▼▽▼ アクセルコーポ最強配信者の火雌冷怨(カメレオン)特攻隊 ▼▽▼

「うっ、にゃあああああああああああああああああああああああ!


 さっすがアトリ大先輩! 信じてましたけど、最高です!」


 アクセルコーポ所属配信者の『ぷら~な』里亜はシカシーカーの配信記録を見て、ガッツポーズを取り叫んでいた。


「コボルトキング相手に一歩も引かないとか! 最強の配信者はやっぱりアトリ大先輩ですよね! 花鶏チャンネルだったら容赦なくスパチャの嵐です!」


 配信しているのがシカシーカーチャンネルなのでやらないが、里亜は花鶏チャンネルの配信ではかなりの頻度で投げ銭スパチャを送っていた。妹の治療優先なので、常識的な範囲でだが。


「もー、うるさいですよ。里亜さん」


「あ、すみませんスピノさん。えへー」


 近くにいたアクセルコーポ所属の配信者に窘められ、里亜は頭を下げる。


 里亜がいるのはアクセルコーポ日本支部だ。里亜はその休憩エリアで先日のシカシーカー配信記録を再生していた。家でリアルタイムで配信を見て歓喜し、そして翌日になっても時間があればアトリのシーンを再生しているのだ。


 里亜のアトリ推しは周知の事実だ。何度も花鶏チャンネルにコラボしたり、アトリの配信にスパチャを送ったり。アトリを特別視するように、彼女にだけ大先輩をつけている。


 まあ――


「何度見てもアトリ大先輩の刀の切れはすごいですよねぇ……。スロー再生しても何が何だかなぐらいに凄くて、画面越しでも伝わる鋭さと気迫。


 ふへへぇ……。本気のアトリ大先輩の一閃、食らってみたいなぁ……」


 アトリに対する態度が尊敬なのか、あるいは別の何かなのかは少しばかり判断が難しい。トークンを斬られても死なないとはいえ、アトリに斬られる痛みを感じたいというのは本気なのだ。


『いや、さすがに、むり』


 あのなんでも斬って解決するアトリをもってしてドン引きさせるほどの熱量。周囲のアクセルコーポの人達も、熱に浮かされたような里亜の様子を見て見ぬふりしていた。触らぬ神に祟りなし。深淵を覗く者は深淵から覗かれるのだ。


「やんやん。アトリ大先輩の斬るファイルがどんどん増えていくぅ。今回のは特に高画質高品質! タコやんのカメラも悪くありませんけど、エクシオン最高技術のカメラもわるくないですね。僅かに音の拾いが悪いぐらいですけど、誤差範囲ですね」


 里奈のスマホには花鶏関連の動画ファイルと画像ファイルが納められていた。何時でも何処でもアトリの活躍を再生して楽しむためである。何度再生しても飽きない。それぐらいに里亜はアトリに心酔していた。


「でも一番はリアルタイムでの迫力! 映像では得られないスゴ味がありますしね。もー、脳内再生余裕です!」


 コラボ時に同行したアトリの剣技を思い出し、悶える里亜。オーラと言うモノがあるのならああいう者だろうと圧巻される。鍛錬を重ねた動作の美しさと鋭さを目の当たりにし、言葉がなくなる感覚を生まれて初めて理解した。


「さてさて、用事も終わりましたし明後日の配信準備をしなくちゃ。今度はアルラウネ峡谷がいいですかねぇ。それともマゾムガガプ山のリベンジも悪くないかも。アンケート結果ではアルラウネなんですけど――お?」


 アクセルコーポに来た用事を済ませて、里亜は軽い足取りで帰路につく里亜。エレベーターに乗り1階ボタンを押そうとしたところで、いきなりエレベーターに入ってきた人達にその手を摑まれた。


「おい。お前、アトリの知り合いだな」

「ちょっとツラ貸せ」

「イタイ目に遭いたくなかったら、大人しくしてな」


 複数名の女性がエレベーター内に入り里亜を囲むように展開する。里亜を恫喝して大人しくさせ、地下階ボタンを押した。機械音と共にドアが閉まる。


 女性たちが着ているのは様々な色の男性学生服だ。その背中には『夢幻雷斧ムゲンライフ』だの『魔破螺蛇マハラジャ』などと痛々し……独特の言葉が書かれてある。


 特攻服。


 ダンジョン勃発以前の旧世代に存在したと言われる服装だ。アクセルコーポ内でそんな恰好をしているグループなど、一つしかない。


 火雌冷怨カメレオン特攻隊。


 アクセルコーポ最大規模の配信者グループだ。その数もだが、戦闘力も現在最大級と言ってもいい。現状、アクセルコーポ配信者で唯一下層探索を可能としているグループである。


