▼▽▼ 鹿島とエクシオン・ダイナミクス ▼▽▼

『シカシーカー』はエクシオン・ダイナミクス所属の配信チャンネルだ。


 事の始まりはエクシオンの社内企画だった。『ダンジョン内のあらゆるモノを調べよう』……その中の一つに『魔物』があり、そこに鹿島が参加していた。


 鹿島は――本名を八十島やそしま比呂ひろというが、作中呼称は鹿島で統一する――当時20代前半の彼はエクシオン・ダイナミクスの社員だ。上司からの無茶ぶりを受けて、鹿島は魔物を【鑑定】するを行うことになる。


 最初の【鑑定】は、はっきり言ってお粗末なものだった。


 支給された武器や防具もお粗末で、喧嘩もろくにしたことがない彼にとって魔物の前に姿を現すなど恐ろしくてできない。魔物に見つからないように遠くで隠れながらスキルを使い、不十分な【鑑定】しかできなかった。


「なんだこのデータは! やり直せ!」


 上司からの叱咤を受けて、鹿島は何度も何度もダンジョンに潜ることになる。【鑑定】の精度を上げるには魔物に近づかないといけない。しかし魔物も大人しく【鑑定】されてくれるわけではない。


 鹿島がとった戦法は『こっそり近づいて【鑑定】してすぐに逃げる』事だ。隠れて相手が通り過ぎるまで待ち、背後からできるだけ近づいて【鑑定】。その後に全力離脱する。失敗すれば魔物に攻撃され、死にそうになりながら上層魔物の【鑑定】を行った。


「【鑑定】! うおおおおおおおおおお!」

「見つかった! でも【鑑定】! そして逃げるんだよおおおお!」

「ぎゃああ、ゴブリン! マズイマズイマズイ!」

「ど、どうにか生き延びた……! これ、労災降りるよな……?」


 毎日が死に物狂い。こうして数年かけて【鑑定】を積み重ねて得られたデータは、


『これがの【鑑定】結果です! ええ。このの! が為し遂げた事なのです!』


 企画を立てた上司の手柄となった。鹿島は『チームの一人』としか記載されなかった。


 なんだそれは。


 鹿島は喉元まで出かかった言葉を、どうにか飲み込んだ。企業とはそういうものだ。安全な位置で指図をした者が手柄を奪い、血を流した者達はただ使い潰される。それを告発しても、特別賞与や給料上乗せなどでいいようにあしらわれてお終いだ。


 なら諦めるか? 実際、同じチームの者達は諦めていた。或いはすでに上司にお金で懐柔されているのか、宥める側に回っていた。


 鹿島もその気持ちは理解できる。お金は重要だ。会社内の地位は大事だ。それらにより家族を養う者もいるのだ。悔しさよりも家族を守る方を取ることを責めることはできない。


 なら諦めるか?


「……いいえ」


 鹿島は首を横に振る。


 お金は欲しい。会社の地位は大事だ。


 だけどそれらを維持しながら、上司の鼻を明かせるのなら?


 上司のデータよりも正確で数多くのデータを、


 鹿島はその日から、企業では従順に過ごしながら業務外で【鑑定】配信を行った。正体を隠すためにシカの被り物をかぶり、ボイスチェンジャーを使って声色を変えて。傍目には自分だと分からない格好をして、配信を行った。


 幸か不幸か、魔物を鑑定するノウハウは得ていた。上司も鹿島の【鑑定】方法など注視していなかったので、バレることはなかった。


「あ、こんにちわ……でいいのかな? ダンジョン内の魔物を鑑定していこうという配信です。興味があれば高評価とチャンネル登録をお願いします」


 シカを選んだ理由は、最初は『逃げ回る自分にふさわしい』というネガティブなものだった。臆病ですぐに逃げるシカ。それが自分にふさわしいと思ってのチョイスだ。


「皆様こんにちわ! 今日の【鑑定】相手は――スティールサソリ! サソリは真正面からだと脅威ですが、背後からだと簡単に近づけるのです! それでは参りましょう!」


 だが、配信を重ねていくことで自信がついた。最初は乏しかったチャンネル登録者数も同接数も、少しずつ増えていった。シカに対するポジティブなイメージも浮かび、自分を象徴するシンボルとなっていく。


「シカシーカーの時間です! 皆様いつもスパチャ感謝! 皆様のスパチャを使い、【弱点看破】の魔石を購入しました! 今日から【鑑定】【弱点看破】配信を行っていきます!」


 一歩ずつ重ねていく。その積み重ねが、鹿島という配信者を成長させていった。多くのチャンネル登録者を得て、安定した配信もできるようになってきた。怯えて逃げるシカではなく、俊敏に駆ける賢しいシカとして定着していた。


「しかしーかー! なんと皆様の応援もあって、エクシオン・ダイナミクスからの支援を受けられることになりました! やることは変わりませんが、カメラなどの解像度がアップ!


