肆:サムライガールはコボルトに挑む

「ここから先に入るとコボルトが出現します」


 町の入り口だったことを示す門の跡。今は門扉は崩れ落ち、残った石柱にツタが絡みついている。そんな石畳の一歩手前で鹿島は言った。――相変わらずのシカ頭で。


「ここから先は別の空間。仮にここからミサイルなど放ったとしても、空間の狭間に消えてしまいます。


【鑑定】した結果、この空間自体が転送門の役割を果たしているのです。そして出てくるボスはコボルト固定となります」


「珍しいな。転送門を守るボスが固定とか、そんなんあるんか」


 鹿島の説明に答えるタコやん。


 ダンジョンは常に変化している。流動が激しく、一か月経てば全く別の形に変化している。この前タコやんが作ったマップも、時間が経てば役に立たなくなるだろう。それでも流動の方向性を探る良いサンプルになるのだが。


 そして転送門を守るボスも変化していく。一定のパターンはあるが、時折そのパターンも変わるという。だがボスが固定というのは初めてだ。


「仮説ですがこの空間自体が魔物、という考え方もできます。『町に住むコボルトの群れ』という魔物ですね。


 純粋な大きさで言えばこの町はこの前アトリ様が沈めたサメ戦艦よりも小さいです。ありえない話ではないかと」


「成程、そういう事もあるのか。ダンジョンは面妖よの」


 鹿島の仮説に頷くアトリ。その横でタコやんが『分かってへんけど適当にうなづいたやろ、コイツ』という目で見ていた。その視線に耐えるように、アトリは必死にタコやんから目を逸らす。


「空間に入れば戦闘開始ですが、逆に言えば空間から出れば戦闘から離脱できます。その事を念頭に戦っていただければ幸いです」


「ああ、それはいらん情報やわ。コイツに撤退の二文字はないで」


「うむ、全て斬り伏せてくれようぞ」


 刀の鞘に手を置き、胸を張るアトリ。その後で少し不満げに言葉を返す。


「とはいえ、今回は鹿島殿に従おう。撤退の合図あれば、口惜しいが退くことにする。合戦という状況を捨てるのは非情に惜しいが、鹿島殿に従おう。従えると思うぞ。うむ」


 聞けば聞くほど止まってくれるか不安になるアトリのセリフであった。


「最悪、ウチが頭ドツいてでも撤退させるから安心しとき」


「安心……なのでしょうか?」


 不安げな声を上げる鹿島。そこは信じるしかないのだろう。咳払いして、配信開始を告げた。


「では配信を開始します」


 鹿島の言葉とともに、浮遊カメラが動き出す。高らかな音楽とともに、鹿島がポーズを取った。


「探索者よ、シカシーカーの時間です。シーカ―とは真実を求めて探索する者。この枝角アントラーにかけて真実を摑みましょう」


『待ってました!』

『シカの時間だぁぁぁぁ!』

『シィィィィカァァァァ!』


 お決まりのセリフと共にコメントが流れる。アトリとタコやんの脳内にもそのコメントが流れた。


「本日は下層の転送門を守るボス、コボルトを調べます。下層エリアの一つそのものが彼らのエリア。100を超えるコボルト全てを【鑑定】し、その結果をエクシオン・ダイナミクスのアーカイブから公開します。成功すれば歴史上初の下層ボス【鑑定】となるでしょう」


『またかぁ』

『これで7度目だぞ』

『4回目はかなりの犠牲が出たから、もうこのシリーズやめてほしいんだけど……』


 鹿島の言葉と同時に、コメントは盛り下がる。過去に何度もコボルト【鑑定】配信を行ったが、その結果は成功とはいえる者ではない。その度に『シカシーカー』は多くの犠牲者を出したのだ。同接者ファンからすればやめた方がいいと言いたくなるのも無理はない。


「度重なる失敗に落ち込むのも無理はありません。事実、我々も同じ気持ちでした。


 しかーししかし、しかしーかー! 此度は心強い方の協力を得ることができました。エクシオンのDーTAKOチャンネルから協力いただいたタコやん様! そして鹿枝角アントラーとなるために出陣していただいた花鶏チャンネルのアトリ様です!」


 鹿島の紹介と同時に浮遊カメラはタコやんとアトリを映す。


『はあああああああああ!? なにそれ!』

『外部配信者の協力か!』

『タコやんがなんで……金か』

『アトリってあの深層サムライ!?』


「誰が金に目がくらんだドケチンボオケラやて! ウチがDーTAKOタコやんや!」


 コメントが驚きで埋め尽くされる中、タコやんが拳を突き出してコメントに答える。


「ああ、ええと。アトリだ。今回は鹿島殿に協力することになった。宜しく」


 緊張しているのを隠そうともしないアトリの挨拶。アトリを知る者は本物の反応だと理解した。


『なんであのサムライがシカシーカーに!?』

『エクシオンに移籍するのか!?』

『ツブヤイッターのトレンド見てやってきたけど、マジアトリ様だ!』

『ちょ、これ本気でイケるんじゃね!?』


 コメントがアトリのことで埋め尽くされる。そして各SNSの話題も『アトリ』『シカシーカー』『エクシオン』『移籍』『エクシオン最強サムライ』等が浮き上がった。


「誤解のないように言っておくが、某はあくまで鹿島殿の協力者。えくしおん? 企業に属するつもりはない。


 魔物を調べる鹿島殿の活動に共感し、刀を貸しているだけだ」


 アトリは配信前に何度も復唱したセリフを告げる。こういう流れを予想したタコやんに『ええから覚えとけ』とメモを渡されたのだ。


『おお、やはりそうか』

『タコやんがいるからエクシオン入りもあるかもと思ったけどなぁ』

『里亜ちゃんとの先輩後輩百合的にアクセルコーポもありなのだが』

『↑ 貴様ぁ、士道不覚悟で切腹しろ! 俺も切腹する!』


 コメントが別の方向で荒れた。噂のコントロールは難しいモノである。


「これまでシカシーカーチャンネルはコボルトの完全【鑑定】に失敗が続いてきました。その度にこのチャンネルを見ていただいている探索者達に心配をかけてきたことは当チャンネルとしても遺憾に思っています。


