伍:サムライガールはタコやんとシカと進む
鹿島の【鑑定】【弱点看破】+【見切り回避】の快進撃(?)は長くは続かなかった。
「集マレ! 囲メ!」
「弓ウテ! 進メ!」
隊長格ともいえるコボルトが指揮を執り、その指揮に従うコボルトが秩序だって行動し始めたのだ。
町の高台に弓を持つコボルトを配置し、鹿島達の側面を押さえるようにコボルト達が展開する。弓で進軍を止めている間に、包囲する形だ。
「地の利を生かした鶴翼の陣と言ったところか」
アトリは笑みを浮かべてそう言った。鶴翼の陣。鶴が翼を広げるように三日月状に兵を展開し、包み込むように敵を包囲して多方面から攻撃を加える陣だ。兵の損失を押さえて、かつ効率よく敵を討つ。古くから使われる戦の定石だ。
「不味いですね。思っていたより展開が早いです」
さすがの鹿島も数十体のコボルトを【鑑定】【弱点看破】するには時間がかかる。一分あればどうにかなるが、一分の間に状況は悪化していく。包囲されれば逃げることもできなくなる。
「いくつか隙はあるな。左翼の方の展開が少し遅い。切り崩すならそこからだな」
アトリは(自分から見て)右を指さす。陣を展開する側からすれば左側。そちら側のコボルトはまだ数が少ない。それでも15体ほどいるだろう。
「ほなそっちやな。行こか」
アトリの言葉に頷くタコやん。ここまでタコやんは何もしていない。落ちた魔石を回収しているだけだ。ガジェットに装着した拳銃は一発も撃っていない。
「いやお待ちください。確かにそうかもしれませんが、撤退の選択肢も――」
「鹿島殿がそれを選ぶのなら、某はそれに従うが」
止めようとする鹿島に、アトリはそう前置きしてから言葉を続ける。
「今を逃せば勝機を失う。違うな。今なら勝てるぞ」
「いろいろポンコツなコイツやけど、戦闘に関してはピカイチやで。信じてみ、ウチが保証するわ」
刀で進む先を示し、鹿島の方を見ずにアトリは言う。その背中を押すように、タコやんが言葉を重ねた。
「……むぅ。いろいろポンコツ、は酷くないか?」
「機械を触らせれば説明書と格闘して、雑談配信では基本受け身。クイズゲーム配信はぜんぜん答えられへんし、カラオケ配信はえらい古臭い歌ばっかり。
まだあるけど、なんか反論あるか?」
「うぐ……!」
刀を構えたポーズのまま、アトリは言葉を詰まらせた。
(まただ……。タコやん様に御されているアトリ様。
その気になればその刀でタコやん様を斬れるのに。そしてタコやん様もそれが分かっているはずなのに)
アトリは強い。アトリの配信を見て、それを疑う人間はいない。無名であった頃はそのトンデモな強さ故にフェイクを疑われたほどだ。トリックや加工なしだと証明されても、信じられないことを普通にやってくれる。
タコやんはそれを知っているはずだ。アトリがその気になれば即座に斬られる。だというのに、謙ったりはしない。タコやん自身も言っている通り、戦闘センスはずば抜けている相手だというのに。
「鹿島殿、どうするのだ?」
「っ、分かりました。進みましょう。
些か呆けていたのだろう。アトリのセリフに同意する鹿島。気にしないつもりでいたが、どうにも気になる。頭を振って、意識を切り替えた。
「いいや、某が先に行く」
言うなりアトリは真っ直ぐにコボルトの方に突っ込んでいく。それに気づいたコボルト達が弓を射るが、アトリはそれを交わし、剣で薙ぎ払い進んでいく。そして、横に跳んだ。
「参ります! シカの俊敏さをご覧あれ!」
道を開けたアトリを追い抜くように鹿島が疾駆する。走りながら目に入ったコボルトに【鑑定】【弱点看破】をかけ、そして次のコボルトに同じようにスキルを使っていく。
まだ遠いので完璧な情報は得られないが、それでも【見切り回避】の条件が発動し、そのコボルトからの攻撃は回避しやすくなる。虫の知らせ。勘。悪寒。第六感。五感ではない何かが鹿島を動かしていく。
