▼▽▼ 卑怯上等変幻自在の火雌冷怨(カメレオン) ▼▽▼

「なにぃ!? どういうことだ!」


「こういうことだよ!」


「ぐはぁ!?」


 人質が解放されてレオンはリューヤを殴り倒す。


「リューヤさん!?」

「うううう動くな! こっちにはまだ人質がいるんだぞ!」


 慌てるドラゴンチェンソーのメンバーは、今度は里亜を人質に取る。


「レオンさん、気を付けてください。この人達の強さは異常です。何か裏があると思います! まあアトリ大先輩よりは弱かったですけどね!


 てなわけで、トークン解除!」


 里亜は――正確に言えば今こちらに向かってきている本物の里亜は【トークン作成】を解除する。人質に取られていた里亜は画像編集ソフトで修正するように、いきなり消失した。


「消えた!?」

「は? トークン、だったのか!?」

「確かにそう言う配信者だとは知ってたけど……」

「まさ、か。俺達の襲撃は予測されていた!?」


 消えた里亜のトークンに驚くチェンソードラゴンのメンバー達。これは里亜のアトリ大好きでこじれた性格が産んだ偶然なのだが、それを知らない人たちからすれば、手玉に取られたと思うだろう。人質作戦をこうもあっさり無に帰されたのだから。


「おい、どうする……?」

「全員でレオンに挑むしか……」

「でも、勝てるのか?」


 人質で優位を撮っていたチェンソードラゴンのメンバー達はどうすべきか悩んでいた。レオンの強さは知っている。正義の味方として勝った経験はあるが、それはあくまで『悪役を演じる』レオンだ。


『本気の』レオンの強さはその比じゃない。『展開上、正義が負ける配信』の時にその強さを身に染みて教えられた。形が変わる硬い盾を変幻自在に操り、最適なスキルを使って『卑怯』に攻め立てる。実力も戦術も格上だと感じさせられた。


「勝てるわけないだろ……! だから人質取ったんじゃねぇか!」

「それでも、この数なら……!」

「馬鹿野郎! この程度の数じゃ無理なんだよ!」


 勝てるはずがない。だからこそ人質を取ったのだ。しかもその人質も解放された。彼らに打つ手など――


「もうやめましょう。これ以上の戦いに意味などありません」


 逡巡するチェンソードラゴンのメンバー達に、演技を止めたレオンが停戦を投げかける。


「なんだとぉ……?」


「少なくとも私にとって戦う意味はありません。先ほどの一発で配信乱入の件は許します。人質の件は企業を交えて話し合いましょう。


 今はアトリさんとの配信で忙しいので、用があるときは後日連絡を頂ければ」


 怒りを込めて問いかけるリューヤに、事務的に言葉を返すレオン。目の前にいるのは配信に乱入してきた不遜者。相手をするつもりはない。ここで去るなら、さっきのパンチで遺恨はなしにする。


(今は見逃すって言ってるのか……?)

(人質の件は企業が間に入るならさほど悪くはならない、か……?)

(少なくとも、今ここで殴られるという事はないよな)

(配信で顔バレしてる以上、悪くない落とし所なんじゃないか?)


 レオンの言葉に戦意が薄れていくチェンソードラゴンのメンバー達。ここで殴られて痛い目を見た後に企業に裁かれるか、痛い目を見ずに企業に裁かれるか。どちらが得かと考えれば、後者だろう。そんな日和った考えに移行していく。


「黙れ! 俺は、俺は『チェンソードラゴン』リューヤだぞ! 最強のドラゴンで! お前のライバルで! 俺が正義で!


