▼▽▼ 鹿島はアトリを【鑑定】【弱点看破】する ▼▽▼

 相手の許可なく【鑑定】系スキルを人間に使う事は、現在の法律――国家ではなく三大企業が擁立したダンジョン協会の法律では曖昧な扱いになっている。


 これまでの判例で有罪判決が出ているのは、【鑑定】結果を公に流すなどの個人情報の暴露や情報を用いた脅迫行為などである。これらはむしろ別の罪状に抵触しており、刑罰もそれに即したものになっている。


 だが【鑑定】して情報を得ること自体への罪状はまだ制定されていない。【鑑定】自体に何かしらの損益を与える行為はない。近い行為を上げるなら、盗聴や盗撮などが当てはまるのだろう。それでも軽犯罪や迷惑防止条例違反と言った程度である。


 鹿島も何度か人間相手に【鑑定】を試したことがある。主に自分に、そして許可を得たスタッフに。得た情報はその人間の名前や年齢、身長体重と言った個人情報。活性化しているスキルなどだ。


 だが【弱点看破】はさらに深い個人情報に踏み込む。その人間が弱い部分が暴露されるのだ。それは持病や疾病と言った肉体的弱点や、虐待された過去や愛されなかった幼少期、現在進行形で受けているハラスメントなどが<弱点>として見えてしまうのだ。


 鹿島はこれを誰にも話したことはない。自分に使って、その効果を理解して封印した。これを使えば確かに相手の弱い部分が分かる。そこを軸に交渉すれば、相手の意気を挫くことも容易だ。人の弱みを知るなど、人として許されない。鹿だけど。


『彼女、欲しいんだよね』


 エクシオン・ダイナミクスの代表、ドナテッロ・パッティはその言葉の後にこう続けた。


『カシマ君の【弱点看破】で、バーサーカー状態の彼女の心理状態を探ってほしいんだ。


 最も熱くなっている時に魔物と一緒に【鑑定】【弱点看破】すれば、さすがのサムライガールもわからないんじゃないかな』


 ドナテッロは【弱点看破】を人間に使った時の効果を知っていた。


 その人間の弱い所が分かるスキル。肉体的な弱さ。精神的な弱さ。もっともアトリが戦いに没頭している時にそれを使えば、その状態のアトリがどんな精神状態なのかがわかる。


(現行法ではグレーゾーンの扱い。アトリ様も気付きはしない。代表の命令だから仕方ない)


 そんな大義名分もあるが、鹿島を動かすのはもっと別の欲望だった。


(アトリ様を、もっと理解したい)


 アトリの情報を知りたい。あの刀舞、あの強さ、あの精神性。それに魅了され、さらに深く知りたい。何を見てきて、何を感じてきて、どうしてそんなに強くなって、しかもその精神状態はどういうものなのか。


 男性が女性に抱くような性的な想いではない。むしろそんな感情は判断に色眼鏡をつけてしまうから不要だ。純粋な知的興味。見たい。知りたい。調べたい。これまで多くの魔物を【鑑定】してきた鹿島の、純粋な欲求。


(あくまで自然に。巻き込む形で)


 アトリもコボルトキングも互いの攻防に集中し、鹿島には目も向けない。【王気】はすでに納めているのだろう。二人に近づいてもあの息苦しさはない。十分な【鑑定】【弱点看破】ができる距離まで慎重に歩を進めていく。


(戦闘に巻き込まれない位置で、かつ完璧な【鑑定】【弱点看破】ができる位置まで移動して)


 一歩一歩。


 一秒一秒。


 全神経を集中させて慎重に進む。もしかしたら今自分は呼吸をしていないのかもしれない。そう思うほど息苦しい。


(この位置でスキルを使えば――)


 コボルトキングとアトリ。その両方を視野に入れスキルを使用する。【鑑定】と【弱点看破】。それを二人相手に使用して――


 死んだ。


(は?)


