序:サムライガールは鹿頭に出会う

 アトリの深層探索は下層ほどスムーズには進行していなかった。


 敵に勝てないわけではない。アトリの剣技は深層でも冴えわたり、立ちふさがる敵を切り裂いて進んでいく。時折戦闘に没頭してそれだけで配信が終わることもあるが、それはそれで盛り上がる。


『勝ったぁ……!』

『フロストカンガル、ネタ魔物だと思ってたら滅茶苦茶強いじゃねぇか!』

『お腹の子供が地面を氷結させて。本体が滑りながら殴りかかってくるとか怖い!』

『摩擦0の高速ヒットアンドウェイ! いやそれをカウンターするとかどうなんだよこのサムライは!』


 罠にはまっているわけではない。僅かな差異から罠を見抜き、それを避けたり敢えて発動させて刀で切り裂く『アトリ式罠解除』は深層でも有効だ。


『はぁ!? 今なんで刀振るったの?』

『空間連動式回転床を切って壊すな!』

『音すら消すダークゾーンを走って進むのはマジで怖いんですけど!』

『こんなん参考になるか!』

『参考になるぞ。問題はアトリ様以外は使えないだけだ』


 上層から下層まで変わらぬアトリの攻略スタイル。ゲームで例えれば、戦闘も鍵開けも罠解除も全部『刀技能』で解決する。まさにチートズル


 しかしそんな斬るオアKILL、もしくは斬るアンドKILLな戦法が通じないこともある。


「虫があり、鳥はない。小があり、大はない。月があり、日はない。それは何ぞ?


 正解すればここを通そう。しかし答えられなければその矮小な脳を食らってやる」


「むぅ……!」


 問いかけられる問題に、眉を顰めるアトリ。


 スフィンクス。


 ライオンの体に人間の頭が付いた魔物だ。古代エジプトにおいては神殿を守る門版であり、ギリシア神話では今のように謎かけをして不正解の者を食うという逸話がある。


『は? いきなり目の前に穴埋めパズルが展開されたんだけど!?』

『【鑑定】した。これ問題が脳に直接響くパターンだ。その人間の知る言語と知性に合わせた問題が聞こえるらしい』

『マジか!? じゃあここで答え言ってもアトリ様の問題と違う可能性があるのか!?』

『俺は英語のなぞなぞだから、多分そういう事なんだろうな』

『困ったときはボンボエリカムシって言えばええで! アイデア料は深層アイテム3個な!』

『↑ おい、屁理屈で押し通そうとするがめついオーサカの女がいるぞ』

 

 謎かけリドル。これに答えなければ通ることができない通路。そう言った頭脳戦に出会うとアトリはかなりの時間そこで足止めを食らうことになる。


『もう斬っちゃえよー!』

『わざわざ付き合うことないじゃん』

『クイズ配信じゃないんだからさぁ』


 そして配信のテンポ的にも足止めはよろしくない。元々アトリの配信はダンジョンを一気に駆け抜ける爽快感と、切れ味鋭い戦闘にある。その両方が消えてしまえば、同接者もやきもきして――


