参:サムライガールはキャンプする

『かつての繁栄は風化し、街は樹木に飲み込まれた』


 ダンジョン下層の1エリアには、そんなナレーションが入りそうな景観が広がっていた。


 一言で言えば、目の前に広がるのは街跡だ。石で作られた建造物。川沿いに作られた石の建造の並びは、かつてここに生活があったことを思わせる。広場であろうと思われる場所。そこを中心に広がる石の建物群。


 そういった街並みは全て樹木で覆われている。元より肥沃な土壌だったのだろう。植物の生長は著しく、石の建物と見事に融合していた。このまま緑に覆われるのも悪くはない。そう思わせるほどの融和。


「見事なものだな。ダンジョンに斯様な場所があろうとは」


 ダンジョンを駆け巡ったアトリにそう言わしめるほどの景観だ。


 アトリ達がいるのはダンジョン下層エリア。コボルト達がいるエリアを一望できる場所でキャンプを取っていた。周辺は『シカシーカー』のスタッフが警戒しており、何かあればすぐに対応できる体制になっている。なお、スタッフは鹿の被り物はしていない。


 アトリの傍にはタコやんと、そして鹿島がいる。タコやんは様々な機械をテーブルに並べて最終調整を行い、鹿島はシカの被り物をかぶってアトリにエリアの説明をしていた。


「コボルト達は中央広場にある樹木の元にいます」


 鹿島が指さす先には、巨大な樹木があった。生い茂る緑が遠くからでもわかる。目測だが10mを超すほどの高さだろう。


「見た目はヨーロッパナラやな。地上でもあのレベルの大きさは珍しいけど存在するで。


 ま、ダンジョンに生えてる時点でそのまんまやないのはわかるけどな」


 デジタル双眼鏡を片手に巨大樹木を見ていたタコやんがそんなことを言う。ナラ。英語ではオークと呼ばれる広葉樹だ。木製の高級家具や、ウイスキーのタルなどに使われる木材である。


「ダンジョン内に空があるのはもう慣れたけど、あんだけ木を成長させるだけの養分とか光とかどっから持ってくんねん」


「興味深いですね。それも調べてみますか、タコやん」


「やらへん。下層に長居する気ないわ。とっとと仕事終わらせて銭勘定するんや」


 タコやんの愚痴に応じた鹿島の誘い。タコやんはそれを手を振って断った。今日は戦闘要員としてここにいるのだ。調査をするつもりはない。


「せっかく来たのだから、少しぐらいは調査してもいいと思うぞ」


「無理無理。装備的に調査器具入れる余裕ないわ。せいぜいここにハサミとナタ代わりの刃物があるぐらいやわ」


 アトリの刀を指さし答えるタコやん。毎木調査は測量や測定などに多くの道具が必要になる。それを持ってくる余裕はなかった。


「むぅ。私の刀をハサミとナタ代わりとは」


「二本あんねんから一本ぐらいええやろ」


 アトリの腰には日本の刀が差さっている。一本は姉から授けられてこれまでダンジョンを共に進んできた無銘の刀。そしてその刀を研いでいる間に借りていた『鳥渡とりわたり』だ。


「断る。姉上から譲ってもらった刀には相応の思い入れがあるし、鳥渡とりわたりは金治が未熟な私にお守りとして渡された刀だ。


 そのような用途で使うわけにはいかない」


 元々鳥渡とりわたりは刀を研ぐ間借りていたモノだ。だが刀鍛冶『弥勒院』の金治は返却を拒んだ。


『けっ! 他人の手垢がついた刀なんざ要らねぇよ! お守り代わりに持っていけってんだ!』


『もう、素直にアトリちゃんにずっと使ってほしいって言えばいいのに。ごめんね、うちの宿六の口が悪くて。そういう事だから持っていて頂戴』


 そんな経緯もあり、アトリは二刀を差している。あくまで予備武器だ。アトリは二刀流を習得していない。一度試したが、性に合わないと諦めたのだ。


「さよけ。ま、どっちにせよ調査はナシや。『足』も余裕ないしな」


 言いながらタコやんは何時も背負っているガジェットの調整をしている。八本の機械アームならざる機械『足』を繰るガジェット。その先端には銃器のようなものが装着されている。


「小型銃器ですか」


 ガジェットに装着されている銃器を見ながら鹿島が問う。


 小型銃器。拳銃やピストルの総称だ。反動も小さく片手で打てるが、逆に言えばそれほどの衝撃を与えるわけでもない。人間相手なら十分だが、魔物相手には不向きと言えよう。上層の小型魔物ならまだ通じるが、中層以降は大型拳銃が主武器になる。


