拾参:サムライガールは火山の勉強をする

 アトリVS火雌冷怨カメレオン特攻隊の準備は瞬く間に進んでいった。


 里亜とレオンがぶつかり合い、里亜が誘拐されるPVが流される。これに和風なBBGMと無言でアトリが抜刀するというシーンが挿入され(本当はセリフを挟みたかったが、アトリの残念演技の為断念した)、アトリVS火雌冷怨カメレオン特攻隊のタイトルロゴが壮大な擬音と共に画面に流れた。


 一週間後に予定された配信予告。予告が流れると同時にSNSの話題は一色に染まる。アクセルコーポの最強配信者と、企業無所属のサムライガール。誰もがこのカードに色めき立つ。


『アトリとレオンの勝負だとおおおおお!?』

『みぎゃああああああ! なにこの、この!』

『夢のバトルじゃねえか!』

『よく企画通ったな、これ!』


 対戦カードに興奮する声もあれば、


『いやこれアトリの勝ち確だろ』

『深層ソロと下層どまりの演技系だろ? 勝負は見えてるじゃん』

『オッズは10:0』

『もって3分。むしろこれだけもてば大したもの』


 アトリに挑むレオンの愚かさに言及する声もある。


 しかし続報で上げられた勝負形式を聞くと、その声がひっくり返る。


『卑劣なる火雌冷怨カメレオン特攻隊は人質に毒を打ち込んだ! これを解除するにはダンジョン内にある『燃える石』が必要だ!


 愛する後輩を助けるためにサムライアトリは下層を走る! しかしそうはさせじと火雌冷怨カメレオン特攻隊の妨害が入る!


 アトリは特攻隊の妨害を潜り抜け、時間以内に『燃える石』を手に入れることができるだろうか!?』


 アトリと火雌冷怨カメレオン特攻隊が直接戦うのではなく、メインは『燃える石』の奪取。妨害排除に時間を取られればその分時間はなくなり、特攻隊を放置すれば妨害によりまた時間がかかる。そんな形式だ。


『タイムアタック形式か。これならどっちが勝つかわからんな』

『そうか? アトリ様のなんでもぶった切り迷宮攻略法があれば何でも解決するぞ』

『いやいや、特攻隊もいろんなスキル持ってるから汎用性は高い。しかも燃える石ってことは溶岩地域だろうし』

『マゾムガガプ山。中層の天然要塞か』


 マゾムガガプ山。中層にあるそのエリアは、その凶悪な環境で知られている。


 体力を奪う地熱と熱風。起伏の激しい山道。降り注ぐ火山灰と噴石。常に揺れる地面。そしてそんな場所に適応した魔物達。中層であるにもかかわらず、下層エリア並みの難攻不落と烙印を押されたエリア。


『でも中層だぞ? 深層ソロのアトリ様からすればたいした場所じゃないぜ』

『中層が下層に劣るなど誰が決めた?』

『マジレスすると危険度の意味合いが違う。マゾムガガプは障害物と罠が多才』

『魔物の強さは中層レベルだけど、地形が厄介で魔物もそれを利用してくる』

『そして火雌冷怨カメレオン特攻隊は結構な頻度でマゾムガガプ山で配信してるからな。地の利はあっちにある』

『火山での決戦とか燃えるからな! 二重の意味で!』


 喧々囂々と意見は飛び交い、多くの予想が打ち出される。アトリ寄りの意見も、火雌冷怨カメレオン特攻隊寄りの意見もぶつかり合う。配信が始まる前からお祭り状態だ。


「火山エリアとな」


「はい。マゾムガガプ山は常に噴火している活火山です。高温と険しい岩山、そしてそこに生息するモンスター達。


 モンスターの強さ自体は中層の魔物の平均値ですが、マゾムガガプ山の相性と相まって厄介な感じになっています。その中でも凶悪なのがフェアリーですね」


 そんなお祭り状態の中、里亜はアトリにマゾムガガプ山の説明をしていた。場所は火雌冷怨カメレオン特攻隊の訓練所。そこにある元教室を借りて、プロジェクターを使って講義をしていた。


