▼▽▼ タコやんは双子を調べる ▼▽▼

 二度目のアトリVSぴあとじぇーろの戦いから日が明けて、


「ったく、メンドクサイなぁ」


 タコやんは愚痴りながら商店街を歩いていた。スマホで魅せの場所を確認しながら歩き、目的の看板を見つけてそこに向かう。階段をのぼり、店の看板を確認して扉を開けた。


「邪魔するでー。邪魔やったら帰れ? そないなこと言うなや」


 一人ツッコミしながら扉を開ければ、店の中からむわっとした匂いがタコやんの鼻をついた。ケモノの放つ匂いだ。店の中にいた獣達が一斉にタコやんの方を見て、口を開いた。そこにある鋭い牙と闇を見通す瞳が侵入者を射抜く。


「にゃー」

「にー」

「みー」


 猫。


 店の中には10を超える猫がいた。キャットタワーで遊んでいたり、ベッドで寝ていたり。走り回ったり飛び回ったり。人間が持つおもちゃにつられたり、人間に抱きしめられたり。


 猫カフェ『マウ』。タコやんはここでとある配信者と待ち合わせをしていた。正確に言えば、その配信者がこの店を指定したのだ。目的の配信者を見つけ、タコやんはそちらに近づいていく。


「ふへへへ。マオマオは今日も元気でちゅねー。もふもふもふぅ……」


 30代後半の小太りな男。それが猫を膝に乗せ、その背中を撫でていた。ネコは男の撫で具合が心地よいのか、撫でられるままにいた。マオマオと言うのは猫の名前だろうか? ともあれタコやんは遠慮なく声をかける。


「相変わらずもふもふ好きやなぁ」


「おおっと、タコやん氏。もうそんな時間ですか。


 いやはや猫を愛でていると時間を忘れてしまいます。これは猫がもつねこねこ粒子が時間を操作しているともっぱらの噂で。さらさらした毛並みに温かい皮膚。それを優しくなでることでねこねこ粒子が人間の脳を幸福にするという学説はどうでしょうか?」


「はいはい。もふもふかわいいな」


 幸福感あふれている相手の言葉を適当に聞き流すタコやん。タコやん自身は動物にあまり興味はないが、だからと言って相手の嗜好を否定はしない。好きな事など違って当たり前。理解できずとも、そういうモノだと思うのが多様性だ。


「ええ、もふもふは至高。もふもふは最高。もふもふは最強。全ての生き物がもふもふすれば戦争は起きず、全ての人間がもふもふを愛すれば差別がなくなる。ああ、全てがもふもふになればいいのに!」


 ――それはそれとして、ここまで傾倒するのは如何なものかと思わなくもないタコやんであった。もふもふ教とか作りそうな勢いである。


「そんなにもふもふ好きなら、自分で着ぐるみ着たらええやん。あと毛皮撫でるとか」


「違うのですタコやん氏!


 確かに着ぐるみや毛皮はもふもふしていますがあくまで人工! それなりの心地良さはありますが、生命力がないのです! 生きた毛並みと体温、そして撫でた時の反応!


 それが我々『狐虎馬コントラバッス』の求めるもふもふ! 例え触れることが叶わなくとも、ダンジョン全てのケモノを吟味すべくもふり続けるのです!」


 狐虎馬コントラバッス。


 それが彼ら――この店にいるタコやん以外の客もメンバーである――配信チームの名前である。そしてこの男は 狐虎馬コントラバッスリーダーの『MBMFもぶもふ』。モブでありモフリスト。そんな意味合いだとか。


 今主張したとおり、彼らはダンジョン内のケモノ系魔物を見つけては愛でようとする配信者である。とはいえ、ダンジョン内の魔物は基本人間に敵対的。ゆえに撮影だけに留まるのが現状だ。


「はいはい。ポリシー持つのはええことやな」


 タコやんは適当に流しているように聞こえるが……実際、どうでもええとばかりに適当に流しているのだが……彼らのこだわりをバカにしているわけではない。


 遠距離からもふもふした動物を余すところなく嘗め回すように観察したい。


 この一心でカメラレンズの研究をつづけ、革命的なレンズを産み出したのだ。遠距離から毛並みや柔らかさが伝わってきそうなほどの高品質。アトリ撮影用に浮遊カメラにつけられているレンズもそれである。


『ケモナー撮りの最前線』『動物専門の高画質』『もふもふの一念、岩をも通す』など褒められているのか貶されているのかよくわからない異名を貰っている。それが彼ら狐虎馬コントラバッスである。


「MBMFのもふもふタイムの邪魔したくないんで、とっとと用事済ませよか。


 聞きたいんは『ぴあ&じぇーろ』のことや。同じインフィニティックの配信者から見て、あの双子はどう思う?」


 タコやんが狐虎馬コントラバッスに連絡を取ったのは、ぴあとじぇーろの情報を得る為である。ネットによる評価や批評などはすぐに調べられるが、あくまでそれは情報の一部。同僚の配信者から見た新たな側面の情報が得られるはずだ。


