▼▽▼ 正義と悪がぶつかるとき ▼▽▼

「これは……?」


 レオンは第二陣の『怒壱蛇万どいつじゃーまん』カヤノと『陰崇聞塊いんすうぶんかい』ヒメキグループに連絡を取ろうして、返事がないことに異変を感じた。二人だけではなく、随伴している特攻隊の裏方スタッフにも連絡が取れない。


「どうしました、レオンさん?」


 その様子に気付いた里亜が配信用のインカムカメラを切って問いかける。何かのトラブルだろうか? 配信を見ている人に不安があってはならないという配慮である。


「よう、レオン。面白いことになってるじゃねぇか」


 だがその配慮は無駄に終わった。レオンと里亜の前に、リューヤ達『チェンソードラゴン』が現れたからだ。浮遊カメラが浮かび、この状況を生配信している。SNS上に『配信乱入』『リューヤ』等のワードがトレンドに上がる。


「リューヤ!?


 ……なんの用ですか? 貴方達を呼んだ覚えはありませんが」


 レオンは『不良モード』から『通常モード』になってリューヤ達に語り掛ける。配信者としての同士ではなく、迷惑な相手に対する抗議。リューヤを『正義の味方役』と扱っていない証。


「連れないねぇ。かつてのライバルが復活したんだぜ。不遇を受けた正義の戦士リューヤの華麗なる復活劇』ってやつさ!


 いいねいいねぇ! どんどん同接数も上がってきてるぜ!」


『チェンソードラゴン』チャンネルでの配信は話題のアトリVS火雌冷怨カメレオン特攻隊に乱入したという事で大きく話題になっている。もっとも世間の扱いは、


『は??? アフォなの!?』

『他人の配信に乱入するとかクズか!』

『これってそう言うシナリオなの!?』

『ありえるっちゃあり得るけど……?』

『いや、この反応を見る限りはない! 明らかにトラブルだ!』

 

 リューヤの扱いは迷惑系配信者と同列だ。批判的且つ否定的なコメントばかりである。


「コメントがうぜぇが、正義が勝てば問題ねぇ。数字が取れれば『初めからそう言うシナリオだった』ってことにできるからな」


 配信用インカムをいったん切り、にやりと笑って告げるリューヤ。その後でインカムを再度オンにして、威風堂々と告げるリューヤ。


「マゾムガガプ山に潜む悪の存在火雌冷怨カメレオン特攻隊! そして深層配信を騙るサムライアトリ! 貴様らがが結託して悪を為そうとしていることなどこの『チェンソードラゴン』リューヤにはお見通しだ!


 今ここに正義の鉄槌をくれてやる! 正々堂々と勝負しろ!」


 事情を知らずこの場面だけ見れば、リューヤの言葉は正義の味方そのものである。


『アホかああああああああああ!』

『何言ってんだコイツ!』

『いやいやいやいや! それは流石に無理筋でしょう!』

『どんだけ頭沸いているんだよこいつは!』


 などというのが一般的なコメントだ。だが――


『リューヤ復活!』

『わあああああああああああ! チェンソードラゴンカッコいい!』

『皆が望んだ正義の復活だ!』

『いけええええええええええええええええ!』

『悪をぶっ倒せえええええええ!』


 それにかぶせるようにリューヤを称賛するコメントが飛び交う。リューヤが雇ったサクラによるコメントだ。そしてチャンネル主であるリューヤの権限でアンチリューヤのコメントは次々と消されていく。


「すみません。今配信中ですので。後日対応しますので本日はお帰りいただけますか?」


 呆れたように肩をすくめるレオン。しかしその表情はリューヤの背後を見て固まった。『チェンソードラゴン』の一人が持つタブレット。そこに写っているのは連絡が取れないカヤノとヒメキ達の姿。


 身動きが取れないほどに傷つき、拘束された姿。その傍には『チェンソードラゴン』のメンバーが武器をちらつかせている。逆らえばその武器で仲間達がどうなるか。それを暗に示していた。


「……テメェ! このオレとやるっていうのか!?」


 レオンはリューヤに向かって感情を爆発させたように叫ぶ。『不良モード』になったのは相手の要求を受け入れたこともあるが、相手に対する怒りもあった。リューヤはそれを見て笑みを浮かべる。


「ああ、お前との因縁ここでつけさせてもらうぜ!