「ふぇありー?」


 里亜の言葉を反芻するアトリ。ダンジョン事情に疎いアトリでもその名前は聞いたことがある。英語で『妖精』の意味を持つ存在だ。可愛らしいという意味合いが強く、凶悪とは思えない。


「ええ。大きさは30センチ程度の小さなモンスターですが、とにかく悪戯好きです。小さな体を生かして身を隠し【罠設置】や【罠発動】をしてこちらの足を止めてきます。


 これら自体はあまりダメージがないささやかな悪戯ですが、場所が場所なだけに足止めされているところに噴石が降ってきたり、別の魔物に襲われたりと状況がひたすら悪化します。ええ、妖精死すべし慈悲はない!」


 最後は感情をこめて叫ぶ里亜。どうやら体験談らしい。実際に里亜がマゾムガガプ山に挑んだ動画を再生すると、そのほとんどが罠にはまってその後でとんでもない目に遭っていた。


『落とし穴!? でも膝までだし大したこと……って岩が転がって来たぁ!』

転倒スネアトラップからの滑る床!? 待って待って待って! この先確かモンスターハウスがぁぁぁぁ!』

『は、金ダライとかに引っかかるわけが……あの、タライの中に溶岩スライムがいるのは流石に反則じゃないですか!?』

『『右を見ろ』? なんですかこの落書き(右を見る)? はぐぅ! 左側から撃たれただとぉ!』


 死にまくりトークン配信の里亜だが、死因が罠からのコンボというのはいろんな意味で伝説だったらしい。結果として238回『死亡』して攻略を断念したという。


「……まあその、ご愁傷様だ」


 動画を見終わったアトリはあまりの結果に悔やみの意を示す。トークンを使った配信で本人は無事だと知っているが、それでもここまで妖精に弄ばれて、なんとも言えなくなった。


「まあそれが里亜の『売り』なので攻略失敗自体はいいです。でも妖精だけは許さなーい!


 というわけでアトリ大先輩もフェアリーの仕掛ける罠だけは注意してください! できれば里亜の仇を! その刀で全滅させてきてください!」


「里亜ちゃん、私怨入り過ぎ」


 里亜にツッコミを入れたのは、同席していたレオンだ。マゾムガガプ山の説明という事で、里亜と一緒にアトリに講義している。


「とはいえフェアリーがマゾムガガプ山の攻略難易度を跳ね上げているのは事実です。元々自然の要塞と言ってもいいほどの険しい岩山で、何もなくても登頂は難しいと言われています。


 とりわけ厄介なのが高温ですね。麓でも30℃を超え、山頂に近づくにつれて温度は上昇していきます。その為、クールポーションは必須です」


 レオンがカバンの中から取り出したのは、水色のビン。飲むことで熱に対する耐性を得るポーションだ。これを飲めば、半日は高温環境下でも問題なく動くことができる。


「ほう、このようなモノが。便利なものがあるのだなぁ」


「この手のポーションはかなり前からありますよ。むしろそれを使わずにいろんなエリアを突破するアトリ大先輩が凄すぎるんです」


「姉上には『環境なんか心頭滅却すればどうにかなる!』と教えられてな」


「なんなんですか、その根性論は……」


 アトリの言葉に呆れる里亜。実際それで突破していたのだから、大したものである。


「目的の『燃える石』は山の中腹当たり。画像で示した場所にあります。


 そこまでのルートはありますけど……おそらく変貌しているでしょう。あくまで参考程度で覚えていてください」


 アトリの端末にいくつかの画像を送るレオン。マゾムガガプ山の全貌や『燃える石』までの詳細な地図。そして石の画像である。確かに複雑な道のりだが、地図があるならそこまで難しい話ではない。もっとも、


