弐拾:サムライガールはサメ戦艦と戦う

『サメだあああああああああ!』


 アトリを出迎えたのは、サメだった。


 いや、それをサメと言っていいのかどうかはわからない。


「サメ! サメ! サメ! まさにサメ!


 いいえ、これはサメなのでしょうか!? 大きさは概算で250m以上! しかもサメと言える部分は頭部のみ! ボディと言える部分はかつての戦艦を思わせるフォルム! 巨大な砲と無数の銃器! そして小型の飛行するサメを輩出している!」


 里亜の説明通り、それはサメのような軍艦と言った方がいい生命だ。遠目には生命と言えるかどうかもあやしいが、頭部が目を剥いており呼吸をしているのが見える。


『なんだあれ!?』

『この前のドラゴンもビビったけど、それ以上じゃねぇか!』

『流石サメ。なんでもアリだな!』

『ここまでデカいともう笑うしかないわ』

『シューティングゲームの巨大戦艦ステージだな。これは』


 コメントもあまりの巨大さに盛り上がる。アトリの身長からすれば250mのサメなどちっぽけな存在だ。250mはサメの全幅だが、横幅だけでも40m近く。それが巨大な空間を泳いでいるのだ。


「なんともはや。ダンジョンの摩訶不思議は慣れたつもりだが、これは言葉もないな」


 さすがのアトリもその大きさには呆れるばかりだ。


「何度切りかかればいいのか見当もつかぬ」


『ふぁ!?』

『今なんて言ったこのバーサーカー!?』

『斬りかかるとか、戦う気かあれと!』

『いやいやいやいや! さすがに落ち着こうよ!』


「へ? マジですかアトリ大先輩! さすがにあれと戦うのは無理があるんじゃないですか!? あんなの日本刀じゃどうにも……。


 ……と、誰もが思うことをやってのけるのがアトリ大先輩! 無茶無理無謀と皆が驚くことをやってのけるサムライの一刀! さあ、如何なる奇跡を見せてくれるのでしょうか!」


 里亜もアトリを説得するような言葉を吐いて……その後で訂正した。ここで場を盛り下げるような発言をしては解説失格だ。落ち込んだ空気を盛り上げてコメントを盛り上げる。それが自分の役割だ。


「おっしゃ! 大まかな計算終わったで!


 あのサメ戦艦の大きさは約269m。横幅38m。三連砲は50口径やな! マジで戦艦級やで! 飛んでる小サメも大きさ4mや。数は今いるだけで50って所か?」


『でっか!』

『ヤマトかよ!』

『戦艦を食ったサメ。なにそのB級映画!?』

『題名:バトルシップシャーク』

『あるいはダンジョン戦艦シャーク』

『護衛の小さいサメも結構ヤバそう』

『小さいとは言うが、4mはかなりの大きさ』

『聞けば聞くほど戦う気が失われるなぁ……』


 カメラから推測された大きさがタコやんから告げられ、うんざりするコメント達。戦いを避ければいいという意見もあるが、サメはアトリを捕らえ、こちらに向かってきている。そして何よりも――


「相手にとって不足なし。戦艦級という肩書に見合う戦いを期待するとしよう」


 迫りくるサメ戦艦と50体のフライングサメ。アトリはそれらから受ける殺意に体を震わせた。飛来するサメのような何かを見据えて日本刀を構えて地を走る。サメもそのアトリを敵と判断したのか、攻撃に移る。


『口から光線をはいた!?』

『サメビーム!』

『飛び道具とは卑怯なり! こっちは刀なんだぞ』

『まて。ダンジョンに刀一本というのがおかしい』

『遠距離攻撃のないアトリ様が下層に来れているのが凄いだけだからな』


 空飛ぶサメが口を開けば、赤い光線が迸った。光線は一直線にアトリに向かって飛び、棒立ちしている相手を打つ。まともに食らえば人間など消し炭すら残らない一撃だ。事実、光が消えた場所にアトリはいない。地面に焦げた後だけが残っていた。


 もちろん、光線が当たったわけではない。


「いい一撃だ。だが狙いが甘い」


 アトリは光線が放たれたと同時に跳躍し、空飛ぶサメの背に日本刀を突き立てていた。刃を回転させて命を奪い、そのサメを足場に別のフライングサメに向かって跳躍する。


「跳んだ!? アトリ大先輩、サメを跳びながら進んでいく! 因幡のウサギを思わせる光景! 義経の八艘飛び伝説の再現! いいえ、飛び交うサメは50匹! ならばこれは50艘飛びというべきか!


