弐:サムライガールは名案を出す

 コボルト――


「ドイツの民間伝承に出てくる妖精ですね。金属のコバルトの名前の元になったと言われています。


 コボルトにはさまざまな伝承があります。画面に映っているのは青い肌に犬の被り物をしていることから、原典の妖精ではなく伝言ゲームや遊戯などで派生した『コボルトという概念』に変化したコボルトでしょう」


 里亜はコボルトの単語を着て、アトリ達にそう告げる。


「ええと、すまぬ。よくわからんのだが?」


「元ネタのコボルトやなくて、都市伝説的に歪められた『コボルト』がそこにいる、ってことか?


 原典元ネタやなくて、ネットとかで認知されとるヤツがそこにいるって感じか」


 タコやんのセリフに、里亜は頷いて答える。


「そんな感じですね。そもそも原典の妖精も、何かしらの物語の歪んで伝わった可能性がないとは言えません。


 コボルトにせよオークにせよゴブリンにせよスライムにせよ、数多の伝承が折り重なって現代社会では変異しています。そしてその変異した存在もダンジョンには存在しています」


 里亜は指を立てて説明をづづけた。


 文化は進化する。時代とともに神聖と怪異の位置づけは変わっていく。


 かつては禁忌に踏み込まぬ位置づけだった怪異。『夜に歩いてはいけません』『あの場所に近づくな』『山は危険』……その脅威の為に存在していた怪異は、科学の発展と共に消え去っていった。


 闇夜を科学が照らす。それは時代の発展だ。そして科学に照らされた怪異は消えていく。山彦木霊は音の反響と証明され、狐火は死体から出るガス等による光説という仮説がでる。そうして脅威で亡くなった怪異は多い。


 しかし、ダンジョンにはそれらが存在する。魔法系スキルを返す山彦木霊は魔法系スキルの脅威となり、暗いフィールドを照らす狐火は悍ましい雰囲気を醸し出す。地上では戯言と一蹴される怪異が確かに存在するのだ。


「変異して歪んだ認識をダンジョンが反映しているのか、或いは『その程度の創作はすでに予測済みだ』と先読みしているのか。謎の怪電波が人間に飛んで、ダンジョン内の光景を見せているのか。意見は色々ありますが」


 里亜はわけがわかりませんとばかりに首を振った。噓か誠かわからないが、ダンジョン内に『きさらぎ駅』『異世界に行くエレベーター』を思わせる場所があったというネットの書き込みもある。


 鶏が先か。卵が先か。それを証明する術などない。ただわかるのは、ダンジョンにはあらゆる神秘と怪異、想像しうるものだけではなく想像すらできぬものまで存在するという事だ。


「ふむ……。その辺りはとんとわからぬが」


 アトリはその辺りの理解を諦めた。わからない者は切り捨てる。考えを放棄したのではなく、今はそれが問題ではないと割り切って横に置いた。


「青い猟犬の軍勢を制するれば、鹿島殿は企業の圧から逃れることができるという事でいいのか?」


「はい。正確には、それらの魔物に【鑑定】【弱点看破】などを行いレポートにあげることです。もちろん戦闘は避けられませんが。


 それがエクシオン・ダイナミクスから出された条件です」


 アトリの問いに頷く鹿島。


「いや待てや。こいつら群れやぞ。数も軽く100体は越えとるで。


 その全員に対してスキル使って調査するんかい?」


「はい。そういう事になります」


 いやそれはないやろ、とばかりに問うタコやんに対してさも当然とばかりに頷く鹿島。


「アホか! あり得へんわ。そんなんどんだけ時間かかんねん」


「一体に対して2秒程度でスキル使用が終わります。100体としておおよそ3分ほどかと」


 その質問は予測済みとばかりに淀みなく答える鹿島。タコやんは呆れたように手を振って言葉を続ける。


「その間相手は黙ってへんのやろうが。棒立ちでスキル使わせてもらえるワケちゃうねんで。襲い掛かってくるやつ相手に【鑑定】終わるまで攻撃するなってことか」


「しかも【鑑定】と【弱点看破】って距離が離れると成功率と調査精度が下がるんですよね。精度の高い【鑑定】をするなら相手の攻撃が届く位置にいないと無理なんじゃないですか?」


