捌:サムライガールは戦士の王と戦う

「大したもんだな」


 声が聞こえた。


「アイツ等も弱いわけじゃねぇのにな。こうも一方的とは驚きだ。


 ま、強さは相対的だ。アンタらの方が強かったってことだな」


 これまでのコボルトのような短絡的なものではなく、理知を感じる言葉。


 アトリ達が声がした方を見ると、そこにはコボルトがいた。体躯はほぼ人間大。コボルトキャプテンやジェネラルに比べれば矮小だ。持っている得物も加工した動物の角を棒に固定した飾り気のない槍で、とても強そうには見えない。


「貴殿がコボルトの王だな」


 だというのに、アトリは迷うことなく断言する。


「なんでわかる?」


「貴殿の瞳は誰にも支配されていない者の瞳だ。誰にも命令されない、すなわちこの群れの長という事だ」


「別に俺はあいつらを支配してたわけじゃねぇけどな。でもまあ、間違いねぇ。


 俺がコボルトキング。アンタらが殺しまわったやつらのボスだ」


 そのコボルトはそう言った後で一旦言葉を切り、


「お前ら、覚悟しな」


 アトリ達を見て、短く告げる。


(…………っ!)


 ただそれだけなのに、鹿島の背筋にゾクリとしたものが走った。捕食者と餌。その立場を理解させるかのような悪寒。同時に体中に圧力がのしかかってくる。物理的には何もないはずなのに、何かに押し潰されそうな錯覚を感じた。


(これは精神系のスキル……! 視線、或いは言語が発動条件……。どちらにせよ、既知のスキルではありえない効果です……!)


 鹿島は自分達が受けている圧力の正体を探ろうとしていた。精神系のスキルはある程度網羅している。何度か配信で試したこともあり、その効果は実体験している。


 しかし、コボルトキングのそれはそんな経験を吹き飛ばすほどだ。未知のスキルを受けて立つ事すら難しい状態だ。膝を屈し、頭を垂れたくなる。そうすれば命がないだろうことを理解しながら、肉体も精神も屈服しそうになっていた。


 見ればシカシーカーの戦闘スタッフはすでに膝をついていた。構えていた盾を手放し、青い顔で荒い呼吸をしている。タコやんは八本『足』のガジェットで崩れ落ちるのを耐えてはいるが、スキルに屈服するのは時間の問題だろう。


(いいえ、それは鹿わたしもですね……。むしろ今立っているのかどうかすらわかりません)


 何とか意識を保とうとする鹿島だが、限界なのは自分でもわかる。体の力が抜け、意識を手放そうと――


「覚悟か。そんなものは刀を抜いた時に済ませてある」


 すっ、と刀をコボルトキングに向けて笑みを浮かべるアトリ。うっすらと笑みを浮かべていた。強者を前にした時の、戦闘狂の笑み。


「ぷはぁ……!」

「う、ぁ……!」

「はぁはぁ……!」


 同時にコボルトキングからの圧力が霧散した。シカシーカーの戦闘スタッフは水中から浮上したように酸素を求めて呼吸し、体中に活力を送る。鹿島も膝をついた状態で思考を回していた。


(スキルが解除された……? アトリ様が解除したという事ですか? 刀を向けただけで?


 解呪系のスキルを持っていたのか、或いはあの刀は破邪の効果を持つという事でしょうか……?)


 どちらもそんな話は聞いていない。隠していたのか? いや、彼女は切り札を隠すような性格ではないはずだ。


「どうにかできるんやったら、はよせぇや!」


「すまぬすまぬ。コボルトキングの気迫。どう斬ったものか少し難儀してな」


 タコやんの文句に、アトリはコボルトキングから目を離さずに言葉を返す。目を離せないのはコボルトキングの挙動を見過ごすまいとしているのだろうが、問題はその内容だ。


「気迫を……スキルを斬ったのですか!?」


 セリフの内容に驚きの声を上げる鹿島。スキル解除とアトリの行動に因果関係があることは理解できたが、まさか展開されている精神系スキルを切り捨てたとは。そもそもスキルを斬ったとはどういう比喩表現なのか。


