拾玖:サムライガールは戦闘以外では無能

 時間はデュラハン戦後、アパートメントに避難した時間まで巻き戻る。


「せやで。言うてもやることはいつも通りのダンジョン配信や。


 狙うは下層突破。しかも最強最高の機械環境でがっつり解説込みでや!」


「…………むぅ、それは難題だのぅ」


 アトリが眉をひそめて難儀な顔をしたが、隣にいた里亜は首をかしげていた。


「ええと……どういうことです? 里亜の状況とアトリ大先輩の配信が何か関係しているんですか?」


 先ほどまで二重スパイの話をしていたのに、いきなりアトリに無茶ぶりをしたのだ。話の流れがわからないと首をひねるのも当然と言えよう。


「ああ、すまんな。面倒やし問題をいっぺんに解決しようとして、説明忘れてたわ」


 タコやんは笑ってそう返す。或いは里亜の反応も織り込み済みだったのかもしれない。立て板に水とばかりに説明が続く。


「要はこの流れ……アトリに恥かかせて、多くの人間に叩かせて、イジメぬいて配信やめさせよって空気やな。


 この流れをひっくり返したら、アンタん所のボスもええ感じでダメージ食らうやろ?」


「まあ……いい気分はしないでしょうね」


 TNGKはダンジョンを毛嫌いしている。その流れでアトリの人気を削ぎ、社会的に貶めようとしている。その結果が今のアンチアトリの勢いであり、その勢いをひっくり返されれば、確かにいい気分はしない。


「それとダンジョン攻略と何の関係があるんですか?」


「あるある。今叩いてる奴らのほとんどは単純に叩く相手が欲しいだけや。事実とかどうでもええ。有名人は叩かれるのが仕事とか本気で思っとる人間のクズやからな。


 そう言う奴らに一番効果があるんは『無視』や」


 タコやんは指を動かし、何かを叩くようなジェスチャーをする。SNSで気に入らない人を表示しないように『ブロック』するポーズなのだろう。


「え? 論破したりやり込めたりしないんですか?


 示談金で儲けるとか、タコやん先輩ならやりそうだと思ったんですけど」


「示談金ええけども、うち等がやるには効率悪いしな。わざわざ一人一人に声かけるとか時間の無駄や。


 ああいう輩は無視して動くんが一番や。精神的に子供ガキやねんからまともに相手するのもアホらしいわ」


 そいつらはそれでおしまい、とばかりに手を払ってゴミを横に流すジェスチャーをするタコやん。


 SNSなどに限らず、迷惑行為をする人間への対策で効果があるのは『無視』だ。他人を叩く人間は『叩いた相手の反応』が最大の娯楽になる。太鼓を叩いても音がしなければ飽きてしまう。或いは無視されたとストレスをためることになる。


「そんな奴らに構うよりも、ダンジョン配信はダンジョン配信をする。


 アトリの剣技をウチの技術とアンタのトークで盛り上げて解説し、より正確により鮮明に宣伝するんや。ホンマの凄さを見せつけて、ぐうの音も言わさんようにすればええって作戦や!」


 アトリと自分と里亜を交互に指さし、タコやんは言う。


 大事なのはやるべきことを貫き通すこと。そしてそれを広く伝えること。凄いという事を伝えるために努力を怠らず、一歩一歩刻むこと。


「そんなことでこの流れをどうにかなるんです? 何ていうか普通過ぎません? 一発逆転とかコウメイの罠とかそう言うのはないんですか?」


「正攻法ってのは正しい攻撃方法って事やで。当たり前、ってのはいつの時代でも最強なんや。


 奇策妙計ってのは正攻法でどうにもできへん奴らがやる事やで。うち等はホンマモンの実力を持ってるんやから、そんなもんいらんのや」


 里亜の疑問にタコやんはそう返した。


 普通。王道。当たり前。それは何でもないように思えるが、誰もがそれに沿う事で平穏に過ごすことができるという事である。


 火を消すのに水や消火剤を使うことは当たり前だ。踊っても歌っても火は消えない。


 喉が渇けば水を飲むのが当たり前だ。眠ってものどの渇きは潤わない


 温度に合わせて服を着替えるのは当たり前だ。祈っても願っても温度は急に変わらない。


 問題に対して当たり前の対処をする。それが普通のことで、それが正攻法。医者は医術をもって患者を癒し、建築士は構造力学に基づいて建物を建てる。ならばダンジョン配信者の正攻法は、良い機材と高い戦闘力によるダンジョン配信だ。


