弐拾:サムライガールは双子を知る

「自分、メンドクサイのに絡まれたなぁ……。ホンマなんか持っとんのちゃうか?」


「インフィニティックの『ぴあ&じぇーろ』とか最悪最凶の配信者じゃないですか。まあ、最も強いという意味での最強はアトリ大先輩ですけどね!」


 双子との戦いの翌日。アトリはタコやんと里亜に緊急召集を受け、いつものファミレスに集まっていた。そして開口一番言われたのが今のセリフである。


「ええと……すまぬ。何で呼び出されたのかとんとわからぬのだが。


 あ、稲庭うどんを所望するぞ」


「相変わらずうどんそばおにぎりやなぁ。それであんだけ動けるのが不思議でしゃーないわ」


「里亜からすれば、ここまで食べるタコやんの方が信じられませんけどね」


 ケーキをスマホで撮りながらタコやんの前にある皿を半眼で見る里亜。ピザにパスタにポテトと炭水化物オンパレードである。曰く『オーサカの女は炭水化物で出来てるんや!』と言う事らしい。


「昨日の戦い、配信されとったで」


 アトリが着席したのを確認して、タコやんは話題を切り出す。タブレットをアトリに見せ、配信を再生させた。アトリが子供を蹴って、その後の戦いまで撮られていたようだ。


「ああ。何かしている気配があったが、私の戦いを配信していたのか」


「気づいてたんかい」


「うむ。気配があったがそれ以上の事はしてきそうにないので放置していた。それよりもこの子供たちの方が難儀だったのでな」


「撮った人は高レベルの【気配消し】使ってたはずですけどね。流石アトリ大先輩!」


 戦いを撮られていたことに気付いていたアトリにツッコミを入れるタコやん。里亜はそんなアトリに賞賛を送る。実際、スキルを使っていた相手に気付けるのはかなりのことである。


「察するに、あの双子はかなりの有名な者なのか?」


「『ぴあ&じぇーろ』。インフィニティック・グローバル日本支部の中で一番数字上げとる配信者や。インフィニティック・グローバルで下層探索やっとるほどの強さやで。」


 アトリの問いかけに、タコやんは頷き答える。三大企業の一角、インフィニティック・グローバル。その中でも戦闘力で言えば最強と言ってもいいチャンネルだ。


 だがその説明に、アトリは待ったをかけた。


「下層探索?


 待ってくれタコやん。ダンジョンに入れる資格は確か15歳以上ではなかったか? ぴあ殿とじぇーろ殿はその年齢に達しているとは思えぬが」


 やってきたうどんを食べながら、アトリはタコやんに問い返す。アトリも15歳になるまでダンジョンに入る資格は取れなかったのだ。


「それも含めてなんですが、とにかく『ぴあ&じぇーろ』は厄介なんです。倫理や規則をアウトスレスレでクリアしている感じです。インフィニティック・グローバルも分かっていて見過ごしているんでしょうね」


 首をかしげるアトリに、里亜はそう前置きしてから話を続ける。


「結論から言えば、アトリ大先輩が戦ったぴあさんとじぇーろさんはダンジョン探索資格を持っていません。資格を持っているのはその父親のフォルテさんです」


「父親?」


「はい。加賀見フォルテ。一度引退した配信者です。10数名のパーティーを結成していましたが、ゴブリンの群れを倒すと豪語して巣に突撃。ですが相手の戦術と数の暴力にパーティーは瓦解。仲間を見捨てて一人で逃走しました。


 それが最後の配信で、チャンネルを消して雲隠れしました」


 里亜がタブレットに展開する動画は、加賀見フォルテが『ゴブリンなんか余裕だぜ』と息巻き、その後逃走するまでが撮られていた。チャンネルを消しても動画はどこかに残っている。恐るべきはネット社会である。


「ええと……親がダンジョン資格を持っている? もしかして、同伴とかそういう形でぴあ殿とじぇーろ殿もダンジョンに入っているのか?」


「そういう事やな。自分の子供を『運び屋ポーター』『灯り持ちトーチャー』として登録してダンジョンに入れとるんや。


 まあ実際は、その子供にスキル持たせて戦わせてるんやが」


「いいのか、それは?」


 あまりの裏技というかごり押しに眉を顰めるアトリ。それに答えたのは里亜だった。


「いいか悪いかで言えば悪いのですが、今のダンジョン法では罰することができないんです。未資格者は魔物に襲われて無抵抗でいろ、とは言えませんので。


 ……いえ、法の網を潜り抜けるだけならまだかわいいモノです。最大の問題は『ぴあ&じぇーろ』の配信内容です」


「モン虐やからなぁ」


「もんぎゃく?」


 聞き慣れない単語を問い返すアトリ。里亜とタコやんの表情から真っ当な内容とは思えない。


「モンスター虐待。略してモン虐や」


「モンスターを殺すことなく傷つけ、苦しむ様を見せる配信です。肉体的に精神的にボロボロにして、相手が屈服してもなお虐待をつづけ、最後は苦しめながら命を奪う。そんな配信です」


 言いながら里亜はタブレットのファイルをタップする。保存してあったアーカイブ配信が再生された。


『ぴあと!』

『じぇーろの!』

『『コロコロはいし~ん!』』


 映されたのは、『ぴあ&じぇーろ』のアーカイブ配信だ。薄暗い岩場に機能戦った双子と、下半身がヘビの魔物がいる。


『今日遊ぶのはラミアちゃん!』

『下半身がヘビのおねーさん!』

『どんな悲鳴を上げるのかな?』

『どんな命乞いをするのかな?』

『『あそぼあそぼ』』


 そうして双子とラミアの戦いが始まった。


 ……いや、それは戦いとは言えない虐待だった。


 ラミアを中心に円を描くようにぴあとじぇーろが躍るように移動し、そこからスキルによる遠距離攻撃を繰り返す。ラミアは二人のどちらかに近づこうとするが、すぐに円の中心に戻された。