「まあな。ひ弱で可憐なウチが魔物に対抗するとなると、こういうのに頼るしかないねん」


「一度可憐という単語を検索してみることをお勧めします。


 それはそれとして、下層魔物相手にその口径では難しいでしょう。ましてやボスクラスともなれば傷つけることもできないかと」


「社交辞令って単語を検索してみることを勧めるで。


 それはそれとして、傷つける気はあらへん。そもそもダメージ与えるんはコイツや。ウチはサポート役やからな」


 鹿島の皮肉をさらりと流し、アトリを指さしながらタコやんは答えた。


 今回の戦いの目的は『コボルトの鑑定』と『勝利』だ。ただ戦って勝つだけではなく、鹿島の【鑑定】【弱点看破】をコボルト全員に行う必要がある。全員にスキルを使用するだけの時間が、ただ戦うよりも戦闘の難易度を上げていた。


 タコやんの装備はそのサポート用。火力でコボルトを倒すのではなく、二人の行動を補佐するためだ。その為、火力ではなく携帯性と手数を重視したのである。


「そう言えば何度か戦ったって言ってたな」


「はい。【鑑定】したデータは渡したと思いますが」


 ふと思い出したと問うタコやんに、鹿島が頷いて答える。事前にコボルトのデータはアトリとタコやんに渡してある。


「そっちやない。【鑑定】しながら戦って無理ってわかって逃げたんやろ。


 無理って判断した理由ってなんかあったんか?」


 タコやんが問いたいのはデータではなく鹿島の判断だ。引き際を誤る者はダンジョンでは命を失う。明確な危険ラインがあるなら、それは確認しておきたい。


「ドラムと共に30近くのコボルトが突撃してきた事ですね。統率された動きで、さすがに無理と判断しました」


「指揮系統スキルか、楽器系スキル持ちがおるって所か。了解や」


 言いながらタコやんは籠手のような形状のモバイルを操作する。手首から肘までの細長のモバイルをベルトで腕に固定している形状だ。


 スキルシステム。魔石内部に含まれるモンスターのスキルを抽出し、データ化して人間に使用できるようにしたものだ。そこには三つのスキルが内包されていた。


【並列思考】【拳銃】【テレパシー】


【並列思考】はマルチタスクと呼ばれる複数の作業を同時に、または短時間で切り替えながら行うことができるスキルだ。脳内に別の思考領域を作り、これにより複数の作業を遜色なく行える。タコやんが常備しているスキルである。


【拳銃】は拳銃を上手に扱うスキルだ。武器系スキルは魔石からより抽出することで精度レベルがあがる。最初は『なんとなく武器の使い方がわかる』程度だが、精度を上げれば『空間に線が見えて、そこに沿って武器を振るえば勝てる』という領域にまで達する。


【テレパシー】は思念による会話だ。了承を得た相手の脳内に直接思念を送り、会話を可能とする。これも精度を上げれば思念を送れる数と距離が増える。


 タコやんはこの戦いの為に【拳銃】と【テレパシー】のスキルを獲得。更にそれを活性化するためのスキルシステムも購入したのだ。


「ほうほう。それが『すきるしすてむ』? というヤツか」


「せやで。インフィニティックの最新スキルシステムに【拳銃】の魔石2万個と【テレパシー】500個分のスキルをセットしてるんや。ついでに拳銃8丁に弾丸6カートン。えらい出費やわ」


 アトリの質問にタコやんは笑みを浮かべて返す。出費が大きいが、それだけの価値はあるとばかりの笑みだ。


「よくわからぬが、それはすごい数なのか?」


「えらい数やで。【拳銃】スキル自体は上層と中層でも手に入るけど、こんだけの数集めるのは難儀したわ。直取引にネットオークションに、金使っていろいろ声かけてどうにか形になったわ。


【テレパシー】はレア度高いから諦めてエクシオンの偉い人に取引して借りたんや。一回だけやのにえらいぼったくりおってなぁ。くっそ、あの腹黒タヌキ。一回どついたか」


 よくわからないというアトリに、身振り手振り交えて話すタコやん。武器系の魔石2万個を集めようと思うと、必要になるのは財力と人脈だ。タコやんは持ちうる人脈をフルに使って、金に糸目をつけずに魔石を集めたのだ。


