拾弐:サムライガールは盾持つ不良と戦う
「オラァ!」
赤い特攻服を着たレオンは、開始の合図と同時にアトリに殴りかかる。
「む」
一気に懐まで潜り込み、乱打を仕掛けるレオン。刀を振るうには一定の空間が必要になる。その空間に体を割り込ませ、アトリの関節を狙うように拳を叩き込むレオン。
「ふっ――!」
しかしアトリはとんと地面を蹴って間合いを離す。同時に刀を正眼に構え、レオンに斬りかかった。鉄すら切り裂くアトリの刀。一切の手心なく、肉体を断つ勢いで刀はレオンに迫る。
「甘ェ!」
しかしレオンはその刀に向かって拳を振るう。拳と刀が触れる瞬間に赤い光が走り、拳を包み込むように光の盾が顕現した。光の盾は高い硬度で刀を受け、刀と拮抗する。
「それがレオン殿の『すきる』……【守りの盾】か」
「いい一撃だがなぁ! その程度はこの俺には通用しないんだよォ!」
叫んで拳を振るうレオン。拳が命中する寸前に赤い光が生まれ、硬く重い『盾』が拳の威力を増幅させる。本来であれば前面全てを守るように展開される【守りの盾】を拳の先という一点に凝縮し、光の密度を高めて盾の硬度を高めているのだ。
これがレオンの戦闘スタイル。徒手空拳+高硬度の盾による打撃戦法だ。この戦法自体はアトリも戦う前にレオンから聞いていた。
「私の持つスキルは【守りの盾】【素手格闘】。そして今回はアトリさんに合わせて【無刀取り】です」
アトリの戦闘スタイルを知っていることもあり、レオンも自分の戦闘スタイルをばらす。これは
【守りの盾】は本来防御に使うスキルだ。本来は前面に光の盾を形成し、攻撃から身を守る。レオンは光を凝縮して硬度を増し、それを手足に集中させて打撃の強化を行っていた。
【素手格闘】はその名の通り、武器を持たない戦いを行う際に補助してくれるスキルである。武器を持たない状態で攻撃と回避を行う際に脳と肉体が動きやすくなり、またスタミナも増すという。
【無刀取り】は近接武器を持った相手に対する回避ボーナスが付くスキルだ。武器の間合いを計り、その間合いからズレる。各武器の最適な間合いから離れることで武器の威力を殺す。刀で戦うアトリ対策のスキルだ。
レオンのスキルは【守りの盾】【素手格闘】の二つが固定で、最後の一つは相手によって入れ替えていた。もっともこれは複数のスキルを購入するだけの財力があるから可能な事である。
そして何よりも、
「オレは変幻自在の
卑怯? ズルい? そいつは誉め言葉だ! 戦いってのは勝てばいいのさぁ!」
特攻服の背中に描かれた『
「全く、戦う前と後では大違いだ。某にはとてもできそうにない」
レオンの変貌ぶりにはアトリも舌を巻いていた。とても同一人物とは思えない。一流の配信者の演技と技術を見せつけられて、驚くよりほかはない。
「どうしたどうしたぁ、サムライ小娘! 小奇麗な剣道じゃ勝てないってかぁ?
このオレの卑怯さにビビってんのか、このお嬢様! 悔しいなら何か言ってみろよ!」
近づいて拳を叩き込む。アトリの足を踏んで機動力を削ぐレオン。刀の間合いに入らぬようにアトリの懐に迫り、逃さぬようにラッシュを続ける。格闘技で言うなら、ボクシングが近い。もっとも、レフェリーに見えない場所で反則をするダーティなスタイルだが。
「気後れしたのは認めよう。そしてその戦術を卑劣と罵りはしない。勝つために手の内を変える器用さがあるなら、それを活用するのは当たり前だ。
某はそこまで器用でもないので、愚直にやらせてもらうよ!」
アトリの腹に向けて放たれた拳を、刀の柄で上から叩いて落とす。そのままアトリは重心を落とし、タックルの要領でレオンに肩ごとぶつかった。弾かれるようにレオンが数歩下がり、そこにアトリは横なぎの一閃を放つ。
「まだまだぁ!」
レオンはエビ反りにのけ反ってその一閃をかわす。そのまま地面に手をついて、不安定な体勢からアトリに蹴りを放った。けん制の蹴りだが、そこには【守りの盾】が鋭角状に展開されている。まともに当たれば刺さり、掠っても切り傷は避けられない。
「しっ!」
横なぎに払ったアトリの刀が軌跡を変える。燕が飛ぶように軽やかに、鷹の嘴のように鋭く迫る足に形成された尖った盾と刀が交差する。互いの得物がぶつかり、金属音に似た音が体育館に響き渡った。そのままアトリの刀は不安定なレオンに迫り、
「ぃやっべ! 危機一髪だぜ!」
刀は空を切る。レオンは床についた手を起点にして体を回転させ、バク転の要領で距離を離していた。アトリはそれを追う様に一歩踏み出し、刀を突き出す。硬い盾を一点突破する必殺の突き。それはレオンの体に向かって飛ぶ。
「根! 性!」
