壱:サムライガールはシカ男と語る

 地面に片膝をつき、相手を見上げるようにして手を差し出す。相手を尊び、そこに手を伸ばすような美しさ。


 茶色のスーツはシワ一つなく整えられており、伸ばした手の角度と指の向き。それらすべてが計算され尽くしたような美しさ。


鹿わたし枝角アントラーとして、その力を振るっていただければ幸いです」


 膝をついて丁寧な口調でアトリに助力を願う鹿島。


 ――その全てを。


(シカ顔で言われても)


(シカの被りモン取ればええのに)


 鹿島がかぶっているシカの被り物が台無しにしていた。


「いや、その待ってくれ。ええと、鹿? いや、その」


 基本他人に対して好意的なアトリが淀むのもむべなきことであった。


「頼み方はまともですけど、シカなんですよねぇ」


「口先でアトリを騙くらかすのはカンタンやけど、シカヅラが全部台無しにしてんねんなぁ」


 里亜とタコやんが冷静にツッコミを入れる。説得の間ずっと鹿島はシカの被り物をつけたままなのだ。


「見た目で人を判断するとは失礼ですね。


 この姿は当『シカシーカー』チャンネルにおける正装。配信者としてアトリ様に接する以上、配信者としての正装をするのが当然です」


「そう言われれば……うむ、妥当だな」


「落ち着け。普通におかしいから」


「シカですよ? あの被り物を正装って言われて納得できます?」


 鹿島の言葉に流されそうになるアトリを制するタコやんと里亜。


「シカに疑念を抱いているようですが、それは浅学と言わざるをえません。


 シカは世界各国の山岳に存在し、俊敏な動きから多くの神話に登場するケモノなのです。古くはヘラクレス第三の試練に登場したケリュネイアの鹿。中国では仙人の多くは白鹿に乗り、ケルト神話では動物の主であるケルヌンノスが鹿の角を生やしています。日本でも神鹿しんろくとして扱われ、古くはシカを殺した者は神の使いを殺したとして重い刑罰を食らいました。


 文化においても古くから根付いています。鹿の角を使った占いは世界各国で行われており、日本でも奈良時代以前の宮中行事で行われていました。日本においてシカは幸運や俸禄の象徴ともされ、秋の季語として和歌に詠まれています。


 またその肉は高タンパクで低脂肪、鉄分も多く含んでいます。その為生活習慣病の予防として注目を浴びているのです。革は通気性や保温性に優れており、武具として使われることもあります。


 シカは古くから人類文化とともに存在していた盟友なのです」


「お、おう……。さよか」


 突然熱っぽくシカを語りだした鹿島にドン引きするタコやん。


「山岳信仰が深い地域は大抵シカの伝承が在りますよね。クマとかオオカミも同じぐらいありますけど。


 問題なのはシカ自体じゃなくて、シカの被り物をして説得しようとしても、そこに注目して話にならないという事ですから。脱がないんですか?」


 里亜は神学を学んでいる高校生の見地を述べ、その後に鹿島に提言する。


「シカに注目をしてくれるのならこのシカシーカー鹿島としては願ったりかなったりです。シカあっての鹿わたし、シカ無くして鹿わたしなし。シカこそ鹿わが人生にして鹿わが原点なのです。


 故に探索者として配信者として、鹿島という人間として、今この場でこれを脱ぐことはできなません。そういう事なのだとご理解していただければ幸いです」


 里亜の言葉に拳を握り返す。強い信念のこもった一言。どういう事かはわからないが、そこに熱いめんどくさいこだわりがあるのは確かだ。


「あー。うむ。とりあえずその顔……シカを脱がないというのはわかった」


 アトリは熱意に負けたのか、単にめんどくさくなったのか。そう言って鹿島の被り物の件は置いておくことにした。タコやんも里亜も同じような気分だ。


「それで鹿島殿。お力添えと言ったが某に何を求めているのだ? それを聞かせてもらえないか?」


「申し訳ありません。事情を説明してませんでした。非礼を詫びさせてもらいます。


 鹿わたくしのチャンネル『シカシーカー』は、先ほどタコやん様と里亜様からの説明もあった通り、魔物のデータなどを調べ上げています」


 言いながら鹿島はカバンの中からタブレットを取り出し、アトリ達に見せる。魔物名が書かれた数多のファイルがそこに写し出されている。その一つを選択すれば、画像ファイルと文章ファイル、そして動画ファイルが複数入っていた。


