拾玖:サムライガールは子供と遊ぶ

 火雌冷怨カメレオン特攻隊との配信から数日後が経過した。


 アトリは久しぶりに深層配信を行い、今日はピエロ型悪魔との戦闘に明け暮れていた。仮面を変えるごとに性格や戦闘スタイルが変化する悪魔との戦い。それは様々なスタイルとの戦いとしてアトリを満足させた。


「仮面を変える度に戦い方が変わるとはな。飽きさせぬ上にどれもこれも匠の領域! 正攻法のナイフ捌きからのトリッキーな魔法戦、カードを駆使した跳弾領域の次は徒手による乱打!


 さぁ、次の一手は如何なるものか!?」


「ふむ、ではあなたの流儀に合わせましょうか。剣を扱うのはどれほどぶりやら」


 仮面の悪魔は杖をサーベルに変化させ、アトリと切り結ぶ。


『<500EM>アトリの超後輩:ぎゃああああああああ! アトリ大先輩のガチチャンバラ! スパチャ投下です!』


『超後輩のスパチャ来たぁ!』

『しかも最大限!』

『里亜ちゃん無理しないで!?』


『<100EM>謎のタコ:こんな速度のチャンバラもきっちり撮れるなんてすごいカメラや! こんなカメラを作った『D-TAKO』って滅茶苦茶すごくないか!?』


『黙れタコやん! いや、凄いのは認めるが!』

『謎でもなんでもねぇ!』

『自 我 自 賛 !』

『ツッコまないぞ、ツッコまないからな!』

『↑ ツッコんでるやないかい!』


『<500EM>アトリの超後輩:アトリ大先輩、大勝利ぃ!!』

『<500EM>謎のタコ:今日も戦闘映像の切り抜きが映えるで! ウチのカメラの凄さ見たってや!』


『うーん、このアトリ様大好きコンビ』

『タコやんと里亜がてぃてい』

『アトリ様を守る包囲網が強すぎる』

『戦闘以外に弱いアトリ様を守る二枚の壁』

『これに加えて叔母様なる法的な守りもあるわけだ』

『あれ? アトリ様って意外と無敵じゃね?』

『いや、発掘当時から無敵だが……?』

『戦闘面の無敵は当然として、技術万能なタコやんやトーク面白な里亜ちゃん。ウラ番ともいえる法律無敵な叔母様までいるわけだからなぁ』

『加えて言えば、最強【鑑定】なシカシーカーや、組織力的に幅広いカメレオンとのコネもあるわけで……』

『資金力も現状深層素材や魔石などを独占しているわけだから潤沢だろうし』

『無敵じゃない要素がないというかなんというか』


 コメントが指摘するように、アトリ周りの人脈は大きく厚くなってきていた。


 シカシーカーの鹿島。火雌冷怨カメレオン特攻隊のレオン。三大企業の最高戦力ともいえる配信者とのつながり。それは知識面、組織面でも多くな援助を得られると言ってもいいだろう。


 そして法的にアトリを守る『叔母様』。科学的な知識を有するタコやん。トークンを用いた高いトーク能力を発揮する里亜。これらは能力的サポートよりも、アトリを守る精神的な守りとして存在していた。


「けっ! あのアホを守るとかあり得へんわ!」

「里亜はいつでもアトリ大先輩についていきますよ!」


 ――まあ、当の彼女達はそんなつもりなどないのだろうが。そう叫ぶタコやんと里亜が一番アトリを守ろうと動いているのを、アトリ以外の誰もが理解していた。


 鹿島に言われせれば『乙女の心は複雑怪奇。【鑑定】ではわからぬ人の妙』。理解できずとも、三人の仲には強固な何かがあるのはわかっている。


 リオンは『若い若い。今は思うままにいきなさい』と苦笑する。多くの特攻隊員を束ねる長として、アトリとタコやんと里亜の仲も微笑ましく見ていた。


 アトリの叔母ことヒバリからすれば『老害が口を挟むのは野暮天さ』とのこと。若者に口を出すつもりはない。年功者は何かあった時に助けるだけだ。


 ……………………


 …………


 ……


 そんな様々な想いを受けているアトリだが、当人は気楽なものだ。今日の戦いに喜び、しかし勝利に酔いしれることなく反省点を見出し今後の糧にする。ダンジョンからの帰路も今日の戦いを思いながら歩いて――


