぶ。カッターナイフで切ったような小さな傷だ。当たり前だがアトリは抜いてもいない。というかアトリが本気で斬ったら、腕を切断できる。あんな小さな傷ではすまない。


「なんだなんだ!?」


「ダンジョン配信者が一般人を襲っただと!」


「しかもあのサムライアトリが!?」


 周りにいた人達も叫ぶ。スマホでアトリとフォルテを撮影し、SNSで拡散した。


「DPUだ! 通り魔が起きたと聞いたぞ!」


「いや待ってくれ。某は何も――」


「話は署で聞く!」


「う、うむ。やましいことなど何もないからな」


 そして通りかかったDPUがアトリに詰め寄る。アトリも無実を証明するために、抵抗することなく同行した。そのまま最寄りの交番で事情徴収を受ける。


「これは酔っ払いの戯言だな」

「すまない。迷惑をかけた。あの男にはきつく言っておく」


 そして状況を調べたDPUは即座にアトリに謝罪した。フォルテの傷跡は明らかに自傷だし、傷口もアトリの刀とは一致しない。フォルテは軽犯罪扱いで拘留されることとなった。


「いや構わぬよ。市井を守るために容疑をかけるのが貴公らの仕事ゆえ。


 とはいえ、時間をかけすぎた。今日は流石にダンジョンに向かうわけにもいかぬか」


 事が終われば時刻はもう夜8時。今からダンジョンに潜れば、帰りは夜中になるだろう。アトリは今日のダンジョン探索を諦めた。とんだ不運だが、こういう日もあるとアトリはため息をついて帰路につく。


 ――だが、事態はアトリが気付かぬうちに展開していた。


 人気ダンジョン配信者が町中の騒動を起こし、そして連行された。SNSはその事件でもちきりになった。


 フォルテが突き飛ばされた動画が高画質で出回ったのだ。加工されているのか、アトリが激しく突き飛ばしたたように見える。更にフォルテの腕自体にモザイクがかかり、傷の大きさは不明瞭なものだ。


 何も知らない人がその動画を見れば、街中でアトリがフォルテを強く押して倒し、フォルテの腕には傷があるように見えるだろう。そしてフォルテは悲鳴を上げ、腕に傷があるとか殺されるとか叫んでいる。


『サムライが人を殺しかけた!』

『無垢な一般人を襲う配信者!』

『ダンジョン法は守られていない!』

『配信者の武器所持を制限せよ!』


 アンチアトリやダンジョンに不満を持つ者の声が多く上がるが、同時に冷静な意見もSNSに上がっていた。だが同時に、


『どう見ても加工してるじゃん。フェイクフェイク』

『このオッサンわざとらしくね?』

『つーか、アトリ様が本気で斬ったら真っ二つだよ』

『せやなwww』


 以前のTNGKの件もあり、アトリファンはこの手の情報に対して冷静だった。


「なんやねん、それ。そんなオチか」


 スマホでアトリから事情を聴いたタコやんは、気が抜けたようにため息をつく。


「また変な奴等に炎上動画撮られたかと思ったけど、詰め甘すぎやろ」


 酔っ払いに絡まれて当たり屋されたところを高画質カメラで撮影され、DPUが通りかかり、その動画が配信されたのだ。タコやんならずとも誰かがアトリを嵌めようとしたと疑うのは当然だ。


「甘いのか?」


「甘い甘い。アンタのファンは結構多いんやで。こんなヤラセじゃすぐに火消えるわ。子供だましもええ所やな。


 里亜も言ってたけど、これが意図的な策略やったら初動は速いけどそれ以降は甘すぎ。放置してるんちゃうか、ってぐらいやで」


 タコやんと里亜の見立て通り、SNSの流れは少しずつ収まりつつあった。動画の加工されたものだとすぐにわかった事。フォルテの演技が素人めいていたこと。そして何よりもアトリがそんなことするはずがないという信頼がアトリ無実の流れを生む。


『つーか、アトリ様が本気で斬ったら真っ二つだよ』

『縦に二等分』

『二等分で済むか? サイコロステーキになるぞ』

『むしろ押し倒すとか言う手間はしない。間合に入ったらその時点で首が飛ぶ(物理)』

『みんなのアトリ様に対する信頼が深い』


 ……信頼の方向性にはいささか問題があるような気もするが。


「気になるんやったら配信で無実やで、って言うか?」


「いや、問題ないのなら流れのままに任せよう。今日の遅れを取り戻したいしな」


「さよけ。ま、気にしてへんのやったらええわ」


「すまんなタコやん。心配をかけたようだ」


「……っ! アホ、心配なんかしとらんわ。切るで」


 ビデオ通話してなくてよかった、と思いながらスマホを切るタコやん。熱っぽい頬を叩き、気持ちを切り替えた。


 ……………………


 …………


 ……


『SNSでのアンチアトリ炎上は収まりつつあります』

『動画の加工も看破されました』

『フォルテ様の身バレも時間の問題かと』


 そんな報告がドナテッロの端末に飛んでくる。場所はエクシオン日本支部。ドナテッロはVIPルームで自ら仕掛けた工作の流れを確認していた。


「みんな冷静だね。こんな程度じゃ騙されやしないか」


 ドナテッロは笑みを浮かべ、この騒動の流れを見ていた。


「フォルテ君ももう少し痛がってくれたらよかったのに。そうすればもう少し話題になっただろうにね。


 まあ、その下手さ加減を見込んで頼んだんだけどね」


 動画を再生して嗤うドナテッロ。痛がるフォルテの大根役者っぷりを肴にワインを口にしていた。


 フォルテに当たり屋紛いの事を頼んだのは、ドナテッロだ。


 もっと言えば、これまでフォルテに多くの支援をしたのもドナテッロだ。


『貴方はかつては一世を風靡した道徳破壊者モラルブレイカーの加賀見フォルテさんですね。噂は遠くイタリアまで聞こえています』

『ゴブリン退治の件は御不幸でした。あの躓きがなければ、今ではトップ配信者になっていたでしょう』

『色々支援させてください。貴方にはまだ可能性があります』


 フォルテのプライドを刺激し、いいように煽てて思い通りに動かす。小心者のフォルテはドナテッロというバックを得て、慢心する。まだ配信者としてやれるとドナテッロに転がされ、慢心は肥大化する。