だがそれは【鑑定】【弱点看破】を行ったコボルトだけ。走っている間に数匹のスキル使用は終わったが、スキル対象になっていないコボルトはまだ10近くいる。それらが鹿島に弓を構え――
「いったれや!」
弓を持つ手に痛みが走る。タコやんのガジェットから延びた8本のアームが一斉に火を噴いたのだ。【拳銃】スキルにより命中率が上がった弾丸は、タコやんの狙い通りに弓を持つコボルトの手に命中する。
「コノ程度デ!」
「貧弱! 弱イゾ!」
人間であれば手に銃弾が当たれば悶絶するが、コボルトからすれば小石が当たった程度。何か当たったと感じることはあっても、気にせずすぐに弓を番える。イラっとさせて1秒動きを止めたに過ぎない。
わずか1秒。ダメージも与えず、ただ不快にさせた程度のタコやんの行動。
「見事な援護だ、タコやん」
しかしその1秒でアトリはコボルトに迫り、乱戦を仕掛けていた。弓の弦を斬り、武器を持つ手を柄で打ち、一瞬たりとも足を止めることなくコボルトの陣営を突き進んでいく。
「さあ。シーカーの時間だ」
鹿島がアトリに遅れてコボルトに接敵する。手が届く位置で【鑑定】【弱点看破】を行い、回転しながら次のコボルトに向かう。鹿島が100%情報を得たコボルトは、瞬き一つする間もなくアトリに斬られて魔石になっていた。
まるで最適の動きが分かっているかのような鹿島の動き。
そしてその動きを予測していたかのようなアトリの動き。
言葉一つ交わすことなく、RTAでもしているかのように最適解で進んでいく。
『なんだこれ!?』
『鹿島様の【鑑定】【弱点看破】→【見切り回避】コンボはいつものことだけど、この速度は何なの!?』
『近距離【鑑定】からの即殺害とかひでぇ』
『つーか【見切り回避】ってここまで回避できるんだ』
『スキル発動条件が<鑑定系スキルを使って情報を得る>ことだからな』
『他人の【鑑定】結果では発動しない事をお前に告げておく』
『いやそれにしたってこの動きはツッコミ入れたくなるぞ!』
『何を言っているんだ。ちょっと犬人間の間で鹿人間がくるくる回りながら進んでいるだけじゃないか』
『いや、普通におかしいから』
『いやおかしい光景だけど、おかしいのはそこじゃなく!』
コメントもあまりの展開に困惑気味だ。鹿島の動きもそうだが、アトリの戦闘展開も並外れている。想像しうる最適解のその上を行く動き。
『なんで鑑定済みのコボルトがわかるんだ、あのサムライ!?』
アトリが倒しているのは、鹿島が【鑑定】【弱点看破】を終わらせたコボルトだ。
だが、それには明確な印があるわけではない。鹿島が走りながら踊りながら(当人は最適解の動きをしているつもり)スキルを使っているのだが、そこには数体のコボルトがいる。数体のうちのコボルトが鑑定済みで、どれが未鑑定なのかは傍目にはわからない。
だというのに――
『何だよこの動き! 早すぎるだろ!?』
『そいつ【鑑定】済みなの!? 大丈夫なの!?』
『鹿島さんも止めないってことは【鑑定】済みなんだろうけど、ええええええ!?』
『まさに阿吽の呼吸』
『魂でッ、理解したッ!』
鹿島が【鑑定】【弱点看破】し、即座にアトリがそのコボルトにとどめを刺す。その差は1秒もない。鹿島が離れると同時にそのコボルトは魔石となっていた。
何のことはない。鹿島とアトリはきちんと情報共有をしているだけだ。
(コボルト、スキル使用完了。完全解析済みです)
鹿島がコボルトに近づき、スキルを使用することを心の中で報告する。
(よっしゃ。そいつやな)
それをタコやんが【テレパシー】スキルで感知し、そのコボルトの情報をアトリに伝える。
(理解した)
そしてアトリがそのコボルトを斬る。
タコやんを中継した【テレパシー】の伝達。脳内情報をダイレクトに伝えることができるため、伝達ミスはかなり抑えられる。まるで一人の人間が『見て』『脳が認識して』『手を動かす』様に動くことができるのだ。
(【鑑定】終わりました。この個体がコボルトキャプテン。この部隊のリーダーです)
(――ってことや。やってまえ!)
