拾捌:サムライガールは白人形と戦う

「しっ――!」


 アトリの刀が振るわれ、壁から生えた白い人形を切り裂く。切り裂かれた人形は地面に落ち、吸収されるように地面に消えていった。


『やったか!?』

『負けフラグやめろ』

『まあやってないんだけどな』

『うへぇ。また生えた』


 コメントの言うように、吸収されて消えたかと思ったら、また壁の一部が蠢き、人型となって現れる。無表情どころか目も鼻も口もない丸い頭。倒しても倒しても壁から天井から床から現れる。


 アトリが白い洞窟を歩いていると、前触れもなく壁から白人形が生えてきたのだ。その数は30体を下らない。単体の強さはアトリからすれば一閃できる程度だが、倒してもすぐに壁から生まれてくるためとにかく数が尽きない。


「なんと言う事でしょうか!? 壁から無限に生まれる白人形! ホラーゲームの如く終わらない悪夢! 白は純粋無垢の象徴ですが、逆に何もない『無』を彷彿させます!


 表情もなく、感情もなく、魂もない人形! 魔物のような殺意もなく襲い掛かってくる様子はまさに恐怖! アトリ大先輩は心蝕まれずに戦えるでしょうか!?」


 里亜の説明通り、人形は叫び声もなくアトリに襲い掛かってくる。襲われた数も一体や二体ではなく、数十体。戦いに慣れた者でも、ここまで異質な存在に襲われれば精神に影響を及ぼす。そうやって摩耗させるのも目的なのだろう。


 まあ――


「良いぞ! 気配なく殺意なく攻撃されるのは初めてだ! 周りを囲まれどこから来るかわからぬ状態での戦い! 全神経を張り詰めなければ押されるこの状況!


 やはり下層の魔物は侮れぬ! さあ、存分に斬ってくれようぞ!」


 当のアトリはむしろこの状況を嬉々として受け入れている。笑みを浮かべて迫りくる白人形を斬り続けていた。


『心蝕まれるどころか喜んでるんですが』

『い つ も の』

『流石アトリ様』

『まあでもこれは怖い。解説の方が正しい』

『夜中にコイツと出会ったら、ビビッて泣くわ』

『戦闘狂のアトリ様を恐怖で狂わせようとか無意味と言う事か』

『毒を以て毒を制す……のか?』


「流石アトリ大先輩! 如何なる戦場でも心は不動! ただひたすらに剣を振るい戦いに没頭する様はまさに修羅! 仏教の修羅は釈迦を守護する善なる神!


 三面六臂の如く、背後からの攻撃に即座に対応して切りかかる無敵のサムライ! 隙などなく、白人形を斬りながら突き進む!」


 里亜の解説は止まらない。腕をぐるぐる回し、同じように舌を動かし喋り続ける。無言で斬り進むアトリではありえない『波』がそこにあった。


『いいぞ、行け!』

『ガンガン進め!』

『でも阿修羅ってインドじゃ悪い神じゃなかったっけ?』


「コメントに返信しますね! アシュラはインドでは確かにインドラに逆らった悪神です! ですが元々はインドラの同じ善神でしたが、インドラがアシュラの娘を全年齢では言えない事をして奪い取り、それに怒って戦争を仕掛けたとされています」


 そしてアトリの配信ではできない即座なコメント返し。アトリの場合元々のトーク能力不足もあるが、戦闘中でバーサーカーモードになっていることもあるのでコメント返しはまずできない。


『インドラ最低だな!』

『そりゃ怒るわ』

『神様ってのはどうしてこう……』


「アシュラ側に正義がありましたが、戦いを続けるうちにアシュラは許す心を失い悪に染まっていきました。正しい事でもそれに固執するあまり、妄執の悪となる。そう言う理由で仏教では『修羅道』という世界ができたとか。


 何事もほどほどが一番ですね。あ、でもアトリ大先輩はそのまま戦闘特化で突っ走ってください!」


『1秒で掌返したぞ、この後輩』

『てのひらぐるんぐるん』

『ほへー、と思わせておいて笑わせるのヤメロww』

『最初コイツ邪魔だと思ったけどおもろいやんw』


 こういった里亜の解説と説明に沸くコメントもあれば、


『本人視点、結構スムーズだな』

『いつものグラグラがない。目を回しそうなぐらいに動いているのに』

『浮遊カメラの動きも正確過ぎる。追っかけ精度が増してるのか?』

『画質もどんだけってレベルだぞ!』


「せやで! アトリの頭につけている笠にええカメラ仕込んだんや。揺れ補正用のビデオスタビライザーソフトはエクシオンの『ハートオブチキン』に頼んだもんで、レンズはインフィニティックの『狐虎馬コントラバッス』の一品や!


 浮遊カメラも位置予測AIを弄りまくってアトリ仕様にしたんや! コイツの配信をおもくそ教育させて、更に速度と感度上昇の為にサイクロプスアイを使用! バッテリーも中層で取れるレアメタル使った最新鋭や! 今の動きでも56時間はいけるで!」


 待ってました、とばかりに語るタコやん。冒頭ではスペック語りはしないと言っていたが、それはあくまであの場ではと言う話だ。カメラの良さに気づいた人がいるなら、それに答えるのが技術者であり配信者だ。