「よくわからないのだが……要はいつも通りでいいのだな?」


「せやで。ま、そのいつも通りってのきちんとできるかが問題や。当たり前のことを当たり前にするってのは、難易度高いんやで。


 ましてや今回はさらに一歩踏み込むわけやからな。下層探索から下層突破。失敗したら引退っていう崖っぷち。気合い入れへんとあかんで」


 よくわかっていないアトリの胸を拳で叩いて、タコやんは発破をかける。当たり前にプラスワン。一歩先の目標を視野に入れ、しかもリスクを高める。


「失敗したら引退宣言はやりすぎじゃありませんか? そこまでしなくても下層突破だけでも話題性と注目度は高まりますよ」


 里亜が異を唱える。キモがダンジョン配信によるアトリの価値引き上げにあるのなら、引退宣言はやりすぎだ。アトリの実力を疑いはしないが、ダンジョン下層は先が見えない。アトリでも下層突破は無理かもしれないという想いがある。


「こういう勝負はリスク負うなら最大限ってのが基本やで。一気に注目させてドカンと稼ぐ。ちまちまやってたら機を逸するんや」


「そのリスクが大きすぎるという話ですよ。もし失敗したら――」


「そうならへんようにサポートするのがウチやで。マップ作って転送門までの予測を立てる。ダンジョン下層進みながらマップも作っての万全サポートや」


 ――実際、タコやんは物理法則すらあやふやな下層区域の三次元マップを完成させたのだ。下層全体からすれば1%にも満たない区域だが、このマップが後の配信者達の下層攻略及び下層物資調達の要となるのであった。


「分かりました。ダンジョン下層突破と引退をかける分には納得します。


 ですが意図してアトリ大先輩を貶めようとしている人はどうするんです? そういう人たちは無視しても攻撃してきますよ」


 里亜が危惧するのは、TNGKを始めとしたアトリを攻撃する人達だ。


 TNGKのようにダンジョン否定派は一握りだろうが、TNGKから報酬を貰ったりうまい汁を吸おうとしてアトリを攻撃する人間がいる。彼らは無視してダンジョン配信をしてもアンチアトリの流れを続けるだろう。


「そいつらはオトリ使って引っ張り出せばええわ。


 例えばアトリが配信しているいる場所とか配信の情報とかがわかれば、そこになんかしてくるやろ。そいつらを叩いて一網打尽や」


「はあ!? 場所情報を教えるんですか!?」


 タコやんの言葉に里亜は信じられないという顔をする。


 今の状況でアトリや自分達がいる情報が知られれば、心無い輩が突撃してくるだろう。TNGK本人は性格上でてくることはないが、その息がかかった者が誰かを扇動するのは目に見えている。


「無駄です! やってくるの人達をどうにかしても、TNGK大先輩には届きませんよ!


 そんな素人調査が……いいえ、警察調査すらコネを回して届かないように念を入れている人なんですから!」


 そして扇動された人間はTNGKの事を知らない。そこにつながるような証拠は徹底して排除されている。仮に自白したとして的外れで、企業権力を使ってそれを止めるコネがある。やって来る者達を倒して証言を得ても、何の意味もないのだ。