『でもわざわざ付き合うアトリ様がとってもアトリ様』

『ここでいきなり斬りかからないのが礼節』

『降りかかる火の粉は容赦なく斬り払って踏みつけていくけど、殺気がなければ普通にお付き合いする』

『ああああああああん! そこに痺れる憧れるぅ! 斬って!』

『↑ おい、変態トークン使いがいるぞ』


 ――やきもきしている人もいれば、そんなアトリをほほえましく見ている。


「時間切れだ。貴様を食らってやる!」


 アトリは謎かけに答えることはできず、スフィンクスは神話に従い襲い掛かってくる。そして――


「あいにくだが、お断りだ」


 アトリの刀が翻る。襲い掛かるスフィンクスに踏み込み、進みながらの斬撃斬撃斬撃! 白の光が三日月のように煌めいて、そして刀は鞘に収まった。


「おおお、なんという、強さ……!」


 スフィンクスは己の死を悟り、光の粒子となって消え去った。


「勝負には勝ったが試合には負けたというのかな、これは。


 謎勝負では某の負けだ。その智謀に敬意を表する」


 魔石になったスフィンクスに礼をするアトリ。


『一本!』

『VICTORY!』

『逆じゃね? 試合に勝って勝負に負けるんじゃ?』

『勝負には勝ってるんだよね……。勝てば勝者なので』

『アトリ様に襲い掛かる奴が悪い!』

『まあ、負けたら黙って食われていいなんてのは勝手だからな。抵抗して当然だ』

『でもクイズで負けたのは事実。それを肉体言語で勝ちにもっていったのも事実』

『それが花鶏チャンネルなのさ!』


 コメントもこの勝負の結末には賛否両論だ。もちろんアトリが食われていいなどという者はいないが、それでもモヤモヤ感は消えない。


 進んではいるがやや足踏み。これまでほどにすんなり進むわけではない。


 それが現状のアトリの深層攻略だった。


 ……………………。


「タコやな」


 イカ墨パスタを食べながら、タコやんは言った。


「イカ墨ですよ」


「ちゃうわ! コイツのクイズの答えや!」


 パフェの写真を撮りながらツッコミを入れる里亜に、タコやんはアトリを指さして叫んだ。その後でパスタを口にする。


「タコって漢字で書いてみぃ。虫と小と月があるやろ」


「蛸……おお、確かに」


 タコやんの言葉に空中で指を動かし納得するアトリ。聞くまで分からないままで、やきもきしていたのが一気に解決した。


 ここはアトリとタコやんと里亜がよく使うファミレスだ。三人は何かあるとここに集まり、駄弁っている。土曜日の午後2時から6時までは必ず三人がこの席にいるという状態が続いていた。


「アトリ大先輩の問題はそうだったんですね。里亜は真ん中がTになる単語を3つあげろって感じでした」


「ウチは円周率の23番目と59番目と187番目は何か、やったな。メンドくさ、とは思ったけど」


「むぅ……。全然わからん」


 里亜とタコやんの脳裏に浮かんだ問題を聞いて、アトリはため息をついた。そしてきつねうどんを食べ終えて、新たな注文をする。今度は狸そば。


「アトリ大先輩ってうどん系ばかりですけど、よくそれであんな動きができますよね」


「ダンジョンの中で腹減らへんのか、不思議でしゃーないわ」


 そんなアトリを見て、里亜とタコやんは疑問を投げかけた。


 ダンジョンにおいて、食事は無視できる問題ではない。


 当たり前だが、人間は飲まず食わずではろくに活動できない。そしてこれも当たり前だが、水や食料には重量がある。人間が一度に持っていける食事量には限度があるのだ。


 しかもただ運ぶだけではない。罠や魔物がいるダンジョン内を、安全とは言えない足場の中で進んでいくのだ。気力も体力もただ運ぶよりもかなり消耗する。重すぎる物を持てば疲弊も激しく、戦闘行為などできやしない。


「確かにお腹は減るが、限界が来る前には配信をやめて戻るのでな」


「腹もちよすぎやろ。さてはうどんの国からやってきたうどんサムライやな、自分」


「アトリ大先輩の荷物って刀と風呂敷と巾着ぐらいですからね。巾着は魔石入れですし、風呂敷もそんなに物が入ってなさそうですし」


「主に治療用の器具と水筒ぐらいだな」


「ホンマ軽すぎやろ。ウチとかガジェット込みで30キロぐらいあるのに」


 ほぼ身一つ状態のアトリに、恨み節をぶつけるタコやん。もっともタコやんの場合は採掘や採取が主で、その為の備品が重いだけだ。これでもかなり軽量化はしてあるのだが、それでも機械メインである以上は高重量は避けられない運命である。


