漆:サムライガールは不意打ちを受ける

 中央突破したアトリ達は、囲まれるより前に動き出す。


 選択肢は戦うか、逃げるかだ。コボルトジェネラルを倒したことで、コボルト達の動きに乱れが生じる。その混乱に乗じて退路を確保して撤退するか、あるいは一気呵成にコボルトの王まで肉薄するか――


「なんて思とった時期がうちにもあったわ! こんちくしょうめ!」


 悲鳴を上げながら走るタコやん。その先には、雄たけびを上げてこちらに迫るコボルトがいた。


「アイツ! ツヨイ!」

「ジェネラル、倒シタ奴! 俺ガコロス!」

「ソノ肉、食ラッテヤル!」


「なんであいつらボス格やられたのにいきり立っとんねん! あとなんでわざわざそっちに特攻すんねん!」


 アトリが選んだのは王を目指す道でもなく、退路を確保する道でもなく、わざわざ敵陣に特攻する事であった。そしてその敵も、それを知っていたかのようにアトリ達に対応していた。


「長を討たれて仇を討とうとする、というよりは戦士の矜持みたいだな。強い相手と戦いたいという気持ち、共感できるぞ。


 あと此度の目的は鹿島殿に鑑定とやらをさせる事だろう? なら全コボルトと戦う事は当然の流れのはずだが?」


 タコやんの叫びにツッコミを入れるアトリ。タコやんも忘れていたわけではないが、それでもこちらを殺そうとするコボルトの群れを見れば文句の一つも言いたくなるものである。


 まあ。文句を言えるタコやんはまだマシな方で――


(怖い怖い怖い怖い!)

(何度も挑んできたけど、やっぱり慣れない!)

(盾一辺倒のタンク特化スキル構成だけど、耐えられる気がしない!)


 シカシーカーの戦闘スタッフは声も出せないぐらいに怯えていた。彼らは何度もコボルトに挑み、敗退している。毎回大怪我をして逃げかえり、時には死者が出たこともある。タコやんのように声を上げるなんてできやしない。


「戦い大好きなワンコとサムライに疲れるわ! こんな案件とっとと終わらせてEMぜに勘定するで!」


「はっはっは。そんなに褒めてなくてもいいぞ、タコやん」


「褒めてな――のぉわあああああああ!?


 いきなりアトリに首元を摑まれて、投げられるタコやん。


「何すんねん! いきなり投げんな!」


 ガジェットを操作して何とか着地し、投げたアトリに文句を言う。言った後で、状況に気付いた。


「ふはははははは! 見事な奇襲だったぞ! 攻撃の寸前まで戦意を押さえ込むとは流石流石!」


 タコやんを投げたアトリはコボルトジェネラル2体と剣戟を繰り広げていた。アトリの身長を超える巨大な斧が荒れ狂う風のように十重二十重に振るわれる。アトリが投げなかったら、タコやんはコボルトジェネラルの斧で真っ二つになっていただろう。


「アトリ様! タコやん様!」


 不意打ちに気付いて叫ぶ鹿島。その鹿島も、数体のコボルトキャプテンに囲まれて移動を封じられていた。【見切り回避】はあくまで回避力を上げるだけで、瞬間移動するものではない。物理的に囲まれれば、機動力がどれだけあっても移動に不備が生じる。


「こっちにも来たで!」


 そしてタコやんとシカシーカースタッフにもコボルトが迫る。ジェネラルやキャプテンのような上位種族ではないが、それでも2倍の数に囲まれれば死を覚悟する。


『ぎゃああああああ! いきなり襲撃された!』

『何だよあの速度!』

『よく反応できたなあのサムライ!』


 突然すぎる襲撃で、コメントも囲まれて初めて事態に気づいたと言うモノばかりだ。それだけコボルトの動きが迅速だったのだ。


「思ったよりもコボルトの展開が早い……! これがコボルトキングの指揮能力という事ですか!」


 用意周到な奇襲を受けて、鹿島は臍をかんだ。正面突破してからさほど時間が経っていないのに、混乱することなく兵をまとめ上げて奇襲を行う。しかもこちらの戦力を正しく分析しているのがわかる。