 ! その事実を世界中に伝えるためにな!」


 正義は勝つ。そういうふうに演出しろ。逆らえば人質はどうなるか分かってるだろうな。そんな意味を込めたリューヤのセリフ。


「あははー。どうやら里亜は無関係っぽいのでここで撤退させてもらいますね。えへへー」


 作り笑いをしてその場から逃げようとする里亜。どうやら予定とはかなり展開が異なってきた。無関係を装いその場から逃げようとするが、


「そうはいかねぇな。逃がして余計なことをされたら面倒だ」


「人質役じゃなく、本当に人質になってもらうぜ」


「ですよねー」


 カメラ外に優しく誘導されるように『チェンソードラゴン』のメンバーが迫り、カメラに見えない角度で武器を突きつけられる。カメラに届かない小声で脅迫され、里亜はあっさり抵抗を諦めた。


「『チェンソードラゴン』と『火雌冷怨カメレオン特攻隊』大将同士の一騎打ちだ。パワーアップした正義の力、とくと味わってもらうぞ!」


「はン、正義とか聞いてあきれるぜ! つまらねぇことに拘ってないで、早く来な!」


「正義がつまらないだとぉ!」


 レオンの煽りに過剰に反応するリューヤ。リューヤにとって正義は自分自身を指す。それを否定されて激昂した。俺はつまらなくなんてねぇ。そうだ、俺はここから復活するんだ。正義の味方として皆から絶賛されるんだ!


「来い! チェン・ソー・ドラゴオオオオオオオオオオオオオオン!」


 リューヤはポーズをつけて叫び、【召喚】スキルを使い契約した魔物をこの場に召喚する。召喚したのはメタルドラゴン。大きさ1mほどの金属のドラゴンだ。体中に棘のような突起が存在し、それがチェンソーのように回転している。


 初期のリューヤの戦闘スタイルは魔物を召喚して戦わせるスタイルだった。だがそれは、とあるスキルを会得してから変化する。


「フォームチェンジ! 我が身に宿れ、龍の力よ!」


 メタルドラゴンが光の粒子となり、その粒子がリューヤにまとわりつく。リューヤの体が金属のような光沢を持ち、手足にチェンソーのような武装が生える。【融合】。魔物と融合して合体するスキルだ。これにより魔物のパワーと武装を得ることができる。


「さらに! ファイナルモード発動! これが! リューヤ様の! 究極の姿だ!」


 そして三つ目のスキル【竜章鳳姿りゅうしょうほうし】を使う。リューヤが光り輝き、体を飾る装飾が増える。龍や鳳の如く堂々たる姿。……あくまで姿だけ。姿を良く見せて相手に好印象を与えるだけのスキルだ。


「相変わらず見栄っ張りだなぁ……。最後の要るかぁ?」


「正義の味方はカッコよく、且つ美しくなければならない! ただ勝てばいいのではないのだ!」


 呆れたように肩をすくめるレオンに、リューヤは堂々と言い放つ。これまで何度も繰り広げられたチェンソードラゴンと火雌冷怨カメレオン特攻隊との戦いでも同じようなやり取りは何度もあった。


 ただしそれまでは、リューヤというキャラを引き立てる為の演出。今回のレオンのセリフには、明らかに侮蔑の声が混じっていた。『この見栄しか張れない無能』という呆れの声。


