拾漆:サムライガールは引退をかける
アトリがスピノの『配信停止呪い』を受けてから一週間が経過し――
「皆の者、一週間ぶりだな。それではダンジョン下層に挑むとしよう」
呪いが解けたアトリはダンジョン下層攻略を開始した。羽織袴に腰に刀。頭に載せているのはウサミミではなく菅笠――を模したダンジョン内アンテナだ。
『おかえりなさい!』
『待ってました!』
『我らがサムライガール!』
『イエアー!』
アトリの復活を待っていたアトリチャンネル常連は歓びのコメントを上げる。そして、
『あれ? なんか画像良くなってね?』
『音質もよくなってる?』
『っていうか、コラボって話だけど?』
配信されている画像の鮮明度や音の通りが明らかに良くなっている。そして三チャンネルのコラボ配信と聞いてやってきた同接者は、アトリ一人しかいないことに気づいて首をかしげた。
「はいはいはいはい、ウチらもおるで! どこにでも足出すタコやんや!
カメラ周りの調整はうちの仕事や! 今回は足ではなく手と口出すで!」
「こんに
今日の里亜は弁舌の女神カリオペ! マイナーな神様ですがいろんな神様の仲裁を行ったいい女神なんです!」
配信画像の右端にウィンドウが開き、そこにタコやんと里亜の姿が映る。どこかの部屋――アトリの叔母が用意したアパートメントの一室で二人一緒に居る。撮影機材などを持ち込み、そこからコラボ配信しているのだ。
「今回のコラボは復活したアトリ大先輩のダンジョン下層攻略配信です!
ダンジョン下層。それは未知の領域。このチャンネルをご覧になっている方々もアトリ大先輩の活躍を見て知ってはいるでしょう!」
画面端の小窓から喋る里亜。白を基調としたギリシアっぽい格好で、女神カリオペのコスプレなのだろう。
「しかししかし、もっと詳しく、もっと鮮明に知りたいという人も多いと思います!
そこで今回は『D-TAKOチャンネル』の金にうるさいドケチ配信者、タコやん先輩の協力により浮遊カメラを下層探索に適するようにチューンアップ! 音声回りも強化し、より下層の様子とアトリ大先輩の強さを配信していきます!」
「誰が金にうるさい物欲ゼニゲバ守銭奴背筋主義者やて!? そこまで言ってへん? 知らんがな!」
里亜の言葉にツッコミを返すタコやん。その後でセルフツッコミをして、浮遊カメラを画面に映す。
「頑丈さと画質の良さを強化した一品や! スペックを語るのは趣味やないから言わへんけど、大抵のアクシデントでも問題なく行ける一品やで! ま、論より証拠。この配信でどんだけ凄いか見たってや!
詳しいスペック知りたい人やカメラ欲しい言う人は、説明欄にある連絡先からよろしく!」
ちゃっかり宣伝を忘れないタコやんであった。
「そしてアトリ大先輩の下層探索の実況解説はこの里亜が行います! 豊富な知識と華麗なトークをご覧あれ!
死にまくって悲鳴を上げるだけが里亜じゃないってことを教えてあげましょう!」
『ん? どういうこと? タコやんと里亜ちゃんは下層にいないってこと?』
『そういう事だな。下層探索をするのはアトリ様だけ』
『普通は下層にほいほい行ったりしないわw』
『成程、技術提供か。確かにありだな』
『確かにこの前の配信よりも見やすいし、喋りもあったほうがわかりやすいわな』
なにも一緒に行動するのがコラボ企画ではない。アトリのダンジョン配信に技術提供したり、軽快なトークでサポートしたり。それぞれがそれぞれの持ち味を出して一つの目的に向かっていくのも、コラボなのだ。
「アトリ大先輩の目的は下層の転送門を倒すボスを倒して深層への道を繋げること! 今回のコラボ配信でこれができなければアトリ大先輩は配信者を引退します!」
『はあああ!?』
『なんだそれは!』
『待て待て待て待て待て!』
里亜の宣言に荒れるコメント。同時にSNSでも大激震が走った。
『アトリ 引退』
『復帰配信で引退宣言』
『サムライの最後』
トレンドが一気にアトリ関連で埋まる。引退を匂わせる単語ばかりだが、内容はあくまで配信結果により引退するというだけだ。
だがアンチアトリはこの流れに勢いづく。大事なのは真実ではない。自分に重要な情報だけだ。叩いていい相手が終わりを迎える。俺の『正義』が勝利を迎える瞬間が来たんだ。間違った奴が負けたのだから、俺は正しいんだ!
