拾伍:サムライガールは特攻隊員と戦う

 アトリの歩みは止まらない。


「アトリ大先輩の前に立ちふさがるは炎の犬! 体に炎を纏い、口から火の吐息を吐く黒犬です! 死を告げるイギリスの妖精ブラックドッグの亜種か、はたまた地獄の番犬ケルベロスか! 獰猛さを隠そうともしない獣の動きでアトリ大先輩に迫って――はい、撃破! 撃破、撃破、撃破ぁ! 


 炎の吐息を刀で切り裂き、返す刀で胴を薙ぐ! 止まることなく突き進み、一歩ごとに一閃して命を奪う! その動きはまさに舞! その姿はまさに芸術! 里亜は今、匠の技を前に感動が止まりません!」


『解説している間に斬られてるとかどんだけか!』

『流石アトリ様! 中層の魔物程度じゃ足止めにもならないぜ!』

『あいつらそれなりに強いからな! 俺らのパーティ全滅しかけたし!』

『脳がバグりそうになるけど、中層の魔物って一般の配信者からしたら脅威だからな!』

『しかもアトリ様はスキルなしだからな』

『確かにこれは芸術だわ。コメント忘れる』

『SAMURAI! KATANA! FANTASTIC!』

Erstaunlichす  げ  ぇ!』


 様々な称賛のコメントが届き、その間にもアトリは進んでいく。


「ここまでだ、アトリ!」


「姐さんが出るまでもねぇ! アタイらがお前をぶっ飛ばす!」


 炎の黒犬を倒したタイミングでそんな声がアトリにかかる。火雌冷怨カメレオン特攻隊の特攻隊員だ。モーオヤモリの背中に乗って岩の上に位置取り、上から見下ろすようにして啖呵を切る。


「『鬼土藍烙きどあいらく』サオリ!」


「『夷騎逸幽いっきいちゆう』ユカリ!」


「「アタイらの技、受けてみろ!」」


 アトリに喋る間も与えずに二人の特攻隊員を乗せたヤモリは跳躍し、アトリに迫る。


「唸れ大地! 宿れ炎!」


 ヤモリを駆りながら『鬼土藍烙きどあいらく』の文字を背負うサオリがスキルを発動させる。アトリの足元に落ちてある石が赤く熱を帯び、弾丸となってアトリに迫る。【石弾】【火付与】のスキルにより、熱した石となったのだ。


「無念の思いを果たす時は今だぜ!」


 そして『夷騎逸幽いっきいちゆう』の文字を背負ったユカリも同時に【死霊術】【多重召喚】のスキルを発動させる。虚空から霊魂を産み出し、石の弾丸に憑依させた。破壊の意思をむき出しにし、その矛先をアトリに向ける。


「これは『鬼土藍烙きどあいらく』サオリと『夷騎逸幽いっきいちゆう』ユカリの火山弾コンボ! 無数の石に熱を宿らせた火と石の弾幕! それに多数の悪霊を憑依させて自動追尾機能を加えています!


 マゾムガガプ山には無数の石があり、元が噴石であるため熱にも強い! アトリ大先輩を襲う石の数は100個は超えています! それらが悪霊に憑依させて殺意をもって襲わせる! 質、量、そして相性! まさに炎と石と悪意が産む嵐!」


 アトリの周囲を飛来する石は大きさにすれば数センチ程度だが、硬度と熱量を考えればまともに当たれば火傷と打撲傷だ。しかも数が多く、悪意を持ってアトリを襲っているのだ。石同士が連携して攻め、そして機を見て一斉に襲い掛かる。


『何だこの数は!?』

『しろふぁんの弾幕でもここまで多くなかったぞ!』

『しろふぁんの場合は一方向だったけど、こっちは四方八方からだぞ!』

『しかも意志をもって飛ぶとかヤバすぎだ!』


 コメントは驚きの声と、


『ふ、これがサオリとユカリだ!』

『設定では相争うライバルだけど、共闘すると最高に相性がいいのが最高!』

『単体でも強いけど、二人が共闘した時に真価が生まれるというやつだ!』

『シーズン12での二人の戦いは見ものだぞ!』

『まあここまでの弾幕数はそうそうみられないけどな!』


 火雌冷怨カメレオン特攻隊側のコメントに分かれる。


「ですがしかし――!」


 だがしかし――


「その程度ではアトリ大先輩を仕留めることはできません!」


 赤く熱された悪霊憑きの石が荒れ狂う嵐の中、アトリは止まることなく日本刀を振るい続けていた。飛び交う石を避け、迫る悪意を切り裂き、100を超える石は少しずつその数を減じていく。