 しかーししかし、しかしーかー! 強力な二人を枝角アントラーとして迎え入れることができた。ゆえに、負けはありません。この鹿島はやり遂げて見せましょう!」


『しかしーかー!』

『しかしーかー!』

『しかしーかー!』

『しかしーかー!』


 コメントが『しかしーかー!』で埋め尽くされる。SNSトレンドを見てやってきた初見の同接者も少し遅れて『しかしーかー!』を返す。お約束を守るのがマナーだ。


「それでは鹿われらの探索の無事を祈ってください。この配信が皆の知恵となり、そして未来を歩む糧とならんことを!」


 言って戦場に向かって歩く鹿島。その後をタコやんとアトリ、そしてシカ顔が描かれた盾を持ったシカシーカーの戦闘スタッフ6名がその後に続く。


「ほう、これは――」


 町中に足を踏み入れたアトリは、空気が一変したのを感じる。草葉の匂いと心地良い風。しかしその心地良さを反転させるような鋭い視線。


 町の建物の上からこちらを見下ろす青肌の犬人間達。手には剣や槍や弓を持ち、10を超える戦意をこちらに向けている。


「血! 肉!」

「食ウゾ! 食ウゾ!」

「コロセ! コロセ!」


 口からよだれをたらし、どう猛さを隠そうともしないコボルト達。まだ接敵していないのに、荒い息が届きそうなほどだ。


「分かりやすい【同族連携】やな。ケモノそのものやん」


「ですがごく一部の隊長格はそれらを指揮するスキルを持っていると思われます。さらに言えば、彼らの王はさらにその上の統率系スキルを保有しているかと」


「雑兵ばかりではないとはな。ますます合戦だ。奮ってきたぞ」


 ケモノ感たっぷりの相手に嫌悪感を示すタコやん。それを嗜める鹿島。そして抜刀するアトリ。


「繰り返しますが、【鑑定】と【弱点看破】を行うまでは――」


「分かっている。疾く、済まされよ」


「何度か挑戦してるんやったら、あの辺のモブ共はやらへんでよくないんちゃう?」


「そうもいきません。名前や身長体重などの個人情報が異なります。


 名もなきモブ、という存在はいないのです」


『おお、まともなことを言う鹿だ』

『心にしみるぜ。鹿だけど』

『これで鹿じゃなければなぁ』

『鹿島さんはまともなんだぞ! 鹿だけど!』

『鹿だからいいんじゃないか!』

『あのシカ顔にもすぐに慣れるさ』


 鹿島のセリフに感激するコメント達。シカ顔でいい事言ってもなぁ、というセリフにシカシーカー常連は慣れたようにコメントを返す。


鹿が眼に見抜けぬ者なし。探索の時間だ」


 迫るコボルト達に向かい、鹿島が走る。被り物のシカの瞳がコボルトを捕らえた。コボルトの武器を掻い潜り、互いの手が届く範囲まで近づいて鹿島は【鑑定】と【弱点看破】を行う。


 この間、僅か1秒足らず。そして踊るように回転しながら、鹿島は別のコボルトに向かう。


「なんやねんあの動き!?」


 そばで見ていたタコやんも驚きの動きだ。シカの被り物をした男がコボルトに近づいて、くるくる回転しながら別のコボルトに接敵しているのだ。止まることなくコボルトの群れの中を回転しながら移動するシカ頭。驚くのも無理はない。


「あれは鹿島様の二段階【鑑定】殺法です!」

「先ずは遠距離で【鑑定】を行い、大雑把なデータを入手!」

「【鑑定】データを得たことで【先読み回避】の条件が満たされて回避力アップ!」

「更に近づいてより深く【鑑定】【弱点看破】を行い、更に理解力アップ! 【先読み回避】の回避率も上昇!」

「そして別の相手にも同じことをする! そうして流れるように【鑑定】【弱点看破】をすましていくのです!」

「まさに、【鑑定】連鎖チェーン!」


 説明したのは同伴したシカシーカーの戦闘スタッフだ。盾の裏に集音マイクがあり、解説などを兼ねているようだ。


「さ、さよけ……。敵ん中を回転しながら進んでいくシカとか、ちょっとキモイんやけど……」


【鑑定】の条件が相手を視認する事なので、回転して多くのコボルトを視界に入れることに意味はあるのだが……まあ、タコやんの言う通りちょっとヒく光景ではある。


「では斬るとしようか」


 そして嬉々とした表情でコボルト達に迫るアトリ。それだけ分かれば十分だと刀を振るう。回転するシカ人間に気を撮られていたコボルト達は、烈風の如く通り過ぎる刃への対応が遅れた。


「グワアアアア!」

「ギヒィアアア!」


 コボルトを通り抜け様にアトリが刀を振るう。白刃が煌めき、コボルト達の悲鳴が上がって光となって消えていく。地面に落ちたコボルトの魔石を回収するタコやん。


「楽して儲けてラッキーやわ。


 このままの調子で行ければええんやけど……そうもいかへんやろうな」


 コボルトの悲鳴を聞いて、警鐘が鳴らされる。ここにいたのはリーダーがいない歩哨のコボルト達だったが、ここからは組織立って連携する群れが相手だ。


【鑑定】配信は、ここからが本番となる――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る