 死んだ。死因は首を斬られての即死。


 鹿の頭部が宙を舞い、地面に転がる。首が離れた自分の体をどこか夢を見ているかのように見ていた。ゆっくり倒れる体を見ながら、ああ死んだのかと自覚する。


(ああ、ここまでですか。まさかこれが最後の配信になるとは)


 死を自覚して、鹿島が思ったのはそんなことだ。死にたくない、という未練はない。むしろ死をすんなりと受け入れてしまった。それほどまでに強烈な感覚。あの感覚を前にすれば、生きていると思うはずがな―― 


「目ぇ覚ませ、シカ!」


 脇を押さえられて引っ張られた。そのまま担架の様なものに載せられ、移動させられる。首のない体を運んでも意味はないのに……と思って手を首にもっていく。そこに首はあった。


「……え?」


 動かした掌で感じるのは、いつもかぶっているシカの被り物。


「…………え!?」


 呆けたような声を上げて起き上がる鹿島。首を斬られて死んだと思ったら、実は首が繋がっていた。ありのまま今あったことを話せばそんなことだ。何を言っているのか自分でもさっぱりである。


「大丈夫ですか、リーダー!」

「いきなり倒れて心配しました! どこか体に傷はありませんか!?」

「出血はありませんか!? 痛む部分とかはありますか!?」


 シカシーカーの戦闘スタッフが鹿島の状態をチェックする。言われてから自分の体を確認する。地面に倒れたののか少し体が痛いが、その程度だ。むしろ確認したいことは――


「首……鹿わたしの首は繋がっていますか?」


 何度も首を触って確認する。確かにつながっている。だけど信じられない。確かに首は斬られたはずだ。間違いなく死んだはずだ。なのに、繋がっている。生きている。


「はぁ? 間抜けなシカの被り物なら確かについとるで」


「……そう、ですよね」


 小馬鹿にしたようなタコやんのセリフに、覇気のない答えを返す鹿島。生きている。首は繋がっている。それは確かなようだ。


「なんやねん。いきなり倒れたと思ったら首? 変なクスリでもキめたんか?」


「いきなり倒れた? 聞きたいのですが、鹿わたしはどうなったのですか?


【鑑定】【弱点看破】をしようと近づいた所までは覚えているのですが、そこからは……」


 正確に言えば、覚えている。ただその記憶が『首を斬られて死んだ』と言うモノで現状とはかけ離れているだけだ。


「どうもこうもあらへん。アンタはあの二人に近づいて、いきなり背中から倒れたんや。戦いに巻き込まれたんやないかと心配したら、そうでもなかったみたいやな。


 あの倒れ方やったら受け身取れてへんから、頭ぶつけたんやろ」


 タコやんは鹿島の状態をそう説明する。他のスタッフの表情を見るに、ウソは言っていないのだろう。


(【鑑定】【弱点看破】をした瞬間に感じたあの感覚。


 あれが頭を打って混濁した意識が見せた幻覚……なのでしょうか?)


 そう思えば、納得できる部分ではある。自分の首が吹き飛び、体が倒れる場面を見る。そんなものが現実であるはずがない。ただの見間違い。頭を打ったことで見てしまった悪夢。それが現実的な解釈だ。


(……いいえ、それはありえません)


 だが鹿島はそれを否定する。


 あの強烈な感覚が幻覚なはずがない。今でも鮮明に思い出せる。死を受け入れてしまうほどの強烈な一撃。首が繋がっていることに感謝し、同時に疑問に思う。こうして生きているほうが幻覚なのでは? 死に間際に夢を見ているのでは?


(あの時、間違いなく『首を斬られる感覚』を受けました。死を受け入れてしまうほどの感覚。死にたくないという性への執着をも断ち切られ、仕方ないと思ってしまうほどのすばらしさ)


 その原因が何かを考え、鹿島は一つの結論に達する。


(あれは【鑑定】【弱点看破】を使おうとした鹿わたしに対する攻撃だったのではないでしょうか)


 アトリにスキルを使用した瞬間に感じたあの感覚。


 因果関係を考えれば、間違いないだろう。むしろそう考えて、腑に落ちた。


(スキルを斬ったというアトリ様。その時の言葉からもわかるとおり、アトリ様はスキルを感知できる。自分に仕掛けられたスキルに呼応して、それを断つようにスキルを破壊するを仕掛けた。