 そして今、サメ戦艦の甲板に乗り込んだぁ!」


 里亜の解説が配信内で響き、そして空飛ぶサメを跳躍しながらアトリがサメ戦艦に乗り込む。サメ戦艦の甲板にある小型の砲がアトリに向き、一斉に弾丸を打ち放った。秒速200発の弾丸が四方八方から飛び交う。


「速い! 重い! なにより数が多い! 戦艦級というのは伊達ではないな!


 どうしたどうした!? だたデカいだけの木偶ではなかろう? これで終わりなどという事はあるまいて!」


 アトリはその攻撃を避け、そして弾丸を日本刀で斬って突き進む。甲板上の砲を切り裂いて無力化し、快進撃を続けていく。


『ガトリンクの連射を斬って進むとか何者!?』

『正確には自動だからバルカン砲。どっちにしてもバケモンだけどな!』

『材質的に金属だろうけど、なんでスパスパ切れるのさ!?』

『スキルとか持ってないのに何者なのこの子!』

『それがアトリ様なのさ(後方彼氏風に腕組み』

『ご新規様には理解しづらいだろうけど、これが花鶏チャンネルなんだよ』

『いや、ここまではっきりと凄さが分かるのは初めてだけどな』

『マジでダンジョン下層のエグさが分かるわ。こんな動きようできん』


 俯瞰視点の浮遊カメラと笠に仕込んだ本人視点カメラ。その両方の映像を見て驚くコメント。アトリのレベルの違いに驚きの声が多い。


「止まらない止まらない止まらない! サメ戦艦の砲撃も止まりませんが、アトリ大先輩の猛攻も止まらない! 煌めく白刃が黒鉄の船を切り裂き、無数の弾丸を究極の一刀で切り裂き進む!


 ダンジョン下層の恐ろしさを見せながら、同時に自身の強さを魅せつける! これが花鶏チャンネル? イエス! この戦いっぷりこそ花鶏チャンネルなのです!」


 食い入るように叫ぶ里亜。その盛り上げに答えるようにアトリはさらに甲板を突き進む。砲を斬るごとに進む速度は増していく。その進軍は、


「おおっと。さすがに都合よくはいかぬか」


 甲板に突如現れたサメにより止められる。水から顔を出すように、甲板から浮かび上がるように現れるサメ。空飛ぶサメはこうやってサメ戦艦の体内から排出されるのだろう。空間の位相をずらし、霊体のような構造を持つサメ。


「ここより先は通さぬという意思を感じるな。ならばこの先にこのサメ戦艦の心臓があると見た。


 さあ、互いの生存をかけて命をかけようぞ!」


 ニィ、と笑みを浮かべるアトリ。心が高揚し、戦いに意識を向けている。平時と変わらぬ声のトーンだが、アトリの配信を見慣れている者は皆気付いた。


『あ、スイッチはいった』

『ここから本番か』

『ギアが上がったな』


「さあさあさあ! アトリ大先輩本気モードです! これまでの敵に対して手を抜いていたわけではありませんが、ここからはまた動きが違います!


 先ほどまでのアトリ大先輩が荒波なら、ここから先は疾風! 疾風を捕まえることはできず、自由なる刀技の型を見切れるものなどいない! ここから先は瞬き禁止ですよ!」


 里亜が風とたとえたように、アトリの動きは先ほどまでと質が変わっていた。身を低くして疾駆し、地面を蹴ってサメと銃器を切り裂いていく。上に下に縦に横に。三次元的な剣戟を繰り広げる。まさにとらえることのできない風のようだ。


「緊急速報や! 『スピノ』チャンネルでウチ等を襲おうとした輩を退治してる配信やっとるで! 興味ある方は見たってや!


