▼▽▼ タコやんと鹿島のビデオ通話 ▼▽▼

「あのアホ、なんかする度に伝説作ってくなぁ」


 地上にて、アトリとキメラリューヤの戦いをPCで見ていたタコやんはそんなことを言っていた。


 悪態のようなことを言いながら口元が綻んでいるところを見るに、キメラリューヤを切り裂いた『アホ』に対してかなりのプラス感情を抱いているのがわかる。


『確かにこれはアトリ様の伝説に1ページが加わりましたね。共闘した身としては嬉しい限りです。タコやん様の喜びも理解できます』


 モニターの端にあるウィンドウ。そこに写っているシカ顔がそんなことを言う。


 こんな被り物をしてビデオ通話する人間など一人しかいない。アクセルコーポ所属の鑑定系配信者、鹿島である。


「はん、嬉しないわ。戦うしかできへん時代遅れのサムライが活躍できる場面なんか戦闘しかないからな。演技系するよりこんなトラブルに巻き込まれた方がええ味出た、ってだけや」


『そうですね。タコやん様はアトリ様が演技系に出ると聞いて不安めいておられた様子でしたし。トラブル自体は許せない事ですが、結果として良い方向に収まりましたね』


「うっさい。ウチは不安なんか感じてへん。どんな口下手かますか期待してたんやからな」


『それでしたらまとめ動画やアーカイブなどで十分なのでは? 少なくともリアルタイムで生配信を見る必要はないかと』


「知らん知らん。とにかくあのアホに関してはもう心配するだけ損ってことや。はい、これでこの話おしまい!」


 鹿島の追及から逃れるために手を振って強引に話題を打ち切るタコやん。心配していたことがこっそり言葉に乗っているが、鹿島はスルーした。


「とっとと会議終わらすで。言うてもレポートに書いたとおりやけどな」


『はい。詳細なレポートに感謝します。期待以上でした』


 鹿島はタコやんから贈られたファイルを確認し、唸るように頷いた。そこに書かれているのはとあるポーションのレポートだ。成分だけではなく、そのポーションの効果に関する仮説まで書かれてある。


『タコやん様の深い科学的な知識からのレポート、非常に参考になりました。【鑑定】だけでは得られない考察でしたよ』


「蛇の道は蛇やで。ウチはタコやけどな。まあ――」


 鹿島がタコやんに頼んだのは、銀色のビンに入ったポーションの成分分析だ。鹿島が言うには効果があるという。


 それはリューヤ達『チェンソードラゴン』のメンバーが飲んでいたポーションと同じ物。二流以下の配信者でもスキル構成によってはアトリの一撃に耐えうるほどの力を得ていた。リューヤに至っては新しい魔物そのものと言ってもいい変貌とパワーアップしたのだ。


「リアルタイムでここまで使用例が出るとは思わんかったなぁ。


 流石に今の配信内容までは触れてへんけどな。追加しとこうか?」


『追加レポートと言う形で受け取りましょう。報酬も相応に。ともあれ斬新なレポートでした』


 今の配信――キメラリューヤの事例だ。まさか報告レポートを提出した日に新たな事例が生まれるとは思いもしなかった。皮肉気に笑うタコやんだが、鹿島はとても笑う気にはなれない。


『ブレイクスキル……鹿わたしが【鑑定】した結果ではスキルを活性化させる成分としか出ませんでした。アンダーグラウンドで出回っている違法品。下層に生息する植物を組み合わせて産み出された新種のポーション。


 しかしタコやん様のレポートを見る限りでは、本質は違うようですね』


 シカの被り物があるおかげで表情はわからないが、鹿島の声は真実を知り震えていた。被り物の下は青ざめていたかもしれない。


「スキルの本質が魔石――ダンジョン内の魔物であることを考えれば、スキルの威力増幅が意味するんはただ一つ。魔石そのものを活性化させる、言う事や。


 スキルシステムは『安全に魔物のスキルを使用できる』為の道具でしかない。その威力を増幅させるには、そのリミッターを解放するいう事やからな」


 タコやんのレポートは、スキルブレイクの効果そのものよりもスキルシステムへの干渉の項目が大きい。


 インフィニティック・グローバルが生み出したスキルシステムは、今は三大企業を通して配信者に流通している。その強さは軍隊をもってしても制圧できなかったダンジョンを、年端もいかぬ年齢の者が進行可能になるほどである。


 その強みはダンジョン内の魔物と同じスキルが使えるという事。それは逆に言えば、魔物の力を体に宿すという事だ。自分ではない存在が使用者に浸食し、力と言う形で使用者に巣食うのである。


 当然、それに対する安全弁は用意されている。使用者の精神や肉体に負担がかからないように設計されたリミッター。それによりスキルシステムの使用者は安全に魔物のスキルを使用できる。


 だが――


「このポーションは飲んだ人間のスキルそのものに干渉する。飲んだ人間のスキルを増幅させて、スキルそのものがスキルシステムの精神的な安全弁を壊すんや。安全弁壊されて浸食される感覚も、向精神薬的な成分で打ち消してるんやな」