 正義が悪を倒すのは、意味がある! そうだ! 悪を討つのに意味や理由は要らねぇんだよ!」


 ただ一人、リューヤだけが抗議する。俺は正義。お前は悪。だから戦うのだ。そうだ。戦いを止めるわけにはいかないんだ。


「正義と悪。それが戦う理由ですか、リューヤ?」


「当たり前だ! 俺は正義だ! 正義は悪を討つ! 喝采されるべき存在なんだ!」


「正しい事をする者が正当な評価を受ける。それは正しい事でしょう」


 あくまでレオン本人として、正義の味方を気取るリューヤに語り掛ける。


「ならば人質を取ってこちらの動きを封じたあなたの行為は、相応の評価を受けるべきなのでは?」


『正論パンチ!』

『は? 人質とか何言ってるの? 言いがかりじゃん!』

『↑ 工作員の無駄な足掻き』

火雌冷怨カメレオン×花鶏のコラボチャンネルでモロバレ』

『SNSでただいま炎上中!』

『決定的に見放されてたけど、ここにきて自爆とか。リューヤ、ある意味エンタメの才能あるわ』


 チェンソードラゴンチャンネル内のコメントも総スカンである。サクラのコメントも勢いを無くしている。リューヤ達が人質を取ったのは世界中の誰もが知ることだ。


『アトリはフェイク配信。だから人質云々もフェイク』

『↑ その言いがかり、懐かしいなぁ』

『まあアトリ様の刀技が人外過ぎて信じられないのは理解できる』

『せやな』

『そやな』

『それな』

『出た瞬間に論破されてネタにされるサクラコメントw』


「黙れ! これは正義のために必要な事なんだ! 勝てば、正義なんだ!」


 支離滅裂なリューヤの言葉。もはや自分でも何を言っているのかわかってないのだろう。勝てば正義。勝てば皆が認めてくれる。少しでも冷静になればそんなはずはないと分かるのに。


 承認欲求に支配されたリューヤはそれができない。かつて注目を浴びた正義の味方と言う手段。それに縋ってそれ以外が見えない。悪と思われるものを叩き、それが違いという意見を排斥し。悲しいかな。これも誰もが陥る可能性がある人間の本性の一つなのだ。


「お前ら! 事前に渡したがあるだろうが! を飲んでればお前ら程度のザコでもスキルを底上げして囲んで戦えばレオンに勝てる!」


 リューヤの物言いにムッとするも、チェンソードラゴンのメンバー達は事前にもらったパワーアップポーションの事を思い出す。スキルの威力を数倍に上げるというモノだ。


「そうだ。俺達は強くなったんだ!」

「偉そうに上から目線で語りかけやがって」

「お前に勝てばあとはどうとでもなる!」


 リューヤに煽られたこともあるが、このままでは破滅する。もしかしたらリューヤの言うようにここで勝てば奇跡が起きるかもしれない。半ば自暴自棄な感情でチェンソードラゴンのメンバー達は襲い掛かってくる。


「分かりました」


 レオンはそう言うと同時に、拳を握り歩を進める。地面に【守りの盾】を使った移動法により強く速く踏み込んでの一打。一人一打。教科書に書かれていそうなほど奇麗な一撃で、見る間に襲い掛かってくるチェンソードラゴンのメンバー達を倒していく。


「ば……かな……!?」

「踏み込み、早すぎだろ……!」

「なんだ、それ……!」


 何が起きたかを理解できず、リューヤ以外の者達はレオンの一撃で地に伏した。見ていたリューヤもわけがわからない。だがそれは已む無き事。僅か二打で見切ったアトリが異常なだけだ。


「パワーアップしたのは本当のようですね。まだ意識があるなんて。スキルの底上げ、と言っていたので身体強化スキルを上昇させたんでしょうか。


 ですがスキルを使うのはその本人。扱い方が単調なら怖くはありません」


【守りの盾】と【素手格闘】をベースにさまざな戦法を考えるレオンにとって、力任せの攻撃など練習相手にもならない。


「お前たち……! お前達の仇は、俺が討つ!」


 自分でけしかけて、倒れた仲間達の敗北を悼むリューヤ。ネタや演技ではない。心の底から倒れた仲間のために戦うと自分を鼓舞しているのだ。悪を倒し、正義を為す。だが誰がどう見ても道化でしかない。


「まさかレオンごときにこれを使うことになろうとはな……!」


 リューヤは懐から銀のビンを3本取り出し、それを一気に飲み込んだ。その瞬間、レオンはリューヤに引っ張られるような錯覚を受けた。


「な、何が……?」


「こいつはスキルのパワーアップポーションさ! こいつらには一本しか渡してねぇが、複数飲めば効果はさらに増す! 【召喚】できるメタルドラゴンもより強くなり、【融合】もさらに強く融合できるのさ!」


「先ほどのスキルの底上げと言う事ですか。ですがどれだけ底上げしても、動きが単調なら――」


「来い来い来い来い!