『嘘だろ!? 斬ってるのか!』

『え? 悪霊ごと石を斬ってるってこと?』

『あの小さな石を全部斬って突破するつもりなの!?』

『いやいやいやいやいや!』


 コメントは再び驚きの声と、


『これがアトリ様よ!』

『し っ て た !』

『アトリ様を倒したかったら、この3倍は持ってこい!』

『足止めできている時点で大したものなんだがな!』


 そして攻撃を斬り進むアトリ側のコメントに分かれた。


「悪意を宿し数多の烈火纏う石! その脅威をものともせずに抜刀して悪意ごと石を断つ! 鞘から解放された白刃は全てを断つまで鞘に収まらず! これこそダンジョンに生きるサムライ! その一閃は何処まで突き進むのか!


 そして今、最後の石を切り裂いた!」


「見事な強襲だ。強烈な戦意と猛攻はまさにあっぱれ。その返礼と参ろうか」


 石を斬った刀を振るい、アトリは二人の特攻隊員を見る。その顔に浮かぶ笑みを見て、二人は背筋がゾクリと冷えた。


「ま、まぐれだ! アタイらのコンボがこんなに簡単に破れるはずがねぇ!」


「そうだとも! たまたまうまくいっただけだ! 今度は仕留めてやる!」


 サオリとユカリは焦った言葉を返す。『相手の功績を偶然と言い張る』『さっきと同じ攻撃』という負けフラグを立てながら、スキルを発動させた。周囲の石が浮き、悪意を持ってアトリに飛び交う――より前に。


「隙ありだ」


 アトリは二人に迫り、刀を一閃していた。サオリもユカリも何が起きたかわからない。ただ力が抜けてモーオヤモリから落馬……落ヤモリしたことだけは自覚できた。


『……は?』

『なにそれ』

『え。なにこの』

『今何が起きたの?』

『サオユカがフラグ立てたかと思ったら終わっていた』

『もう一回攻撃するんじゃないの?』

『ちょい待って。早くない!?』


 あまりの速度にコメントの多くは困惑していた。


(うそ、だろ? アタイら、斬られたのか……!?)


(モーオヤモリが尻尾で庇って、ダンジョン素材で作った特攻服を着ていたにもかかわらず、一撃で……?)


 斬られたサオリとユカリは、斬られた驚きで目を白黒させる。


 コンボ攻撃を突破され、負けフラグをあえて立てたのは事実だ。先ほどより緩く攻撃し、攻撃に隙を作ってアトリに攻撃させて負けるつもりだった。二人とも慣れた悪である。この手の『負け方』はお手の物だ。


 だからアトリからは目を離さなかった。『正義役』を勝たせるために不具合があってはならない。相手が動きやすいように攻撃の隙間を作り、そして見た目は派手に攻撃する。それが彼女達のやり方だ。


 サオリとユカリに隙があったとすれば、どう演出しようとしたかという思考時間。或いは勝負を放棄して負け演出に移行した程度だ。


 繰り返そう。サオリもユカリもアトリから意識を逸らさなかった。むしろここが火雌冷怨カメレオン特攻隊の見せ場だと気合を入れたぐらいだ。なのにごくわずかな思考の変化に滑り込むように斬られたのだ。


「い、一瞬! まさに瞬き一つの間にアトリ大先輩が斬り込んだ! 『鬼土藍烙きどあいらく』サオリと『夷騎逸幽いっきいちゆう』ユカリのコンビを一閃! おそらく二人は何が起きたかを理解する間もなく地に伏したと思われます!