 彼らのスタイルは、見た目通りの暴走族。機動力と数の暴力、そして有無を言わさぬ暴力性。そんな所に惹かれる者も多いという。


 里亜のような戦闘系スキルを持たない配信者など、一対一でも勝てないだろう。ましてやそれが複数名。しかも地下には更なる数がいることを醸し出す雰囲気だ。


 里亜を逃がさぬように手首に込められた力を感じながら、里亜は口を開く。


「知り合いじゃありませんよ。里亜はアトリ大先輩の超・後・輩です! 知り合いだなんて他人よりちょっと近い程度の関係だなんて、失礼じゃないですか!」


「お、おう。すまん」

「キレポイントはそこなのか」

「想像以上にアレなんだな、コイツ……」


 少し呆れるように答える特攻隊員。どうあれ抵抗がないのはいいことだ、とばかりにそれ以上は触れずにいた。そのまま地下にエレベーターは下降していく。


 地下一階について扉が開く。そこには赤い特攻服を着た女性が腕を組み、仁王立ちしていた。その背後にも特攻服を着た女性たちが里亜を睨んでいる。


「お前が『ぷら~な』チャンネルの里亜か」


 里亜に近づき、威圧するように尋ねる赤い特攻服の女性。里亜はその人を知っていた。


「ええと、レオンさん。これはどういう事なんです? 里亜に何か用ですか?」


 レオン。火雌冷怨カメレオン特攻隊のリーダーだ。特攻隊員には『姐さん』と呼ばれている。


 レオンはアクセルコーポ最強の戦闘組織を束ねており、その実力も彼女達の中で一番だという。赤い特攻服には『火雌冷怨カメレオン』の四文字が黒く描かれていた。


 レオンは里亜の襟首をつかんで引き寄せる。暴力に慣れた手つき。すぐに拳を出せるような体制を維持したまま、里亜に問いかける。


「オマエ、アトリとか言うヤツが最強だって豪語したらしいな?」


「ええ! ええ! ええ! もちろんです! アトリ大先輩は最強です! 疑いようもな――げほっ」


 感激してアトリの事を語ろうとする里亜のお腹に、レオンは拳を叩き込んだ。肺の空気が吐き出され、セリフが途中で止まる。


「あ、ちょ、なにを」


 困惑する里亜を前に、レオンは背後にいる特攻隊員に向けて叫んだ。


「最強の配信グループは何処だ? お前ら言ってみろ!」


「「「「火雌冷怨カメレオン特攻隊です!」」」


 一斉に叫ぶ特攻隊員。


「最強の配信者は誰だ!」


「「「姐さんです!」」」


 迷うことなく、一斉に叫ぶ特攻隊員。


「おい、オマエ。最強の配信者は誰だ?」


 レオンが再び里亜に問いかける。


 50を超える圧力が里亜を包み込んだ。


 答えは先に教えてやった。同じことを言えば許してやる。


 だが違う事を言えばどうなるか。さっきは手加減したが、次は加減なしだ。しかも一人だけじゃない。これだけの数から暴力が飛んでくる。


 里亜はその空気を理解していた。理解できないほど、能天気ではない。


 なのに――


「アトリ大先輩です」


 迷うことなく言い放つ。


 真っ直ぐにレオンを見て、これだけは譲らないと意思を込めて。


「アトリ大先輩は最強です。考えるまでもありませんよ。深層に踏み込んだ2組目の配信チャンネル。深層をソロで突き進むサムライ。その一刀で斬れないものなどなく、その瞳で見抜けぬ罠はありません。


 現在下層で留まっているレオンさん達と比べて、どっちが強いかなんて聞くまでもありません。ましてやタイマンなら――っ!」


 レオンに顔をビンタされ、言葉を止められる里亜。


「タイマンならオレが負けるってか?」


「勝てると思ってるんですか? アトリ大先輩の配信見て、勝てると思うんならよっぽど頭が古臭い考えで詰まっているとしか思えませんよ。


 同じ企業の配信者で規模もチャンネル登録者数も圧倒的に上ですから下手に出てましたけど、それ以上言うなら里亜も怒りますからね」


「怒ったらどうなるんだ、アア?」


 睨み合うレオンと里亜。お互い引くつもりはないとばかりに表情を強める。挑発するようなレオンの問いかけに、里亜は臆することなく言葉を返す。


「こんなことします」


 言うと同時に、白い煙がレオンと里亜に吹きかかる。少し離れた所で里亜が――里亜が作ったトークンが消火栓を持ち、レオンと里亜に向かって消火剤を吹きかけていた。白い煙が二人を襲い、レオンは驚いて里亜を摑む手を放してしまう。


「げほっ!? テメェなにしやがる!」


「アトリ大先輩ならきっと事前に気付いて避けれましたよ」


 里亜は胸を張ってレオンに言い放つ。


「こんな攻撃も避けられないのに最強とか、鼻で笑いますね。


 あー、もしかしてレオンさん戦闘系からギャグキャラ系に路線変更するんですか? そっち方面で売っていくつもりなら、ロマンさんみたいに濃いキャラをやらないと難しいですよ」


 ここぞとばかりに煽る里亜。すぐに怒った特攻隊員達に手足を押さえらて床に組み伏せられるが、言いたいことは言ったとばかりに里亜は笑みを浮かべていた。


「てめぇ!」

「痛い目見ないと分からないようだな!」

「歯ァ、全部折ってやる!」


 いきり立つ特攻隊員達。これだけの数に押さえられてしまえば、里亜は逃げることもできない。暴力の気配が高まり、それが爆発する――


「やめろ! そいつに手を出すな!」


 爆発する寸前に、制止の声がかかる。高く鋭い一喝が、暴力の空気を吹き飛ばした。


「姐さん……」

「どうして……?」

「ここまで馬鹿にされて悔しくないんですか!?」


 止めたのは姐さんこと、レオンだ。消火剤の粉を払いながら、押さえ込まれている里亜に近づいていく。


「ここでタコ殴りにしたら、それこそオレらの格が落ちるんだよ。


 おい、最後に聞くぞ。最強の配信者は誰だ?」


「アトリ大先輩です」


 三度目のレオンの質問に、里亜は迷うことなく答えた。


「面白れぇ」


 レオンはむしろ満足げな笑みを浮かべて、里亜を見た。力の差を理解しながら、それでも折れない心に賞賛するように。


「だったらどっちが最強なのかを証明してやるさ。このオレ直々になぁ!


 テメェを人質にして、アトリを誘い込んでやるぜ!」


 挑発的なポーズを取り、好戦的な笑みを浮かべるレオン。


 こうしてアクセルコーポ最強配信者はアトリに牙をむくのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る