弐拾壱:サムライガールはビジネスマンと戦う

 配信開始から3時間が経過していた。サメ戦艦を倒して進んだ先に、巨大な門を発見する。


『転送門だ!』

『でかっ!』

『中層に戻る門……とはちょっと様子が違うな』


 門の高さは10m近く。枠組みだけの扉だが、枠内は奇妙な光が渦巻いていた。それ自体は転送門に見られる挙動だ。扉を通った者を粒子レベルに分解し、別エリアに転送するのである。


 コメントにもあったが、門の様子は中層に戻る転送門とは異なっていた。枠内の光の流動パターンが異なるのだ。円を描くような流動パターンだが、色や回転速度が明らかに異なっているのである。


「中層に戻る門の波動パターンとは違うで。未知のパターンや。おそらくコイツが深層に向かう門やで!」


 カメラ越しにタコやんが分析し、下層から中層に戻るものではないと断言する。となればここが深層に繋がる転送門。そして――


「この門を守るのが、貴殿という事か」


「そういう事になるな」


 目の前にいるのは白人形のような無機質な存在でもなく、サメ戦艦のような巨大なな存在でもない。


「株式会社オルタンダートの第三営業部、クリハラ・シロウという」


「むむ、これは丁寧な挨拶を。某は花鶏チャンネルのアトリという」


 お辞儀をして自己紹介したのは、ダークネイビーのビジネススーツを着た人間だ。体躯もアトリより少し高い程度で、ダンジョン外ですれ違っても気づかない『人間』の姿をしていた。


『は?』

『サラリーマンが紛れ込んだ?』

『ええと、人間?』


 コメントも疑問符であふれていた。下層の奥深く、深層に至る門にどんな魔物がいるのかと想像していたら、どう見ても人間としか思えない者がいたのだ。拍子抜けもいい所である。


「これは意外な展開! タコやん先輩のマップに従い進んだ先には確かに転送門がありました! しかししかし! そこにいたのはクリハラ・シロウを名乗るビジネスマン!


 オルタンダートとは聞いたことのない名前ですが、少なくとも里亜の目にはただの人間にしか見えません!」


 裏でTNGKと騙し合いをしていたとは思えない里亜のトーク。スーツを着た大人の男性。真っ直ぐなお辞儀と礼儀正しい態度。ここがダンジョンであることを忘れさせる動き。しかし――


「しかししかし! ただの迷子や探索者ではないことをアトリ大先輩はとっくに見抜いています! 刀の柄に手を当て、戦闘開始待ったなし! 死闘のゴングは誰が鳴らすのか、里亜も固唾をのんでいます!」


 里亜の言うとおり、アトリはクリハラがただの人間ではないことに気づいていた。いや、人間なのかもしれない。ダンジョンに飲み込まれた並行世界。自分の世界に似た世界の人間。


 だけど、敵。門を守るに値する、強い相手。


 素人目にはただ立っているように見えるクリハラ。だがアトリはいつでも刀を抜ける構えを取っていた。二人の間には目に見えない圧力が戦場に充満している。針でつつけば割れる風船のように、小さな刺激で渦巻いた戦意は爆発する。


「それでは、ビジネスを始めよう」


 クリハラがネクタイを締め直し、そう告げた。それが、爆発の合図。


「くっ!?」


 その瞬間、アトリは後ろに跳躍した。


『え?』

『アトリ様が逃げた?』

『違う! 飛ばされたんだ!』

『ものすごい速度で突撃されたんだ!』


「なんと……! 見事な一撃だ」


 クリハラの言葉と同時に放たれた突き。それをとっさに刀で受けて後ろに跳躍したのだ。クリハラは突きのポーズから独特の構えを取り、アトリに視線を向ける。


「そちらこそ見事。見た目相応の子供と侮っていれば、首を斬られていたな」


 一瞬の交差。それでアトリの実力を見切るクリハラ。突きが甘ければ、カウンターで首を跳ねられていただろう。僅か一瞬たった一撃の攻防で、互いは互いの実力を知る。


「はへ……? えええ、ええええええええ! アトリ大先輩が、引いた!?