「タコやん様。腹黒タヌキというのが誰だかわかりませんが、オーレリー第五営業部長に暴行するような発言は控えたほうがよろしいかと」


「分かっとるやんけ、鹿。


 ま、とにかく今回は気合とEMゼニかけてるんや。報酬の8割もらえんかったらメシもろくに食えへん生活になるからな。あんじょうきばってや」


 気合を入れるようにアトリの肩を叩くタコやん。


「うむ。聞けばコボルトはかなりの猛者と聞く。単体の強さはクリハラ殿には劣るようだが、その連携と知恵そして高い戦術性を持った群体。まさに合戦だ」


『シカシーカー』の【鑑定】の結果、わかっているスキルはいくつかある。【同族連携】【嗅覚強化】【獣性】……端的に言えば、同じ種族同士との連携に長け、嗅覚が強く、そして獣のような獰猛を持つ。


 まさに獣の群体。群れる狼はかつての人類も手を焼いた。銃という文明をもってしてどうにか拮抗できたのだ。だがそれは知恵なき獣ゆえの話。指揮する者が存在し、それに従う統率された群れを相手に人間が取れる手段などない。


 鹿島が【鑑定】して得られた結果は、明確にそれを告げているというのに――


「良いぞ。実に良い。ダンジョン下層にて戦い続け、自らの住処を守る戦士達。実に良い」


 アトリは刀の柄を押さえて、嬉しそうに笑みを浮かべる。データを理解してないわけではない。正しく理解しているからこそ、嬉しそうに笑みを浮かべているのだ。戦いたい。斯様な群れと斬り合い、傷つけ合い、互いをさらけ出しながら血を流し、果てるまで戦い続けたい。


 血臭、怒号、悲鳴、血煙、悲痛。そして、死。戦場の理。それが自分にも訪れると理解しながら、アトリは酔うように言うのだ。


「鹿島殿の依頼でなければ、単騎駆け抜けて大将首を取りに行きたいところだな」


 誰もが恐れおののくアトリの笑み。全てを斬り、それを悦びとする戦鬼の笑み。『シカシーカー』のスタッフがそれを見て凍り付く。


 自分達が何度も挑み、撤退してきた相手。その強さを正確に把握しながら、それでもそんな笑みを浮かべる狂人/兇刃。彼らも無能ではない。アトリの強さを理解している。だが同時に、戦に傾倒するその狂気も理解できている。


(噂には聞いていたけど……)

(ヤバイ。この子、本当にヤバいんだ……)

(配信動画はいくつか見てたけど、直で見ると本当に――)


 触れてはならない存在。『シカシーカー』のスタッフ達が無言で目を逸らすアトリの笑みとセリフ。刺すような緊張感が張り詰め――


「アホか! 作戦乱すなこの戦闘狂!」


 タコやんは躊躇なくアトリの額を平手で叩いて、ツッコミを入れた。パァン、という音と共に鋭い剣気は霧散する。


「あいたぁ!? ちょ、ちょっと願望を口にしただけではないか!」


「ウソつけ! 今イメトレしてたやろ! どうやったら出し抜けるかシミュレーションしてたで!」


「うぐっ! いや、その、戦術的にそう言う作戦もありかと思って、つい」


「つい、やない! アンタはそれでええけど、ウチの報酬がなくなるやろうが!」


 消え去った緊張の代わりに沸きあがったのは、アトリとタコやんのボケとツッコミ。話題が戦闘とお金であることを除けば、どこにでもありそうな少女たちの空気だ。


(これが戦闘狂と恐れられたアトリ様なのか?


 この体たらくは先ほどの鋭い殺意を放つ猛者とは思えない。タコやん様に何かの弱点を握られているとか、そんな雰囲気もない。


 下層魔物を切り伏せることができる剣士と、この和やかな性格が同居しているという事か?)


 あまりのアトリの代わり様に鹿島は内心首をかしげていた。背筋を凍らせた剣鬼と、どこにでもいそうな少女。それが同時に存在しているのだ。


「準備整いました、リーダー」


『シカシーカー』のスタッフが声を上げ、アトリとタコやんは会話を止める。それぞれの装備を抱え、立ち上がった。


「では参ろう。いざ戦場へ」


「ほな、行こか」


「はい。よろしくお願いします」


 疑問をいったん胸の奥に置き、鹿島はアトリとタコやんに頷いた。そこを気にかけている時ではない。 


 コボルト【鑑定】バトルの開始である。

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