玖:サムライガールは戦士の王と決着をつける
「……む?」
アトリは【鑑定】を行った鹿島が倒れたのを感じていた。そちらに目を向ける余裕はないが、倒れた音や脱力する気配でその事を察する。
アトリは自分が【鑑定】【弱点看破】を受けそうになったという事には気づいていない。ただ何かされそうになったのを察し、それに呼応するように意識を向けたに過ぎない。目の前に虫が飛んだから反射的に手で払うような、そんな行動だ。
意識を割いたというほどでもないわずかな揺れ。その間にもコボルトキングから意識を逸らしたつもりはない。
「今だ!」
だというのに、その揺れを逃すことなくコボルトキングは攻勢に出る。連続で角槍を突き出し、アトリの動きを封じた。足を止めたアトリの懐に飛び込み、腹部を蹴って飛ばす。
「――ッ!」
「まだまだぁ!」
吹き飛んだアトリを追うようにコボルトキングも跳躍する。蹴られたお腹を押さえながらなんとか着地するアトリ。コボルトキングは一足飛びでアトリを追い抜いて背後に回り、着地と同時に槍を突き出す。
「ふっ!」
呼気と共に刀を後ろに突き出すアトリ。切腹を思わせる動作だが、刀はアトリの腹の横を通り抜けてその背後に向かう。ちょうど迫っていたコボルトキングの槍と刀の切っ先がぶつかり、槍の突きを止めた。
しかし槍の動きは止まらない。止められることを予測していたかのようにキングの槍は引かれ、後頭部を突き刺すように繰り出された。最短距離でアトリの脳を貫く高速の一刺し。
しかし槍は空を貫く。アトリはしゃがんでその攻撃を避け、下降する勢いを殺さぬように体を半回転させて刀を振るう。コボルトキングの足を狙う一閃。足を奪われればほとんどの武術は無力化する。
「甘ぇ!」
しかしその刀はコボルトの足を斬ることはなかった。槍の攻撃が空振りに終わった瞬間にコボルトキングは宙を舞っていた。大きく跳躍して近くの壁を蹴り、三角飛びの動きでしゃがんでいるアトリに襲い掛かる。角槍の穂先がアトリを捕らえていた。
「これで!」
アトリは自らに迫る角槍を避けることなく刀を振るう。金属の刀と角を加工した槍が激しくぶつかった。槍の鋭い先端が喉元数ミリで止まっている。同時に日本刀の刃先がコボルトキングの胸元近くで止まっていた。
吐息がかかるほど近くで睨み合い、唾競り合う。実際に睨み合ったのは数秒程度だ。互いに相手を押すようにして後方に飛び、戦闘を仕切り直す。アトリは刀を振るい、コボルトキングは角槍を回転させて、深く息を吐いて呼吸を整えた。
『すげええええええええ!』
『何だこの戦い!』
『シカシーカーでこんな戦いが見れるなんて!』
『手に汗握るってこういう事か……』
『鹿島さんの動きも大概だけど、これはそれ以上だ!』
シカシーカーのチャンネル登録者は、アトリとコボルトキングの高ランクな戦闘に目を奪われていた。
『アトリ様絶好調!』
『これが花鶏チャンネルの常よ!』
『むしろアトリ様についていけるコボルトキングこそ凄い!』
『深層魔物より強いんじゃないか?』
『各階層のボスは一個下の魔物よりも強いぜ。ボス補正みたいなものがあるのかもしれない』
『どっちにしても名勝負!』
そして花鶏チャンネルからシカシーカーを見に来た人たちのコメントも入り混じる。アトリの強さは知っている。だからこそ、相手の強さも理解できる。
「大したものだ。ムカデアシュラやクリハラ殿と比べても遜色ない強さ。
背後に回られた時は死を覚悟したぞ」
「ぬかしやがる。死ぬと思った奴があんな反撃をするかよ」
刀を構え直したアトリが笑みを浮かべ、嘘くせぇとばかりに鼻を鳴らすコボルトキング。
「コボルトの王。戦士の種族の長。実に心地良い戦いだ。できる事ならもう少し楽しみたいところだよ。
だが――」
「そうだな。俺も久しぶりにスカッと来たぜ。弱っちいと思ってた種族がここまでやるとはな。素直に賞賛するぜ。
だが――」
刀がわずかに角度を上げ、角槍がわずかに角度を下げる。
「「これで終いだ!」」
叫び、そして相手に迫る二人。
純粋な脚力は種族の差でコボルトキングに分がある。だがアトリはその差を鍛錬と経験で埋めていた。自分より速い相手などいくらでもいた。自分より力強い相手など数えきれない。それでも、アトリは勝ってきた。
ぶつかり合う互いの得物。そのまま押し合えば、パワーの差でコボルトキングが押し勝つ。だからアトリは力の方向を逸らして、相手の隙を見出す。力を逸らされたコボルトキングはわずかに体勢を崩した。
(大したもんだぜ。ひ弱な体格だからこその戦法だ)
これまで幾度となく繰り返された力と技術の攻防。力による対決を避けるアトリの戦術。コボルトキングはそれを卑怯と罵ったりしない。さっきも言ったが、その戦い方を称賛している。
(だが何度も食らえば慣れるもんだぜ!)