(最大戦力のアトリ様をジェネラル2体で囲み、回避力に優れた鹿わたしをキャプテンで囲む。そして攻撃力に乏しいタンクチームとタコやんを数で押し潰す。


 タコやん様がやった【テレパシー】+【分割思考】に似た連絡手段と指揮能力があるとしか思えません!)


 襲撃までの経緯を考え、鹿島はコボルトキングの指揮能力に辺りをつける。同種族のみに可能な同調能力。リアルタイムで情報のやり取りをし、その上で相手に適した作戦を取り、一糸乱れぬ動きで行動させる。


(なにが厄介かと言われれば、あのジェネラルは未鑑定の相手であるという事です。


 もしかしたらアトリ様が鹿わたしの【鑑定】【弱点看破】を行った相手しか攻撃していないことを見抜ているのかもしれませんね。この状態では、アトリ様も十全には戦えません!)


 ここが潮時だ。鹿島はそう判断する。


「仕方ありません。撤退しましょう! アトリ様、ジェネラルを斬ってください!」


「む。鹿島殿はこ奴らを【鑑定】したのか?」


 タコやんの【テレパシー】を通して、鹿島の発言を知るアトリ。


「いいえ。未だです。ですがこのままでは全滅します! 諦めましょう! 


 ジェネラルの一体を完全に【鑑定】して、コボルトキングのスキルの一端もしれました。これを材料にして上と相談します!」


 そんな交渉で首を縦に振るわけがないことなどわかっている。企業の言いなりになって【鑑定】配信も諦めるしかないが、それでもここで全滅するよりはマシだ。鹿島は断腸の思いでその道を選んだ。


「鹿島殿の指示が最優先。雇われた身故、出張ったことはしないつもりだ」


 コボルトジェネラル2体の斧を避け、受け流し、弾いて逸らしながらアトリは言を告げる。戦闘狂の笑みを浮かべながら、しかしそこには明確な理性があった。


「だが全滅するから諦める、というのなら聞けないな」


「なにを――」


 言っているのですか、という言葉が鹿島の口から放たれるより早く、


「そこや! ジャックポット!」


 タコやんの声と同時に、7発の銃声が鳴り響いた。シカシーカーの戦闘スタッフが盾でコボルトの軍勢を押しとどめている中からの射撃。【拳銃】スキルにより乱戦の穴をついた射撃。


 弾丸はアトリを囲むコボルトジェネラルの2体、そして鹿島を囲むコボルトキャプテンの5体に向かって飛ぶ。数発は真っ直ぐに、数発は建物に跳弾させて。2万個の魔石を重ねた【拳銃】スキルが可能にする曲撃ち7連発。


 とはいえ、拳銃程度ではダメージを与えられない。肌で止められ、或いは察知されて避けられるか。どちらにせよ、下層ボスからすれば無駄な足掻きだ。


「ッ!」


 だが、その弾丸が目の前を通ればさすがに視界が奪われる。威力はともかく、不意に目の前に何かが飛べば反射的に警戒する。


「隙ありだ」


 そのタイミングを分かっていたかのように、アトリはコボルトジェネラルの隙を縫うように囲みを強引に突破した。僅か一瞬の隙。アトリの行動が少しでも早いか遅いかだったらコボルトジェネラルは対応できただろう。


「そちらは【鑑定】済みという事でいいな」


 アトリが向かったのは、鹿島が囲んでいるコボルトキャプテンの群れだ。その1体を背後から斬り、鹿島の囲いを崩す。


「はい。お任せします、アトリ様」


 突然の攻勢に鹿島はわずかに呆けたが、すぐに意図を察して囲みを突破する。


「シマッタ!」

「キサマ!」


 いきり立つコボルトジェネラルがアトリに襲い掛かる。不測の状況であっても乱れぬ連携。数多の鍛錬と戦いを超えてきたコボルトという種族の戦闘経験。それを感じさせる剣と槍の軌跡。


