拾捌:サムライガールは演技派に感心する

 キメラリューヤが動かなくなり、『チェンソードラゴン』の暴走は終わりを告げた。


 火雌冷怨カメレオン特攻隊のメンバーはそれぞれのポーションを用いてダメージを癒し、レオンも動ける程度には回復した。


「私及び火雌冷怨カメレオン特攻隊のダメージは深く、この状態での配信再開は不可能です。


 同接者の皆様には申し訳ありませんが、今回の配信はいったん中止させていただきます。申し訳ありません」 


 とはいえ、これ以上の配信は不可能と言う事でVSアトリの配信は中止。レオンはカメラに向かい頭を下げ、謝罪した。


『いやいやいやいや!』

『レオンさんは何も悪くない!』

『この後でアトリ様と戦うとかどんな拷問か!』

『ゆっくり体を休めてください!』

『他の特攻隊員もお疲れさまでした!』


 一大イベントの中止だというのに、コメントは賛同的であった。それだけレオン達火雌冷怨カメレオン特攻隊のダメージが深く見えたということもあるが、


『むしろ悪いのはリューヤ達だしな!』

『チェンソードラゴンのメンバーを庇ったレオンさんカッコよかった!』

『アトリ様の剣技が冴えていたぜ!』

『サイコーの戦いだったぜ!』

『GJ!』

『今日もバトルの切り抜きが映えるぜ!』


 チェンソードラゴンやリューヤに対応するレオンやアトリの動きが素晴らしかったという賞賛の方が大きい。予想外の展開だが、いいもの見れた。そんな声だ。


「イエス! レオンさんの【守りの盾】による格闘戦も、アトリ大先輩の回転演舞も感動モノです! 里亜の脳内ファイルにベストバウト追加! まあこれはアトリ大先輩が戦うごとに更新されますけどね!


 不満があるとすれば里亜が人質としてアトリ大先輩に救出されなかったことですが、その辺の恨みはこちらで晴らさせてもらいましょう!」


 言って里亜は拘束されたチェンソードラゴンのメンバーを指さす。その動きに反応して、配信カメラもそちらを映す。里亜はにまぁ、と笑みを浮かべて問いかけた。


「ねえねえ。今どんな気持ちですか?


 最後に派手に暴れようとか言ってたのに見事にレオンさんに惨敗。しかも暴走したリューヤに庇われて命を助けられた気分はどんな感じですかねぇ?」


「ぐ……!」

「それは……!」

「……まあ、その」


 答えを渋っていたチェンソードラゴンメンバーは、猛省するようにぽつりぽつりと謝罪を行う。


「…………すまなかった」

「俺達が悪かった……です」

「調子に乗ってました。しっかり反省してきます」


 自分勝手に襲い掛かったのに命を救われた。流石にこの状況になって突っぱねるだけの精神は持っていなかったようだ。次々と頭を下げ、己の行いを反省する。


「そうですね。貴方達の行為は許されない行為です。その行為はアーカイブに残りますし、記録を消すつもりはありません。しっかり反省してください。


 反省した上でまだ配信を続けたいというのなら、火雌冷怨カメレオン特攻隊は貴方達を受け入れます」


 反省する者達を見て、レオンはそう言った。今回の行為を許すつもりはないが、しっかり罪を償ったのなら受け入れるつもりはあると。


『はああ!?』

『それは甘くない!?』

『自分達を貶めようとしたんだぞ!?』

『人がいいどころの話じゃねぇ!』


 甘いと流れるコメントに対しレオンは小さく息を吸い、


「甘い? いい人? 笑わせるな! オレを嵌めようとしたクズ共を飼って愉悦に浸りたいのさぁ! 