 里亜の言うように、調査系スキルは距離による制限がある。遠く離れた場所からの鑑定や調査は微かな事しかわからない。自分にかかった術や手に触れた相手の情報はかなり高精度で理解できる。


 魔物の【鑑定】が容易ではないのはこの辺りが理由だ。遠くから離れての調査スキル使用ではわからないことが多く、もっとよく知ろうとすれば戦闘に巻き込まれる。ゆえに魔物の調査を行う配信者は数少ない。


「ご指摘通りです。【鑑定】【弱点看破】が終わるまで攻撃せず耐えてもらいます。鹿わたしもスキル使用の為に最前線にいますが、攻撃はできません。


 何度かスタッフとともにコボルトに挑みましたが、現在の『シカシーカー』スタッフでコボルトの戦闘に耐えうる戦力はありません。


 なのでアトリ様に協力を頼んだ次第です」


『シカシーカー』チャンネルは鹿島が配信しているチャンネルだが、一人で配信しているわけではない。撮影を行うスタッフや機材を運ぶスタッフ。そして道中の道を切り開いたり、鹿島と共に戦う戦闘スタッフもいる。


 彼らは下層配信を行えるほどのスキルと装備を持っているが、それでも下層ボス相手に勝てるかと言われれば無理だろう。ましてや戦いながら全員を【鑑定】【弱点看破】をしろとなるともうムリゲーだ。


「下層ボスに勝てへんのに深層行け、言うのも無茶ぶりやねんな。あの社長ホンマいけ好かんわ」


「要らぬ暴言を吐く者ではありませんよ、タコやん様。お互い企業に援助してもらっている身なのですから」


「いやこれは文句言ってもいいレベルやろ」


 深層配信ができないなら、代わりに下層ボスのデータを集めろ。難易度は確かに下がっているが、それでも無理難題だ。


「エクシオン・ダイナミクスとしては鹿わたしを諦めさせるつもりの条件だったのでしょう。圧力をかけ、魔物【鑑定】配信をやめさせるための」


 鹿島は言って両手を広げて肩をすくめる。無理難題だと理解しつつあえてその条件に乗る辺り、鹿島も企業に完全忠実な配信者ではないということだ。


「酷いですよねー。上からのパワハラとか最低だと思います」


「せやな。ついこの前までパワハラされてスパイしてたヤツが言うと説得力あるわ」


「うぐ……。ええ、本当に人間は権力と野望を持つとろくでもない事をしますからね」


 タコやんが里亜をイジメているように見えるが、実際は逆でこんな言い合いができる程度には仲が良くなっているのである。


「でもいくらアトリ先輩でも100体を越える数は流石に――」


「うむ。鎧袖一触とばかりに斬り進んでいいのならともかく、鹿島殿の調査を待ちながらというのは厳しいな」


「流石アトリ大先輩! 100体相手なんて余裕ですよね!」


 難色を示す里亜に応じるようにアトリも難色を示す。手のひらをくるっと返して里亜はアトリの実力を称賛した。


「手のひらドリル過ぎるで。くるくる回り過ぎや。


 でも問題はその辺やな。この斬る斬るバーサーカーがそうそう負けるとは思わんけど、シカの【鑑定】待ちながらっていうのが厳しいわ。もう少し援軍とか出せへんのか?」


「無理ですね。そもそも下層を安定して探索できる実力を持つ配信者がエクシオンにはいません。下手な増援は足を引っ張るだけになります」


 タコやんの要請をあっさり否定する鹿島。


「せやねんなぁ……」


 その言葉に納得するタコやん。実際、下層探索を配信しているチャンネルは各企業に1つか2つ。エクシオンに至っては『シカシーカー』のみだ。


 これは企業の性質的なものも含まれる。スキルシステムに力を入れているインフィニティックや元はダンジョンを消そうとかっ策していたアクセルコーポとは違い、エクシオンはダンジョン内のアイテムを集めることに力を入れていた。


 エクシオン・ダイナミクスにとって戦闘は手段であり目的ではない。エクシオンのトップ配信者である鹿島のメインが魔物鑑定であるのもその流れだ。魔物を知るために、魔物への対抗策を磨いたに過ぎない。


