拾:サムライガールは相談される
『テメェを人質にして、アトリを誘い込んでやるぜ!』
タブレットの中でレオンが叫ぶ。
「という状況なんです。里亜、人質になっちゃいました!」
そのタブレットを手にした里亜が、ものすごく嬉しそうにそう言った。
「さよけー」
タコやんは義理レベルで相槌を打ち、カルパッチョを口に運んだ。
場所はアトリ達が集まるファミレス。そこにいるのは里亜とタコやんとアトリ、そして――
「突然の訪問を受け入れていただき、ありがとうございます」
画面の中で里亜に暴力を振るい、人質に取ったレオンだ。年齢は20代前半あたりの女性。アトリ達に頭を下げ、紙袋を差し出す。有名な和菓子店の名前が入っている。
「こちらは里亜ちゃんが皆さんのお世話になっているという事で、そのお礼です」
里亜を通して紹介されたレオンは、写された動画とは打って変わっての性格だ。服装も特攻服ではなくネイビーブルーのレディーススーツを着込み、アクセルコーポのバッジをつけている。動画の中の荒々しさをまるで感じさせない風貌である。
「これはこれは御丁寧に。某も里亜には色々お世話になっているので。事、神学知識や話術などは頭が下がる思いで」
アトリも頭を下げ、その後で首をひねった。まるで状況が分からないという顔だ。
「すまぬ。その、ええと……この動画を見る限りは里亜殿はかめれおん? この人達に暴力を振るわれて人質になった……のか?」
「はい、人質です! 虜のお姫様です! 鎖に囚われたアンドロメダを助けるために、英雄ペルセウスが剣を振るう鉄板ストーリー! ダムゼル・イン・ディストレス!
きゃー、アトリ大先輩助けてくださーい!」
両手を上げて叫ぶ里亜。アトリに助けられるという立場に、ちょっとテンションがおかしくなっていた。その後ではたと気付いて考え込むように呟き始める。
「いや待ってください。里亜はアトリ大先輩に斬られるために悪役に回る方がいいのでは? チェンジ! レオンさんチェンジしましょう!」
「里亜ちゃん。落ち着いて」
アトリを無視してレオンに詰め寄る里亜。里亜から説明してもらうのは無理だと判断し、アトリはタコやんに問いかけた。
「全く状況が理解できないのだが、どういうことなのだ?」
「ざっくり言えば茶番やな」
「茶番?」
「やらせ、シナリオ、仕込み。里亜はガチな人質やなくて『人質役』やねん」
タコやんに言われてアトリはレオンと里亜の方を見た。里亜は『人質役』に喜んで上機嫌に笑っているが、レオンは茶番と言われて少し不服そうだった。
「本当に人質に取ったわけではありませんから、茶番呼ばわりは否定しません。
ですがその例えはネガティブにとられかねないので、演劇程度でお願いします」
ふう、とため息をついてレオンはアトリの方を見る。アトリの目を見て、説明を続けた。
「私達『
ただ戦うのではなく、戦闘を魅せるように。見ている人が戦いに没頭し、共感できるような配信を心がけています」
プロレスの隠語に『アングル』と言うモノがある。
試合内容ではなく前後の物語のことで、例えば『別格闘技の特訓を受けて、新たな必殺技を産み出す』ことや『負傷して動きが鈍くなっている』こと。また今回みたいに『後輩が人質に取られた』などもアングルの一つだ。前振り、動機、そう言ったモノを人工的に生み出すことである。
アングルの有無は視聴する人間の没入感に影響する。配信を見ている人が戦う過程に共感し、そして感動する。その為の演出なのだ。タコやんは茶番と称したが、商品に付加価値をつけるという意味では合理的な手法だ。ただ戦闘動画を見せるよりは、圧倒的に熱量が異なる。
「この動画も、アトリ対レオンって言う構図を引き立てるためのプレストーリーやな。思いっきり殴ってるように見えるけど、寸止めしてたりカメラワーク駆使して派手に殴ってるように見せたりしてるんや」
「実際出演して驚きましたよ。お腹には事前に雑誌入れてくれてそこを殴ってくれたり、ビンタされたのも途中で止めて押されたぐらいでしたし」
どうやら里亜の誘拐&暴行動画は、最初から最後まで本人了承済みのことだったようだ。感心したように里亜が頷くが、レオンはその横で苦笑していた。
「予定では一回お腹を殴って、その後里亜ちゃんは怯えたふりして黙ってもらう予定だったんですけどね。
頑なにアトリさんが最強だって言い張るから、こんな感じになってしまったわ。【威圧】系スキルで脅しても屈服しないのは流石だけど」
「演技でもアトリ大先輩が最強じゃない、って言われたら反論します。ええ、里亜はアトリ大先輩の超後輩なんですから!」
どうやらレオンの筋書き通りには進まなかったようだ。屈服しない里亜を相手にアドリブを重ね、この動画になったのである。それでも意図した方向に修正できたのはその道のプロという事か。
その辺りを噛み砕き、アトリはレオンに問い直した。
「つまり……某は『里亜殿が人質に取られた』という理由でレオン殿に戦いを挑むということでよろしいか?」
