拾壱:サムライガールは演技が下手

「あー、えーと、こほん」


 アトリは咳払いした後で、更に数度深呼吸して口を開く。


「里亜殿を人質に取るとは、卑怯千万なり。この怒り、刀に載せて、いざ挑もう」


 抑揚のない、言い方。よく言えば特徴がなく、遠慮なしに言えば――


「雑。もっと感情込めて言え」


「一生懸命にセリフを言っているけど、棒読みなアトリ大先輩キュート!」


 タコやんと里亜が言うように、感情のない棒読みな言い方だった。


「むぅ。考えながらしゃべるのはどうも苦手で」


 トークスキルが低いのはアトリも自覚している。配信中もあまり喋らず、コメントなどに対する返事ぐらいだ。ましてや演技をしろと言われてはもう何もできない。


「ですが戦っている相手にはかなり流暢にお喋りなさってますよね。ムカデアシュラとの戦闘前とかは聞いていて心地良い啖呵でしたよ」


 レオンが過去のアトリの配信を確認し、そう告げる。戦う前の啖呵を切ったり、戦闘中のセリフは途切れることなく小気味いい。


「その時はあまり考えておらず……心の赴くままに対応していたというか」


「という事は、喋ろうと意識すると口下手になるという事ですね。


 タコやんさんや里亜ちゃんのような親友相手には気軽に話せるけど、それ以外だと少し距離をとってしまうという感じですか」


 うん、とレオンは頷いて答える。三年ほど単独で配信活動をしていたアトリにとって、他人と連携をとることは慣れていない。正確に言えば、他人との距離を上手く測れない状態なのだ。


「こんなんと親友ちゃうわ。恥ずいこと言うな」


「親友じゃありません。大先輩と超後輩です!」


「あー。こっちはこっちで面白いぐらいに逆方向にこじれてますね」


 レオンの親友発言を速攻で否定するタコやんと里亜を大人の対応とばかりに適度に流し、レオンはアトリに向きなおる。


「もしよろしければですけど、私と一戦交えませんか?」


「お? どういうことだ、レオン殿?」


 突然の提案に驚くアトリ。


「察するにアトリさんは本番の戦いで輝くタイプです。演技指導やノウハウを仕込むよりも、戦うことでアトリさんの『テンポ』を探れると思うんです。そうすれば、アトリさんが喋りやすいようにこちらで仕立て上げます」


 胸に手を当てて言うレオン。


 演技が素人のアトリに対して付け焼刃で演技指導するよりも、アトリが最も喋れる環境を確認する。そこからアトリが動きやすいような環境を調整すれば何とかなるという目論見だ。


 ただ問題があるとすれば――


「やめとき。コイツ、相手斬るまで止まらへんで」


「レオンさん、命が惜しいならやめましょう。いくらレオンさんでもアトリ大先輩相手は無茶無理無謀です」


 アトリの戦闘狂を間近で見て知っているタコやんと里亜は、レオンの提案を本気で止めに入る。戦闘におけるアトリの容赦なさは、タコやんや里亜以外にも知れ渡っている。そんな相手に戦いを挑むなど、自殺行為だ。


「ま、待ってくれタコやんに里亜。私はそこまでブレーキが効かないわけでも――」


「効かへんやろ! 胸に手ぇ当てて思い出してみぃ!」


「誠に申し訳ありませんが、いくら里亜でもこれは擁護できません。


 例外がスピノさんぐらいですが、あれはアトリ大先輩が途中で戦意を失ったからです。キノコノコノコのスタッフは肉体ではなく心を斬られて、今でもアトリ大先輩のことを恐れていますし」


 容赦ないタコやんと里亜に対して反論するアトリだが、タコやんと里亜に同時に突っ込まれて汗を流して言葉を止める。アトリは挑んできた人間に容赦なく反撃している。斬られずとも容赦なく罰則を与えたり、精神を挫いたり。


