▼▽▼ 正義の名の元に ~リューヤという配信者 ▼▽▼
阪上竜也こと『チェンソードラゴン』リューヤは、幼いころから正義の味方に憧れていた。
ピンチに颯爽と現れ、悪を討つ。ニチアサの定番ともいえる特撮ヒーローが彼の原点だった。
だった。過去形だ。
リューヤはその原点のままにダンジョンに潜り、そして魔物を倒していった。名乗りを上げ、必殺技を叫んで攻撃する。カッコイイを重視する演技系配信者の一人として。
幸運なことにダンジョン配信は好調で、リューヤはめきめきと実力をつけていった。レアアイテムドロップなどの運にも見舞われ、一年で下層ボスを倒して中層エリアにまで活動を広げていた。
「た、助けてぇ!」
リューヤはそこで魔物に襲われていた配信者を助ける。無理して中層に来たアイドル系配信者。リューヤの実力が多くの人達に伝わり、そこでリューヤのチャンネルもバズって一気に有名になる。
「ふは。なんだこれ。最高じゃないか!」
不幸なことにリューヤはこの時に得た達成感に酔いしれてしまった。多くの称賛。多くのコメント。多くの栄光。承認欲求が満たされ、その快感に溺れてしまった。
ピンチに颯爽と現れ、悪を討つ。
その原点は彼の目標ではなく、バズりという快楽を得るための手段になってしまった。
最初はダンジョンの護衛やパトロールという健全なモノだった。不慣れな配信者を守ったり、危険な魔物が出たという通報を聞けばそこに急行して魔物を倒し。
多くの感謝を得た。多くの謝礼を受けた。
しかし、あの時感じた快楽には遠く及ばない。
ピンチに颯爽と現れ、悪を討つ。
護衛やパトロールはピンチにならないように行うものだ。本当の命の危機に現れて、それを解決する。そうでなければあの快感は得られない。
そしてリューヤの配信を見に来ている人は少しずつ減っていった。万バズしてからは護衛やパトロールなどが主体で、話題性は乏しい状態だ。他の流行に流れるのは自然な流れである。
「おい。なんでだよ!」
数字というのは残酷だ。透明なものを明らかにしてしまう。リューヤへの注目が下がっていくことが、目に見えて分かってしまった。
「俺はヒーローだぞ!」
万バズした事件など、もう誰も見向きもしない。助けた配信者も引退した。誰もリューヤに注目しないという強迫観念が渦巻く。減ったとはいえ、配信デビュー3年未満にしてはかなりの数字なのだが――
「このリューヤ様がこんな程度の数字でいいわけないだろうが!」
リューヤを応援してくれている人の数を『こんな程度』と吐き捨てる。傲慢が膨れ上がる。もっと数字を! もっと俺を見ろ! もっと注目しろ! 俺はヒーローだ! 俺は正義だ!
「そうだ」
そして悪魔が囁いた。リューヤ的に言えば、正義が告げた。
「ピンチがなければ、作ればいいんだ」
バズって得た広告料金やスパチャなどを使い、リューヤは口の堅い配信者を雇う。魔物を引き付ける【フェロモン】と【姿隠し】のスキルを与え、魔物を引き寄せて配信者に見えないところで消えてもらう。
「うそ!? なんでこんなところにオーガが!」
「危ない! ドラゴンキーック!」
「ああ、『チェンソードラゴン』!」
「情報を聞いてパトロールをしていたんだ! 危ないから早く下がってくれ!」
魔物を率いるトレイン。それを有名配信者にぶつけ、それを救う。そんなマッチポンプ。今まで護衛やパトロールを行っていたこともあり、誰もリューヤを疑わなかった。
「ははは! これだ! リューヤ様にふさわしいのはこれだ!」
爆アガリするチャンネル登録数。SNSの話題を独占し、感謝と謝礼と称賛の言葉が止まらない。下がり気味だった数字は一気に跳ね上がる。
「おおっと、正義の味方の登場だ!」
「騎兵隊ってのはこういうタイミングで現れるのさ!」
「正義は、不滅だ!」
疑われない程度の頻度でそのマッチポンプを繰り返すリューヤ。怪しまれない程度の間合。疑念を押さえ込む情報処理能力。そして、時の運。それらを駆使し、『正義の味方』を繰り返した。
その話題性――或いはリューヤの本質を理解しながら、後処理ができる天性――を買ったのか、アクセルコーポから企業配信者にならないかと言う誘いがあった。
「リューヤさん。正義の味方をやりたくありませんか?」
三大企業の庇護の下、正義の味方ができる。悪役を討ち、多くの注目を受けることができる。リューヤが断る理由はなかった。
これまで個人活動だった『チェンソードラゴン』は多くのヒーロー役を有する正義系の配信チームとなり、悪の配信チーム
個人活動よりも多くの数字と称賛を得て、承認欲求を満たすリューヤ。彼の傲慢は大きく育ち、それに起因して彼の中にある正義も肥大化する。俺は正義だ。正義は勝つんだ。だから俺は勝って当然なんだ。
そんな中、アトリがテトラスケルトンウォーリアを斬り、空前絶後のバズ事件を起こす。下層魔物を難なく切り捨てる無名のサムライ。その勢いはかつてのリューヤを大きく超えていた。