タコやんは【思考分割】を用いて2名に【テレパシー】を使用しながら、同時に射撃での援護も行う。ダメージは皆無だが、その援護で生まれた隙をアトリが最大限に活用していく。
「隊長格か。成程、気迫が違う」
「グ……! ココマデ、カ!」
コボルトキャプテンと数合打ち合うアトリ。他のコボルトとの技量の違いを感じて賞賛を送り、次の一合で首を刎ねる。隊長がやられたのを見たコボルト達は、
「キャプテン、ヤラレタ!」
「仇討チ! 仇討チ!」
「戦士ノ、誉!」
臆するところか、むしろここが死に所とばかりにアトリに襲い掛かる。既に【鑑定】だったこともあり、アトリはその意志に答えて、容赦なく切り伏せた。
「戦士の誉か。某は死に意義を求めはしないが、その誉は尊重しよう」
全てのコボルト切り伏せ、納刀後に頭を下げるアトリ。
「敵陣突破しました! シールダー班、構えてください!」
町の高台を占拠した鹿島は、シカシーカーの戦闘スタッフに命じて持ってきた盾を展開させる。少しはこれでしのげるはずだ。呼吸を整える時間は稼げるだろう。
「探索者達よ。
しかーししかし、しかしーかー! ここからが本番です! まだ行うべき【鑑定】は半分にも達していない。しかもしかも、コボルトの王は一筋縄ではいかないでしょう。皆様、応援してください!」
『しかしーかー!』
『行け、鹿島様ぁ!』
『アンタが魔物賢者だ!』
『いけいけいけ!』
『しかしーかー!』
鹿島を応援するように、コメントの嵐が飛ぶ。
それと並行して、アトリとタコやんと鹿島は【テレパシー】による会議を行っていた。
(うっし、想像以上に効果あるな【テレパシー】での中継作戦。
【分割思考】を強化すれば10人ぐらいは中継できるんちゃうか。なんで誰もやらへんのやろうか疑問やわ)
【テレパシー】と【分割思考】のシナジー効果が高かった。分割した思考の数だけ心の伝達ができる。集団戦の情報管理にはうってつけだ。
(普通はこんなこと思いつきもしませんよ。驚きの発想です)
(そうだな。さすがはタコやんと言ったところだ)
事前にタコやんから作戦は聞いていたが、ここまで効果があるとは思わなかった。逆に言えばこの中継がなければ口頭で伝達しなくてはならず、手間取っていただろう。
(しかし鹿島殿も言っていた通り、まだ油断はできん。現状、翼包囲を回避しただけだ。すぐに追い込まれるだろう)
アトリの見立てでは、地の利と統率力を考慮して3分もあれば囲まれて元の木阿弥だ。その前に敵陣を崩さなければならない。
(然もありなんですね。アトリ様は何か策がおありでも?)
(無論、正面突破。敵陣を駆け抜け、王に肉薄する!)
(お前が戦いたいだけやろうが! このイノシシサムライ!)
思考内でツッコミを入れるタコやん。アトリがうずうずしているのがわかる。真正面から攻めるなど、愚の骨頂だ。数が優位な相手に我武者羅にツッコんでいけば、いずれ囲まれて終わりである。
「……いいえ、逆にありですね。
愚の骨頂。誰も思いつかないからこそ、奇襲になるやもしれませぬ」
明確に声に出して、アトリの考えた作戦を肯定する鹿島。
「は!? お前何言ってんの! お前までこのバーサーカーに感化されたんか!」
思わずツッコミを入れるタコやん。鹿被り物以外は常識的な考えを持っていると思っていた鹿島の言動に、感情的に反論していた
「これは異なことを。タコやん様自身がアトリ様の戦闘センスを信じろと言っていたではありませんか」
「う、ぐ……! せ、せやな……せやけど……!」
――その感情の比率は『何、非常識なこと言ってんねん!』的な理性的判断4割と『ポッと出の分際でウチよりアトリの事を理解してるとかなんかムカつく!』的な嫉妬的衝動6割なのだが、当のタコやんはそこに気付かない。気付かないフリをした。
「鹿島殿の許可も得たことだ。では突撃と参ろうか!」
羽織を翻し、戦火に挑むアトリ。
配信者VSコボルト戦は、これを機に加熱していく。
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