「まあ、その、刃を向けた以上は相応の覚悟ありで、手加減する方が無礼千万に値するのではないかと……いや、でもそこまで言われるいわれは……すまぬ」


 アトリも否定できなくなったのか、目をそらして言い訳めいたことを口にする。自覚はあるのか、最後はしりすぼみになって謝罪した。


「その辺りは問題ありません。『不死鳥の火』を持っているので、一回は致命傷を受けても死ぬことはありませんから」


 心配するタコやんと里亜に対して、レオンは問題ないと言い張る。


「は? 『不死鳥の火』って事前に飲んでたら死んでも蘇るポーションやん!? 一本100億EMとかの激レアバカ高アイテムやんか!」


「確かエリクサー数本を素材にするとかで、ドクター藤野が開発した最新のポーションですよね! そんなのどうやって手に入れたんです!?」


「藤野先生にはコネがある、とだけ言っておきますね」


『不死鳥の火』というポーションに反応するタコやんと里亜。レオンは唇に指一本立てて、それ以上は言えませんと言外に告げる。これが大人の女性、企業配信者のトップなのかと感心の息を吐くタコやんと里亜。


「ええと……要するにその薬を飲むから手加減なしで戦ってもいい、ということか?」


 アイテムの価値をよく理解していないアトリは、とりあえずわかるところだけを列挙して告げた。アトリからすれば戦闘以外はどうでもいいという無関心さもあるが。


「はい。遠慮なくお願いします。下層ボスを斬った腕前、私達に見せてください。


 これは私達火雌冷怨カメレオン特攻隊にも利益があります。アトリさんの戦いを生で見ることで、チーム全体にも活が入ります。『不死鳥の火』を使う価値がある戦いになると思ってます。


 なので一切の加減なく、よろしくお願いします」


 アトリの問いに頷くレオン。アトリの適正と大根役者の落としどころを探るために、屋敷を丸ごと買えるほどのポーションを使う。損得で見れば明らかに損だろう。タコやんは呆れて肩をすくめていた。


「そういう事なら遠慮なくやらせてもらおう。して、何時何処戦うのだ?」


「アトリ様の都合が良い日で。なんなら今からでも問題ありません。


 場所は火雌冷怨カメレオン特攻隊専門の訓練所がありますので、そこで戦いましょう」


「心得た。出は今すぐにでも向かうとしようか」


 注文していたとろろそばを食べ終え、アトリはカバンをもって立ち上がる。レオンと里亜もそれに合わせて立ち上がった。


「タコやんは来ないのか?」


「行かへん。この後用事があんねん。鹿野郎に呼ばれててな。


 そもそも専門の訓練所ってことは他企業はお断りやろ?」


「そこまで排他的ではないつもりですが……そうですね、今回は遠慮していただけるとありがたいです。情報漏洩によるトラブルは可能な限り避けたいので」


 立ち上がらないタコやんに対して、レオンは丁寧にそう言った。タコやんが情報を漏らすと言っているのではなく、情報漏洩が起きた時にタコやんに疑いをかけないように断っているのである。タコやんもそれを察して、軽く手を振ってそれに応じた。


 アトリと里亜とレオンは待機させてあったアクセルコーポの社用車に乗って移動する。一時間ほどかけてアトリが連れてこられたのは町はずれにある廃校を転用した建物だ。この学校跡全てが火雌冷怨カメレオン特攻隊専用の施設だという。


「姐さん、おかえりなさい!」


 車を降りると、特攻服を着た女性達が頭を下げる。


「アトリさんですね。話は聞いています。今回は協力ありがとうございます!」


「ああ、うむ。宜しく」


「姐さんとの手合わせ、頑張ってください!」


「お、おう。全力で挑む所存だ」


 そしてアトリに対しても好意的に接してくれた。里亜に事前に見せてもらった『悪の特攻隊員』のイメージとはまるで違う。


「その、失礼なことかもしれないが……普通の方々ばかりだな。見せられた動画とはまるで印象が違う」


「はい。礼節は大事に。他人には迷惑をかけるな。その範囲内で配信では悪役ヴィランであれ。それが私達のモットーですから」


 遠慮がちなアトリの言葉に、わかってますよとばかりに答えるレオン。火雌冷怨カメレオン特攻隊は配信では悪役を演じているが、配信外では普通の人達だ。怒鳴ったり叫んだりすることもあるが、基本的には事前に許可をもらっている。