「なんだよあのサムライ! フェイクに決まってる!」
SNSの話題だけを見て、配信を見ずにそう断言するリューヤ。どうせニセモノ。すぐに消えると思っていたアトリの勢いは衰えることなく加速していく。アトリの名前を見る度に、リューヤは苛立って誰彼構わず八つ当たりをしていた。
「くそ! このゴミ箱邪魔だ!」
「なあ、そんな演技でリューヤ様と共演するつもりか!? 出直して来い!」
そんな折に、アトリ叩きの流れが生まれる。TNGKが仕掛けたアンチアトリの流れ。リューヤはそれに乗っかった。
『女の分際でダンジョンに潜るとかが間違ってるんだよ』
『どうせ体使ってスタッフ雇ってるやらせなんだろ? お前らもいい加減現実見ろよ』
『負けた恥でセップクしろwwwwwwwww』
『魔物を召喚して自分で倒すマッチポンプ! 数字が欲しい配信者の自作自演! 配信の闇がここに!』
『サムライはオワコン。わかってたことだけどな』
アトリを貶めることで得られる快楽。SNSでも実名アカウントでアトリの悪態をつく。TNGKが多くのアンチアトリを扇動していたこともあってか同意する人達も多く、それがリューヤの心をくすぐった。
しかし――その流れは逆転する。
「下層ボスを倒して……深層配信を開始しただと!?」
剣技を見せる配信で悪評を覆し、アンチアトリの流れをぶった切ったアトリ。初の深層配信。アトリ叩きの流れは鳴りを潜め、逆にアトリを擁護する声が大きくなる。
「ウソだウソだウソだウソだ! 下層ボスをソロで倒しただと! あり得ない!」
リューヤも下層で戦っている配信者だ。下層の魔物の強さは身に染みて知っている。ましてやボスとなればその強さは三段階ほど跳ね上がる。挑むなんて無謀の極みだ。
『深層配信とかフェイクに決まってるだろwwwww』
『誰も立ち入ったことのないエリアだぞ。でっち上げに決まってるじゃないかwwwwww』
『嘘配信も大概にしてほしい。正義の味方として、人を騙す詐欺は許せない!』
アンチアトリを続けるリューヤ。しかし彼を擁護する人はもういない。肥大した傲慢はそれに気づかず、リューヤを支持する人達は一気に離れていった。
企業からの警告を無視してアトリを罵るリューヤ。その結果として、彼はアクセルコーポからの契約を打ち切られる。それを機に多くのチームメイトも彼から離れていった。それでもリューヤはアトリを叩き続けた。
「俺が正義だ! 正義は俺だ! アトリを叩くのは正義なんだ!」
ピンチに颯爽と現れ、悪を討つヒーローはもういない。ここにいるのは承認欲求に支配された配信者。正義という妄執に取りつかれた害悪の一つ。どこにでもいそうな、ネットの鼻つまみ。
リューヤはこれまでの栄光を失い、このまま忘れられていく――はずだった。
「ん? なんだ?」
リューヤのSNSにダイレクトメッセージが届いていた。名称は『D・P』。
『拝啓。チェンソードラゴンの戦いを心待ちにしている者です』
そんな出だしから入るメッセージ。
『聞くところによると正義チームは解体されて、
そんなのウソですよね? チェンソードラゴンさんが華麗に復活するためのアングルですよね? お返事待ってます』
「俺の代わりに、あのサムライを使うだと!?」
メッセージの内容に叫び、スマホを投げつけるリューヤ。激昂が彼を突き動かし、
――この時、リューヤに一欠けらでも冷静さがあればこのメッセージを怪しんだはずだ。次の配信内容など機密事項。それをどこから得て、何故リューヤにリークしたのか。それを考えるだけの思考が回ったはずだ。
「そんなこと、許せるか!」
しかし、そんな冷静さはなかった。
「おい! お前ら力を貸せ!」
感情のままにリューヤは行動する。
集まった『チェンソードラゴン』メンバーにリューヤは告げる。
「よく来てくれたな、お前ら。コイツを飲んでくれ」
リューヤが手にしているのは、銀色のビンだ。飲む、と言っているのだから恐らくはポーション系なのだろう。
「なんですか、それ? クールポーションですか?」
問いかける言葉に、リューヤは笑みを浮かべて答えた。
「こいつは俺のファンからもらった正義の兵器さ。
スキルがパワーアップするポーションだ。スキルの威力が数倍に跳ね上がるぜ!」
その言葉にメンバー達は色めき立つ。
「マジっすか!?」
「スキル威力が数倍とか無敵じゃないですか!」
「レオンもアトリも余裕でぶっ潰せるぜ!」
全能感を得た元『チェンソードラゴン』のメンバーは嬉々としてポーションを口にする。スキルを起動させ、体をめぐる感覚に歓喜する。湧き上がる力の流動がリューヤの言葉が真実だと教えてくれた。
力を得た暴龍が
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