拾陸:サムライガールは人質を救う

 ――時間軸はレオンとリューヤが接触した時間まで巻き戻る。


 レオンが指定したルートのままに進むアトリ。もう少し進めば次の対戦相手がいる場所だ。そこには――


「アトリ大先輩、緊急トラブルです!」


 人質役としてレオンと一緒にいるはずの里亜がいた。モーオヤモリを駆る特攻隊員も慌てた顔をしている。


「む。どうしたのだ里亜?


 ?」


「はい! アトリ大先輩の戦いを直で見たいので、人質役はトークンに任せて近くで見させていただきました!」


 里亜は配信開始前からトークンを作り出していたのだ。レオンと一緒に行って人質になったのはトークンの方。本体の里亜は配信に写らないようにしながらアトリの戦いをずっと見ていたのである。


「サオリさんとユカリさんを倒した動き、しっかり見させていただきました! 意識が移行した瞬間を逃さないアトリ大先輩の動き、最高でした! あの瞬間、常人では理解できない攻防があったのでしょうね! 戦闘面は素人同然の里亜ですが、それはわかります。何せ里亜はアトリ大先輩の超後輩! それぐらい察してこそです!」


 なんでそんな事をしたかというと、単にアトリの活躍を直で見たいからというだけである。レオンも『まあ配信に支障がない程度なら』と許可したことである。なおアトリがレオンと戦っている間にトークンと自分を入れ替えるつもりだったとか。


「う、うむ。その熱量は素直にすごいと思うぞ。所で火急の用事があったみたいだが?」


「配信に暴力乱入してきた人がいます! アクセルコーポの『チェンソードラゴン』。レオンさんの元ライバル役の人達です!」


 そして里亜はトークンが見聞きした状況をアトリに伝える。『チェンソードラゴン』チャンネルが写ったタブレットを出し、レオンが強制的に戦わされている姿を見せる。


『は?』

『あ! SNSでも話題になってる!』

『マジか!』

『チャンネル見た。今レオンとリューヤが戦っている!』


『チェンソードラゴン』チャンネルを見た人達が、この時点で事実を知る。アトリもことの重要さを悟り、先を急ごうと駆けだそうとする。


「ストップ! アトリ大先輩はこっちです!


 人質を解放してください! 場所は里亜が知ってます! ええ、イヤになるぐらいに知ってますからねぇ、ふぇありぃぃぃぃ……!」


 踏み出したアトリを制して、里亜が進行方向とは真逆の方を指さす。急こう配どころか崖とも言っていい落差が広がる場所だ。


「この下か」


 アトリは里亜が指さす先を見るや否や、迷うことなくその勾配に身を躍らせた。


「モーオヤモリに乗って行けばすぐに――っていきなり飛び降りた!?」


『落ちた!』

『アトリ様、飛び降りた!?』

『まるで散歩に出るかのような気軽さで進んでいったぞ!』


 岩肌に手足を張り付けて移動できるヤモリに乗って移動しようとした里亜は、躊躇なく落差に身を躍らせたアトリに驚いた。慌てて覗くと、岩壁を蹴るようにして降りているアトリを視界に捕らえる。


「鵯越の逆落としでも馬に乗りますよ、アトリ大先輩! 流石です!


 なんて言ってる場合じゃありませんね、追いましょう!」


 里亜はアトリの凄さに感動し、その後でモーオヤモリに乗る。特攻隊員は頷いてヤモリで壁に張り付いて降下していく。


 そして件の窪みでは、チェンソードラゴンのメンバー達が拘束したカヤノとヒメキ達に武器を突きつけ、その姿を撮影していた。


「リューヤさん優勢だな」


「人質取られて本気を出せないとか、レオンも甘々だぜ」


「本当になぁ。言うこと聞いても無事に返すとか言ってないのになぁ」


 言って下卑な笑みを浮かべるチェンソードラゴンのメンバー達。今はレオンに言う事を聞いてもらうために拘束するにとどめているが、レオンが負けてしまえばもうこの人質に利用価値はない。


「お前ら……卑怯だぞ……!」


「なんでリューヤなんかについていくんだ! あいつはもうお終いだってわかってるだろうが!」


 拘束された状態で反論するカヤノとヒメキ。リューヤの零落は誰もが知るところだ。このメンバー達もそれを見て離れていった。なのに何故リューヤの元に集ったのか? それがわからない。


「そんなのわかってるよ。アイツも俺達ももう配信者としての復帰は無理だろうな」


「だったら最後に思いっきり楽しんでもいいだろうが」


「そうそう。どうせ最後だ。ハメ外してもバチは当たらねぇだろうが」


 彼らもリューヤや自分達が配信者として詰んでいることなど理解している。愚行に走ったのだ。後は野となれ山となれ。最後に目立って満足しよう。そんな炎上上等の目立ちたがり屋精神だ。


 あまりの理由に二の句が継げないカヤノとヒメキ。自分達が終わっているから最後に好き勝手やろうとしている。他人に迷惑をかけようが知ったことはない。自分達が楽しければそれでいいのだ。


「そういうわけだ。せいぜい楽しませてくれよ!」


「泣き叫ぶ姿をネットに永遠に残してやるぜ!」


「なんならそっち方面でデビューできるかもな! 感謝しな!」


 悪意が膨れ上がる。その悪意が爆発するより前に、


「成程、これは熱いお灸が必要だな」


 アトリは音もなく着地し、抜刀した。


「何も――」


「遅い」


「――の、ッ!?」


 に気づいた時には、全てが終わっていた。


 地に降り立つと同時に吹き荒れた疾風。硬く無慈悲に敵を切る白刃。一拍子の間もなく、最短速度でそのサムライは地を駆ける。まさしく遅し。気付くのにも、反省するのにも、後悔するのにも遅い。


