拾漆:サムライガールはキメラリューヤを斬る

 踏みつけられ、今まさにファイヤブレスで殺されそうになっているレオン。


 アトリは容赦なく、レオンを踏みつけている魔物を切り裂いた。胴を横なぎに両断し、真っ二つにする。上半身が地面に落ち、下半身も崩れ落ちる。


『は?』

『いきなり両断!?』

『容赦なさすぎ!』

『リューヤ、死す!』

『やり過ぎだろこれ!』

『いやでもそうしないとレオンを助けられなかったわけだし……』


 突然の両断映像に慌てふためいたようなコメントが飛ぶ。


「すまんなレオン殿、遅くなった。


 ここからは某が受け持とう」


 しかしアトリは納刀することなくそう告げる。両断したリューヤに向け、鋭い視線を向けていた。


『へ??????』

『斬って終わったんじゃないの?』

『まさかこのパターンは……?』

『こいつまだ生きてるの!?』


 そしてアトリの残心を見て、驚きのコメントが飛ぶ。コメントよりも先にそれを察していた里亜はトークンを出して二体でレオンを抱えて移動させていた。


「一刀両断! まさに絵にかいたような一刀両断です! アトリ大先輩の剣技はリューヤさんだと思われる魔物をばっさり切り裂きました! 紫電一閃・単刀直入! 開幕直後の最適解!


 しかししかし、これで終わりではありません! アトリ大先輩の目が、顔が、刀が! 戦いが続いていることを示しています! なんと両断されたリューヤの体が引きあい、そして融合しました!」


 レオンだけではなく倒れている人達を運ぶ特攻隊員と里亜。その里亜が言うように、両断されたリューヤの上半身と下半身が磁石がくっつくようにそれぞれ移動し、一つになる。二つの肉は粘土を重ねるように融合し、一つの形になった。


「グガアアアアアアア……! オレ、ハ、正義ダァアアアアア!」


 もはやは人の形をしていなかった。


 複数の魔物がごちゃごちゃな形で集まり、かろうじて生物の形状をしているに過ぎない。肉の塊から魔物の特徴らしい部位が不格好に生えており、瞳や口らしい器官がそこかしこにある。人間であるリューヤの痕跡は人面瘡のような凹凸のみだ。


『何じゃあれは!?』

『キモイ肉塊……!』

『【注意】グロ注意!』


『<100EM>鹿島:【鑑定】しました。どうやら【融合】スキルが暴走しているようです! アトリ様、ご注意ください!』


『スキルが暴走! そんなことあるのか!?』

『インフィニティック・グローバルが開発したスキルシステムは安全に安全を重ねています。暴走することなどありえません。デマを流すのなら相応の対処をさせていただきます』

『ガチの企業コメント!』

『いやでもスキルシステムが暴走するなんて聞いたことないぞ!』

『だとしてもこれはそう言われても仕方のない光景だぞ……!』

『もうこれはキマイラとかそんなんじゃないぞ……』

『ショゴスとか混沌の落とし子とかそんな感じか……?』


 コメントが荒れる中、アトリはリューヤを睨み、下段に刀を構えていた。


「複数の魔物と融合した『チェンソードラゴン』リューヤ! いいえ、もはや人間の意識は魔物と融合している模様です! スキルの暴走なのか、或いは魔物を取り込み過ぎたのか。


 ギリシア神話のキマイラ! 日本の妖怪、ヌエ! 複数の生物を混ぜ込んだ魔物の例は数多いです。その伝承からこの個体をキメラリューヤと名付けます! アトリ大先輩はキメラリューヤに勝てるでしょうか?