「素晴らしい動きだったぞ」


 アトリは刀を重ねてそれを理解し、返す刀でコボルトキャプテン切り裂いた。流れるように刀を振るい、残りのコボルトキャプテンの命を奪う。


「アトリ様、こちらも全員【鑑定】済みです!」


「余韻に浸ってないではよ助けにこんかい!」


「了解した!」


 そしてアトリはタコやんとシカシーカースタッフを攻撃しているコボルトの方に向かう。鹿島が【鑑定】済みであることを告げれば、容赦なくアトリは刃を振るう。


「オノレェ!」

「シカ、避ケルナ!」


 アトリがコボルト達を一掃している間、鹿島はコボルトジェネラルに向かい【鑑定】【弱点看破】を行っていた。そして【見切り回避】スキルを駆使し、回避盾としてコボルトジェネラルを足止めする。


「挑まれれば逃げることができない。戦士の誇りは素晴らしいです。


 それを利用する形になったのは悲しい事ですが、知識を元に行動するのも戦いですので」


 コボルトジェネラルがその気になれば、鹿島を無視してアトリ達に迫ることはできただろう。パワーによる強引な突破や速度で振り切るなどを行えば、鹿島を突破することは可能だ。


 だが、コボルトジェネラルはそれができない。彼らは挑まれた戦いを拒否できない【戦士の誓い】のスキルがある。誓約を守ることで力を得るスキル。拒否しても能力が落ちるだけで、それでも鹿島を突破するには十分だというのに。


(コボルト達がそこに拘るのは、もはや本能。魂に刻まれた生きる根幹なのでしょう。


 アトリ様がそうであるように、武器を持つ者に共通するスキルではないがあるという事でしょうね)


 その生き方に共感はできないが、敬意を表することはできる。スキルなどなくとも、彼らはきっと戦士として挑まれた戦いから逃げることはしないだろう。


「交代だ、鹿島殿」


 そしてアトリがコボルト達を倒しジェネラルに刃を向ける。ここでアトリの言うように交代するのが、戦術上一番正しい。避けるだけの自分など、戦闘では何の役にも立たない事はわかっている。


「……いいえ。申し訳ありませんが、留まらせてもらいます」


 自分でもこんなことを言うのは驚きだ。シカシーカーのスタッフもタコやんも、驚きの表情を浮かべている。


「ふむ、【鑑定】はまだ終わっていないという事か?」


「いいえ。スキルは使用済みです。


 ですが、彼らへの理解はまだ足りません。スキルではなく、別の何かへの理解が」


 スキルで得られる数字ではなく、コボルトという魔物に対するへの理解。科学とは証拠を元に考える事。考証の為に必要なデータを得るために、鹿島は最前線に立つ。


「構わぬよ。某の刀に巻き込まれぬように気を付けてくれ」


「恐ろしい事を平気で言う。アトリ様を【鑑定】して【見切り回避】の効果を発揮したいですね」


「あいにくと個人情報は守るように言われているのでな」


 背中越しにそんな会話を交わし、アトリと鹿島はコボルトジェネラルに挑む。


「あのアホ、ナチュラルな人たらしやなぁ」


 その様子を見て、タコやんは呆れたようにため息をついた。


「いや、シカたらしか? 何がええんか、うちには理解できへんわ」


 自分もアトリに惹かれていることを無視するように、タコやんは肩をすくめる。


 ――不意打ち開始から1分足らず。アトリがコボルトジェネラルを切り裂き、危機を脱した。


 こちらが受けたダメージがそれほど深くはない事を確認し、コボルトキングの【鑑定】に向かう。

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