陸:サムライガールは中央突破する

 鶴翼の陣――


 陣を上から見た時、鶴が翼を広げたように三日月状になっているため付けられた名称だ。漢字であることから発祥は中国と思われがちだが、似たような戦術は古今東西存在する。紀元前3世紀にハンニバルがローマ軍に勝利したのもこの陣形だ。


「3、5番隊ハ、進メ! 2番隊ハ、待機!」


 コボルトジェネラルの指示とともに、太鼓を叩いて遠方の部隊に指示を出すコボルト。リズムカルな音が響き、それを聞いたコボルトキャプテンが指示通りにコボルト達を動かしていく。その形は、まさに鶴翼の陣。


 コボルトジェネラル。通常のコボルトよりも一回り大きな体躯を持ち、戦闘能力も高いが【鬨の声】【同族指揮】と言った集団に命令を下すスキルを持っている。コボルトの攻撃力を上げる【鬨の声】と、コボルトを的確に動かす【同族指揮】。これにより効率よく群れを動かすことができるのだ。


「順調ダナ」


 アトリ達の包囲網を展開しながら、笑みを浮かべるコボルトジェネラル。鹿島の動きとアトリの戦闘力は驚かされたが、注目すべきはその二体だ。あとは恐れるに足らない。包囲して三方から攻めれば疲弊していずれ力尽きるだろう。


 あとはその肉でも食うか。強き者の血肉は、我々を強くする。あの強いメスは王に捧げて、余り物を下賜してもらおう。そんな物騒な(コボルトの価値観としては正常)事を考えていたところに、号令が飛ぶ。


「敵、来タ! 突撃シテキタ!」

「角オス、剣メス、止マラナイ!」

「何ダト!?」


 コボルトキャプテンの報告に驚くコボルトジェネラル。ちなみに角オスは鹿島で剣メスはアトリの俗称である。


 鶴翼の陣の弱点を突かれた形だ。敵軍を側面から撃つことができる陣形だが、無敵の陣形でもない。包囲するために兵を割く以上、一つの部隊の兵数が減ることになる。過去にも中央突破されたケースはある。


「迎エ撃テ! 2、3、5番隊、戻セ!」


 兵数を割いているが、けして本陣の守りをおろそかにしたわけではない。突撃してくるというのなら、先行している分隊を戻せばいい。うまくいけば背後から挟み込む形になる。


 鳴り響く太鼓の音と共に遠方のコボルト達がこちらに向かってくる。


「アンタら、出番やで!」


「はい!」


 ダンダンダダダン!


 だがそれを察知したタコやんがシカシーカーの戦闘スタッフに声をかける。それに応じたスタッフが、モバイルを操作した。モバイルに設置されたスピーカーから、デタラメな太鼓の音が響く。


「ナンダナンダ!?」


「合図カ!? デモ、ドンナ合図ダ!?」


 太鼓の音とともに本陣に合流しようとしたコボルト部隊の足が止まる。命令の攪乱。デタラメな太鼓の音が合図なのか、それとも命令の誤りなのかを判断できずに困惑する。


 とはいえ、彼らは歴戦の群れ。太鼓の音と、デジタルコピーの違いを判断するのにさほど時間はかからないだろう。せいぜい10秒か20秒。つまらない時間稼ぎだ。


 だが鹿島とアトリがもっとも欲しているのは、その時間だ。包囲される前に敵陣を殲滅するだけの時間が必要なのだ。戦力になるのは、事実上アトリ一人。しかも【鑑定】【弱点看破】をしなければならないという条件付き。


「コボルト数、おおよそ50体。コボルトキャプテンとも思われる個体が4体。そして明らかにキャプテンより大きな個体が、1体。


 推定ですが、あれがコボルトジェネラル。群れを指揮するコボルトです」


「大将首か。滾ってきたぞ」


 鹿島の状況説明に、血を燃やすアトリ。兵を分けたとはいえ、突撃の可能性を無視はしていなかったのだろう。コボルト達も不意を突かれた様子はなく、一糸乱れることなく武器を構える。