 相手の恥を弄って命令できるんだぜ。これに勝る美酒はねぇ! オレたちは悪の火雌冷怨カメレオン特攻隊! 脅迫恫喝当たり前なのさぁ!」


『悪役』の顔と口調で答えた。


『お、おう……』

『いきなり悪役になるな! いや上手いけど!』

『うはぁ。これが演技系配信者か……すげぇ』

『演 技 に 惚 れ た !』

『顔も声も一瞬で変わったな』

『姐さんに一生ついていきます!』


 わずか10秒足らずで反対意見が流れる空気を打ち消し、場の流れを掌握したのだ。


「いやはや見事。某も思わず飲み込まれてたな。


 正義の味方役など某には程遠い。痛感させられたな」


 アトリさえもがそう賞賛するほどだ。演技に関しては素人以下のアトリだが、レオンの演技力が遥か高みにあるのは感じていた。積み重ねた努力の果てにある技術。理解は遠いが、心震える何かを感じる。


「……考えさせてほしい」

「挑んだ相手が悪かったって今気づいたぜ」

「恥か……恥だよなぁ……」


 そしてその演技は拘束されたチェンソードラゴンのメンバーにも響いた。憎し悔しに染まっていた彼らの心は、演技系最先端の技術を見せつけられて未熟を自覚する。


 おのれの行為に恥を感じ、同時に配信の灯が再燃する。ここで終わっていいのか。ここで終わりたくない。そんな負けん気に似た意地が。


 もっとも、全員がそう思ったわけではない。恥に耐えきれずに諦める者もいるし、恥から目をそらして沈黙する者もいる。どうあれレオンの演技は一定の影響を与えたようだ。


 そして――


「ふ、ざけるなぁあああああああ!」


 叫び声をあげたのはリューヤだった。高品質のポーションを飲んだのか、よろよろだがどうにか立ち上がっていた。近くの岩に体を預けながら、レオンを指さす。


「レオン! テメェ、俺の仲間を脅して奴隷にする気か! どこまでも卑怯な戦い方をしやがる! 正々堂々と勝負しやがれ!」


 勧誘するレオンの行為を脅迫して奴隷化すると言い張るリューヤ。リューヤ以外の人間はあきれ顔である。チェンソードラゴンのメンバーさえも嫌忌感を示している。


『ええええ……』

『こいつもうダメなんじゃないか?』

『って言うか最初から最後まで駄目じゃねぇか』

『流石に擁護の声もないわな』


 呆れるコメント。ほぼすべてと言っていいレベルでリューヤの言動にへきへきしていた。


「ほほう。正々堂々と勝負してほしいのか」


 そんなリューヤに向かい、アトリは刀の柄に手を置いて問いかける。そのままリューヤを見て、ゆっくりと歩いていく。


「ひぃ……!」

 

 ただ歩いているだけのアトリに、リューヤは驚き悲鳴を上げる。幾度も切り刻まれた恐怖。それがリューヤの精神に根付いていた。斬られたのは融合している魔物なのだが、一緒になっていたこともありその感覚は脳に焼き付いている。


「某は構わぬぞ。今しがた配信も中止になったところだ」


 少しずつ近づいてくる刃と言う死。体が少しずつ失われていく焦燥感。何度攻撃しても捕えることができず、むしろ攻撃した部位が斬られて失われていく。何もしなくても、死。何かしても、死。


「今度は役割抜きでお相手しよう」


 痛みと恐怖。目の前のサムライが近づくにつれて。リューヤは自分が抱く感情に気付いていく。駄目だ。コイツは、勝てない。怖い。痛い。嫌だ。無理。無理無理無理無理無理無理無理無理無理。胃がひっくり返りそうになる。痛む胸元を押さえ――


「きょ、今日の所は見逃してやる!」


 ストレスに耐えられず、リューヤは無様に逃亡した。涙と鼻水を流し、何度も転んで四つん這いに近い形で進み、時々転んでまた立ち上がり。


『逃げた!』

『無様wwwwww』

『イヤあれは怖いわ。笑うけどw』

『見事な逃亡!』

『いろんな意味で賢明。アトリ様に挑んで勝てるはずないもんな』


 散々リューヤを笑うコメント。その場にいた者もリューヤの行動に呆れて追うこともしない。


「そうだ。俺は負けてない。俺は逃げてない。見逃してやったんだ……!」


 当のリューヤだけが自分はまだ終わっていないと信じていた。アトリに対する恐怖を必死に誤魔化し、自分は勝てるのだと言い聞かせていた。正義の味方は負けない。正義の味方は逃げない。ただいまは分が悪いだけだ。そういう事なんだ。


 不格好な逃亡で必要以上に疲弊したリューヤは大きく転倒してそこで動きが止まる。起き上がろうとしたタイミングで、懐に入れていたスマホに通知が入った。SNSからのダイレクトメッセージだ。


 送り主は『D・P』。アトリと火雌冷怨カメレオン特攻隊のつながりを教え、更にはスキルをパワーアップさせるポーションを送ってくれた者だ。


『配信見てました、リューヤさん。大丈夫ですか?