崩した体勢。アトリから見れば攻める隙だろう。コボルトキングはあえてその隙を晒した。隙をつくように迫る日本刀。逆に言えば、攻撃の軌跡は予測できる。ならば――
コボルトキングは、持っている槍を手放した。
「なんと!?」
同時にコボルトキングは腕の一本を日本刀の軌跡に重ねる。鮮血が飛び、腕に痛みが走る。コボルトキングの腕に刀が突き刺さっていた。おそらくこの腕はもう使用できないだろう。だが構わない。
むしろ相手の武器を封じたことが重要だ。腕に刺さった刀を抜かせぬように力を込める。痛みが脳を支配するが、知った事か。
「腕一本くれてやるぜ!」
叫ぶと同時に反対側の腕を振り上げるコボルトキング。広げた指先に光る鋭い爪。角槍には劣るが、それでもアトリの命を奪うには十分な鋭さだ。避けるには間に合わない間合い。
「これで、俺の勝ちだ!」
振り下ろされるコボルトキングの腕。アトリにできる事は腕を使って攻撃を受けて致命傷を避けるぐらいだ。それでもかなりのダメージを与えることができる。追撃でもう一振り爪を振るえば、それで終わりだ。
「――大した覚悟だ。まさに戦士の種族」
振り下ろされたコボルトキングの腕は――斬られて宙を舞っていた。
アトリがもつ二本目の刀。『鳥渡』が振り下ろされたコボルトキングの腕を斬ったのだ。
(もう一つの武器、だと!?)
己の失策を悟るコボルトキング。あまりのことに驚愕し、次の行動が遅れる。
(サブの武器があったことは知っていた。それを装備し直して、こっちの攻撃に合わせたというのか!?)
アトリがとった行動は理解できる。コボルトキングが腕で刀を奪ったので、もう一つの刀で反撃した。それは理解できる。
(ありえないのはその判断速度! 武器を封じられたことに驚くことなく、瞬時に行動したその判断力!)
アトリの白刃が迫る。王の命を貫く真っ直ぐな動き。
(まるで俺がそうすると分かっていたかのような動き!)
ザシュ!
「戦士の王たる汝なら、肉を切らせて骨を断つことを躊躇わないと信じていた」
コボルトキングの心臓を貫いたアトリが、敬意を示すようにそう告げる。
「ちくしょう。そう言われちゃ、何も言えねぇや」
死を感じながらコボルトキングはそう呟く。
「俺の負けだ。戦士の園で待ってるぜ」
瞑目し、コボルトキングはアトリにそう告げる。己の命を奪った相手に敬意を表し、死後も戦いたいから待っているという意味を込めて。
そのまま光の粒子となって消失し、魔石がコトンと石畳に落ちた。
「戦士の誇り、しかと感じ取ったぞ」
言ってアトリは納刀し、コボルトキングの魔石に頭を下げた。
『IPPON!』
『アトリ様の勝ちィ!』
『勝者、アトリ!』
『見事な戦いだった!』
『すげえええええええええ!』
『さいこおおおおおおおおお!』
アトリの勝利をはやし立てるコメントは、花鶏チャンネルの常連だろう。
『終わった……の?』
『下層ボス【鑑定】配信、完了だよね?』
『もう誰も死なないよね』
『エクシオンからの無茶ぶりをクリアした……って事でいいのかな?』
そして終わりを疑問視するのはシカシーカーの常連だろう。これまで幾度も失敗してきたコボルト達の【鑑定】配信。エクシオンから無茶ぶりされた依頼。その終わりを信じれないでいた。
「しかしーかー!