 ならば遠距離攻撃とばかりにラミアは魔力弾を放つが、それを見越したように双子は一気に距離を詰め、近距離から剣の様なもので切り刻む。ぴあが炎の剣。じぇーろが氷の剣。ラミアの周りをまわるようにして攻撃を繰り返す。


 遠距離と近距離の切り替えの早さ。一糸乱れぬ連携。何よりも戦い慣れた動き。ラミアも下層の魔物で弱いわけではないのだが、ぴあとじぇーろはそれを圧倒する。魔物と双子の実力差は明白だ。とどめを刺そうと思えば可能だろう。


『まだまだ終わらないから!』

『まだまだ終わらないでね!』


 だが、そうしない。ボロボロになったラミアから距離を開け、落ち着くのを待つように攻撃せずにラミアの周りをまわり続ける。


 疑問に思ったラミアだが、意識が落ち着けば再び攻撃が再開される。一気に殺すことはない。相手が悲鳴を上げ、苦悶に身をよじり、心が折れ、死を懇願するまでぴあとじぇーろの虐待は続いた。


「とまあ、これがモン虐や」


「年端のいかぬ奇麗な双子が強い魔物を無邪気に追い詰め殺していく。或いは人間に近い形状の魔物を痛めつける姿にアンモラルを感じる。その辺りが数字が取れる秘訣なんでしょうね」


 タコやんも里亜も何とも言えない表情をしている。魔物を殺すこと自体には何も言わないが、このやり方は納得できない。そう言う顔だ。だがアトリは少し違った。


「だがやっていることは私と同じ『魔物退治』で『戦闘で魅せている』配信なのだろう。


 殺し殺されまた殺し。命の価値は塵芥。それがダンジョンというモノであろうよ」


 ダンジョンの魔物は殺してもいい。


 これはダンジョン顕現時からの暗黙の了解だ。もちろん【テイマー】や【召喚】などされて友好的になっている魔物もいるが、基本的にダンジョンの魔物は侵入者である人類には敵対的である。


 こちらの命を奪うほどの勢いで攻撃してくる魔物を相手に、殺さずに対処することは難しい。アトリも容赦なく命を奪っている。そこに生命倫理など存在しない。様々な欲望のために人類はダンジョンで狩りをする。或いは返り討ちにあう。


 平和な世界の価値など、悪質なバッドステータスにしかならない。それがダンジョンと言う空間なのだ。


「アイツ等の場合その内容が悪趣味やからな。勝つことが戦う目的やなくて、イジメて苦しませることが目的なんや。


 問題は自分がそんな双子に目をつけられた、って事やで」


「ぴあさんとじぇーろさんの【回転木馬】は囲んだ相手との間合を自在に操る厄介なスキルです。


 お二人の攻撃スキルは【炎弾】と【氷矢】という上層で取れる一般的な攻撃スキルですが、【回転木馬】という無敵スキルのおかげで攻撃を受けることなく相手を弄ることができるのです」


 アトリはうどんを啜りながらタコやんと里亜の説明を聞いていた。二人の説明はわかりやすいし、おかげで双子の性格と状況も理解できる。


 その上で、アトリには理解できないことがあった。


「目をつけられたか。分らぬなぁ」


「何が分からんねん?」


「私を襲う理由だ。ダンジョンの魔物ではなく、私を狙った理由が分からん」


「そら数字と話題性やろ。


 アンタの強さは皆が知っとるからな。そんな相手に勝つかええ勝負した、ってなったらそれだけでバズもんやで」


「鹿島さんやレオンさんが頼るほどですからね。戦闘の強さにおいて、今の配信者でアトリ大先輩に勝てる人はいませんよ」


 アトリの疑問に、タコやんと里亜は何をいまさらと言う表情で答えた。


 実際『ぴあ&じぇーろ』の配信はうなぎのぼりだ。次のアトリ戦を望む声も多い。同時に、魔物ではなく人間を襲うのは如何なものかと言う声も上がっている。賛否両論あるが、どうあれ話題を独占していた。


「いや、そう言う事実もあろうが……」


 タコやんと里亜の言葉が間違っているというわけではない。話題性やPVのために無茶無理無謀無恥な事をする輩は後を絶たない。


「それはおそらく父親? 配信をしている方の思惑だろう。


 ぴあ殿とじぇーろ殿が私に目を付けた……私を遊び相手として認めた理由が分からない」


 まだ幼い子供と言うこともあるが、ぴあとじぇーろが地位や名誉を求めているようには見えない。


「アンタと同じで強い奴と戦うのが好きとかやろ? セリフとかそんな感じやったで」


「それはそうなのだろうが、なんというか手ごたえがないというか……。


 今回は様子見だったからのかも知れぬが、攻撃の端々から『勝つ気』の様なものをまるで感じなかったというか」


「なんやねんそれ。わけわからんわ」


 うどんを啜りながらアトリは眉を顰める。何とも言えない違和感がある。違った調和。どこかズレているような感覚。それを感じながら、


「それはそれとして次は斬るがな」


 戦いになれば斬る。そこはブレないアトリであった。


「そこまで言って結論それかい、この戦闘ジャーキー」


「実は斬れずに逃げられたのが悔しかったんですね、アトリ大先輩」


 タコやんと里亜のツッコミが同時に入った。


「ま、昨日の今日でまた襲ってくるとかないやろうけどな」


 ピザを食いながらタコやんが言う。


 まさかそれがフラグになろうとは、言ったタコやんすらこの時思わなかったのである。

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