レオンはその突きに対し、空手の正拳突きの構えをとる。呼気と共に【守りの盾】を拳の先に極限まで凝縮し、赤い光は小さな点まで小さくなった。ウケる面積が小さい分、硬度ははるかに増している。その光点を刀の突きに合わせるように突き出し、その切っ先にぶつけた。
「なんとなんと! これは驚きだ!」
賞賛の言葉を返すアトリ。小さすぎる盾は少しずれれば刀を受け止められず、かといって面積を広げれば硬度が落ちる。判断を誤れば刀に貫かれていただろう。その恐怖を感じながら、それを乗り越えてレオンは拳を突き出したのだ。
「アンタもな! スキルなしで俺をここまで食らいつくなんざ、大したやつだぜ!」
レオンもアトリに賞賛の言葉を返す。とはいえ、食らいついているのはむしろレオンの方だ。純粋な戦闘力ではアトリに分がある。【素手格闘】と【無刀取り】のスキル、そしてレオン自身の戦闘経験でアトリにどうにか拮抗しているに過ぎない。
「すげええええええええ!」
「姐さんの本気モード相手にここまでできるなんて!」
「『チェンソードラゴン』の奴らでも本気姐さんに勝てねぇのに!」
「噂には聞いてたけど、深層に行くだけのことはあるぜ!」
「ちくしょう! アタイももっと強くなるぜ!」
周りでそれを見ていた
「当然です! 下層ボスの三体を倒し、深層エリアを行き進むアトリ大先輩は無敵で素敵なサムライなんです! ネメアのライオンだってアトリ大先輩の刀にかかれば一刀両断! 窒息なんでまだるっこしい事はしませんとも!
そしてアトリ大先輩と戦闘になっているレオンさんも凄いです!」
感極まった里亜も沸いている観客の中で大騒ぎしていた。一応『人質役』という事で自主的に手錠をつけている。
(本当に大したものですよ、アトリさん。純粋な剣術だけでここまで人を沸き立たせることができるのですから)
レオンは特攻隊員達の熱に心の中で笑みを浮かべていた。予想はしていたとはいえ、ここまで影響を与えるとは。そしてそれはレオン本人もだ。
(この空気を消すのはもったいないですね。……アレを使いますか)
レオンはギアを一段階上げるように息を吐く。配信などの『演技』では決して見せない技。下層の魔物相手に使う『死闘』用の奥の手。それを解禁する。
「だがなぁ……! 勝つのは、オレだぁ!」
拳を構えて前に出るレオン。フェイントなしで真っ直ぐにアトリに向かっていく。アトリは刀を構えてそれを迎撃しようと――
「っ!?」
迎撃しようとして、そのタイミングを逸する。急に速度を増して踏み込んできたレオンの動きに対応できず、胸部に一撃を受けてしまう。『盾』を纏って重く強い一打。アトリにできたのはわずかに重心を逸らし、衝撃を緩める程度だ。
「オラオラオラオラオラァ!」
そのままレオンはその距離を維持して拳を連続で叩き込む。7割をアトリの体に。3割をアトリの腕部を叩いて刀の動きを阻害するように。【無刀取り】の効果も相まって、この距離ではレオンの方が圧倒的に有利だ。
「これは厳しいか」
荒れ狂う拳の中、それでもアトリは冷静に動いていた。刀による攻撃は難しいが、決定打を避けることはできる。体を逸らし、足を動かし、僅かな隙を見つけて大きく後退する。一旦距離を置いて仕切り直せば――
「逃がさねぇよ!」
それを許さないとばかりにレオンが距離を詰める。速い。まさに瞬く間に距離を詰められた。その速度はアトリが反応に遅れるほどだ。
「速い。先ほどまでの動きとは段違いだ。歩法を変えたか? いや、斯様な変化は見られなかった」
縮地。古武術にある移動法を思わせる動きだ。アトリもその動きは知っている。体を大きく前傾させ、重力に引っ張られる力を利用して移動する。だがレオンはそんな動きをしていなかった。これまでどおりの構えで、突如速度が増したのだ。
「このオレの動きについてこれねぇってか!? 分からねぇならそのままおねんねしてな!」
刀を振るいにくいポジションを維持して、『盾』で硬化した拳を叩き込むレオン。相手の有利を潰し、自分の有利を押し付ける。古今東西、戦術のキモはここだ。荒々しく見えるレオンの戦い方は、理にかなった最適解である。
「これでトドメだぁ! おねんねしな!」
再度深くアトリに踏み込むレオン。アトリがレオンの有利を潰すには、刀を振るえる距離を取り戻すしかない。しかしそうはさせまいとレオンはアトリにも理解できない動きで距離を詰める。この流れを覆すには、レオンの動きを止めるしかない。
「成程、『盾』か」
アトリはそういって、先ほどよりも速度を増したレオンに合わせるように刀を振るう。レオンは慌てて拳を交差させ、発生させた【守りの盾】でアトリの攻撃を受け止める。防御が遅れれば、確実に首を薙いでいた一閃だ。
「移動の際に足の裏に『盾』を発生させて、踏み込みの補助道具にしたという事だな。