「殺セ! 戦士ノ血肉ヲ喰ラエ!」


 コボルトジェネラルの【鬨の声】が響く。獣の本性を引き起こし、野生のままにコボルト達を暴れさせるバフスキル。それでいて彼らの統率は【同族指揮】により乱れることはない。


「コロセ! コロセ!」

「戦士ニ、死ヲ!」

「勇敢ナ戦士ヲ、喰ラエ!」

「戦場デ、死ヲ!」

「血ヲ! 肉ヲ!」

「存分ニ、殺シ合オウ!」


 荒れ狂うコボルト兵。先陣を切るコボルトキャプテン。剣や槍を持つコボルトが雄たけびを上げる。犬歯をむき出しにして攻めてくる戦士達に立ち向かう。


 人間側は鹿島が先行し、その後にアトリが続く。それをタコやんがサポートする。これまでと変わらない戦法だ。


『コボルトジェネラル、デカいな……』

『コボルトの上位種族か。ゴブリンにもそう言うのがいるらしいしな』

『ゴブリンが山賊めいたダーティな奴らに対して、こいつらはまっとうな戦士っぽい』

『死に対する価値観がストイックではあるが、まっとうと言われると首をひねるがな』

『【鑑定】されたスペックもシャレにならないからな。群体だけど、下層ボスを張るだけのことはある』

『コボルトキャプテンとコボルト10体が中層にいたら、それだけで大惨事だ』

『ジェネラルはそれよりも強いんだろうな』

『こいつを倒しても、その先にコボルトキングがいるわけだからな』

『どっちにしても、この正面突破を成し遂げてからだ』


 流れるコメントも不安の色が濃い。鹿島とアトリの強さは見てきたが、数も敵の質もこれまで以上だ。『シカシーカー』チャンネルの配信でもジェネラルに迫ったことはない。


 ジェネラルの姿を目視こそすれど、その時にはすでに撤退するしかない状況だった。用兵も数も兵の練度も想像以上。武装こそ原始的ではあるが、それを補って余りある獣性と上下関係による統率が難易度を上げている。


 だが――


「行きます! 鹿わたしに見抜けぬモノはありません! 神羅万象、あらゆるものを【鑑定】して見せましょう!」


 先行する鹿島が【鑑定】【弱点看破】を繰り返す。50を超えるコボルトとはいえ、一度に相手をする数はせいぜい10体。敵陣を踊るように回転しながらシカの被り物は進み、


「いざ参る。屍山血河を築いてくれようぞ」


 それを追う様にアトリの日本刀は煌めく。脳内で斬るべき相手を定めた瞬間には刃は翻り、振り下ろして命を奪うと同時に次の対象へ意識を向ける。思うと同時に体は動く。否、思った時にはすでに行動は終わっている。


「コイツら血も出ぇへんし死体も残らんけどな」


「いや、その」


 タコやんのツッコミに、胡乱な返事を返すアトリ。そんな状況でもアトリの剣は止まらない。命を奪いながら、同時に友人との会話も平然とこなす。


(恐ろしい)


 この時はそれに気づかなかったが、後に配信を見直した鹿島は身震いした。


 戦闘という命のやり取りをする行為と、気の合う仲間との会話。それを並行して行っている――のではない。


(アトリ様にとって、命を奪うことも友人と会話することも同じことということですか。


 語らいながら、同じ精神で刀を振るえるとは)


 命を奪う。現代社会の倫理観を持っているのなら、それは嫌忌することだ。ダンジョンが出没した今の社会でも、それは根強く残っている。『人型の魔物を殺せない』というのはダンジョンに入れない理由のトップ3に常に入っている。


 魔物と戦うことに慣れた配信者でも、時折命を奪ったことへの嫌悪感に悩むことがある。或いは倫理観が壊れ、ダンジョン外でも粗暴な態度を取ったり、武器を振るって傷害罪や殺人罪を侵す配信者もいる。


 よく言われるのが『スイッチを切り替える』手法だ。戦闘時と平常時の精神を分け、切り替えていく。魔物は別人格が殺したことにして、平常時は平和に過ごす。こうしなければどこかで倫理観か精神が崩壊するのだ。