 いいえ、里亜には想像もできない攻防があったようです! 目に見えぬ速度で迫ったクリハラをカウンターで斬ろうとしたアトリ大先輩!


 しかし交差の結果打ち勝ったのはクリハラの方! これが、これが深層を守る魔物の強さ! アトリ大先輩はいかにして打ち勝つのでしょうか! 楽しみです!」


 驚きながらも実況を続ける里亜。心境的にはアトリ寄りだが、目の前の事実を否定はしない。アトリに打ち勝ったクリハラに賞賛しつつ、しかしアトリの応援も忘れない。


「株式会社オルタンダートが売る商品は『戦闘』。クライアントのオーダーに応じるのがビジネスだ」


「素晴らしい! そちらに通じる金子があれば某もその商品を買いたいところだ。言葉通り、喧嘩を買うと言ったところか!」


 冷静沈着に戦闘を仕掛けるクリハラ。ふつふつと戦闘意欲を燃やすアトリ。


「あいにくだが今は専属契約を結んでいてね。この門を守る契約があと1089年ほどある。それが終われば検討しよう」


「構わぬよ。この門を通ろうとするなら相対するという事には変わりあるまい」


「そういう事だ。一応、門突破を諦めるなら攻撃はしないと警告をしておこう。答えは聞くまでもなさそうだが」


 警告するクリハラに、笑みを浮かべるアトリ。答えなど言うまでもないとばかりに刀を構え、戦意をぶつける。門突破を諦めるつもりはないし、戦闘をやめるなどありえない。


「そういう事だ。話が早くて助かるぞ、クリハラ殿」


「客の要望を読み取るのも、営業の務めだ」


 言葉と同時にクリハラが動く。調整が入ったカメラはどうにかその動きを捕らえた。圧倒的な身体能力と、流れるような体の動き。長年蓄積してきた戦闘ビジネスが炸裂する。


 アトリもまた動く。クリハラの動きを見て動いたのでは遅すぎる。構えから次の動きを予測し、相手の思考を呼んで更にその次の動きを予測する。二手三手四手五手。相手の攻撃方法を読みながら、同時にこちらも攻撃を仕掛ける。


「ちょっとタコやん先輩! カメラ追いついていませんよ! ああああ、遠すぎます! もっと近づいて!」


「アホか! 近過ぎたら追うの大変やねんぞ! っていうかここまで速い相手は想定してなかったわ! 調整入れるからちょっと待っとれ!」


 目に見えない動きに文句を言う里亜。その無茶ぶりに叫ぶタコやん。アトリとクリハラの戦闘はタコやんが作った浮遊カメラでも負いきれない。距離を取って俯瞰し、レンズを調整して何とか撮影できるレベルにもっていく。


『恐ろしいぐらい速い動き! 俺でも見逃してるね!』

『何とか影は見えるけど……!』

『調整効いてきたのか見え始めた!』

『遠隔操作でここまで調整効くのってすごい事なんだが……』

『それ以前にこの速度を捕らえるカメラはバケモノだぞ』


 コメントもようやく見え始めたアトリとクリハラの動きに注目し始める。


 アトリの一閃をクリハラは左腕で受け止める。スーツに見えるが硬度のある物質で、アトリの刀を受けても切断できないようだ。受け止められた刀はすぐに翻り、下段振り上げからの突きでスーツで覆われていないクリハラの頭部を刺そうと迫る。


「柔軟な動きだ。それに機転も効く。わが社にスカウトしたいぐらいだ」


 頭を狙う刀をしゃがんで避けたクリハラはそのままアトリの懐に入り、背負い投げに似た動きでアトリを投げ飛ばす。アトリはその動きに逆らわず、むしろ自分から投げられたベクトルに合わせて飛んで、足から地面に着地する。


「断る。傘下に入ればクリハラ殿とは敵対できないからな」


 仕切り直し、とばかりに互いに距離を取った。互いに刹那息を整え、そしてまたぶつかり合う。技量も力も拮抗している。3歩以上離れることなく、近接攻撃のみで相手を倒そうとぶつかり合う。


「凄い、凄い凄い凄い! 互いに息のかかる距離での攻防! 引いたたとしてもほんのわずか! 互いに攻め続ける手に汗握るバトル!