角度や硬度を調整し、普通に地面を蹴るよりもより強く歩むことができる。大した工夫だよ」
アトリはレオンの足元に切っ先を向けて言い放つ。
レオンがやったことは、地面を蹴る足に【守りの盾】を作ったのだ。陸上のスターティングブロックの様な物を一瞬だけ足元に作り、それを蹴って初速を増す。増加した速度はわずかだが、相手を翻弄するには十分である。
「ウソだろ!? なんで気付くんだよ!」
「二度ほど見たからな。速度が増した瞬間と、その後に生み出された『盾』の硬さの不十分さ。盾を複数作るときは一つだけ盾を作るよりも硬度が劣るのも理解していたからな。となるとどこかで『盾』を使っていたのだろう。
某を殴るとは別の所で【守りの盾】を使ったのだと気づけば、想像はすぐにできようものよ」
「ウソだろ……そんだけで気付くのかよ」
アトリの推理を肯定するように、レオンは呟いた。悪党口調は演技ではあるが、驚いているのは素の反応だ。見せたのはわずか二回。その二回で完璧に理解されたのだ。
(本当に驚きですよ。ここで降伏してもいいですが、盛り上がりには欠けますね)
勝つ目はない。レオンはそれを認め、ここまで来たのだから最後までやろうとばかりに口を開く。
「大した目を持ってるようだが、勝てるかどうかは別問題だぜ。
最大最速で踏み込んで、ストレートでぶん殴れば俺の勝ちだ」
レオンは拳を突き出し、アトリに一撃食らわせる宣言をした。【守りの盾】による加速トリックを見破られたが、それでも意地だけは通す。
「面白い。ならば見切ってみせようではないか」
アトリはそれに乗るように刀を構える。相手の踏み込みを斬るという意思を込めて、刀を構えて動かず待つ。
沈黙が体育館を支配する。見ている人たちも、アトリとレオンの圧力を前に声を出せずにいた。一秒が十秒に感じられ、空気が重く質量を持つように感じられた。
「――――」
「――――」
動いたのはほぼ同時。僅かにアトリが遅れたかもしれない。二人の影は交差し、
「か、はぁ……!」
そしてレオンが倒れ伏した。わき腹を斬られ、赤い液体が床を染める。アトリは残心を怠らず、刀を納めることなくレオンを見ていた。倒れたレオン。それを鋭く見下ろすアトリ。時間が止まったように誰もが動くことはなかった。
びくん、と倒れたレオンの体が跳ねる。過呼吸のように不規則に呼吸を繰り返し、呼吸が安定すると斬られた場所を押さえて起き上がった。
「かふぅ……! あ、本気で死んでましたね、これ。いやはや、大した強さです。
降参です、アトリさん。お手合わせありがとうございます」
『不死鳥の火』が発動し、レオンが受けていた致命傷が塞がる。それでも斬られた傷は痛かったのか、腹を押さえながらレオンは降参宣言をした。アトリはその言葉を受け、同時にレオンからの戦意が完全に消えたことを確認して納刀して、頭を下げる。
「こちらこそ、貴重な体験だった。
斯様な戦術があるとはまさに目から鱗。見事な発想とよく練り込まれた動き。そこに秘められた努力はまさに感服だ」
「すげえええええ!」
「御見事!」
「姐さんを倒すとか、本当にすげー!」
「わあああああああ!」
頭を下げるアトリに、割れんばかりの拍手と喝さいが飛ぶ。自分達のトップの敗北を悔しがるものはそこにはいない。あるのは素晴らしい戦闘を見せてもらったことへの感謝だ。
「ほわああああああああ! さすがですアトリ大先輩! そしてアトリ大先輩と渡り合えたレオンさんも流石です!
この戦闘は非公開でカメラ回っていないけど、里亜の脳内メモリーにばっちり保存済み! 誰か脳内の思い出を映像化する機械作ってくれー!」
いいもの見たとばかりに腕を上下させる里亜。手錠がなければ踊りまわっていたかもしれないほどのテンションだ。
そう。この戦いは非公開。あくまで模擬戦だ。演技が苦手なアトリとの息合わせのために行われた戦い。これを元に、アトリVS
(…………)
そして闘技場となった体育館の窓から飛び立つ一匹のコウモリ。【使い魔】スキルで作られたコウモリは【感覚共有】で見た者をスキル主に伝えていた。スキル主は暗い部屋の中、怒りで机に拳を叩きつけた。
「
彼の名前は阪上竜也。配信者名は『チェンソードラゴン』リューヤ。
「許さねぇ……! 許さねぇぞ! 正義の味方はリューヤ様だ! 特攻隊を倒して褒めたたえられるのは、リューヤ様なんだ! あんなインチキサムライなんかじゃねぇ!」
アンチアトリを隠そうともしない感情を拳に載せて、チェンソードラゴンは再び机に拳を叩きつけた。
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