 名前は……なんやこのけったいなの。よいやみ……だーく? ええい、やめ。一目で読めへんネームとか覚えてもらえへんで」


 配信に割り込むようにタコやんが宣伝する。宣伝先の配信ではちょうどスピノが『宵闇運命執行者ダークエクゼキュータ』を撃退したところだ。【制限呪力】を使い、誰からここの情報を聞いたかを尋ねている。


『スピノちゃあああああああああん!』

『昨日の敵は今日の友……なのか?』

『って言うかその住所割れてるのヤバくない!』

『まあでもあの魔法少女が守ってるなら……大丈夫か?』

『少なくとも有象無象は手出しできんわな』

『タコやんも知ってるってことは、カメラ類で襲撃者捕らえてるだろうし』


「何処でウチ等の居場所知ったかはわからへんけど、無駄な努力や! 襲った奴から芋づる式に引っ張ってやるで! 覚悟しとき!」


 犯人を指さすようにして叫ぶタコやん。今から不埒な輩を捕らえてやる。そう宣言していた。


 ……………………


「無駄な努力、か。それはこちらのセリフだよ。


 彼らからは私の所につながる情報は出ない。情報を与えたメッセージから発信者に辿れないように複数のトラップも用意している」


 アクセルコーポ日本支部内でその言葉を聞いたTNGKは小さく笑みを浮かべた。とはいえ、面白い状況ではない。


「しかし……彼らのアパートをスピノ君が守っていようとはな」


「おそらく彼女なりの情報網で『宵闇運命執行者ダークエクゼキュータ』の行動か、アトリ大先輩の住所を手に入れたんでしょうね。


 事前に待機していたという事は、情報が漏れていたとしか思えません」


「例えば、君から漏れたのかな?」


 里亜に鋭い目線を向けるTNGK。里亜は硬い表情のままに答えた。


「妹の件がある限り、大先輩を裏切ることはできませんよ」


 その態度に嘘は言っていないと判断するTNGK。息を吐いて、里亜への追及を終えた。


「そうだな。私を裏切るという事は妹を見殺しにするという事だ。それはないか。


 となると、別件から漏れたというのが妥当か。どちらにせよ、スピノ君の情報網を甘く見ていたな」


 反省点だな、と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるTNGK。


「ダンジョンに熱狂し、そこで活躍するものを讃える。


 ダンジョンという本来この世界にはない存在の毒が流れ続ける世界。それを止めねばならぬというのに」


 TNGKは増え続ける同接数を見ながら拳を握る。ダンジョン下層という未知のエリア。次世代カメラと言ってもいい映像でそれを配信し、トークでの盛り上げもある。


 何よりもアトリの刀技は規格外だ。スキルに依らない人間の努力の結果。それでもここまで戦えるという証左。スキルシステムが高額であることも関係し、スキルを持たない探索者達の希望となっていた。


「同時接続数50万人突破……。まだ増え続けるか」


 50万人以上の人間がダンジョンという狂った存在を見ている。配信後の切り取りやアーカイブなどを考えればさらに見る人は増えるだろう。そしてそれが受け入れられ、この世界に広がっていくのだ。


 ダンジョン否定派のTNGKからすれば、これほど面白くない事はない。


「ダンジョンは毒。ダンジョンはあってはならない存在。ダンジョンは異なる存在の侵略。かつて人類はダンジョンによる侵略を、ギリギリのところで押さえ込んだ」


 それはかつて地球で行われた歴史の一部。


 口にしたのはTNGKではなく里亜だった。


「アクセルコーポ創始者を始めとした人たち……かつてダンジョンと呼ばれる存在の侵略からこの世界を守った人達の言葉」


 里亜はTNGKを見ながら言葉をつづける。


「魔術師。TNGK大先輩はその子孫なんですね」


 里亜は80年の歴史に消えた存在を口にしていた。

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