「せやな。そんなことしても何の意味もない。うち等が必死になっても刃は絶対届かへん。無駄な行為で無駄な抵抗や。


 そいつら自身の証言なんて意味あらへん。TNGKが仕掛けてるんは法の正しさやなく、アトリに対する世論戦プロパガンダや。そこを崩さんと意味あらへん」


 タコやんはそんなの先刻承知とばかりに頷いて、指一本立てて里亜に問う。


「話は変わるけど、詐欺に遭う人間の特徴ってなんかわかるか?」


「……? 人の話を信じやすいとか頭が悪いとかですか?」


 突然の質問に里亜は眉を顰めて答える。


「逆や。自分は疑り深くて頭ええと思ってるやつ」


 そんな里亜に、タコやんは自分の頭を人差し指で二度叩いて答えた。


「要は


 ……………………


 …………


 ……


 時間は現在――アトリがダンジョン下層にチャレンジしている時間に戻る。


「ここがモトゥメナィの予言地か」


「かの土蜘蛛が大絶賛した、あの古家か」


「まさかこの地に再び訪れることになろうとは」


 タコやんと里亜がいるアパートメントの近くでイタタ発言と珍妙ポーズをしているのは『宵闇運命執行者ダークエクゼキュータ』と呼ばれる配信者だ。


 セリフやチャンネル名からもわかるとおり、厨二病真っ盛りのキャラ付けである。黒一色の服や包帯を巻いたりや眼帯を顔につけている三人組の男性。主な配信内容はこういったキャラを貫いて他人の配信に割り込む迷惑系である。


 彼らはTNGKの配下からタコやんと里亜がいる場所をリークしてもらい、現場にやってきたのだ。そこに乱入し、コラボをめちゃくちゃにしてやろうと目論んでいる。


「信望者達よ。執行者は英雄のいない現在いまを変えるために予言地に向かう」


「邪神をわが身に降誕し、聖なる呼び声を異次元へ幽閉する」


「これは進化の過程。我らが蛮行を歓迎せよ」


 何を言っているのか全く分からないが、配信タイトルが『【執行】アトリコラボを潰してみた』とあるので、今から何をするかは明白だ。タコやんたちが配信している部屋に入り、コラボを潰すのだ。


宵闇運命執行者ダークエクゼキュータ』は実力のある配信者ではない。むしろダンジョンに潜ったことのない、ただの迷惑系配信者である。他人の邪魔をして、それで数字を稼ぐ。誰もやらない事をする自分が特別だと思っている配信者だ。


「呪われし武具よ。ガイアの為に螺旋を描け」


 言いながら金属バッドを手にする男。目的の部屋に侵入するためだ。叫びながらバッドで派手に扉を叩いて中にいる者の注目を引き、その間に別の者が窓から部屋に入る。その後で機材なりカメラを壊すかすればそれでおしまいだ。


 不法侵入や傷害罪などで捕まるだろうが、数字は取れる。アカウントは消されてもSNSで噂にはなれる。動画データをSNSで何度も流せば、伝説に残れる。まだ若いから刑も軽いに違いないと刑法を軽く見ている節もある。


 目立てる。それだけが彼らの目的だ。後先考えない愚者。だからこそTNGKに選ばれた者達。当人たちはそんな意図すら気付かない。ただ目の前の『チャンス』を逃すまいとアパートメントに近づき、


「そこまでです『宵闇運命執行者ダークエクゼキュータ』! あなたの思い通りにはさせません!」


 よく響く少女の声を聴いた。


「え? ……ちょ、えええええ!?」


「ウソだろ!? なんでお前がここに!」


「隠れてたっていうか、待ち伏せされてたの!? ナンデ!?」


 アパートの影に隠れていた少女の登場に、男達は素に戻って驚いた。厨二キャラを演じてる余裕などない。


 何故なら目の前にいるのは――


「私はダンジョンに咲く一輪の華! 頑張る者達を守るのが魔法少女の務め!


 己が快楽の為に罪を犯そうとする者よ。棘の処刑人、魔法少女スピノがお相手します!」


 アクセルコーポでも上位の戦闘力と人気を誇る『世直し系』配信者、スピノが悪を討つために待ち構えていたのだ。


  

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