「他企業から借りるか? 里亜のコネ使えばアクセルから配信者呼べそうやし、どうにかなるんちゃう」


「そうですね。スピカさんとか喜んで手を貸してくれそうですよ。何ならキノコノコノコのロマンさんも負い目をつついて脅……真摯にお願いすれば――」


 タコやんの提案に頷く里亜。里亜は何かを言いかけて言葉を訂正した。でも脅すんだろうなぁ、とタコやんはジト目で里亜を見る。


「いや、他企業配信者の力は借りれません」


 だが鹿島はその提案を拒否した。被り物で表情は見えないが、これに関しては譲れない事だと声質と態度で語っていた。


「なんでやねん?」


「この配信がエクシオンの最前線になるからです。他企業の力を借りて突破したとなれば、エクシオン・ダイナミクスの名に傷がつく。


 アトリ様に話を持ち掛けたのはその戦闘力もありますが、アトリ様が企業無所属だからというのが大きいのです」


 三大企業のバランスは、世情に影響する。エクシオンが他企業の力を借りて偉業を為したとなれば、その企業も偉業を為したことになる。二企業合同の作戦となり、パワーバランスに影響するのだ。


『エクシオンは他企業の力を借りないと戦えない』というレッテルを張られるか、あるいはその企業に『貸し』を作ったことで今後に影響するか。どうあれ、エクシオン・ダイナミクスとしては面白いことにはならないだろう。


「めんどくさいなぁ、トップってのも!」


「先頭に立つからこそ、意識しなければならないこともある。そういう事です」


「そこまで生真面目なのにシカなんですよねぇ……」


 企業の看板として恥じぬ行動と態度をとる。鹿島は最前線に立つ配信者を意識して行動していた。――でもシカである。


「要はその援軍が鹿島殿の企業……えくしおん? の配信者ならいいのだろう?」


 腕を組み、妙案を思いついたという顔でアトリが口を開いた。


「そうですね。しかし先ほども申した通り、エクシオン・ダイナミクスの配信者には――」


「タコやんがいるではないか」


 鹿島の言葉を遮るようにタコやんを指さすアトリ。指さされたタコやんは露骨に嫌な顔をした。


「はああああああ!? なんでウチやねん。無理無理無理」


「そうか? タコやんの機転と頭脳ならどうにかなると思うぞ」


「アホぬかせ。ウチは中層が限界やわ。下層のバケモンとやり合うなんかやってれんで!」


「……むぅ。そうか……いや、でも……」


 小動物を払うように手を振るタコやん。その様子を見て、唇を尖らせるアトリ。


 そのまま、沈黙が流れる。こちらをじっと見るアトリと、その視線を受けるタコやん。


(うぐ……。なんでそこで拗ねた顔すんねん。捨てられたワンコかこいつは。


 あかんで、ここできっぱり断らんと。下層なんか行ってられへんわ! ましてや集団戦とか泥臭いこと出来へん! 戦闘とか野蛮なことは最小限にとどめて、楽してEMゼニ稼ぐのがウチのモットーなんや!)


 アトリの視線に耐えるようにタコやんが心に活を入れる。お金お金お金。経済は精神を穏やかにする。何かを望むようなアトリにモヤモヤするタコやんの心。天秤は揺れる。お金お金お金。大丈夫。断れる。タコやんは口を開き、


「……アンタが貰う報酬の8割をウチにくれるんやったら受けたるわ」


 アトリの乞うような視線に屈するタコやん。自分に言い訳するように報酬を提示し、ギリギリのプライドを保った。


「おお、構わんぞ! ありがとうタコやん! 鹿島殿もそれでよいか?」


「構いませんが……。


 その、意外ですね。『D-TAKO』チャンネルは安全性重視をモットーにしていると思っていました。本当にいいのですか?」


 下層探索を承諾したタコやんに疑問を浮かべる鹿島。タコやんは調査を怠らず、危険を避ける配信者だ。まさか下層という危険地域に足を踏み入れるとは思わなかったのである。


「せやな。ウチもヤキが回ったわ」


 不機嫌な表情で頬杖をつくタコやん。自分でもなんでこんな判断をしたのか理解できない。理解なんかしたくない。


「お金にならないのに助言してた時点で、こうなるのは目に見えたじゃないですか。


 ホント、タコやんは――あいた。蹴らないでくださいよ、もう」


 ぼそっと呟く里亜の足を、それ以上言うなと無言でテーブルの下で軽く蹴っ飛ばすタコやん。


 ともあれアトリ、鹿島、そしてタコやんの下層ボス【鑑定】配信が決定したのであった。

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