弐拾壱:サムライガールは双子に襲撃される

「ぴあと!」

「じぇーろの!」

「「コロコロはいし~ん!」」


 ファミレスからの帰路、アトリとタコやんと里亜はポップなBGMと共に幼い子供が元気よく喋る声を聴いた。


 ぴあとじぇーろ。一直線の道で挟み撃ちにするような形で双子が現れる。見れば配信スタッフが道路を通行止めしており、アトリ達三人以外は道路にはいない状態だ。


「今日は昨日のリベンジ!」

「昨日は様子見だったけど、今日は本気モードだよ」

「サムライのおねーさんはどれだけ耐えられるかな?」

「頑張ってね。応援してるから」

「がんばれ。がんばれ」


 アトリから等距離を維持して挟み込むような位置で近づいてくるぴあとじぇーろ。アトリから5歩離れた位置で足を止める。


「ほらぁ。タコやんが言うからフラグたったじゃないですか」


「知らんがな。まあ波が来てるときは一気に行く、言うのは基本やしな」


「機に臨み変化に応じる。臨機応変というヤツだな」


 当のアトリ達はさして危機感のない口調で会話する。


「ま、この双子の狙いはコイツやからな。巻き込まれんように離れとくか」


「あ、タコやん酷い。でも里亜がいても役に立たないので失礼しますね」


「うん! 巻き込んでごめんね!」


「えへへ。おねーさんありがと!」


 危機感がない理由は自分がターゲットではない事を知っているからだ。実際、離れていくタコやんと里亜を手を振って見逃すぴあ&じぇーろ。この笑顔だけ見れば、年齢相応の子供だ。


 なおアトリは危機感がないのではなく、襲撃に嬉々としていた。


「本気モードと言ったな。つまり昨日のは加減されたという事か?」


「かげん? よくわからないけど、今日は【回転木馬】と【刃の舞踏】の本気モードだよ!」


「パパも言ってたけど、昨日のスキルだけだと面白くないもんね!」


「近距離戦をしたらもっと数字が取れるってパパ喜んでたしね!」


「「ぴあもじぇーろも同じ! おねーさんの刀の間合で、踊りたいな!」」


「よかろう。ならば某も加減なしで行こうか」


 ぴあとじぇーろの言葉に抜刀するアトリ。手加減されていたことと近接距離まで近づいてきてくれることにプライドを刺激されたか、声に鋭さが走る。


 殺意のない双子の笑顔と、殺意しかないアトリの笑顔。季節にはそぐわない冷たい風が吹き、それが合図となって戦いは――


「ちょい待ちぃ! 


 D-TAKO! ガジェット! チェェェェンジ! 撮影&ライトアップや!」


 戦闘開始の雰囲気に待ったをかけるタコやん。見ればタコやんはカバンの中から浮遊カメラを取り出し、背中に背負ったガジェットの『足』にはライトが装着されている。


「襲い掛かるミステリアスな双子、ぴあ&じぇーろ! 炎と氷の乱舞はまさにビューティフル! しかしその配信はブラッティ! 無邪気な双子が躍る中には命を奪われる獲物がいる!


 その獲物はなんとなんとなんと、アトリ大先輩! アトリ大先輩はこのまま双子の餌食となってしまうのか!? いえいえ、そんな事はありません! アトリ大先輩の戦いを見てきた人達なら、そんな結果など想像しないよなぁ!


『花鶏』&『D-TAKO』&『ぷら~な』チャンネル緊急コラボ配信! 予告なしでの開始です!」


 そしてインカムをつけた里亜がトークを開始する。タコやんがライトを照らして場を明るくし、タコやん作の浮遊カメラが戦場を撮る。里亜のトークンが各SNSや掲示板に配信を知らせていた。