 通り過ぎる隊員達が皆レオンと客でありアトリと里亜に敬意を表して頭を下げていた。その中には事務員らしい男性もいる。火雌冷怨カメレオン特攻隊はレディースチームだが、配信外で支える協力者には男性もいるようだ。


「皆いい人ばかりなのだから、配信でもそれを前に出してもいいのでは?」


「そういうわけにはいきません。これまで配信で培ってきたイメージと言うものがあります。悪役としての人気もありますからね。そのファンを裏切れません。


 それに悪として倒されることも悪いことばかりではありませんよ。勧善懲悪。悪を徴して善を勧めることは社会的にも正しいのです」


 悪役を演じる事への矜持。それを語るレオン。聖剣を掲げる勇者にはできず、慈愛の笑みを浮かべる聖女でもできない役柄。それを為す事への意味をレオンは誇りに思っていた。


「実際、凄い人気なんですよ。卑劣な手で『チェンソードラゴン』のチームを追い詰めて、最後は相手の機転とアングルで伏線を張った新パワーで倒される。


 正義が悪を討つ話は古今東西人気がありますからね。ケートスを倒すペルセウス然り、八岐大蛇を倒すスサノオ然り、妲己を討つ太公望しかり」


 補足するように里亜が言葉を重ねた。圧倒的な力を持つ悪役を、機転と奇策と新たな力と団結で打ち勝つ。神話時代から続く物語の王道だ。


「お疲れ様です! 今日はよろしくお願いします!」 


 そんな話をしながら、アトリは校舎にある体育館に案内される。特攻服を着た人数名が直立して待ち構えており、扉を開けてくれた。


 体育館内は多くの人達が開始を待つように列挙していた。特攻服を着ている人たちや、戦いをカメラに収めようとしているスタッフ達。衝撃などを観客に漏らさないようにする盾役などだ。里亜も観客席に移動していた。


「では参りましょうか。試合形式は一対一。白線から出れば場外負け。武器ありスキルありの一本勝負。試合時間は3分で」


 柔軟運動をしながらレオンが言う。アトリは異存ないとばかりに頷いて、所定の位置に立つ。


「ああ、言い忘れていたことがあります」


 レオンはチームの一員から青色のポーションと赤い特攻服を渡された。おそらくそのポーションが『不死鳥の火』だろう。それを一気に飲み干し、赤い特攻服を羽織りながらアトリに言う。


「タコやんさんと里亜ちゃんは、私が斬られるれること前提で話をしていましたが――」


 特攻服に袖を通した瞬間レオンの目が細くなり、口がゆがむ。目に見えない何かが爆発するように周囲に広がり、アトリは思わず刀の鞘に手を当てた。


「――オレに勝つつもりでいるつもりかァ、ゴラァ!」


 レオンの性格が豹変する。ポケットから赤い革手袋を取り出して装着し、右拳をアトリに突き出した。


「死ぬ気で来いやぁ! サムライ!」


「これはこれは」


 変貌したレオンに、笑みを浮かべるアトリ。レオンの性格変化が面白かったわけではない。アトリが笑みを浮かべるのは、いつだって一つだ。


「侮った発言だったのは謝ろう。


 能ある鷹は爪隠すとはまさにこの事。某、武芸者として未熟なれど全力で挑ませてもらおうぞ!」


 アトリが笑みを浮かべるのは、いつだって相手が強敵だと認めた時。


 アクセルコーポ最強の配信者とサムライガールの戦いが今始まる

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