「変貌とは?」


「マゾムガガプ山は常に地面が揺れて、地形が変化しています。その為岩壁が崩れたり、地割れが起きたりして道が使えなくなることもあるのです」


 そう言った事情もあり、地図はあくまで『その時観測した』時のルートだ。レオンの言うように、道が変化している可能性は高いという。


「あいわかった。とりあえず某はレオン殿より先にその石を取れば『勝ち』という……アングル? シナリオ? そういうことなのだな?」


「アングルは事前および事後のストーリーなので、この場合はルールが正しいですね。


 その解釈で問題ありません。お互いに邪魔するのはOK。こちらはガンガン邪魔していくつもりですので、当日はよろしくお願いします」


 勝負のルールを確認するアトリに、レオンはこぶしを握って答えた。レオンは設定上は『人質を取った憎き敵』だが、こうして接するレオンは礼儀正しい人間だ。その優しさにアトリは刃が鈍る――


「了解した。こちらも遠慮なく対応しよう」


 ――わけもなかった。レオンと戦った時のような壮絶な笑みを浮かべ、戦いの機会を今か今かと待ちわびている。


「きゃああああああ! 容赦のないアトリ大先輩流石です!


 でも本当にいいんですか。レオンさん。アトリ大先輩、本気で斬ってきますよ。変わりましょうか!? 変わって! アトリ大先輩に斬られる役ください!」


「変わりません。あとヨダレ拭きなさい、里亜ちゃん。


 いいか悪いかで言えば、こうするしかないというのが答えです。アトリさんは演技ではなく、戦場で本気で戦ってもらうのが一番ですから」


 演技ができないアトリを演技系配信で魅せるには、演技ではなく本気で動いてもらうしかない。ならば火雌冷怨カメレオン特攻隊も演技ではなく、本気でアトリ攻略を行う必要がある。


「その、色々とすまぬ。こういったことには不向きで」


「いえいえ。頭を下げるのはこちらです。アトリさんの話題性に乗っかった形になるのはこちらですので」


 演技ができないことを謝るアトリに、レオンも頭を下げる。アトリからすれば断ってもいい話なのに、それでも付き合ってくれるのは感謝でしかない。


「むしろ同僚が今でもアトリさんに罵詈雑言を浴びせているのが心苦しい限りです」


「『チェンソードラゴン』ですか? レオンさんが謝る事じゃないですよ」


 胃痛を堪えるようなポーズをするレオンに対し、里亜はそう答える。レオンとチェンソードラゴンは別人だ。同じ企業で少し前まで『共闘(配信内では敵対関係)』していたというだけで、気に掛けるほどではない。


「まあそうなのですが、それでもあまり気持ちのいい話ではありません。


 何度か忠告したのですが、ブロックされているのかこちらの話には反応もしていません。上役からの勧告も聞いていないようで……」


 愚痴るようにため息をつくレオン。同僚や上司からの言葉も聞かずに個人攻撃を続け、メンバーもそんなリーダーについて行けずほとんどが離反。企業も打つ手なしと見捨てるほどである。


「……いえ、チェンソードラゴンの件は今回の配信には関係のない話ですね。申し訳ありません。


 今回の配信を成功させて、この空気を吹き飛ばしましょう。アトリさん、よろしくお願いします!」


「うむ。某はあまり気にしていないし、大事なのは未来だ。レオン殿の思うような結果になるよう、頑張ろう」


 首を振って吹っ切るように言うレオンに、頷いて答えるアトリ。凋落した相手を気にするよりも、先のことを考えるのは正しい事だ。


 だが一つだけ間違っていた。


『チェンソードラゴンの件は今回の配信には関係のない話ですね』


「邪魔してやる、邪魔してやる、邪魔してやる!」

「俺は正義だ! アトリも火雌冷怨カメレオンも、悪なんだ!」

「悪は、正義に倒されなければならないんだ……!」


 チェンソードラゴンが配信に割り込み、歪んだ正義を行使しようとしていた。

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