 それがあの攻撃の正体。スキルごとスキル使用者の鹿わたしを斬り……私は首が斬られたという感覚を受けて死を感じてしまった)


 でたらめな推測だ。証拠も何もない。ただ鹿島がそう感じただけという、科学的に全く正しくない結論だ。


 だが鹿島はそれが正しいと思ってしまった。理論も理屈もない。生物として強い相手に恐怖を感じるのが当然であるように、あの強烈な一撃の正体も当然なのだと受け入れてしまった。


「全く……アトリ様はデタラメですね」


 口を突いて出たのはそんな言葉。事実、コボルトキングとアトリを同時に【鑑定】【弱点看破】したのに、アトリの情報は得られなかった。コボルトキングの【鑑定】結果はあるのに、同時にスキルを使用したアトリの結果はないのだ。


「せやで。今更気づいたんか?」


「ええ、今更です。アトリ様の底の深さを侮っていました」


 科学的に検証するなら、何度も何度も試すのが通例だ。他のスキルを使用した時。感知される距離。【幻覚耐性】【精神攻撃無効】などのスキルをセットした時はどうなるのか。


 しかし、鹿島はそれを試したいとは思わない。あの感覚への恐怖が体に染みついていた。死にたくない、というのではなくあの感覚そのものが怖い。あれに比べれば、これまで魔物相手に死にかけて生き延びた苦悩などおままごとだ。


(だというのに……アトリ様の事を知りたいという欲求は消えていない。


 むしろもっと強くなっています。スキルではない、鹿わたし自身の目でアトリ様を見極めたい)


 アトリに死を見ながら、アトリに対する知識欲は尽きないのを鹿島は感じていた。むしろ【鑑定】【弱点看破】を行うより濃く深くなっている。愚かな事だと分かっていても、欲求は止まらない。


「底とかそんなええもんちゃうで。アイツは戦闘以外はポンコツなだけや。その戦闘がデタラメなだけで」


 どこか自慢げにタコやんはアトリをそう評価する。


「……タコやん様は、アトリ様が怖いとは思わないのですか? あの刀で斬られるとか、そんな事を思ったことは……」


 ゆっくりと言葉を選ぶように鹿島はタコやんに問いかける。油断すれば恐怖で言葉が濁ってしまう。そうならないように努めて、問いかけた。


「ないなぁ。怖いとか思ったことないわ」


「それはアトリ様を信用しているという事ですか? あれだけ強く狂戦士ともいえる性格でも、常識と節度を守るのだと信じていると?」


 鹿島の問いに、タコやんはしばらく黙り込んだ。こちらの質問の意図を探っているのか、少し熟考するように腕を組む。


「…………これ、アイツには秘密やけどな」


 タコやんは小声で、ぼそりと口を開く。


「信用とかそんなんちゃうねん。


 アイツとウチは……友達やからな。だから怖ないんや」


 頬を赤く染めて指でかきながら、タコやんはそう言った。


「友達、ですか」


 鹿島はその言葉を反芻した。友達だから斬られない。そう信じているタコやんに呆れもするが、同時に微笑ましくもある。


(タコやん様も、アトリ様の異常と言える戦闘力は目の当たりにして知っているはずです。むしろこの中では一番知っていると言ってもいいはず。


 なのに、この言葉。


 アトリ様の強さと異常性を理解しながら、心の底からアトリ様を信用しているということですか)


 タコやんの言葉に納得しながら、同時に鹿島は納得できないとばかりに告げる。


「しかしそれを秘密にするのは何故ですか? 鹿わたしから見ても、お二人は仲のいい友人にしか見えませんよ」


「うっさい。わざわざアイツに言うのは照れんねん」


 それ以上は聞くな、と圧を込めてタコやんは言った。口を閉じ、沈黙する。


「それはまあ、なんとも」


 人の心は複雑怪奇。鹿島もそれ以上は問うことなく、視線をアトリとコボルトキングに向けた。


 両者の戦いは、佳境に入っている――

 

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