「はい。大まかな流れはその形でお願いします。こちらとしてはアトリさんとの戦いができれば問題ありません。里亜ちゃん救出以外でアトリさんからの要望があればお聞きしします。
本来は事前にアトリさんに相談すべき事だったのですが……少しばかり込み入った事情が発生して、このような形で事後承諾という形になりました。謹んで謝罪いたします」
アトリの問いに深々と頭を下げるレオン。アトリと戦うのなら、先にアトリに話を通すべきだ。だがそれを飛ばして里亜と交渉し、里亜を誘拐するという形にしてしまった。
「頭を上げてくれ。某はそんなに怒っていない。むしろ新たな配信の形を知って驚いているところだ。見知らぬ価値に触れるのは新鮮でいいモノだと思っている。
ところでその事情というのは何なのだ? どうもレオン殿にとって好ましくない事のようだが、良ければ説明してもらえぬか?」
アトリは軽く手を振って、レオンに頭を上げさせる。嘘は言っていない。些か面食らったが、誰も傷ついていないのなら問題はない。むしろこちらに低頭に接するレオンが抱える事情を知りたかった。
「いろいろ恥ずかしい話なのですが……」
レオンはそう前置きして、事情を説明する。
「人質というやり方をとったことからわかるとおり、私達
それとは対になる『正義』役のチームがそれまで存在していたのです。が……」
「あー。『チェンソードラゴン』か」
タコやんは察したとばかりに苦笑した。レオンはバツが悪そうに嘆息する。
「ん? そのなんとかドラゴンは正義チームの名前なのか? そんなに有名な猛者なのか?」
事情が分からないアトリが首をひねる。その質問に答えたのは里亜だった。
「この前、アトリ大先輩を執拗に攻撃している人がいたじゃないですか。ネットとかで悪口言っていた人たち。
この『チェンソードラゴン』もその中にいたんです。しかもかなり過激的に書きこんでいて、今は大炎上。よせばいいのに謝罪もせずにいまだにアトリ大先輩を攻め続けて、これまでついてきて来たファンも離れていったんです」
里亜が言うのは、この前のTNGKとの騒動だ。アトリからすればTNGKの顔も見ていないので実感はわかないが、どうやらあの時アトリを罵っていた人達の中にその正義のチームがいたようだ。
「そう言った経緯もあって『チェンソードラゴン』はチャンネル登録者を大きく失いました。またチーム内に不和が起き、ほとんどが離反。現在は企業の配信チームとしては形を成していない状態です。
素直に謝罪をすれば傷はまだ浅かったのですが、一度バズった快感が忘れられないのかいまだにアトリさんをネチネチと批判しているようでして。情けない限りです」
頭痛を堪えるような表情でレオンが言う。かつて鎬を削り合ってきた者(というアングルをこなしてきた企業の同僚)が、他人を罵って快楽を得る下衆になり下がった。確かにいろいろ恥ずかしい話である。
「アクセルコーポは『チェンソードラゴン』を見限り、新たな代役を求めました。今の
私達に匹敵するあるいはそれ以上の戦闘力を持ち、三大企業ではない配信者。それを『正義』に仕立て上げて、嫉妬して挑む『悪役』という構図を書いたのです」
つまりアトリを新たな『正義』という対立構図に引き込んだのだ。腐って落ちた『チェンソードラゴン』の代わりとして。
「事後承諾になってしまったのは、時間が足りなかったからです。
『チェンソードラゴン』失墜の波紋は大きく、他の演技系配信者にも影響しています。この流れを変えるためにも早急に話題を作らなければならなかったのです」
コンテンツにおいて、最先端が大きくコケればその勢いは止まる。ましてや『正義』を演じる者が無実のサムライをひたすら罵っていたのだから、その反響は大きい。
『正義のドラゴンとか言ってたのに草wwwwwww』
『ファンやめます』
『演技系ってあくまで役だからな。仮面脱いだらこんなものよw』
『正義のヤラセ。或いはヤラセな正義』
『他の演技系も似たようなもんでしょ。見るだけ時間の無駄』
この手のコメントが『チェンソードラゴン』を中心に、他の演技系配信者に波及しているのだ。
「成程。とりあえず事情は分かった。某に協力できるのなら手を貸そう」
事情を知ったアトリは頷きレオンに協力の意を示す。
「ありがとうございます。それでは色々予定を詰めていきましょう」
レオンは頭を下げ、スケジュールを詰めていく。
「ええ話になってるところ悪いんやけど、ちょいと忠告してええか?」
パンにコーンスープをつけて食べているタコやんが、ある程度話がまとまった後で割り込んできた。
「なんですか、タコやん。まさか里亜と一緒に人質役になりたいとかそういう事ですか?」
「ちゃう。ウチもそこまで無粋やないし、そんな役はウチのキャラちゃうわ。
そこのサムライと演技系配信はめちゃくちゃ相性悪いで」
かつての配信を思い出すように、タコやんは肩をすくめた。
「なにせ台本通りに喋らせると棒読みしかできへん、大根役者やからな」
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