 あくまで盛り上げのために疑問形にしているだけで、里亜はアトリ大先輩の勝利を疑ってませんからねー!」


 避難を続けながら里亜がアナウンスを続ける。トークンを『複雑な行動可能な限界数』の二体まで作成し、本人を含めて三人の里亜が倒れている人を安全な場所に引っ張っていく。


「グルルルルルルル……!」


 キメラリューヤも里亜の行動は眼に止めているが、里亜を襲う様子はない。


「どうした、獣のように吠えるだけか? 数多の魔物を有しても何もできない虚仮威しか?」


 目の前にいるサムライ。これから目をそらしてはいけない。魔物の本能がアトリの危険性を理解していた。小物などいつでも襲える。今はこの相手が危険だ。隙を作るな、挙動を見逃すな、神経を研ぎ澄ませ。


「殺ス……! 正義ノ敵……悪……アトリ、殺ス!」


 かろうじて残っているリューヤの意識。それがかろうじて人間の言動と思われる声を上げる。もっとも、理性も思慮もない恨み節だ。居酒屋の酔っ払いの方が、まだまともな事を言う。


「殺す、か。言われたことは幾度かあるが、実行されたことは一度もないな。


 どれだけの魔物を食らった? 某の見立てでは228匹と言ったところだが、それだけのモノを食らっても某一人に恐れをなすか。とんだ臆病者だな」


 動かば斬ると圧力をかけ、刀を構えたまま挑発するアトリ。里亜に意識を向けさせないためでもあるが、怒りをこちらに向けて本気で襲い掛かってほしいという思いもあった。228匹の魔物と融合した存在など、これまで相手したことがない。


『アトリ様、バーサーカーモード発動!』

『このサムライの悪い癖が出たよ』

『ここでレオンをいたぶられた痛みで戦わないのがアトリ様』

『その気持ちがないわけじゃないけど、本質は絶対戦いたいから』

『だよなぁ……』


 長くアトリの戦闘配信を見てきただけあって、コメントも理解が深い。


「むむむ! 皆さんアトリ大先輩に対する理解が深いようですが、里亜のことを心配してくれているのもあるんですからね! 言葉にせずとも伝わるアトリ大先輩の気遣い! 里亜はばっちり理解してますよ!


 などと言ってる間に避難完了しました! レオンさんもポーション飲ませて応急処置中です! アトリ大先輩、やっちゃってください!」


 レオンとチェンソードラゴンメンバーを安全な場所に運んだ里亜が拳を突き出して叫ぶ。その叫びが合図になったのか、或いはそれに反応したキメラリューヤの動きにアトリが動いたのか。


「――しっ!」


 呼気と共にアトリの刀が振るわれる。その剣閃を捕らえられたものは誰もいない。気が付けば幾重にも斬撃が走り、キメラリューヤが切り刻まれていた。無数の肉片が地面に落ち、痙攣して動かなくなる。


「ガ、アアアアアアア!」


 痛みに振るえたのか、斬られた痛みへの怒りか。キメラリューヤは咆哮するように声を上げ、体中から触手を生やすように突起を伸ばし、アトリに迫る。口と思われる器官からは炎を吐き、瞳を思わせる器官からは熱線を放つ。


「一斉攻撃だな。だが隙が多いぞ!」


 数多の触手と炎と熱線を掻い潜り、アトリはキメラリューヤの側面(?)に移動して刀を振るう。そのまま足を止めずにさらに斬撃。キメラリューヤを回転するように移動しながら刀を振るい、その肉を削っていく。


「速い! アトリ大先輩速すぎます! 足を止めずにキメラリューヤを斬り、そのまま足を止めずに移動して斬る! 回転しながらキメラリューヤの体を、リンゴの皮をむくように均等に切り刻んでいく! 