「そんなスキルを持っているという事ですか? いいえ、アトリ様はスキルシステムを持っている様子はない。ならばその刀は実は深層で鍛えられたマジックアイテム……!」


「いや、某の刀はそう言うのではないぞ。姉上からもらった物をそのまま使っているだけだ」


 アトリの刀が何の変哲もないモノであることは配信でも言っている。かつては中村しろふぁんも騙されたが、刀としては上質だがその程度の品物である。


「……では、どうやってスキルを……未知の精神系スキルを斬ったのですか……?」


 呆けたような鹿島の問いに、アトリはたっぷり2秒沈黙し、


「こー、ずっしり来る中で渦めいたものがあって、その中心に何か堅いものがあって、そこをすっと切っ先で分断したというか。


 まあ、そう言う感じだ」


 何とも曖昧な返答を返した。


「…………は? はぁ……? そう、ですか……」


 理論と考証とスキルを積み重ねて真実を摑む鹿島からすれば、感覚的すぎて理解のとっかかりすら見つけられなかった。


「わかるで。ウチも最初はそうやってん。デタラメ過ぎてどうでもよくなってくるわ」


 呆ける鹿島に同情するようにタコやんが頷く。アトリのデタラメに一番付き合っているのは、タコやんなのだ。


「くはははははははは! 斬った、か! それはスゲェな!」


 これまで沈黙していたコボルトキングは、いきなり大笑いする。正確に言えば、これまで笑いをこらえていたのだ。


「大抵のヤツは【王気】を食らえば従順になるってのに! 屈しなかった奴はいたが、まさか斬る奴がいるとはな! こんなのは初めてだ!」


「【王気】……それが先ほどのスキルですか。従順にさせるという事は、広範囲を洗脳して従僕にするという事ですか。どちらかというとテイマー系に近いですね」


「その解釈で問題ねぇぜ。本来は部下を作るためのモンだが、俺は戦士の選別に使っていたんだよ。


 一定以上の強さを持つ相手には聞かねぇからな。コイツに耐えた奴だけと戦ってきた。屈した奴はメシ食わせてから帰らせたな」


 コボルトキングの説明を聞いて、鹿島は気が抜けていた。先ほどまでの絶望感はなく、むしろコボルトキングに人間味を感じているぐらいだ。もしかしたら話し合いで見逃してもらえるかもしれない。あわよくば、【鑑定】もさせてもらえるかも――


「戦士の選別、か」


 アトリがコボルトキングの言葉を反芻する。


「そういう事だ」


 コボルトキングが首肯する。


 弛緩した空気が場を包み――反転した。


 ガギィン!


 気が付けばアトリの刀とコボルトキングの槍が交差していた。アトリは大上段から刀を振り下ろし、コボルトキングはアトリの刀を柄で受けとめている。ちょうど互いの武器が十字の形で交差し、武器越しにアトリとコボルトキングは睨み合っていた。


『は?』

『え!? いきなり戦ってる?』

『あのサムライ、コボルトキングに襲い掛かった!』

『平和に話してたのに斬りかかるとか酷い!』


 コメントの多くがいきなり斬りかかったアトリの攻撃をコボルトキングが受け止めた、と非難するものである。


「ちゃうで! アトリもワンコもほぼ同時に動いたんや!」


 コメントに反論するようにタコやんが叫ぶ。近くで見ていたからわかることだ。空気が変わった、と思った瞬間には武器は交差していたのだ。どちらが先かとなれば、それはコンマ数秒単位の違い。互いに殺意に溢れているのは肌で伝わってくる。


「ウチの奴らを実質上一人で突破してきた実力、見せてもらうぜ!」


「こちらこそ。コボルトの長たる戦士の強さ、とくと示すがいい!」


 コボルトキングは牙をむき出しにして吠え、アトリは嬉しそうに微笑んで殺意をむき出しにする。同時にそれぞれの得物を振るい、攻撃を繰り広げていく。リーチを生かした槍の攻撃。速度を重視した刀の一閃。それが幾度も交差し、激しい音を上げる。


「大したもんだな! その細い剣で俺の槍と渡り合えるなんて!」


「そちらこそ大した槍術だ。これまで相対した槍使いとはまるで違う。身体能力も相まって鋭さも攻撃速度も驚きの連続だ!」


「はン! そいつにしっかり対応しているくせに! それどころかしっかり攻撃も返してきやがる!」


「はっはっは! 隙あらば斬るのは当然であろう? とはいえその隙もなかなか見せぬが王の槍! 見事見事見事だ!」


 日本刀と角槍が交差する音が響く中、コボルトキングとアトリが嬉しそうに会話をする。嬉々とした声色だが、そこには鋭い殺意が含まれている。相手を殺すと言いながら、相手に敬意を抱いている。敬意を抱きながら、その命を奪おうとしている。


(まさに、獣の所業……! これがコボルトの王、そしてアトリ様……!)


 加速していく戦いを見ながら、鹿島は人間離れした二名に息をのんでいた。


【鑑定】を行う関係上、鹿島はダンジョンの魔物に精通している。気性が穏やかな魔物もいるし、気性が荒い魔物もいる。善性で接する魔物もいれば、悪意を持つ魔物もいる。正直な性格の魔物もいれば、こちらを騙す魔物もいる。


 コボルトキングは間違いなく気性が荒い魔物だ。戦士としての精神性を持ち、その価値観のままに死ぬことを誇りとする。そしてそれはアトリの精神性と似ていた。戦いで死ぬことを恐れない。むしろ生きるために自分を曲げることを許さない。


(戦闘狂。まさにその三文字。戦うことが目的のサムライ)


【鑑定】というスキルではない枠組みで、鹿島はアトリを理解しようとする。そして同時に思う。


(パッティ代表は『彼女が欲しい』と言いましたが……斯様な人物を囲う事ができるのでしょうか?)


 この配信前にドナテッロが言っていたことを思い出す。アトリが欲しい。人材マニアで有名な企業代表。純粋な戦闘力だけでも魅力的だし、彼女のチャンネルも爆発的な人気だ。企業として欲するのも理解できる。


(アトリ様は名声欲しさに戦っているわけではありません。お金などの物欲も皆無でしょう。ただ戦う事だけが望みとしか思えません。


 そんな人物をどうやって――いいえ、それは鹿わたし如きが考える事ではありません)


 鹿島は鹿の頭を振って思考を止める。今やるべきはそこではない。【鑑定】配信最後の一人、コボルトキングの【鑑定】【弱点看破】をすることだ。そして――


(同時にアトリ様も【鑑定】【弱点看破】を行う)


 ドナテッロに頼まれた『お願い』を敢行するのだ。


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