 この二人も決して弱くはないのですが、ただただアトリ大先輩が強すぎた! 刹那の油断さえも許さない! これがアトリ大先輩! 火雌冷怨カメレオン特攻隊のエース級二人をこうもあっさり倒すとは!?」


 里亜の解説が入ると同時に、コメントも大きく沸いた。


『SUGEEEEEEEEEEEEEE!』

『いや、は、まじ!?』

『噂には聞いていたが、容赦なさすぎだろこれ!』

『まーじーかー。サオリとユカリをこうもあっさりかよ』

『IPPON!』

『対人でも容赦ないぜアトリ様!』

『むしろ相手は生きてるのか?』

『大丈夫っぽい。いま回収されてポーション飲んでた』


 ある程度コメントが流れた後で、隠れていた火雌冷怨カメレオン特攻隊に抱えられたサオリとユカリが負け惜しみのセリフを告げた。


「くっ! 今日の所はこれぐらいで勘弁してやる!」


「だがアタイらを倒しても『怒壱蛇万どいつじゃーまん』カヤノと『陰崇聞塊いんすうぶんかい』ヒメキが待っている!」


「更にその先には『火雌冷怨かめれおん』レオン姐さんがいる!」


「今はアタイらを倒した勝利に酔ってるがいいさ! 次の戦いが楽しみだぜ!」


 サオリとユカリは特攻隊員に抱えられた状態でそんな悪態をつく。ポーションを飲んだとはいえ、まだ体は痛むはずだ。その状態でも負けセリフを忘れないのは見事である。


 要約すると『これで戦闘終わりです。お疲れさまでした!』『次の相手はこの二人です!』『最後にレオンさんがいます!』『改めて勝利おめでとうございます。次も頑張ってください!』である。


「なんとなんと! アトリ大先輩の次の相手はあの『怒壱蛇万どいつじゃーまん』カヤノ! そして『陰崇聞塊いんすうぶんかい』ヒメキ! 火雌冷怨カメレオン特攻隊のエースクラスが勢ぞろいです!


 その上に変幻自在千変万化臨機応変卑怯上等な『火雌冷怨かめれおん』レオンが待っているのです! アトリ大先輩は無事に可愛い超後輩の里亜を助けることができるのでしょうか!」


『自分で可愛いとか言うなwwwwww』

『超後輩というパワーワード』

『さりげなくレオンさんディスったな、コイツw』

『いや、卑怯上等は姐さんには誉め言葉』

『【守りの盾】【素手格闘】を軸にホント幅広いからなぁ』

『パワー系のカヤノのとヒメキの五感封じバステ地獄もなんだかんだでバリエーション豊富だしな』

『対するアトリ様は刀で斬る。うむ、単純明快』

『さりげなくアトリをディスったぞw』

『いや、これは花鶏チャンネルでは誉め言葉だ』


 コメントが乱舞し、配信が沸く。事前のアングル効果やサオリとユカリの悪役演技もあるが、アトリの戦闘が加速的に熱を上げていた。同接数は加速的に増え続け、演劇系配信を罵る声は、もはやない。


「けっ、あの程度で粋がるんじゃねぇ!」


 ただ唯一、『チェンソードラゴン』リューヤだけがリアルタイム配信を見て悪態をついていた。


「ぶっ潰してやる……! 火雌冷怨カメレオン特攻隊もアトリの奴も、全員ぶっ潰してわからせてやる!


 真の正義の味方が誰なのかをな!」


 その足元には破壊された浮遊カメラ。


 そして周囲には襲撃されて地に伏した火雌冷怨カメレオン特攻隊のメンバー達。『怒壱蛇万どいつじゃーまん』カヤノと『陰崇聞塊いんすうぶんかい』ヒメキもその中にいた。


「『チェンソードラゴン』……! どうしてテメェらがここに……!」


「配信に乱入とか何考えてやがる……げほっ!」


「悪のくせにうるさいんだよ。テメェらはとっとと正義にやられればいいんだ」


「レオンとアトリを徹底的に壊して、俺達が本当の正義だって知らしめてやるのさ」


「これだけの同接数の前での復活配信だ。世間もアクセルコーポも俺達が一番だと理解してくれるさ」


 まだ意識があったカヤノとヒメキを足蹴にして黙らせる『チェンソードラゴン』のメンバー達。二人が動けなくなったのを確認し、愉悦の笑みを浮かべる。悪は倒した。正義は勝った。そうだ、正義は我にある。我こそが正義なのだ。


「次はレオンだ。カメラの前で泣いて土下座させてやるぜ!」

「謝罪生配信とかウケる!」

「あのツラがぐちゃぐちゃに歪むところを想像しただけで笑えるぜ!」


 言葉通り、正義に酔う『チェンソードラゴン』達。そのリーダーであるリューヤが号令をかけた。


「行くぞ! 正義は我にありだ!」

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