「魔物の名前、生態、伝承、伝承との差異、主な攻撃方法、スキル、そして脅威度。そう言った形で分類し、更には画像や動画などを用いて詳しく説明をしています」


 鹿島が動画ファイルを開くと、蝶の群れが写る。レインボーバタフライ。七色に変色する羽根を持つ蝶だ。羽の色により攻撃属性と防御属性が異なり、中層でも探索者を悩ませる魔物である。


「あー。こいつメンドイねんなぁ。赤い時は炎系属性に強いとか、黄色の時は雷系攻撃してくるとか」


 タコやんが眉をひそめて苦虫を嚙み潰したような声を出す。こちらが炎で攻撃すれば炎に強くなる特性を持つ。炎系スキルで固めたパーティなら見た瞬間回れ右する相手だ。


「普通に斬ればいいのでは?」


「アホか。群れて出てくるから一匹二匹斬ったところで意味ないんや。残ったやつらに攻撃されてお終いや」


 疑問を浮かべるアトリに、タコやんは呆れたように返す。50羽単位で群れているレインボーバタフライを一匹斬ったところで戦況に変わりはない。広範囲を一掃する攻撃でないと効果は薄いのだ。


「だからまとめて全部斬ればいいのでは? こんな感じで」


「……せやったな。アンタはそう言うヤツやった」


 指で剣の軌跡をなぞりながら疑問を浮かべるアトリに、タコやんは疲れたように頭を項垂れた。事戦闘に関してはコイツに常識的な意見を求めてはいけない。何もかもを斬って解決する脳筋ならざる脳刀だ。


「皆様ご存じのように、攻撃した属性に対する耐性を得るのがレインボーバタフライです。


 ですが、それはどの程度なのかというのを調べたのがこの動画になります」


 動画内の鹿島は――シカの被り物をしたスーツ男はレインボーバタフライを前に華麗に回避していた。


「皆様ご存じのレインボーバタフライ。その【鑑定】結果は概要欄に書いてある通りです。各属性に対する耐性を持ち、そしてそれに即した攻撃をします。


 しかーししかし、しかしーかー! 『炎』と『熱』は同じものか違うのか。何度から『炎』と認定されるのか。今回はそれを調べましょう」


『しかーししかし、しかしーかー!』のセリフと同時に合掌するように『しかしーかー!』とコメントが乱舞した。どうやらお約束のセリフのようだ。


 レインボーバタフライの群れの前に立つ鹿島。控えのスタッフが炎系のスキルを使って蝶の群れに炎を放つ。羽が赤く変色し、赤い鱗粉が鹿島に降り注ぐ。だが鹿島はそれを最小限の動きで回避していた。


「結構華麗に回避してますね。もしかして【回避】系スキル持ってるんですか?」


「はい。メインの保有スキルは【鑑定】【弱点看破】【見切り回避】の三つです」


「は……? 【見切り回避】って、相手の情報を知っていればいるほど回避率が高まるスキルですよね? 【鑑定】と【弱点看破】とかとめちゃくちゃ相性がいいじゃないですか!?


 それって戦闘における鹿島さんのキモですよね。そんなこと教えていいんですか!?」


 里亜の質問に頷いて答える鹿島。予想以上の情報に驚く里亜とタコやん。スキル内容はその配信者の強さに直結する。そう言った情報は基本的に公開しない。何かあった時に対策される可能性があるからだ。


「スキル公開してええんか? ウチらがお金欲しさに情報バラすとかあるかもしれんで」


「タコやんと一緒にしないでください。


 でもお金はともかく、こういうことを軽々に言うのはどうかと思いますよ」


 タコやんにツッコミを入れた後で、里亜が警告する。鹿島は――被り物で表情はわからないが些か疲れたようなため息とともに言葉を返した。


「構いません。鹿わたくしはほかの配信者と競ったり戦ったりするつもりはありません。企業の制約がなければこの程度の情報は公開してもいいぐらいです」


「ふむ。宮仕えは辛い、ということか?」


 アトリの問いに、胸に手を当てて鹿島は答える。


「企業に身を置くことで辛いと思う事もありますが、幸福に思えることもあります。


 100%の満足など、どこに言ってもあり得ません。様々な不安。様々な安らぎ。それらを抱えたまま、生きていくしかないのです」


 さまざなバランスを考慮したうえで、企業配信者の道を選んだ鹿島。完全な自由では得られないないかがそこにはあると語った。シカ顔で。


 動画内容は炎スキルのほかに熱風スキルを用いた『熱と風属性を組み合わせたらどうなるのか?』や、炎スキルの威力を調整して『炎の温度はどの程度から認識されるのか?』等の検証が行われていた。