 子供を蹴った。


「…………は?」


 間の抜けた声を上げたのは蹴りを放った当のアトリだ。走ってきた子供を気付いたら蹴っていた。偶然足が当たったとかそんな甘い事ではない。かかとを踏みしめ腰を下ろし、明確に相手を蹴っ飛ばしていた。


 何を言っているのかわからないが、そうとしか言いようのない行動である。蹴ったアトリが一番わけがわからないという顔をしているのである。


「あいたたた……」


「ああ、すまぬ! 謝ってすむ話ではないが!」


 蹴られたお腹をさすりながら起き上がる子供。アトリは慌ててその子供に近づく。年齢で言えば10歳を超えたぐらい。中性的で声も高く、男か女かわからない。


「酷いよおねーさん。思いっきり蹴るなんてさ」


「全くだ。返す言葉がない。如何なる処罰も受ける――」


「せっかく刀を持ってるんだから、それを抜いてくれないと」


 子供の言葉と同時にアトリは抜刀する。


「――つもり――、っ!」


 刀は目の前の子供からアトリに向かって迫った氷の矢を切り裂いた。切り裂かれた氷はそのまま虚空に消える。同時にアトリの背後から飛来した炎の弾丸も斬られ、虚空に消えた。


「あはぁ。この距離でも反応できるんだ。すごいすごい!」


「しかもじぇーろの攻撃も斬ったよ!」


 声はアトリの背後から聞こえた。


 子供の声。アトリが蹴った子供と同じような顔立ちをしている。その子供は背後からアトリに向けて、炎の弾丸を放ったのだ。アトリは背後を見ることなく、氷矢と同時に炎弾を切り裂いたのである。


「配信も凄かったけど、目の前で見るともっとすごいね。ぴあ!」


「ふふふ、じぇーろの最初の不意打ちも効かなかったしね。でも蹴るなんて酷いよね。服が汚れちゃうじゃない」


 双子。


 無邪気に笑う二人の子供。そう言ってもいいほど酷似した二人の子供は、命中すれば大怪我するほどのスキル攻撃を躊躇なく放ったのだ。


 この子供を蹴ったのも無意識で攻撃の意思を察したからだと気づく。気付かなければ不意打ちスキル攻撃を受けていたのだろう。


「何者だ? 子供とはいえ、冗談では済まされぬぞ」


 納刀し、双子に問いかけるアトリ。


 双子はいつの間にかアトリから五歩ほぼ離れた位置に移動し、アトリを挟むような位置を取る。それがこの双子の戦闘スタイルなのだろうとアトリは察した。自然な立ち位置自然な動き。アトリが刀を構えるような自然体を感じる。


「ぴあだよ!」


「じぇーろだよ!」


「「ふたり合わせて『ぴあ&じぇーろ』だよ」」


 まるで小学校の自己紹介のように明るく、子供らしいほほえみで双子――ぴあとじぇーろは答える。


「ぴあ殿にじぇーろ殿か。


 繰り返すようだが、先ほどの攻撃は明確な宣戦布告と受け取れるが、相違ないか?」


「せんせんふこく?」


「そーい?」


 同時に首をかしげる双子。古風なアトリの語りは理解できないらしい。地味にショックを受けるアトリ。


「ぴあとじぇーろは、おねーさんと遊びに来たの!」


「うん! あそぼあそぼ!」


「斬って叩いて焼いて冷やして!」


「ぐるぐる回ってキラキラ輝いて!」


「いっぱい足搔いてね! その方が面白いから!」


「すぐに壊れちゃ、だめだよ?」


 無邪気な子供の様に――いや、『様に』ではなく子供そのものの無邪気さでぴあとじぇーろは言う。アトリを斬って叩いて燃やして冷やして遊ぶのだと。攻撃するから足搔いてほしい。すぐに壊れたらつまらないから、頑張って耐えてほしい。


 無邪気。そして残酷。幼いがゆえに純粋で、純粋故に遠慮を知らない。魔物がもつ殺意や戦意など欠片もない。何故なら――


「は・や・く♡」


「あ・そ・ぼ♡」


 ぴあとじぇーろにとって、これは遊びだから。かけっこにかくれんぼ。そんな感覚で命を奪う行為ができるのだ。双子は踊るようにステップを踏み、アトリの周囲を回るように移動していく。