「【重装備】スキルを買うとか運び屋ポーターを雇うとかしないんですか?」


「せえへん。EMぜにの無駄や。キャリー用のガジェット作ったほうが安いしな」


 里亜の提案を一蹴するタコやん。こういう所でケチるのがタコやんなのであった。里亜もアトリも慣れているのか、タコやんならこう言うよなと無言でスルーした。


 なので、


「否、それは非効率です『D-TAKO』のタコやん様。エクシオン・ダイナミクスの企業配信者なら割引してくれる運び屋ポーターがいます。


『駄馬DAファイヤー!』……彼らは荷を運ぶことに命を懸けた配信者です。その使命感は強く、手前味噌かもしれませんが、そのサービスの質の良さは他企業より秀でていると言えましょう」


 タコやんの言葉に異を唱えたのは、アトリでも里亜でもなかった。


「だ、誰!?」


 驚きの声を上げるアトリ。驚いたのはいきなり声をかけられたから――ではない。


 そこにいたのは一人の……シカだった。二足歩行するシカがそこにいた。


 正確に言えば、シカの被り物をした人間だった。


 頭部に生えた角は木の枝のように幾重にも分かれ、茶色の毛並みは触れば心地よさそうだ。瞳はまるで生きているかのように輝き、まっすぐにアトリ達を見ている。首から下は茶色のスーツを着ており、そこだけ見れば小奇麗な青年だ。


 その全てを、シカの被り物で持っていかれていた。実に生々しいシカの被り物。本物のシカを剥いで作ったのではとばかりのリアリティ。その辺のパーティグッズなど一笑に伏すほどの質感がそこにあった。


「『駄馬DAファイヤー!』は確かにチャンネル登録者数6万人と貴方達には遠く及ばぬ配信者です。その名も知らぬのは仕方ありません。


 しかし彼らのようなインフラを支える者達があるからこそ配信は成り立っているのです。彼らの行動に敬意を忘れてはいけないでしょう」


「う、うむ。そうだな」


 シカ男の言葉に思わずうなずくアトリ。シカに説教されるなど初めてのことなので、どうしたものか反応に困っていた。


「ちゃうで。コイツが言いたいんは駄馬DAファイヤーを知らんかったんやない。


 シカ顔でアンタが話しかけたからや」


「『シカシーカー』の鹿島さんですよね。確かタコやんと同じエクシオンの配信者の」


 シカ男の事を知っているタコやんと里亜はアトリほど動揺はしていなかった。それでもいきなりシカの被り物が現れたので眉をひそめているが。


「し、しか、しーかぁ?」


「シカシーカー。シカの被りモンした探索者シーカーや。ダンジョン内のいろんなモンを検証しとる科学系配信者ってヤツや」


「科学系という事は、タコやんと同業者なのか?」


 鹿島をいぶかしげに見ながら、タコやんに問いかけるアトリ。タコやんの『D-TAKO』チャンネルは雑談やゲームやダンジョン探索配信を行うが、メインはダンジョン内の鉱石などの物資を掘り当てる採掘だ。使われる単語などもあり、科学系と言えなくもない。


「ジャンルは違うけどな。ウチが鉱石とかの採取配信が中心なのに対して、このシカは魔物や罠、ダンジョンの構造を調べ上げるクチや」


「魔物の生態や特性、持っているスキルに弱点や攻略法などをまとめたデータを作っているんですよ。この前のコラボ配信でもハーピーの生態を参考にさせてもらいました。


 鹿島さんがいなかったらダンジョンの死亡率は20%も跳ね上がっていたとまで言われています」


 やってきたハンバーグを口にしながらアトリの問いに答えるタコやん。それに付け加えるように里亜が補足した。


「なんというか……識者なのだな」


 その見た目にはそぐわないが、という一言をかろうじて飲み込んだアトリ。


「お褒めの言葉、感謝します。その言葉を励みにして、鹿わたしは今度も頑張っていく所存。


 つきましてはその件に関して、ご相談がございまして」


 シカ男――鹿島は言って座っているアトリの横にひざまずき、手を差し出してこう言った。


「『シカシーカー』の鹿島は、『花鶏チャンネル』のアトリ様のお力添えいただきたく存じます。


 鹿わたし枝角アントラーとして、その力を振るっていただければ幸いです」


 鹿島は求愛するように熱を込めて、アトリを見つめていた。


 ――シカ顔で。

 

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