「……ええと、配信の予定はなかったのだが?」


「アホか! こんな数字の採れるイベントを撮らんでどうすんねん! さっきも言ったけど波が来てるときは一気に行くんがオーサカの女や!」


「タコやんの言う異次元異世界特異点オーサカはともかく、せっかくですから特等席でがっつり見させて解説させてもらいますね! きゃあああ! 里亜ってツイてる! もしかして明日死ぬかも!? でもアトリ大先輩のガチバトル見れるなら死んでもいい! いっそ殺してアトリ大先輩!」


「お、おう……。いや、里亜は殺さないから」


 タコやんと里亜の押されるように頷き……最後は否定するアトリ。ちぇー、と不満そうに唇を尖らせる里亜。増えてくる同接数にニマニマ笑みを浮かべて収益の皮算用をするタコやん。


「ちょっと待て! お前達、なんで配信しているんだ!?」


 そんなタコやんと里亜に肩を怒らせて迫ってくる男性がいた。年齢は30代後半か40代ぐらいで、よく言えば古風な服装をしていた。はっきり言えば、二世代ほど前に流行っただろう派手めな服装を着ていた。


「今はオレ様が配信しているんだぞ! 独占配信だ! 数字は渡さんぞ!」


 言って鉄の棒をガンガンと地面に何度もたたきつけて耳障りな音を出し、大声でタコやんと里亜を恫喝する。


「なんやこのオッサン? 酔っ払っとんのか?」


「この人、ぴあさんとじぇーろさんのお父さんですよ。加賀見フォルテ。チャンネルもこの人の名義みたいですね」


 疑問に思うタコやんに、里亜は説明する。言われてみれば、さっき見た動画の男の特徴があると納得するタコやん。フォルテの恫喝に対して、怯えるどころかむしろ呆れていた。ダンジョンに潜っている配信者からすれば、こんなの脅威でも何でもない。むしろ不意打ち闇討ちだまし討ちをしないだけ有情ですらある。


「いいか! この戦いはオレ様が作ったんだ! だからオレ様だけが数字を得る権利があるんだ! ガキは黙って帰れこの乞食!」


 鉄棒で地面を叩きながらタコやんと里亜を睨み叫ぶフォルテ。高圧的に脅しているフォルテだが、


「口悪いなぁ。カルシウム足りへんのちゃうか? まあそれ以上に品性も足りへんけど」


「語彙力も足りませんよね。横から数字を掻っ攫うって意味で乞食って言ってるんでしょうけど、そもそも子供を戦わせて数字を稼いでいる人に言われても」


 そんな脅しなどどこ吹く風とばかりに呆れて鼻を鳴らすタコやん。里亜も腕を組んで頷いていた。


「うるせぇ! これ以上つまらねぇこと言うと訴えるぞ! 威力……なんとか妨害だ! オレ様の稼ぎを邪魔するなら覚悟しろ!」


「業務威力妨害か? どっちにしても的外れやなぁ」


「配信する権利は誰にでもあります。ましてやアトリ大先輩の配信なら里亜に許可を得なければ許しませんとも!」


「いや……その、なんだ。そっちはそっちで好きにやってくれ」


 そんな外野の騒動を見ながら、アトリは呆れたように呟いた。気づいたらコラボ配信が始まり、そして相手方の配信者が出てきたりと大騒動だが、それでも抜刀したアトリに隙は無い。今踏み込まれても、即座に対応できるだろう。


「あははは。じゃあ遊ぼう遊ぼう――」


「踊ろう踊ろう。輪になって踊ろう――」


 アトリから五歩ほど離れていたぴあとじぇーろは、


「「――よっ!」」


 気が付くとアトリに抱き着けるほどに近づいていた。それぞれの両手には炎と氷の刃が握られている。


 スキルを物理的なナイフ状に圧縮する【刃の舞踏】の効果で刃と化したぴあの炎双剣とじぇーろの氷双剣がアトリの左右から迫った。


「見事見事。二人の距離の詰め方を知らねば、やられていたかもな」


 アトリはその同時攻撃を予測していたかのように塞いでいた。


 刃が交差する瞬間に一歩下がり、4本のナイフを一閃して弾く。返す刀で至近距離にいる双子をもろとも両断しようと刃が迫った。


「はわわっ! 剣を全部斬られちゃった!」


「すごいすごい! しかもじぇーろ達も斬られそうになったよ!」


 アトリの刀がぴあとじぇーろを切り裂くよりも前に、二人の距離は開いていた。彼我の距離、五歩。まるで初めからそこにいたかのようにぴあとじぇーろはアトリを囲むようにステップを踏みながら回っていた。