『エクシオンとインフィニティックのいいとこ取りじゃねえか!』

『ハートオブチキンが作るソフトってバカ高いですけど……それの特注品!?』

狐虎馬コントラバッスって、ダンジョン内ケモナーを追って配信しているあの!?』

『ケモナーを撮るために全財産使って企業にカメラ開発セクション創った、あの変態画質カメラのレンズかよ……!』

『サイクロプスアイ!? そんなレアアイテムをカメラに使ったのか!』

『プラテの首領ドンが持ってる未来予測の杖に突いてる奴だよな、それ!』

『この動きで50時間以上とか、本当に手作りなのか!?』

『カメラだけですんごい値段だぞ……。しかも自作?』


 技術屋の意見がコメントに飛ぶ。素人には『ふーん、なんかすごいんだ』程度の画質だが、見る人が見れば正しい評価をされる。そしてその評価を見て、知らない人もおぼろげながらにタコやんの凄さを理解していく。


「まあこれでもアトリを追いきれんけどな! 遠隔操作で色々補正してるから、意見とかアドバイスがあったらコメントで頼むで!」


 そしてタコやんは現在進行形で浮遊カメラやアトリの笠に仕込んだ器具を遠隔メンテナンスしている。タコ足ガジェットで複数のタブレットを操作しながら、タコやん本人もコーヒー片手にタブレットを叩いている。【思考分割】のスキルがなければ、多忙で困惑しているだろう。


『こんなん口出しできるか!』

『むしろその技術くださいレベルだぞ!』

『なあ、これって本当に企業絡んでないよな? 次世代カメラの発表としかおもえないんだが』

『誰だよカメラはアクセルコーポ一択とか言ってたのは! あっさり抜かれてるぞ!』

『いやこれはしゃーない。こんなカメラ大量生産に向かんわ』

『だなぁ。開発費が高額過ぎて市場に出せんわ』

『AIも個人仕様だし、まさにオーダーメイド品』


 帰ってくるコメントがさらにタコやんの技術力の高さを証明していた。


(やばい。なんだこれ?)

(すぐボロが出ると思ってたけど、わけわからんことになってる)

(全然口出しできねぇ……)


 アンチアトリの同接者はあまりの配信に呆然としていた。アトリの動きも、解説コメントも、カメラの質も、隙のないモノばかりだ。自分の知識ではなんといっていいかわからず、ただ配信を見ていた。


(え? こんなにすごいの?)

(アトリの配信始めてみたけど……え? こんな動き出来るの?)

(これ、もしかして下手にからかうと斬られたりするとか……?)


 アンチアトリの中にはアトリの配信を始めてみる者もいた。配信を見ずに叩いていたのだ。珍しい話ではない。叩ける相手を叩こう。皆が叩くから叩こう。アトリに限らず、アンチにはそう思ってろくに調査をしない人もいるのだ。


「ほほう。どうやら相手の戦い方に合わせて形状を変えることができるようだな。


 刃の長さと形まで同じとは大したものだ」


 そしてアトリと白人形達の戦いは加速していく。これまで素手だった白人形は体の一部を変化させてアトリと同じように刃物を手にした形になった。一合切り合い、その強度と長さを確認してアトリは賞賛の言葉を送る。


「これは!? なんと白人形はアトリ大先輩のモノマネをし始めました! もしかしてこれはドッペルゲンガーの亜種なのでしょうか! 戦う相手の姿を模し、その戦闘方法まで真似るとは!


 構えもアトリ大先輩を真似たような感じです! もしかしてアトリ大先輩、ピンチなのでは!」


 自分と同じ能力と武器を持つ存在が複数いる。それは脅威としか言いようがない。数は最も基本的な力である。その数が質をそろえられたら勝ち目はない。


「いやいや。似た構えというだけで隙は多いし心配無用だ。


 武器の方も急造で荒いと言わざるを得まい。この『鳥渡とりわたり』と比べるまでもないよ」


 だがアトリは問題ないと言い捨てる。実際、アトリの目から見れば見た目だけの猿真似だ。武器の方も形状だけを真似ているだけで、幾たび打たれて作られた日本刀とは根本が異なる。


『さらりと言ってのけるな、このサムライ』

『流石アトリ様。さすあと』

『略語ww』

『でもこれ、スキル持ちがコピーされたらシャレにならんな』

『確かに』

『つーか、アトリ様の刀ってそんな銘なんだ』

『べらんめい! ひよっこがいっちょ前に刀を語るんじゃねぇ!』


 様々なコメントが飛び交う中、アトリは白人形の群れに刀を振るう。トン、と地面を蹴って距離を詰め、日本刀の間合いに入るや否や横なぎに一閃する。


「斬っても蘇るというのなら、蘇るより早く斬り進めばいいだけの事。


 某が早いかこ奴らが早いか。さあ、速度比べと参ろうか!」


 舞うように、という描写は使い古されているがそうとしか言えない刀舞。縦に横に斜めに奮われる白刃。隙を生まぬように回転しながら白人形の中を進む足運び。日々鍛えられた鍛錬のままに体は動き、無駄を排除した動きが敵を切り裂いていく。


「おお、おお、おおおおおおお! 言葉がありません! 里亜、恥ずかしながら見入ってしまいました!


 なんだこれ。いや本当になんなんですかこれ!? 白き空間の中で舞う青いサムライ! まさに一枚絵に残したい優雅さと、慈悲なく切り裂く刃の鋭さ! 戦いで魅せるとはまさにこのこと! まさに圧倒的な強さと美しさです!」


『解説が喋るの忘れるんじゃねぇ……と言いたいが、これは確かに』

『いつもはカメラが追い付かないからきちんと見れないけど、これは確かにすごい』

『本人視点もわかりやすい!』

『こんな動きしてたんだな、アトリ様』

『リアル殺陣。カメラワークも含めて、すんげぇ』

『今でもアトリ様の配信をフェイクと言う奴いるかぁ! いねぇよなぁ!』


 里亜の解説もコメントもこの動きに沸く。


 アンチアトリの同接者は何も言うことができず、ただ見ているだけしかできなかった。

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