 マゾムガガプ山の魔物達よ! この俺と【融合】しろ!」


 リューヤの体が光り輝き、半径500m以内にいたマゾムガガプ山の魔物がリューヤに吸い込まれていく。


竜章鳳姿りゅうしょうほうし】。龍や鳳のような伝承上の姿を示す言葉。スキルとしては精神的に好印象を持たれやすくなるスキルだ。


 だがこのスキルもポーションにより過剰に増幅される。その結果、リューヤは上位の魔物として身分の低い魔物に『命令』できるようになった。200体を超える魔物と【融合】し、リューヤの姿は先鋭的に――魔物に近くなっていく。


「新生、チェンソードラゴン! どうだぁ……! これでも俺に勝てるというつもりかぁ……?


 俺は、食らう、燃やす、腹減ったぁ……! そうだぁ、メシ、焼いてやる! 勝つ! ヘッヘッヘ! オマエウマソウダナァ!」


 キマイラ。鵺。


 そう言った複数の魔物を融合させた姿がそこにあった。全体的に火山石ゴーレムを思わせる岩の肌をしており、肩にはヘルハウンドを思わせる犬頭部の形状をした肩当て。背中から羽根を思わせる炎が噴出し、臀部から火を吐くヘビが尾のように生えていた。


『なんだこれ!?』

『人型のキマイラ!?』

『マゾムガガプ山にいる魔物を吸い込んで【融合】したのか!』

『っていうか、理性ぶっとんでないかこれ!?』


「周囲の魔物と融合したというのですか……。


 いいえ、これはもう融合のレベルを超えています! 理性も融合した魔物に支配されて……!」


『リューヤ』の瞳に理性は見られない。だがレオンは冷静に構える。数こそ多いが、融合したのは中層の魔物だ。マゾムガガプ山の魔物の特徴も覚えている。負ける道理はない。イレギュラーではあるが、負ける道理はない。


 ――負ける道理はない、はずだった。


「食ワセロォォォォ!」


『リューヤ』がレオンではなく、仲間であるチェンソードラゴンのメンバーを襲わなければ。


「っ!?」


 自分を襲うと思っていたレオンは『リューヤ』の行動に焦り、倒れた者を庇うように移動してその攻撃を受ける。不十分な形での防御でレオンは傷つき、その衝撃を受け止めきれずに地面に倒れた。


「いっ……! これは、マズい……!」


 何とか起き上がるが、戦いのペースは完全に奪われた。『リューヤ』は理性を失い、倒れている人達に襲い掛かる。レオンはそれを庇いながら戦う。実力に差があっても、不利を押し付けられては勝ち目がない。


『なんでそいつら庇うのさ!?』

『見捨ててもいいじゃないか!』

『リューヤ含めて自業自得じゃないか!』


 コメントもレオンの行動を非難する。そいつらは『リューヤ』に殺されても仕方ない。ダンジョンは自己責任だ。そもそもリューヤの味方で、レオンを襲った相手なのに。


「ええ、ええ。その通りですよ。皆さんの言う事は正しいです。


 でも正しくなくとも、私はそうするんです! たとえ勝てなくても、たとえ無駄だとしても、例え馬鹿だと罵られても、私がそうしたいからそうするんです!


 卑怯上等変幻自在! それが火雌冷怨カメレオン特攻隊なんです!」


 正しい事を為すのではなく、己の思うままに戦う。変幻自在に立ち回り、正しい事を打破して笑う。それが火雌冷怨カメレオン特攻隊。


「ぐ……まだ、倒れるわけ、には……ぁ」


 そして『火雌冷怨かめれおん』レオンは倒れる最後の瞬間まで、倒れた人達を守りきった。


「ガアアアアア……! 終ワリ、カ。ツマランナ!」


 魔物と化した『リューヤ』は倒れて動かないレオンを踏みつける。食事を邪魔した相手を踏みつけ、ストレス解消とばかりに蹂躙する。


『れおおおおおおおおおおん!』

『ああああ……』

『リューヤやめろ!』

『ちくしょう、ここまでか……!』


 絶望のコメントが流れる。トドメとばかりに『リューヤ』の口に炎が宿る。火の吐息は人の肉体など容赦なく焼き尽くすだろう。動けないレオンにそれを避ける術はない。一秒後に、烈火は命を奪うだろう。


 だがこのサムライにとっては一秒あれば十分だ。


「いやはや見事な啖呵。そして素晴らしい信念だ。某、心が震えたよ」


 悪意の火を切り裂くように、鋭い白刃が翻る。


「すまんなレオン殿、遅くなった。


 ここからは某がこの場を受け持とう」

 

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