 キメラリューヤの攻撃も激しいのですが、それを意に介さないアトリ大先輩の動き! 里亜にはわからない攻撃の隙間を掻い潜り、絶妙なポイントで刃を振るう! アトリ大先輩に斬れぬものなしです!」


『相変わらずだけどギリギリで避けてるな、このサムライ!』

『ギリギリって言うか理解できない! 当たってるんじゃないのかこれ!?』

『本人視点カメラでも避けてるのか当たってるのかわからん! 止まってないから当たってないんだろうけど!』

『隙が多い、とか本当か!? この弾幕シャレにならんぞ!』

『(アトリ様から見たら)隙が多い』

『アトリ様の言葉を真に受けてはいかん。あのサムライは別次元の存在だ』

『修羅羅刹の類みたいに言ってやるなww』

『まあ、その類でも間違いじゃない気がするが』


 里亜の解説にコメントも沸く。浮遊カメラから見るアトリの動き。アトリに固定された本人視点カメラ。双方の視点からのコメントだ。アトリは楽々避けているのだが、見ている人からすれば一撃必殺の攻撃が飛び交い恐怖でしかない。


「キサ、マ! 当タレ、避ケルナ! アトリ、オマエ、オレに、殺サレロォォォォォォォ!


 正義ハ勝ツンダァ! オレは正義ダカラ、オマエは負ケテ当然ダアアアアアア!」


 切り刻まれるキメラリューヤは叫びながらアトリに攻撃を繰り返す。200を超える魔物の一斉攻撃。それすらものともしないアトリの足運び。そして白刃が少しずつ融合した魔物を削っていく。


「戦いの勝敗に善悪など関係ない。思想や精神が実力を凌駕することなどない」


 キメラリューヤを切り刻みながら、アトリは静かに残酷に告げる。


「悪が勝つこともある。善が潰えることもある。それが戦いだ。刃は斬る以上の意味を持たぬ。血肉を断ち、命を奪う行為でしかない。


 その結果を利用して己を正義と叫ぶ為政者がいるにすぎぬ」


 戦いに身を置いているアトリだからこそ言える言葉。正義が勝つのではない。勝った者がそれを正義と喧伝しているだけだ。暴力は暴力でしかなく、今こうして刀を振るっている行為に善悪などない。


「認メタナ! 自分ガ、正義デハナイト! 貴様ハ、斬ルダケノ、狂戦士サムライダト認メタナ!」


「当然だ。某はただ斬るだけ。そこに何を感じるかは他の者に任せるよ。


 強いて言えば、某は正義の味方と言うことになっている。その役割は果たさせてもらおうか」


 言葉と同時にアトリの動きが加速する。より速くより深くキメラリューヤは切り刻まれていく。その度にキメラリューヤの攻撃数は減っていき、肉塊の体積も小さくなっていく。


「オレ、正義……! ガァ、アアアアアアアア! 死、ネエエエエエ!」


「義の道は小さき善行の積み重ね。それは戦いなどで得られるものではない。


 戦の果てにあるのは修羅道のみ。力で得られるかりそめの正義など、力で奪われる儚き幻想と知るがいい」


 幾重の回転と斬撃を繰り返し、そう言ってアトリは納刀する。


 チン、と言う鞘納めの音と共に肉塊は全て崩れ去った。魔物だった存在は痙攣し、光輝いて魔石へと変わっていく。


 その魔石の中心に、【融合】が解除されたリューヤが倒れていた。


「アトリ大先輩! 大っ! 勝ぅ! 利ぃぃぃぃぃぃ!


 なんとなんとなんとぉ! アトリ大先輩はキメラリューヤの魔物部分だけを斬っていた!? その気になれば一閃できたのに、あえて魔物だけを切り刻んでリューヤを無事に救出したのです!」


『IPPON!』

『勝負あり!』

『マジか!?』

『あの肉塊の魔物だけを斬るとか、そんなことできるの!?』

『いや確かにまどろっこしいことしてるなと思ったけど!』

『そもそもそんな奴を助ける義務あるか!?』

『あ、もしかしてさっき言ってた正義の味方役って、そういう事……?』

『正義の味方と言うデバフwwwwww』


 アトリの勝利に里亜が叫び、コメントもそれに追随する。


 そんな中、アトリは魔石とリューヤに向けて、頭を下げていた。

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