『そう言えば、娘と息子がいましたよね。二人を戦わせるのはどうです? 装備やスキルシステム、ダンジョン法の抜け道などサポートいたしますよ』

『貴方はどっしり構えていればいいのです。子供の手柄は親の手柄なのですから』

『上手くいったら褒めてあげてください。それだけであの二人は喜びますよ』


 そしてドナテッロはフォルテの子供に目を付けた。まだ年端のいかぬ子どもを戦わせる。純粋無垢な子供がモンスターを虐殺する。そんなこれまでなかった配信を潤沢な支援で生み出した。


「お前ら。あの魔物を攻撃しろ。じわじわ殺していくんだ」

「え? ぱぱ? やれ?」

「なんでこんなことしないといけないの? かわいそうだよ?」


 ぴあとじぇーろは怯えながら、父の命令に従う。


「いいぞ。もっと血を流すようにやれ!」

「ぐちゃって、きもちわるい、ぱぱ」

「血。赤い。流れてる。ねえ、ぱぱ」

「ははは。すごいぞ! 同接数が跳ね上がっていく!」


 死。自らの行動で消える命。倫理観が解けていく。


「いつも通りやれ。オレ様は隠れて見てるぜ」

「あはは。まだ動くよ。この魔物」

「あはは。まだ抵抗するよ。これ」

「いい笑顔だってコメントが来てるぞ! もっと笑え!」


 繰り返される『死』が、双子の死生観を狂わせていく。


「これだけスパチャがもらえたら、いい酒が飲めそうだな」

「ぱぱ。今日はうまくできたよ」

「ぱぱ。褒めて褒めて」

「ああ? そうだな。今日はいい数字が取れた。よかったぞ」


 繰り返される『愛』が、双子の常識を狂わせていく。


 殺せばパパが褒めてくれる。殺せばパパが喜んでくれる。


 命の価値など塵芥。生命賛歌などデバフでしかない。魔物を虐待し、その事に抵抗を感じない純粋無垢。そんな強さを持ち、そして汚されることのない子供のような配信者さくひん


 こうして『ぴあ&じぇーろ』は誕生する。子供の精神を持った虐待配信者。動物を愛でるも殺すも同じ感覚で出来る逸脱者。父親の言うことに従順で、倫理や常識を疑わない無垢な刃。


『インフィニティック・グローバルに誘われた? いいですね。承諾してください』

『エクシオンじゃなくていいのか、ですって? はっはっはっ、構いませんよ。(いつでも切り捨てれますしね)』

『ええ。インフィニティックに所属してもエクシオンから支援は続けますよ。スキルや例のポーションは必要でしょうし』


 例のポーション。エクシオン代表のドナテッロは銀色のポーションをフォルテに支援していた。スキル効果を増幅させるスキルブレイク。下層で採れた素材をベースにして作られたエクシオンの裏の取引物。


 十数年前のゴブリン大量発生時に大量に配り、その効果を検証した。当時はまだ未完成品と言っていい出来栄えだったが、多くの『協力者』により完成へと近づいて行った。その生き残りのフォルテも『喜んで』子供というサンプルを提供してくれた。


「ここまで育ててくれて感謝しますよ、フォルテ君。キミの子供はいいサンプルになった。


 キミに才能はなかったけど、キミの子供は立派な結果を生みそうだ」


『このオッサン、昔配信で見たぞ』

『たしかぴあ&じぇーろの親だ』

『何とかブレイカーとかで迷惑配信してたんじゃなかったっけ?』

『その流れでアトリ様に絡んだ?』


 風向きがアトリの暴行事件からフォルテの迷惑行為に流れつつある。


 ドナテッロの資金力と組織力を使えばこの流れを変えることは可能だが、それはしない。むしろこの流れこそ望んていた流れだ。フォルテの迷惑行為。雑な因縁付け、行き当たりばったりともいえる策謀。子供だまし。


「ねえ。パパはどうしたの?」

「サムライのお姉ちゃんがパパをイジメたの?」


 そうだ。騙せるのは子供だけでいい。


「そうだよ。あのサムライのお姉ちゃんがキミ達のパパを悪者にしたんだ」


 たった二人の子供を騙せれば、それで十分だ。


「パパが大好きなんだよね? じゃあ助けないと」


 あとは不安がる子供に手を差し伸べればいい。ドナテッロはぴあとじぇーろの前に赴き、優しく言葉をかける。


「そのためのお薬を上げるよ。いつもパパがくれたのと同じ物。いいや、それ以上のお薬だ」


 銀色のポーションが、双子に渡される。


「オレはキミのパパのお友達さ。名前はドナテッロ・パッティ。ずっとずっとパパのお手伝いをしてきたんだ」


 パパのトモダチ。


「さあ、悪いお侍さんをやっつけよう。そしてパパを助けてあげよう」


 パパを助ける。


 その言葉に疑問を抱くことなく、ぴあとじぇーろは決意を込めてそのポーションを受け取った。

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