 だが、アトリにはそれがない。


 魔物を斬りながら、タコやんと普通に会話している。精神を瞬時に切り替えた? そんなそぶりもない。


 命を奪う事。友人と話すこと。


 アトリにとって、これらは同じこと。倫理的に、精神的に良しと受け入れている事なのだ。


 もっとも、鹿島がそれを知るのは未来の話。今はそちらに目を向けている余裕はない。一心不乱にコボルトの群れの中を突き進む。


「コボルトキャプテンはもうやってええで!」


 タコやんの声と同時にアトリの刀がコボルトキャプテンに向く。コボルトキャプテンも決して弱くはない魔物だ。コボルト10数名を統率できるのは、相応の実力あってのこと。並の配信者など相手にならないパワーとテクニックを有している。


「心得た。一刀のもとに伏してくれよう!」


 そのコボルトキャプテンが振るう武器と日本刀が交差し、次の瞬間には刃はコボルトキャプテンの胸元を貫いていた。流れるような刀の動き。命を奪われたコボルトはそこに流水のようなものを見た。揺らめき、形のない激流を。


「これで――終いだ」


 アトリの動きは止まらない。たん、たん、たん。石畳を踏むアトリの足音。移動と同時に刀を振り、地面を踏む力を刀まで伝達させて一撃を振るう。力、速度、技量。全てが乗った一閃が三つ。コボルトキャプテン三体の命も、それで潰えた。


「キャプテン!」


「仇! オレ、キャプテン、仇討ツ!」


「オレモ! オレモ!」


 隊長格が討ち取られて、いきり立つコボルト達。死を恐れない上意下達の種族。戦に酔い、死を恐れぬコボルトの叫びと戦意がアトリに向く。


「退ケ! 貴様等デハ勝テヌ!」


 それを止めたのは、コボルトジェネラルだ。叫ぶコボルト達よりも大きな声で叫び、場を一括する。いまだに石畳が振動している錯覚すら感じる咆哮だ。


 ジェネラルの命令に従い、突撃を止めるコボルト達。3mほどの大きさを持つコボルトジェネラルは、体躯に見舞う巨大な石斧を手にしていた。里亜がいれば、北欧神話のベルセルクを引用しただろう姿。


「オレ、ガグドベアド。将、デハナク、戦士トシテ、貴様ニ挑ム!」


「某はアトリ。その挑戦、刃で答えよう」


 両手で斧を構え、腰を落とすコボルトジェネラル。ガグドベアドというのは個体名だろうか。アトリはその名乗りに応じるように刀を正眼で構えた。


 睨み合う二名。互いが互いの隙を伺い、一撃で勝負を決めようという気迫が伝わってくる。目線、肩の角度、武器の先端が向く先、正中線、構えの重心の位置、足の角度。その全てが情報源。


 その場にいた者は、時間が止まったような錯覚を覚えた。呼吸すら忘れる空間。しかし実際には一秒も経っていない。互いの戦意と殺気がそう錯覚させたのだ。それほどまでの、威圧感。


「オラァァァァァァァァ!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 咆哮とともに、交差する二人。武器を振るったポーズのまま、双方動かない。


 コボルトジェネラルは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「オレ、戦士ノ園ニ、旅立トウ」


 笑みを浮かべたまま、腹部を斬られたコボルトジェネラルは光となって消えていった。


「見事。一呼吸乱れていれば、地に伏していたのは某の方だったな」


 相手の攻撃と態度に敬意を表するアトリ。そして残ったコボルト達に向きなおる。戦いは、まだ終わっていないのだ。コボルト達もコボルトジェネラルを倒したアトリに挑もうと興奮している。


 そんな中、アトリはふと気づいたことがあって呟いた。


「……しまった。ガグドベアド殿を【鑑定】していたか、確認するのを忘れていた」


「忘れんなやコラァ!」


「いやだって、あれはそういう空気だったし! ……いろいろ滾って気が逸ったのは、まあ、その」


「まあ、その、でウチの報酬減らすなや!」


 戦闘中とは思えないアトリとタコやんの会話に、鹿島もシカシーカーの戦闘スタッフも困惑する。これも後に鹿島が気付いて、驚愕する一因になるのだが。


 ――なお【鑑定】済みでした。

 

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