「これはこれは。とんだ鬼ごっこになりそうだ」


 刀の柄に手を置いて、油断なく構えるアトリ。


(ぴあ殿が炎の弾丸。じぇーろ殿が氷の矢。先ほどの同時攻撃は見事だったが、対応できぬ速度でもない)


 冷静に事実だけを脳内で列挙するアトリ。ほぼ同時に放たれた双子の攻撃。しかしそれは対応できない攻撃ではなかった。端的に言えば、素直だ。フェイントや盤外戦などを入れない戦術。


「抜いた以上は加減はせぬぞ」


 言葉にした瞬間に、アトリは脳内でどう動くかを思い描いていた。攻撃を切り裂きながら踏み込み、片方を斬る。そのまま反転してもう一人も斬る。

 

 物騒であることを除けば、最適解をイメージするアトリ。子供とはいえ、攻撃してきた相手に加減するつもりはない。


「「いっくよー!」」


 ぴあとじぇーろは同時に叫んで攻撃を放つ。ぴあの炎の弾丸とじぇーろの氷の矢が同時にアトリに迫る。息の合った同時攻撃。同距離から挟み込むように迫る炎と氷。打ち出された数も軌跡もコピーしたかのように同じ。


 その攻撃と同時にアトリは行動する。じぇーろの放った氷の矢を切り裂き、そのままじぇーろに刃を振り下ろした。避けられるタイミングではない。じぇーろは笑顔のままステップを踏み続け――


「っ!?」


 アトリの刀が空を切った。


(避けられた……のではない。じぇーろ殿は回避行動をとったわけではない。


 某の体が、じぇーろ殿から離れた……?)


 アトリが斬りかかった瞬間、アトリの体がじぇーろから離れるように移動した。


 当たり前だが、アトリが自主的にそんなことをしたわけではない。子供だから斬らないようにしたということもない。間違いなく斬るつもりで刀を振り下ろしたのだ。なのに、アトリ自身が距離を取ってしまった。


「あぶなーい。もう少しで斬られるところだったよ!」


「あははは。おねーさんすごーい! ぴあとじぇーろの【回転木馬】を超えそうになるとか! 本気で踊らないとね!」


「カラクリはわからぬが、距離を詰めるのは容易ではないという事か」


 自分の周りを踊るように回っている双子の位置を目視と気配で察知しながら、アトリはわかっている事実だけを口にする。斬った瞬間に距離を開けられた。そんな相手は初めてではない。ダンジョンには空間を渡る魔物や時間を止める魔物もいたのだ。


(時間系……ではない。スマホの時間が急に飛んだという事はないからそれは確かだ。催眠幻覚などの類でもない。おそらく位置情報を操作された類か。


 一定距離までは近づけるのだから、何かしらの突破口はあるはず)


 ぴあとじぇーろの攻撃を避け、切り裂いて回避しながらアトリは考察する。これまでの経験を下地にし、しかし先入観を持たずに思考する。鏡合わせの弾幕を避け、切り裂きながら隙あらば再度踏み込むも、同じように距離が開く。


「こわいこわい! 今のは危なかったね!」


「うん! これなら【刃の舞踏】を入れてもいいかも!」


「そっか! それならもっと楽しめそうだよね!」


「お姉さんと遊ぶなら、こんな程度じゃ足りないや!」


 アトリとの戦いを楽しむように双子は笑い、そして目の前から消えたと思わせるほどの速さで双子は後ろに下がった。そのままアトリの視界から消えていく。


「また遊ぼうね、お姉さん!」


「今度はもっともっと楽しもうね!」


 目の前にはいないのに、その声だけははっきりとアトリの耳に届く。その気配が完全に消え去ったのを確認し、アトリは刃を納めた。


「なんと言うか……やりにくい相手だったな」


 踏み込めど距離を撮られ、刀の届かぬ距離からの連携攻撃。アトリには相性が悪い相手である。


「鍛錬が足らぬという事か。姉上なら一足で踏み込み、返す刀でもう一振りだったな」


 今日の結果を己の修行不足と猛省するアトリ。いきなり子供に襲われたことも『そういう事もあるかもしれない』と頷き受け入れていた。器の大きさか、単に天然なのか。


 さてここで終われば(アトリからすれば)ちょっとした非日常エピソードで終わっていたのだが、そうはならない要素があった。


「撮影完了。あのアトリを翻弄したってことになれば、かなりの数字が取れるぞ!」


 今の戦いは、配信されていたのである。

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