拾肆:サムライガールは火山配信を始める
アトリVS
その決戦の日がやってきた。場所は中層にあるマゾムガガプ山。その麓でアトリは待機していた。まだ山に入っていないのに気温は高く、空気を吸い込めば肺が焼けそうな錯覚を感じるほどだ。
その景観は岩一色。度重なる振動で地面は隆起し、激しい高低を持つ壁が作られている。また長年降り注いだ噴石が地面に突き刺さり、無数の柱のような岩が視界を塞いでいる。まさに岩の迷路と言ってもいい。
「私たち特攻隊はこの『モーオヤモリ』を使います」
レオンを始めとした
「岩山などの三次元を壁を越えて『卑怯』に突破します。途中で特攻隊メンバーが待ち伏せと言う形で戦いを挑んできますので、思うままに戦ってください。
私はアトリさんが『燃える石』の所までたどり着いたら、そこで乱入する形です」
配信前の最終打ち合わせである。レース形式を取ってはいるが、あくまで形式。実際は特攻隊とのぶつかり合いである。アトリのキャラを生かすなら、戦闘で魅せるのが一番だ。
「遠慮はせぬぞ」
「はい。メンバーも耐久性に優れた装備をしていますので問題ありません。
あとモーオヤモリは騎乗者を尻尾で守る習性がありますので、一度だけなら攻撃を受けても何とかなる算段です」
「主思いの魔物もいるのか。大したものだ」
魔物に騎乗する配信者がいることはアトリも知っている。馬型だったり、ゴーレムだったり、機械型魔物に乗っている者もいるという。その性質も様々で、このヤモリのように身を挺して主を守る魔物もいるという。
「テイムして騎乗するには一度屈服させないといけないので、容易ではありませんけどね」
「ヤモリは日本では家を守る家守とも呼ばれて、古くから人類に有益な存在として扱われていました。日本以外でも守護者として扱われている国は多いです。
このヤモリはハワイにおけるモーオがモデルでしょう。姿を変化させるトカゲの精霊。なくなった祖先が家を守るために動物に姿を変えた
そんなヤモリにまたがって、里亜が解説を行う。そう言った伝承をダンジョンが取り込んだのか、或いはダンジョンの生物が神話の元なのか。それは誰にもわからない。
「ええと、里亜は何でここにいるのだ? 確か設定では毒を盛られて動けないとかだったはずだが?」
「助けを待つヒロインもいいですけど、せっかく拉致されて人質になったんですから特攻隊に連行されたいじゃないですか! それを颯爽と助けるアトリ大先輩! きゃー! 最高!」
自分で手錠をした里亜が黄色い声を上げる。誘拐されて救われるシチュエーションに歓喜していた。その態度にレオンも苦笑いする。
「まあ、レオン殿が許可しているのなら問題はないか」
「何かあれば臨機応変に対応しますよ。その辺りはお任せください」
安心してくださいとばかりに胸に手を当ててレオンがほほ笑む。本番でのトラブルやアドリブ変更には慣れている。
「それでは配信を開始します。アトリさん、よろしくお願いしますね」
言って特攻服に袖を通すレオンを始めとした特攻隊員。この特攻服自体も【裁縫】【言霊編み】のスキルを用い、ダンジョン内で取れる特殊な生地を用いて作られたのだという。相応の防御力を持ち、下層の戦闘にも耐えうるほどだとか。
浮遊カメラが宙を舞い、各配信者を映し出す。配信開始の合図とともに、レオンが口火を切った。
「アトリィ! テメェの大事な後輩は預かった! 12時間以内にこの山にある燃える石を使わねぇと毒が回って死んじまうぜぇ!」
「来ては駄目ですアトリ大先輩! これは罠です!
レオンのヤモリに一緒に乗っている里亜がそう叫ぶ。配信開始と同時にそれまでの空気が一変したかのような二人の演技と説明トーク。レオンはガラの悪い悪役になり、里亜は悲壮感あふれる声だ。
『配信キター!』
『うは、開幕姐さん悪ボイス!』
『相変わらずマゾムガガプ山の迫力は異様だな!』
『地面揺れてるぞ! マジで大丈夫か!?』
『まだマシな方。酷い時は立ってられない』
『ヤモリに乗ってるぞ、この暴走族!』
『
『こんだけの数の【騎乗】スキルがあるとか、さすがだよなぁ……』
配信開始と同時にコメントが飛ぶ。瞬く間に同時接続数も増え、わずか数分で10万人を超えた。事前広告も効いたが、アトリとアクセルコーポ最強チームの戦いは誰もが見たいカードであった。
『まあ、演技っていうかヤラセだけどな』
『アンチ乙』
『いやなら見るな……とは言わない。一度見ていけ!』
『結構ガチなんだぜ、ボーイ』
『うんうんわかるぞ。俺も最初はそう思ってたからな』
『ご新規さん一名入りましたー!』
時折現れるアンチに対しても、優しく対応するコメント達。この手の煽りには慣れっこなのだろう。荒れることなく受け流す体制ができていた。
「行くぞお前ら! 各ポイントでこのサムライを襲撃して足止めしろ!」
「「「了解です、姐さん!」」」
「ああ、岩山での戦闘に慣れた人達が地の利を生かしてアトリ大先輩を襲撃するなんて! いくらアトリ大先輩が強くても、この自然の要塞マゾムガガプ山を生かした戦術に苦しめられ……。
いいえ、アトリ大先輩なら絶対突破します! 待ってますからねー!」
言ってモーオヤモリを走らせる
「あー、うむ。では参るとするか」
アトリは何か気の利いたことを言おうとして、何も思い浮かばずにそう言った。刀を抜き、マゾムガガプ山を進む。その後を追う浮遊カメラ。
「さあ、始まりましたアトリ大先輩と
司会と解説はアトリ大先輩の大ファンにして超後輩、人質役として特攻隊に選ばれた『ぷら~な』里亜がお届けしまーす!」
そして突如流れる里亜の司会トーク。いつの間にかインカムをつけ、開幕時の悲壮感とは打って変わって元気よく喋りだした。
『は????????』
『おいwwwwwww ひとじちwwwwwww』
『おまww 捕まってるくせにwwwww』
『こ れ は ひ ど い(ほめことば』
『なんで人質になってる奴が司会してるんだよwwwwww』
さっきまで誘拐されて悲壮な演技をしていた里亜が解説していることに、コメントは総ツッコミを入れる。
「色々ツッコミはありますが些細な事! アトリ大先輩がそこにいるのに里亜が口出ししないわけがありません! 後輩の名が廃ります! ブックもアングルも関係なし! ワガママ押し通して司会役ゲットです!