「ふむ。今ので斬れぬのは大したものだ。それが『すきる』というものか。はたまたぴあ殿とじぇーろ殿の実力か。


 どちらにせよ難敵だな」


 確実に斬れたというタイミングだが、するりと避けられた。いや、避けられたという表現はおそらく正しくない。スキルの効果で距離を離されたのだ。進めども戻される。相手から距離を詰めるも話すも自由自在。まさに距離を支配されている。


 その距離を維持して遠距離攻撃すれば勝てずとも安全に攻めることができるだろう。


「ぞくぞくしたね、ぴあ!」


「背筋が震えたね、じぇーろ!」


 だがぴあとじぇーろはそれを選ばない。アトリの周りを回転するようにステップを踏みながら移動し、唐突に距離を詰めてアトリに迫る。


「やっぱりたのしいね!」


「もっともっとたのしもう!」


 5歩の間合が存在しないかのようにアトリの懐に迫り、炎と氷の双子剣でアトリの体を切り裂こうとする。


「ここか」


 瞬間移動とも思える双子の移動と攻撃を予測していたかのようにアトリは動き、迎撃するかのように刀が振るわれる。


「ひゃあ!?」


「え、これも斬るんだ!」


 ぴあとじぇーろの四本刃は刀に割かれて消えた。流れるようなアトリの刀はそのまま二人を切り裂く軌跡を描く。


「でもまだまだ」


「おわらないよ」


 刀は空を切る。


 姿が消えたぴあとじぇーろはアトリを左右から挟み込むような位置にいた。アトリから見れば、目の前にいた二人が消えて気づいたら真横にいる。動作の挙動も見えず、言葉通り気付いたらよこにいるのだ。


「――横か」


 双子の両手には創り直したのだろう炎と氷のナイフがある。とんとん、とステップを踏むように足を動かすぴあとじぇーろ。回転するような動きで刃はアトリの足と腹部に向かって振るわれた。


「なんとなんと。離れるだけではなく、この距離間での移動もできるのか」


 そのナイフも空を切る。アトリは地面を蹴り、宙を舞っていた。跳躍の瞬間に捻りを加えていたのだろう。刀は空中で大きく弧を描き、双子の頭を切り裂こうと迫る。


「跳んだ!」


「そんなこともできるんだ!」


 しかしその刃もまた空を切る。着地したアトリから五歩の距離。まさしく瞬き一つの間にぴあとじぇーろは移動していた。今まさに切られそうになったというのに、恐怖どころか楽しむような声である。


 わずか十秒。全てが空振り。


 しかしそれに息をのまぬ者はいなかった。


「お、恐るべき移動能力!? これが『ぴあ&じぇーろ』をインフィニティック・グローバル最強と呼ばしめる【回転木馬】と呼ばれるスキルの効果! その特性は未だに不明ですが、アトリ大先輩の剣戟をものともしない動きです!


 むしろそれを前にして一歩も引けを取らないアトリ大先輩もまさに最強! 瞬間移動ともいえる双子の連携攻撃を前に動じることなく防御し、そして必殺の一撃を放っている! 押しているのはむしろアトリ大先輩ともいえるでしょう!」


 あっけに取られていた里亜が叫ぶようにアナウンスする。アトリ大好きな里亜でさえ、思わず息をのんだ攻防だったのだ。双方を讃える言葉をどうにか模索し、どうにか口にする。