「ああ、人間はもふもふできないからあまり興味がありませんな」


 得られる『はず』だ。めいびー。たぶん。きっと。世の中そんなに甘くない。


「もふれるかどうかで判断するんは流石に人としてどーなん?」


 あっさり帰ってきた答えにタコやんは人選誤ったかもなぁ、と渋い顔をした。


「いやいや大事ですぞタコやん氏。もふもふは世界共通言語。もふもふは全てを癒すのです。


 そうそう、あの双子も癒されに来たことがありますな」


「双子って『ぴあ&じぇーろ』か?」


 どうでもいい流れになりそうだ、と思った矢先にぴあとじぇーろの話に戻る。


「ええ。無邪気にネコを愛でておりましたぞ。年端もいかぬ子どもが猫を愛でる姿はまさに一枚絵の如く。まあ猫だけでKAWAIIなのですが」


「以外やな。あの双子、配信では生き物は全てイジメて倒すとかそんな感じやのに」


「ですなぁ。その日の配信もマギ・ケットシーを20分ほどかけて時間をかけて倒していたとか。何と勿体ない……! あれほどのモフ素材を血まみれにして惨殺するなど……!」


 マギ・ケットシー。二足歩行する猫の魔法使いである。ローブに身を包んだ直立する猫で、見た目は可愛いがえげつない魔法を使ってくる下層モンスターである。


 悔しがるMBMFだが、配信内容に苦言を呈する事はない。そのチャンネルの趣旨に口出しするのは配信者のマナー違反だ。あくまでマギ・ケットシーを惜しむに過ぎない。当然、ぴあとじぇーろに文句を言うつもりもない。


「猫倒した後に猫撫でに来てんのか。けったいな事するなぁ」


「月に数度の頻度ですがやってきますぞ。なんでも配信後のストレス解消だとか」


「魔物イジメて楽しんでる奴が似た動物愛でてストレス解消とか、どないやねん」


 腕を組んでため息をつくタコやん。あまりと言えばあまりのギャップに双子のパーソナリティがつかめずに――


(ちゃうな。『攻撃したい』と『愛でたい』は別やない。好きな子をイジメる男子とか、そんなガキ臭い感じか?)


 ぴあとじぇーろは子供なのだ。子供の目線。子供の歩幅。子供の距離感。子供の知識。加減と常識を知らない子供。ネコ型の魔物を虐待したその足で、ネコをもふもふできるのは、そう言う価値観なのだ。


(猫だから、似ているから、そう言う感覚やないんや。MBMFがもふもふで全てを判断するようなもんで、あいつらはあいつらの価値観で動いてる。


 魔物は虐待する相手。動物は愛でる相手。ある意味メリハリがついてるって所か?)


 自分の常識を元に判断してはいけない。タコやんは頭をリセットするように目を閉じた。得た情報を脳内で吟味する。


『今回は様子見だったからのかも知れぬが、攻撃の端々から『勝つ気』の様なものをまるで感じなかったというか』


 アトリが言った言葉を思い出すタコやん。相変わらずふわふわした表現だ。なんやねん『勝つ気』って。もうすこしわかりやすく言えや。心の中で悪態をつきながら、頭を掻いた。


(勝つ気勝つ気。要は相手を負かそうっていう感じか? じゃあ負ける気やったってことか? スキル使って攻撃したくせに?)


『ぴあ殿とじぇーろ殿の笑いが……私と戦ってる時とフォルテ殿に呼ばれた時とでは違うような気がしたのだ』

『なんというか、私と戦っている時は『楽しい』という仮面をかぶっているような……そんな感じだったな。フォルテ殿に向ける笑顔が年齢相応の笑いというか」』


 もう一つアトリが言ったことを思い出す。父親とアトリで向ける笑顔が違う。自分には仮面をかぶっているような笑顔だった。そら身内と殴る相手やったら違って当然ちゃう?


(あのアホの言うこと全部真に受けてたらキリないけど……でも妙に勘がいいしなぁ。言ってること『翻訳』するの大変やけど)


 ぴあとじぇーろはアトリに戦いを挑むが、勝つ気はなかった。だけどその次の日に戦いに挑んできた。その時花アトリに向けた笑顔と父親に向けた笑顔は違った。


 自分には仮面をかぶったようだというのだから、父親の方が仮面ではない本当の笑顔だったのだろう。


(最初の勝負は本気やなかった……というか、オトンの数字欲しさの襲撃やった。『人気のアトリに挑んだった!』ぐらいの感覚。これは間違いない。あの双子、数字とかどうでもよさそうやしな。


 オトンは一度目がバズったんで二匹目のドジョウ求めたら、二度目の配信がうち等のコラボに吸われてアカンようになったから撤退。


 双子の方はそんなのどっちでもええ、オトンが言うから襲ってオトンが言うからやめた。それが嬉しくて微笑んでた…んか?)


 ぴあとじぇーろ、そしてその父親のフォルテの性格。実際に会ったのは一度だけだが、その時の言動を考慮すれば何となくの性格はわかる。そこから逆算して、タコやんは大雑把な流れを推測していた。


「オトンが言うから『勝つ気』がなくてもスキル攻撃できる双子と、そんな子供を使って再生数稼ぐオトン。


 どっちも結構ヤバいなぁ、これ」


 そこまで言った後で、ため息をつくように今更ながらの事を口にした。


「そんでもって、このヤバさを超えるぐらいのアホサムライもヤバいわな。


 知的で賢くて天才なウチとは大違いや」


 うんうんと頷くタコやん。


(ヤバいヤバい言いながら、付き合い続けるタコやん氏も如何なものかと思うのですが……これは言わぬが花ですな)


 猫カフェ『マウ』にいる狐虎馬コントラバッスのメンバーは、無言でうなずき合っていた

 

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