いえーい! 聞いてますかアトリ大先輩! 司会進行はお任せあれ! あと里亜を助けてくださーい! ああ、毒が苦しいです!」
人質役が司会というわけのわからない状況だ。演技系であることを考慮しても、異例の配役である。アトリ大好きな里亜が特攻隊から強引に司会役を奪い取った――わけではない。
これは事前相談済み。レオンも他の特攻隊員も納得していることである。
『はいはいはーい! 里亜が司会をします!』
里亜が挙手して提案した理由は、実に理にかなった事であった。
『配信中にアトリ大先輩があまり喋らなくてもいいように、里亜が司会トークでサポートします!
アトリ大先輩は思う存分、戦闘に集中してください!』
アトリの演技下手をサポートするために、里亜がトークでサポートする。いわゆる盛り上げ役としての立候補だ。
『おお、それは助かる。里亜には世話になりっぱなしだなぁ』
救われる配役が司会役は如何なものか、という物議は醸し出されたが里亜のアトリが係わると面白キャラになるところや純粋なトーク能力、そして何よりもアトリのお墨付きがあり許可された。
『えへへー。後輩が先輩の世話をするのは当然です!』
という経緯があって人質が司会になったのだ。
そしてその反響はというと、
『何やってるんだこの後輩wwwww』
『噴き出したお茶返せwwwwww』
『里亜ちゃんNice!』
『黙って捕まるとか里亜らしくないと思ったら、こういうオチかwwwwww』
『悲壮な声からのトーンチェンジすげー』
『これが演技系……なのか!?』
『いや、これは例外。つーか、この子のキャラ』
『特攻隊を押し切るほどの先輩ラブwwwwww』
概ねウケているようだ。少なくとも批判の声は少ない。
「アトリ大先輩の行く手を遮るのはマゾムガガプ山が長年吹き上げ続けた噴石の柱! 地面に突き刺さる岩が行く手を遮っています! そしてその岩に紛れて探索者を待ち構える火山石ゴーレム!
河口から吹き上がった溶岩が冷えて固まり固形化し、その石が魔力を吸ってゴーレム化したという説があります! あるいは火山そのものがこういったゴーレムを産み出す魔法使いの工場なのか!? 山はどの神話でも神と深くかかわりある存在ですから、ありえなくもありません!
ともあれゴーレムは人間に対して敵対的! 近寄る相手には――」
「すまぬな、通させてもらうよ」
走る速度を変えることなくアトリは火山席ゴーレムに近づき、通り抜け様に刀を振るう。アトリを襲おうとした火山石ゴーレムは一瞬動きを止め、刀の軌跡のままに両断された。
「容赦なし! まさにアトリ大先輩容赦なし! 鎧袖一触を絵にかいたような一閃です! 朝飯前と言わんがばかりの撃破です!
ところで皆さん朝ご飯は食べましたか? 里亜の朝ご飯はベーコンエッグ。醤油ヲかけて美味しくいただきました! 皆さんは目玉焼きには何をかけますか?」
『塩!』
『コショウです!』
『ケチャップこそ至高』
『マヨラーなのでマヨネーズ一択!』
『めんつゆ最強!』
里亜の話題提供に沸きあがるコメント。同接数は加速的に増え、SNSのトレンドも『アトリ』『
「はは……。あんな奴らがトレンドだと……」
そんなSNSを確認しながら、一人の男がマゾムガガプ山に訪れる。
「違うだろ! お前らが褒めたたえるのはチェンソードラゴンだ! 話題にあげるのはチェンソードラゴンだ! この俺だ! リューヤ様だ! リューヤ様だけを褒めたたえろ!」
かつてアクセルコーポで
「そうですぜ、リューヤさん!」
「ヒーローは褒めたたえられて当然なんだ!」
「俺達『チェンソードラゴン』こそが正義だ!」
それに追随するように、様々なコスチュームをした人たちが叫ぶ。彼らは『チェンソードラゴン』のメンバーだ。リューヤの計画を聞き、彼に協力する者達である。悪を倒し、正義として褒めたたえられる。その快楽を忘れられない配信者達。
狂った正義が肥大した承認欲求を抱えて配信に乱入する。
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