『おおお、何だこの戦い!』

『CGとかのフェイクじゃないよな!?』

『コラボ配信と他チャンネル配信もある。フェイクはない!』

『だとしてもあり得んぞ、この動き!』

『アニメ見てる感覚なんだけど!』

『【回転木馬】って無敵じゃね!?』

『いや、そのスキルを持つ魔物を倒して得たわけだから、無敵ではない』

『それをこうも扱う双子が凄いという事か……?』

『っていうかアトリ様に対して近接攻撃仕掛けて無事ってどういうこと!』

『双子の攻撃に反応で斬るアトリ様もどんな反射神経してるの!?』

『この戦いを<撮れる>カメラも大概だとおもう技術者発言』

『何気に里亜のアナウンスも秀逸。双子をしっかり立てつつ、アトリ推しも忘れない』

『ゲリラ配信で名勝負するのやめろ! 最初から見れなかったじゃないか!』

『そこだけが残念。アーカイブ正座待機だな』


 攻防に沸くコメント。それらはアトリだけではなく相手のぴあとじぇーろへの称賛もあった。アトリの剣術の凄さを知っているからこそ、それに対抗できる双子へのリスペクトも高い。


 ぴあ、アトリ、じぇーろ。アトリを挟むような位置で対峙する布陣。ぴあとじぇーろは年齢相応の子供の様に微笑みながら殺気なく、アトリは戦闘モードの笑みのまま鋭い殺意を振りまき。この静けさが嵐の前のモノだと誰もが知り、そして三度目の攻防を期待していた。


 ――が、


「中止だ! お前らやめろ!」


 だがその期待は男の叫び声で中止される。加賀見フォルテ。ぴあとじぇーろの父親の声だ。


「「はーい」」


 ぴあとじぇーろはその声に素直に従う。両手の刃は消失し、フォルテに向かって移動する。アトリは肩透かしを食らったかのように、あっけに取られていた。


「……あー、ええと。終わり、なのか?」


「ちょっと待てや! そっちから襲っといてそれはないやろうが!」


「今いい感じで場があったまってるんですよ! ここからアトリ大先輩が反撃して一刀両断! そんな流れじゃないですか!」


 殺意と気が抜けたアトリだけではなく、タコやんや里亜もこの終わりには納得できないのかフォルテに抗議する。


「うるさいうるさい! お前らのチャンネルが盛り上がって、オレ様のチャンネルは冷え冷えじゃねぇか! つまらねぇし終わりだ!」


 フォルテは一度振り返りそう叫ぶ。そのまま背を向けてぴあとじぇーろと共に帰っていった。道を封鎖していた『ぴあ&じぇーろ』のスタッフも撤収の準備をしていた。


「なんともまあ……尻切れトンボの結果だなぁ」


 2分も経たないうちに撤収は終わり、場にはアトリ達三人だけが残された。里亜が終了のアナウンスと唐突の終わりに謝罪を行い、タコやんもライトとカメラを仕舞っている。


「しかしわからぬ」


「何がや?」


 首をかしげるアトリに問うタコやん。


「ぴあ殿とじぇーろ殿の笑いが……私と戦ってる時とフォルテ殿に呼ばれた時とでは違うような気がしたのだ。


 なんというか、私と戦っている時は『楽しい』という仮面をかぶっているような……そんな感じだったな。フォルテ殿に向ける笑顔が年齢相応の笑いというか」


「またふわふわしたものの言い方やなぁ。


 分からんことを気にしても時間の無駄やで。ウチ等も帰ろ帰ろ」


 論理と数字で真実を計るタコやんからすれば、感覚で喋るアトリの言い方は理解に苦しむ。悩み続けるアトリの背中を叩き、帰宅を促した。アトリは悩みながら、足を動かす。


 里亜はアトリに気付かぬようにスマホを操作し、タコやんにメッセージを送る。


『気になるなら調べます? って言うか調べるんでしょ。手伝いますよ』


 タコやんはメッセージを既読スルーしようと思ったが、唇を尖らせて返信した。


『好きにせぃ。ウチも好きにするわ』


 ――里亜からはVサインのスタンプが帰ってくる。それを見てタコやんは照れているのか怒っているのかわからない表情をして、黙って頭を掻いた。

 

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