コボルト総勢147匹の【鑑定】【弱点看破】は完遂です! 一匹たりとも逃していません! これでお終いです!」
『やったああああああああああああ!』
『これで終わったんだあああ!』
『終わってよかったあああ!』
『これで鹿島さんはこれからも【鑑定】配信ができるんだ!』
コメントの空気を察し、鹿島は終了を告げる。戦いの終わりを告げると同時に、コメントは喜びの声に満たされた。
「終わったな。ホンマ、ようやるわ」
ため息をつきながらタコやんがアトリに迫る。手には回復用のポーションを持っている。
「血だらけやん。飲んどき」
コボルトキングの槍と蹴りで痛々しいアトリに、ポーションを差し出した。
「おお、かたじけない」
「ええで。1000EMな」
「……お金をとるのか」
「はした金やろ。今日だけでどんだけ稼いだとおもっとんねん」
タコやんの態度に少し眉を顰めるが、ポーションを受け取って口にするアトリ。痛む身体が少しだけ楽になった。
「これで鹿島殿は【鑑定】配信を続けられるのだな」
浮遊カメラに向かってトークするシカ頭を見ながら、アトリはそう呟いた。
「まあそうなるな。言うてもエクシオンは深層配信を諦めへんやろうしな。別の手段考えるやろ」
「例えばどういうのだ?」
「んー。一番穏便なのはアンタをエクシオンに勧誘する事やな。深層配信者が手に入れば、万々歳や」
アトリの問いにタコやんは少し熟考してそう返す。穏便じゃない手段もいくつか思いついたが、そのまま飲み込んだ。エクシオンも現状ではなりふり構わず、という段階ではないはずだ。
「ふむ……悪くないな」
アトリは腕を組んで頷きながら言葉を返した。
「なんや、企業に興味ないとか言ってなかったか?」
「確かに興味はないが」
アトリは企業配信者という環境に魅力を感じていない。企業からのサポートがなくとも十分に強いし、逆に企業の思惑で動きを制限されることもある。
「まあでも、タコやんと同じ場所というのなら悪くは無かろう」
「……………………アホか。つまらんこと言うな」
アトリの返答に、タコやんは顔を背けて短く言葉を返した。言葉を返すまでの間にタコやんの中でいろいろな感情が交差したが、つまらんの一言でまとめてゴミ箱に入れて蓋をした。
「――そして今回の功労者は、間違いなくアトリ様! そして細かなサポートをしていただいたタコやん様です!」
鹿島の配信が盛り上がり、ゲスト参加にしてMVPのアトリ達に話が向く。浮遊カメラが二人に近づき、その姿を映した。
「お二人に感謝を!
『ありがとう!』
『チャンネル登録しました!』
『これからも凄い戦いをしてください!』
『見事な援護射撃! 俺でなきゃ見逃してたね!』
『【テレパシー】の新たな可能性を教えてくれた!』
『【分割思考】とかカススキルかと思ってたけど、まさかそんな使い方が!』
コメントもアトリとタコやんに賞賛を送る。シカシーカーから大量のアトリファンとタコやんファンが生まれ、二人のチャンネル登録数が爆発的に増えた。
こうして下層ボスの【鑑定】配信は大成功に終わった。エクシオン・ダイナミクスは約束通りシカシーカーを深層配信チームには加えることなく、鹿島は今後も【鑑定】配信に勤しむこととなる。
これに関してはエクシオン日本支部内でもめる動きがあったが、それはすぐに収まった。どうやら上からの圧力があったらしい。
「ま、約束は守らないとね。データも良質でケチのつけようもないし」
その圧力元であるエクシオン代表のドナテッロ・パッティは鹿島から提出された【鑑定】【弱点看破】のデータを確認する。エクシオン・ダイナミクスの名に恥じぬ精度だ。
「ま、本命にはフラれたみたいだけど」
そこにアトリのデータがない事を確認し、肩をすくめた。アトリの弱点がわかれば、そこそ基軸に『交渉』できるのだが。
「仕方ない。古典的だけどプレゼント作戦だね」
ドナテッロのモバイル内には、複数の配信者のデータがあった。
企業無所属、アトリ。
インフィニティック・グローバル所属、ぴあ&じぇーろ。
アクセルコーポ所属、
「どの子も、好みなんだよね。全員俺のモノにしたいよ」
人材マニアのドナテッロは配信を見ながら笑みを浮かべる。
「最悪、死体にしてでもね」
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