「さあ、勝負だ! 龍の矛が、悪の盾を砕く!」


「変幻自在のカメレオンの戦い方、味わいやがれ!」


 そして始まるリューヤとレオンの攻防。


 リューヤは融合した龍のパワーと手足についたチェンソーを振るい、レオンを攻める。レオンも両手足に盾を展開し、それによりリューヤを攻め立てる。


『いけー!』

『悪を倒せ、リューヤ!』

『正義の鉄槌見せてやれ!』


「すげぇぜ、リューヤさん!」

「龍のパワーと全てを切り裂く正義のチェンソー!」

「レオンの奴、どんどん追い詰められてますぜ!」


 チェンソードラゴンチャンネル内に飛び交うリューヤを擁護するコメント。周囲を囲んでいるチェンソードラゴンメンバーも同様にリューヤの戦いを褒めたたえる。


(なにこれ、しょぼいですねぇ……)


 里亜はその戦いを呆れたように見ていた。


(動きは大振り。攻撃は単調。レオンさんが上手く防御しているからそれっぽいだけで、はっきり言って子供の遊びです。


 人質を取ってないなら、レオンさんが2秒で勝ちですね)

 

 里亜の目にはリューヤの動きが稚拙に思えた。派手さを重視するリューヤに対し、技巧的に対応するレオン。そのレオンの動きも、アトリとの戦いに見られた真剣みはない。


 レオンが演出やカメラワークなどを駆使していい勝負になるように見せているに過ぎなかった。純粋な実力ではレオンの圧勝。人質を取られている以上、レオンはこの場で悪役を演じなければならないのだ。


 だけど悪である以上はレオンに勝ち目はない。このまま茶番を続ける必要があるのだ。


「人質取ってレオンさんに勝ったつもりでしょうけど、アトリ大先輩に勝てると思ってるんですか?」


 カメラに聞こえない程度に小声で言う里亜。里亜に武器を突きつけているチェンソードラゴンのメンバーが同じく小声で答える。


「何言ってやがる。その為にお前が人質になってるんだろうが」


「わお、抜け目ないですねぇ。正義の味方って勝つために何でもするんですね。感心しました」


 里亜の皮肉。無言で武器が肌に食い込んでくる。里亜はその圧力を笑顔で受け流し、言葉を重ねる。


「やだなぁ。褒めてるんですよ。正直、貴方達の実力だとそうでもしないとアトリ大先輩に勝てるはずもありませんからね」


 さらに肌に食い込む武器を感じる里亜。どうやら自覚はあるようだ。心の中で舌を出し、憎々しげな視線を感じながら口を動かす。


「でも人質解放されたらヤバくないですか? アトリ大先輩があそこに写っている人達を解放したら、この作戦終わっちゃいますよ。貴方達だってどっちが強いかなんてわかってるんでしょ? だからこその人質作戦なんだし」


 人質が写ったタブレットを指さし問う里亜。里亜の生意気な物言いにムッとするが、優位に立っていることもあり鼻で笑って答えるチェンソードラゴンのメンバー。


「そいつはねぇな。アトリが通るだろうルートから離れた場所に隔離している。初見ではあの場所に気づくはずがねぇからな」


「ええ、知ってますよ。里亜は過去にマゾムガガプ山で配信しましたから。フェアリーに嵌められてあの窪みに何度も何度も何度も何度もシュートされましたからね。おのれこんちくしょう!」


 ぬるぬる粘液からの突風トラップコンボで窪みまで誘導されて、そこにモンスターが待ち受けていたという過去を思い出す里亜。あの竜巻トラップ何回やっても避けられない。かなりのトラウマであった。


「まあそういうわけであの場所は知ってるんです。というわけでご愁傷様」


 何を言っているんだコイツ、という表情を無視して里亜は口でメガホンを作って叫んだ。


「レオンさん! 人質は解放しました!


 アトリ大先輩をあの場に誘導して、倒してもらいましたよ!」


「なにっ!?」


「本当か!?」


 タブレット内の映像は、倒れ伏したチェンソードラゴンのメンバーと解放されている火雌冷怨カメレオン特攻隊のメンバー。そして刀を納めるアトリの姿。


「なにぃ!? どういうことだ!」


「こういうことだよ!」


 驚くリューヤに、レオンの拳が叩き込まれる。リューヤは吹き飛び、火山の大地に転がった。


「いえーい! アトリ大先輩、大勝利!」


 タブレット内の画面には、Vサインをする里亜の姿が写っていた。

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