 ビジネスマンの打撃がアトリ大先輩を襲えば、アトリ大先輩の刃が翻る! ともに卓越した技量を持ち、隙あらば決定打を打ち込もうと攻め続ける! 一手一手が次の攻撃への布石! 繰り返される攻防の結果は如何に如何に!」


 里亜の言うとおり、アトリもクリハラも勝負を決める一撃を狙っていた。近しい戦闘スタイルと同レベルの技量を持つ者同士、勝負を決めるのは必殺の一打。攻防はその隙を生むための布石。


「いいぞいいぞいいぞ! 滾ってきた! やはりダンジョンは良き戦場だ! ここまでの猛者に出会えるとはな!」


「株式会社オルタンダートの『商品』に高評価いただき感謝する」


 戦闘に笑うアトリと、ビジネススタイルを崩さないクリハラ。炎と氷。熱と冷。相反するが同じ技量を持ち、似た戦略で相手を倒そうとしていた。狙うは一瞬の隙。相手の守りをこじ開けるように攻め続ける。


 決着の瞬間は近い。アトリもクリハラも、それを感じていた。


 おそらく、残り5手。


 アトリの袈裟懸けの一撃を腕で逸らして近づくクリハラ。


 残り4手。


 地面を滑るように近づくクリハラの頭部を、刀の柄で叩き落そうとするアトリ。


 3手。


 体をわずかにずらし、骨の硬い部分でその打撃を受けるクリハラ。痛みをこらえ、アトリの腹部に打撃を加える。


 2手。


 打撃のインパクトの瞬間に体を回転させ、直撃を避けるアトリ。その勢いのままに刀を振り上げ――


 1――


『この照らす 日月の下は 天雲あまぐもの 向伏むかぶすす極み 谷蟆たにぐくの さ渡る極み きこしをす 国のまほらぞ』


 詩が、聞こえた。


 天の雲が遠くたなびく広大な空。


 ヒキガエルが渡っていく地の果て。


 広大な世界。


 広い世界。


 分断されていない地球。


 ダンジョンなどない世界。


「ここ……は?」


 部屋。机が並び、同じ服を着た同年代の人がいる。学校。そうだ、学校だ。


「某……私、は?」


 お前は七海阿斗里。


 少し剣道が強いだけの年齢相応の高校生。


「え、ダンジョン……刀……あれ?」


 アトリ――七海阿斗里は、まるで今までダンジョンで戦闘をしていたかのような白昼夢を見たように呆け、頬を叩いて意識を覚醒させる。


 日本の高校。自分はその生徒。ダンジョンなんてない世界。


「変な夢を見ていたのか?」


 頭を掻き、数分後に始まる授業に向けて意識を向ける阿斗里。


 今日も平和な1日が、始まる。


 ……………………


「……ぐ、っ……!?」


 TNGKは自らの命を燃やし、ダンジョン下層で戦うアトリに魔術を仕掛けた。


 大地にある記憶を引きずり出し、魂に干渉してその記憶の世界に引きずり込む魔術。


 かつて存在したダンジョンのない世界。アトリの魂はそこに囚われている。そしてアトリの肉体は、ダンジョンで戦闘中。魂が抜けた状態では、すぐに殺されるだろう。


(貴様にはその世界の『生徒』の役割を植え付けた。魂レベルでの洗脳に抗う術はない。逃れられぬように、幾重にも術式を施した……!


 ダンジョンのない世界を味わいながら、死ね……!)


 TNGKが仕掛けた最後のあがきが、アトリを襲う――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る