『にわかには信じられませんね。スキルそのものが意図をもっている、と言うふうに聞こえますよ』


「オカルトめいてるか? スキルの大元が魔石で、魔石の大元が魔物や。残留思念とか怨念が残ってても不思議やあらへんで。


 まあスキルに意思があるないはともかく、スキルが増幅するとしたらリミッターがイカれたとしか思えへん。さっきの配信でもリューヤもそんな感じやったんちゃうか?」


 言ってタコやんは腕を組んでため息をつく。仮説の域を出ないが、方向性は間違っていないだろう。仮説が正しいかどうかを調べるには、服用者をもう少し調べる必要がある。


『……それが正しいかどうかは、リューヤ様を【鑑定】すればわかるかもしれませんね』


 慎重に言葉を選び発現する鹿島。


 ――それができないと知らされたのはこのあとだ。リューヤとのコンタクトが取れず、断念することになる。まさかこの時点でドナテッロの部下達に拉致され、人知れぬ場所で研究材料にされているなど思いもしない。


「せやな。間違ってたら教えてな。正直、うちもこんなん眉唾モンや思ってるし」


『そうであってほしいですね……。もしこの仮説が正しかったとすれば――』


「すれば?」


『……いいえ。やめましょう。仮説は仮説でしかありません。そんなことはあり得ないのですから』


 頭痛を堪えるようにシカの被り物の頭に手を当てる鹿島。


「気になる言い方やなぁ。何が起きる言うねん?」


『仮に、ですが……街中でリューヤ様レベルの配信者が同数のポーションを飲んだ場合を想定してみてください。


 アトリ様は軽々しく勝ちましたが、あの方と同レベルの戦力を整えるのは難しいかと。それが揃うまではあのレベルの魔物が暴れまわるのですよ?』


「あれはマゾムガガプ山の魔物を融合したって事やからなぁ。ダンジョン外やと【融合】使っても大したことあらへんで」


『あくまで一例です。街中でダンジョンの魔物と同質の存在が闊歩するとなればかなりの事件ですよ』


 ダンジョンの魔物がダンジョン外に出る、という事例は分割された世界のどこでも聞く話だ。上層の魔物ならともかく、中層や下層の魔物が地上に顕現すればその区画は大損害を受ける。


 事実そこにいる人間を支配もしくは全滅させて、居座っている魔物もいる。欧州には天使型魔物が人間を洗脳支配する区域がいくつかあり、ハワイのマウナロア火山とキラウエア火山には巨大なレッドドラゴンが暴虐の限りを尽くしているという。


 ダンジョンの魔物。それはダンジョン顕現から80年経った今でも世界の脅威の一つとして挙げられている。それがポーション一つで地上に現れる可能性があるのなら――


「せやけどなぁ。これ作るコスト考えれば現実的やないで」


 タコやんは呆れたようにその可能性を一蹴する。


 スキルブレイクの材料は下層にある植物が主体だ。それを採りに行くための危険度とコストは高い。そこまでして作成されたポーションを最大限生かすなら、スキルを持つ配信者に飲ませる必要がある。


 材料。スキル。そして配信者。そこまでのコストを支払って生み出されたモノは魔物であり、破壊しか生まない。それが物理的破壊なのか、精神的に人を無力化するのか、どうあれ対抗する戦力がなければそこに住む生物はお終いだ。


「そこまでやって魔物を作ったとして何すんねん? 【テイマー】スキルで支配するにしても、ある程度は弱らせなあかんしな。


 はっきり言って、割の悪い自殺でしかないわ」


 ポーションを用いて人為的に高レベルスキルを持つ配信者を魔物化したとして、その目的が想像できない。支配して自分の駒にするにしても、コストが高すぎる。成功率も低く、失敗する目しか見えない。


『それはそうですが……その未来があるかもしれないというのは』


「そんなん言い出したら、空から隕石振ってくる可能性も怖れなあかんで。


 あり得へん可能性にビビるよりも、現実的な話しよか。レポートの内容に満足したならEMぜに振り込んでな」


『今振り込みました。確認をお願いします。


 ……タコやん様はレポートを書きながら不安には思わなかったのですか? この可能性に理解できないほど、想像力がないとは思わないのですが』


 お金の振り込みを確認し、笑みを浮かべるタコやん。不安を隠せない鹿島のセリフに、タコやんは手を振って答えた。


「魔物の一匹二匹ぐらいどうとでもなるわ。なにせダンジョンそのものが襲ってきてもどうにかなったんやしな」


『なるほど。アトリ様がいるから不安ではない、と。納得しました』


 鹿島の一言にタコやんの笑みが凍り付いた。否定しようとして、それができない空気なのを察する。


「うっさいで、シカ。【鑑定】で人の心見るとか趣味悪いわ」


『失礼ですが【鑑定】を使うまでもない事ですので。タコやん様のアトリ様に対する信頼は――』


「知らん知らん! あんなボケサムライに信頼とかないない! とにかく報告終わりや。通話切るで!」


 いろいろ誤魔化すように喋り、タコやんはビデオ通話を終えた。言うべきことは言ったし、問題はない。


「魔物が出たぐらいならどうにかなるわ。アイツはアホほど強いからな」


 何かあってもアトリなら倒せる。その信頼はタコやんも否定できない。


 だがタコやんでも想像できない事はある。


 例えば企業のトップが経済的後押しをし、スキル増幅ポーションを大量生産しているなどだ。

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