 今、マゾムガガプ山にスキルパワーアップポーションの最新作を用意しました。これを使って正義の大逆転を見せてください。


 座標は――』


 少しでも冷静な人間なら、このタイミングにダンジョンと言う危険な場所にこんな届け物をするなんてありえないと一蹴しただろう。


「へっへっへ。助かったぜ……! やはり正義の味方は最後に逆転だよな!」


 だが追い詰められたリューヤは気づかない。自分が勝つのだと信じて疑わない。正義の味方だから勝てる。強敵を前にパワーアップし、悪を討つのだ。その爽快感を想像し、身震いするリューヤ。薄ら笑いを浮かべながらその座標に向かい――


 パァン。


「…………は?」


 乾いた火薬の音。マゾムガガプ山の振動に比べればそよ風程度の発砲音。それと同時にリューヤの腹部に赤い染みが生まれる。ポーションでどうにか回復したリューヤは腹部に発生した衝撃に耐えきれない。


 座標で待ち伏せしていた者に、銃で撃たれたのだ。リューヤはその事に最後まで気づかなぬまま意識を失い、受け身すら取れずに倒れ込む。

 

「拘束完了。バイタルイエロー」

「圧迫による止血完了。【凍結保存】により目標の状態固定」

「目標確保。これより撤収します」


 そして複数名の人間がリューヤを囲み、拘束と治療を行う。治療と言っても止血をしてスキルによる状態維持を行ったに過ぎない。数時間以内に処置をしなければ、植物人間になるだろう。


「OK。御苦労様だ。彼の体は今後の研究に役立ててくれ」


 その報告を地上で聞いていたドナテッロ・パッティはそう言って頷いた。植物人間でも構わない。むしろその方が都合がいいとばかりに笑みを浮かべる。


 スキル増幅ポーション+【融合】による新たなスキルの可能性。今後の研究材料として素晴らしい物を手に入れた。


「『ブレイクスキル』三本を一気飲みとは驚いたね。薬の内容を知っていたらそんな愚行は冒せない。いやはや、リューヤ君が想像以上の愚か者シオーコで助かったよ。煽りに煽った買いがあった、と言うべきかな」


 ドナテッロの視線の先にはテーブルの上に安置された銀色のビンがあった。リューヤ達『チェンソードラゴン』が飲んだスキルの威力を増幅するポーションだ。ドナテッロはそれを『スキルブレイク』と呼称した。


『D・P』……その名前でリューヤにスキルブレイクを大量に渡したのはドナテッロだ。アトリと火雌冷怨カメレオン特攻隊を教えたのもドナテッロである。リューヤのファンを偽って煽れば二人に挑むだろうことは想像に難くなかった。


 スキルブレイクと言うポーションを大量にリューヤに渡し、その成果を配信を通して知ることができた。ドナテッロは部下達をマゾムガガプ山に潜ませ、隙あらば服用者を拉致して研究材料にする。それが今回の目的だ。それは叶ったと言えよう。


 そして何よりも、それ以上の成果も得た。


「とはいえ、あの状態のリューヤを倒すとはさすがだよアトリ君。


 レオン君も周りの人間を守らなければ勝てたかもしれないね。大したものだ」


 リューヤがアトリやレオンを倒してくれれば、彼女達の体も研究材料として得ることができただろう。それはそれでいい結果だったが、彼女達はスキルを増幅したリューヤ以上の実力があると分かった。


 それはドナテッロにとっては嬉しい誤算だ。


「彼女達を始めとした稀代の配信者達がリューヤ君のように魔物と同化したのなら、どんな強さを持つ存在になるのだろうね」


 笑みを浮かべるドナテッロの先には、リューヤを暴走させた銀色のビンがあった。


 スキル使用者を魔物に化す。そんなポーションが――


  


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