 さらにさらに! エクシオン・ダイナミクスのデータバンクに鹿わたしのデータが登録されることになりました! 探索者シーカーの役に立てれば幸いです!」


 苦節五年。ついに『シカシーカー』はエクシオン・ダイナミクスに認められた。【鑑定】内容もかつての企画で得られたモノを大きく上回っており、エクシオン・ダイナミクスのデータはシカシーカーのデータに一新された。


「なんだあのシカ顔は! おい、こっちももっと詳しく【鑑定】しろ!」


 当時【鑑定】企画を出した上司は顔を真っ赤にして叫んだが、その声には誰も応えなかった。会社命令でダンジョンに向かうが、やる気など出るはずもない。鹿島が得たデータを丸写ししたほうがマシな【鑑定】結果だった。


 こうしてかつての功績を白紙化された上司はあえなく更迭。かつての部下への所業も暴露され、自主退社にまで追い込まれたという。


 さて、こうなると鹿島が『シカシーカー』を続ける理由はなくなるのだが――


復讐ヴェンデッタおめでとう。ヤソシマ君」


 上司がいなくなったタイミングで、鹿島の肩を叩く男がいた。金髪でサングラス、高級なスーツを崩してきている『チャラい』印象を与えるイタリア系の男性だ。だが、エクシオン・ダイナミクスの誰もが彼の名前を知っている。


「それとも日本風に忠臣蔵とかざまあとかのほうがいいかな。

 

 どっちの方が分かりやすいかな? シカシーカーのカシマ君」


 エクシオン・ダイナミクス現代表、ドナテッロ・パッティ。


 イタリアの本社にいるはずの雲の上の存在が、ダンジョンを通ってわざわざ日本の支部までやってきたのだ。


「え? え? え?」


 しかもシカの被り物をしていない鹿島を見て『シカシーカー』と関連付けたのだ。上司への復讐の関係上、エクシオン・ダイナミクスには個人情報はバレないように徹底していたのに。


「おおっと、発音間違えた? カ、シ、マ。違ったら許してね。お代は美女を一晩ってことで」


「いえ、間違っていません。シカシーカーの鹿島です。美女も結構です。わかりやすさで言えば、今はざまあの方かと。


 ……その、これは代表自ら処罰に来たとかそういう事でしょうか?」


 鹿島がやったことは、企業の上司に恥をかかせて更迭させたのだ。企業からすれば会社の重役を失ったに等しい。しかも理由は鹿島の私怨なのだ。企業側からすれば、面白くはないだろう。


「ないない。むしろ良くやったって褒めてやりたいね。さすがにざまあを業務って認めるわけにはいかないから、ボーナスはやれないのが残念だ。


 それとは関係なく、オレはあのシカのファンなんだ。日本支部に来たのもシカシーカーにを渡す為でね」


 ドナテッロは言って電子チップを鹿島に渡す。スキルシステムで使われるもので、中には魔石から抽出されたスキルが入っている。その内容は――


「【見切り回避】……!? 下層の魔双槍兵ツインランサーから得られるスキル……!」


「そうそう。【鑑定】系を使った相手からの攻撃を回避しやすくなるスキルさ。それさえあればシカシーカーの配信も楽になるんじゃないかな?」


「確かにそうですが……このようなモノを貰ってもよろしいのでしょうか?」


「当然。有能な人材に投資するのは当然だろ? 企業配信者として頑張ってくれればエクシオンにも得がある。何ら矛盾してないさ」


 どこか軽薄に、しかし企業の発展を第一に考えたドナテッロの発言。そしてそこにはドナテッロの嗜好も含まれていた。


「『人は城、人は石垣』っていうのはこの国の言葉だっけ? いい人材にリソースを注ぐのは基本だよ。そういう人材を囲めれば、こちらも嬉しくてね」


 人材マニア。


 才能ある人材を見つけては出向いて勧誘する。ライバル社であるアクセルコーポやインフィニティック・グローバルの人間まで勧誘するほどだ。そのおかげで要らぬ折衝を生むこともあるが、当人はどこ吹く風である。


 エクシオン・ダイナミクスがダンジョン内の様々なアイテムや物資を得るように、ドナテッロは人材を得ようとしていた。だからと言って、人を大事にする良いトップというわけでもない。