「いろんなコトしてんねんなぁ。ホンマご苦労さんや」


「お褒めに預かり。タコやん様の採掘動画も同じ科学系動画として参考にさせていただいています。


 このように当チャンネルは斯様にダンジョン内の魔物を様々な角度から観察し、考察しています。そのデータは公開されておりダンジョンに潜る方々への情報となっています。ですが――」


 被り物で表情はわからないが、声に疲れがこもっていた。心苦しいのですが、と言いたげな重さがこもる。


「エクシオン・ダイナミクスの方から下層突破に力を入れろという指示が下りました。下層魔物の検証を止め、アトリ様のように深層に向かえと」


「それはまた難儀な事よ。鹿島殿の配信はためになるというのに」


 企業による方針変更。企業のバックアップを受けている以上は無視できない。しかし鹿島の魔物配信が貴重な資料であることも無視できない。それを止めるのはあまりにも惜しいとアトリは思った。


「別にアンタが気使う必要はないけどな」


 タコやんはそう前置きして言葉をつづけた。


「エクシオンの決定はアンタが深層に行ったからやで」


「む? 私?」


「三年ぶりに下層突破して、しかも初の深層配信や。企業からしたらスクープやられた、って感じやろうな。なんで焦って強い配信者にテコ入れさせて下層突破させようとしとんのや」


「本当にアトリ大先輩が責任を負う事じゃないですよね」


「むむむ……」


 アトリは別に悪くない、というタコやんと里亜の言葉に眉を顰めるアトリ。実際そこに責任を感じてはいないが、自分の行動が思わぬ迷惑をかけたのは事実だ。


「はい。アトリ様は全く関係ありません。負い目を感じさせたのなら謝罪します。


 話を戻しますが、さすがに性急すぎると企業と交渉した結果、転送門を守る下層ボスのデータを集めればいいということになりました」


「は? 下層ボスのデータとか無茶ぶりやな!?」


 鹿島の言葉にタコやんが叫ぶ。


 深層に向かう転送門を守るボス。その強さは下層の魔物よりも頭一つとびぬけている。アトリも深層に向かう際に戦ったが、かなりのダメージを受けた。


「はい。深層にはいつでも向かえるという事さえアピールできればいい、という事でしょう。とはいえ、容易ではないのは事実。


 そこでアトリ様に同行していただければと思い、声をかけた次第です」


「つまり、某に鹿島殿の検証配信を手伝ってほしいと? しかもその相手が下層ボスというのだな?」


 鹿島の言葉にアトリが頷く。


(あ。戦闘狂スイッチはいったな、コイツ)


(アトリ大先輩のニヤリ笑いゲット! 脳内画像フォルダーに保存!)


 その様子を見て、付き合いの長いタコやんと里亜はアトリの次のセリフを予想した。


「よかろう。思えば下層ボスはムカデアシュラとクリハラ殿以外知らぬからな。新たな戦いに身を投じるとしよう」


「そ、それは僥倖。こちらとしても無茶なお願いと思っていましたのでお受けいただけて幸いです」


 どうやってこちらの願いを受けてもらおうか考えていた鹿島は、思ったよりもすんなりアトリが納得してくれたので驚いた。


(聞いてはいましたが、戦闘に関する意欲の高さは異常ですね。この手の戦闘狂は命を粗末にしかねないので危険かもしれません)


 聞きしに勝るバトルマニアな性格と、笑みと共に感じる圧力に身をすくめる。下層魔物と戦う鹿島でも怯えるほどの戦意だ。


「して鹿島殿、某のお相手は如何に?」


 その気配を消すことなく、アトリは鹿島に問いかける。鹿島は蛇に睨まれた蛙……肉食獣と目が合った鹿の気分を感じながら、タブレットを操作して魔物のスクリーンショットを出す。


 100体を超える直立した犬人間が武器を持っている。そしてその奥には仁王立ちする犬人間がいた。


「『コボルト王とその軍勢』……コボルト族による群れ系のボスです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る