一罰百戒いちばつひゃっかい。軽き犯罪を見逃せば、後に続く者への道徳に影響する。


 悪事への自覚あるなら、その咎を痛みで受けるがいい」


 一罰百戒。一人の罪や過失を罰することで、他の多くの人々が同じような過失や罪を犯さないよう戒めとすることだ。一つの罰は、百の戒めになる。甘い罰則が後世への緩みとなる。罪には罰を。それを怠れば、法は無法と化す。


「ぎゃああああああああ! アトリ大先輩容赦ない! かっこいい! そしてクール! 浮遊カメラでは追いきれないアトリ大先輩の動き! ああ、もう! タコやんがカメラ貸してくれればぁ!」


 二泊ほど遅れてヤモリに乗ってやってくる里亜と特攻隊員。タコやんお手製の浮遊カメラなら今のシーンをしっかり映像に残せただろう。あのカメラはタコやんが所有権を有しており、今回の配信に関しては『なんかムカつくんで』という理由で貸してもらえなかった。閑話休題。


「喜ぶにはまだ早いぞ、里亜」


 喜ぶ里亜に対し、アトリは固い声で今しがた切り伏せた者達を見ていた。


「へ? どういうことです、アトリ大先輩?」


 戦いが終わっても納刀しないアトリを見て、里亜が警戒の色を濃くして尋ねる。仲間を助けに行こうとする火雌冷怨カメレオン特攻隊メンバーを手で制し、ありえない可能性を口にする。


「まさ、か。アトリ大先輩の攻撃に、耐えたんですか?」


 アトリに斬られたはずのチェンソードラゴンのメンバーのうち、数名がゆっくりと起き上がる。ゾンビのようなゆっくりとした動きだが、その表情には明確な殺意が含まれていた。


「珍しい事でもあるまい。姉上は私の攻撃を受けてケロリとしていたしな」


「いやいやいやいや」


 信じられない、という顔をする里亜。アトリの冗談にツッコミを入れているということもあるが、ありえない。本当にあり得ない。


 里亜はアトリの剣戟を見てきた。付き合いはそれこそ短いが、里亜は人格が依存するぐらいにアトリに心酔しているし、アトリだからこそ切られたいと思っているのだ。……それはどうかと思うが。


 アトリの攻撃を受けて立てる人間などいるはずがない。下層の魔物を一刀両断する実力を持ち、タコやんや里亜も『ないわー』『やり過ぎ』と言わしめるほどの加減なしである。今の攻撃も里亜が見る限りでは手心を加えた様子はない。


(テトラ骨すら一刀両断するアトリ大先輩の刀術ですよ!? 里亜の知らないスキルやアイテムがあってそれで塞いだとしても、立って動けるとか人間として異常過ぎます!


 レオンさんでも斬られたらそのまま倒れたというのに!?)


 里亜の疑問はもっともである。しかし現実として斬られた彼らは蘇っている。斬られたダメージは明らかに残っているが、それでもアトリが納刀しない程度には戦闘を行う気迫を有している。


「ふへへへ。コイツはスゲェや!」

「めちゃくちゃ痛いけど、まだ動けるぜ……!」


 起き上がった数名の『チェンソードラゴン』のメンバーは満身創痍ながらもまだ動ける状態だ。痛みに耐えながら武器を構え、アトリに襲い掛かる。


「――しっ!」


 しかしアトリは冷静にその攻撃をさばき、剣閃を重ねる。相手の武器を弾いて返す刀で胴を薙いだ。流れるように斬り続け、そして納刀する。


「が、はぁ……!」

「くそ、ぉ……!」


 二度目の攻撃には耐えきれなかったのか、そのまま倒れ伏す。アトリは2秒ほど残心し、そして頭を下げた。


『IPPON!』

『勝った……のか?』

『なんだこのタフさ。ありえねぇ』

『下層の魔物並のタフさだったってことか?』

『人間の配信者がそんな耐久力を持ってるってことあるか?』

『不死鳥の火を飲んでたとかか?』

『ならダメージが回復してるはずだ。死にかけで蘇るって事はない』


 コメントも勝利に沸くよりはチェンソードラゴンのメンバー達の異様なタフネスに言及する者が多かった。不穏な空気が場を支配する。


「お見事ですアトリ大先輩! レオンさーん! 人質は無事ですから、思いっきり戦ってください!」


 里亜はその空気を払しょくするように明るくアナウンスする。チェンソードラゴンがもっていた撮影機器を拾って現場を映し、アトリと自分を撮った。不安はあるが、今は場の流れを変えないと。


「急ぎましょう、アトリ大先輩。いやな予感がします!」


「うむ、レオン殿が襲われているとのことだな。急ぎ援軍に向かおう」


「人質は解放したからレオンさんも全力を出せるはずです。ですけど、このタフさは……」


 アトリが強すぎるせいでよくわからなかったが、襲撃してきたメンバーが下層レベルの魔物同等の強さを持っていると仮定すれば、レオンでも苦戦するだろう。


 モーオヤモリに跨り、岩場を進むアトリ達。急ぎ襲撃現場にたどり着く。


「ガアアアアア……! 終ワリ、カ。ツマランナ!」


 そこには全身を殴打されて地面に伏すレオンと、彼女を踏みつける人外めいた何者か……おそらくリューヤだろう存在の姿があった。

 

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