「ま、結果が出せないのならそれなりの罰則を受けるだけさ」


 笑顔で柔らかくそんなことを言うドナテッロ。その『罰則』がどのようなモノかはわからない。ただドナテッロに見捨てられたものは消息を絶ち、連絡がつかない状態になったという。


 あくまで噂だが、ドナテッロそれができるだけの権力があるのは事実だ。三大企業エクシオンのトップ。彼の言動と行動で世界の価値観が変わるとまで言われた権力と影響力を持つ。


 その事実を理解しながら、鹿島はドナテッロのカリスマのようなものにに心惹かれていた。同時に【鑑定】配信の質が上がるスキルの提供に抗えない自分を自覚していた。これは誘惑だ。ドナテッロの人心掌握術だ。それを理解しても、逃れられない。


「結果さえ出せれば、問題ないという事ですね」


 鹿島は興奮を抑えようと努めながら【見切り回避】のスキルを受け取る。当初の理由こそなくなったが、ドナテッロに関係なく【鑑定】配信を止めるつもりはない。そう言う意味では、この支援は渡りに船だ。


 配信を通して、何時しか鹿島自身も今の自分――シカシーカーに誇りを持つようになっていた。真面目に実直に情報を集め、その情報が他のダンジョン配信者の役に立っている。その事実が鹿島の根幹になっていた。


 そんな折に――


「企業未所属者による深層配信だと!?」


「アクセルコーポやインフィニティック・グローバルも深層に向かう準備をしているらしい!」


「我々も後れを取るわけにはいかない!」


 アトリが深層配信を始め、エクシオン・ダイナミクスは大騒動となった。幸いなことに三大企業と関係ないアトリだからこそ企業のパワーバランスは崩れなかったが、それでも後れを取ったのは間違いない。


「今、深層に行ける可能性が高い配信者は!?」

「規模的に『シカシーカー』か『バニラバニー』ぐらいか……?」

「『バニラバニー』とか無理だろ!? あいつら酒乱放火魔露出狂だぞ! あいつらが深層突破したとか広告塔に載せれるか!」

「酔って【ブレス】使わなくて脱がなきゃ有能なんだけどなぁ。……となると――」


 こうして『シカシーカー』に深層配信の白羽の矢が立つ。【鑑定】配信を止めて、戦闘ができる配信者を取り込んで深層突破を目指す計画が立てられる。


「複数のチームをシカシーカーに混合させて、深層配信ができるようにしろ」

「鑑定配信は凍結だ。そんなことをやっている余裕はない!」

「お待ちください。いきなり路線変更をすれば、『シカシーカー』チャンネル登録者を裏切ることになります」


 それを受けた鹿島はそういってエクシオンからの命令を拒否する。そこから喧々囂々あって、


「そんなに【鑑定】配信がいいのなら、下層ボスのコボルトの群れを【鑑定】できれば納得しよう」

「深層配信にリーチをかけているとなれば面目は立つ」

「分かっていると思うが、他企業の配信者の手を借りるなよ。エクシオンのメンツがかかっていることを忘れるな!」


 という事で決着がついた。正確に言えば、出来るはずがない条件を出して鹿島に諦めさせようとした。


 ――とはいえ、下層ボスの攻略が容易なわけがない。ましてや、全員【鑑定】となればなおのことだ。


「撤退! これは無理だ!」

「この数を【鑑定】するとか無理ですよ!」

「……ガス……死亡フラグ通りに死ぬことないじゃねぇか……!」

「ちくしょう! あいつら無茶ぶりもいい所だ!」


『ああああああああああ』

『もう無理ですよ。諦めましょう』

『下層ボスなんてさすがに……』

『ガスさんファンでした。もう登録解除します』


 繰り返される敗退と失敗。そして犠牲。『シカシーカー』のスタッフとチャンネル登録者達は心折れつつあった。


「だったらさ、こういうのはどうかな?」


 そんなときに鹿島に接触してきたのは、エクシオン代表のドナテッロだった。


「確か企業未所属のサムライ配信者がいただろう。彼女に協力してもらうっていうのはどうだい?」


 企業とは無関係のアトリとの協力し、戦力不足をカバーするように勧める。いつの間に調べたのか、アトリがよく行くファミレスの場所も教えてくれた。


「サムライガールに協力してもらうついでに、カシマ君にお願いしたいことがあるんだよね」


 軽薄そうな笑みを浮かべながらアトリの戦闘シーンを映したスマホを指さし、ドナテッロは鹿島に優しく『お願い』する。


 優しく、しかし断ることを拒否するような圧力を言葉に載せて。


「彼女、欲しいんだよね」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る