「逆に言えば、それを成し遂げられる自信があるいう事やな。
花鶏チャンネルの配信から付近のマップは構築済みや! 様々なデータから転送門らしい場所のおおよその位置も補足してる! 当てもなくさまようわけやないで!」
タコやんの言葉と同時に、配信画面に3Dマップが表示される。その中に光っているのがアトリのいる場所なのだろう。そこから離れた場所に、別の光点が明滅している。そこが目的地――深層への転送門(予測)だ。
「とはいえ、下層の敵はシャレにならへん。そいつを突破できるかどうかが問題やし、下層ボスはそいつらをも凌駕するんや」
「でもアトリ大先輩ならいけます! ですよね!」
「うむ。ここまでお膳立てしてもらっているのだ。某も負けてはいられないよ」
発破をかけるタコやんと里亜に、頷き答えるアトリ。
『アトリ様ならやれる!』
『俺達のアトリ様は無敵だ!』
『やっちまえ、サムライガール!』
『深層まで突っ走れ!』
コメントの9割近くはアトリへの応援で満ち溢れた。これまで下層配信を行っていたアトリへの信頼。そして数多くのサポート。それがここに現れていた。だが――
『いやいや、いくらなんでも下層突破は無理』
『三大企業でも不可能なんだから』
『引退前の数字稼ぎお疲れ様』
やはりというか、当然のように否定的な意見も飛ぶ。露骨な罵詈雑言こそないが、コメントを通してアトリを叩こうとする意志を感じる。
「応援ありがとう。その応援に全力で応えよう」
コメントに対してアトリは手を上げて答える。
「否定的な意見もあろう。その気持ちもわからんではない。実際、下層を突破して深層に至るなど容易ではない。
某一人ではまず不可能だろう。そういう意味では下層突破が無理と言うのも正しい」
アトリの言葉に、場の空気が凍る。コメントも一瞬何を言うべきか迷っていた。アトリを叩きたい者達も想像外の言葉に驚き、そして弱音を吐いた生贄をさらにいたぶろうとして――
「だが、某は一人ではない。
技術的にサポートしてくれるタコやん。言葉で皆を導こうとする里亜殿。そして今こうして某の配信を見てくれる同接者達。
これだけの応援があるのだ。不可能ぐらいは可能になるだろうよ」
続いたアトリの言葉が爆発の火種となった。
『おおおおおおおおおお!』
『応援するぞおおおおお!』
『がんばれ!』
『下層突破するに決まってる!』
『アトリの剣技は無敵だ!』
否定的なコメントを入れても、肯定的なコメントに流される。攻めるタイミングを逸した事もあり、彼らは一旦矛を収める。
(ふん、どうせすぐにボロが出る!)
(隙を見せればそこで叩けばいいんだ!)
(ムカツクムカツクムカツク! なんで思い通りにならないんだ!)
配信画面を前に彼らは苛立ちを募らせる。自分達が少数派であることをいやおうなしに意識させられ、委縮してしまう。
「わああああああああああああああ! アトリ大先輩! 応援します! 応援しますからぁ! わあああああああああああ!」
感極まった里亜が涙を流しながら床を転がる。ハンカチで涙を拭きながら、更に大声で叫ぶ。
「実況がそないでどないすんねん!
アイツもいきなり何言うんや、反則やろが! 台本にないセリフでそんなこと言うとか、ああもうあの天然バーサーカーが!」
感情が沸騰した里亜をなだめながら、台本にないことを言ったアトリを攻めるタコやん。だが頭を掻きながら口元をニヤニヤさせているあたり、タコやんもまんざらではないようだ。
「お、おう。すまぬ。意気込みと言うか素直な気持ちを行ってみただけだ。
こういうことは結果を出してから言うべきだったか。今後の課題としよう」
『そんなことありません!』
『むしろ意気込みでした!』
『それはそれとして里亜ちゃんのバグり具合が天元突破!』
『いつもの死亡時絶叫よりも声ひでぇwwww』
『里亜様がお幸せで満足です!』
『つまり冷静枠がタコやんと言う異常事態』
『タコやんは冷静だぞ。お金以外のことなら』
『弱点:大抵の事はお金に関わる』
失敗すれば引退宣言。しかもそのエリアも人類で数名しか成し遂げなかった深層への道。深層から戻ってきた者がいないことを考えれば、成功しても死が待っているかもしれない挑戦。
だというのに――
「では参ろうか。この刀ですべてを切り開いてくれよう」
「D-TAKO! ガジェット! チェェェェンジ! 浮遊カメラ遠隔操作モードや! 不具合や環境変化があったらこっから操作するで!」
「さあ、始まりましたダンジョン下層探索! 現在同接者は8万3千人! ここから如何なる伸びを見せるのか!? 正直里亜には全く予想もつきません!
ダンジョン内は白い洞窟のような景観をしていますが、僅かに脈打ちただの岩ではないことは配信からも明らか! ちょ、このカメラ本当に高感度過ぎません!? なんでカメラ越しに岩が小さく動いてるのがわかるんですか!?」
『いけぇ、アトリ様!』
『遠隔操作で浮遊カメラのメンテナンス作業するの!? 無理じゃね!?』
『タコやん、結構器用だからそれぐらいはできてもおかしくない』
『もうタコやんがロボに乗っても驚かんぞ』
『いやマジでこのカメラおかしい。この画質、変態(誉め言葉)か!?』
『里亜もそりゃ驚くわ。宣伝とか抜きで褒めてるし』
『最新鋭のインフィニティックカメラとか、普通に凌駕してるからなぁ』
引退をかけた下層探索配信。目的は、下層ボス撃破と深層への転送門情報確保。人類で数名しか突破していないエリアを進むアトリ。その姿を見ようと、多くの人達がアクセスしてくる。
TNGKもその一人だ。大魔術で寿命を大きく削った反動で一気に老け込み、椅子に座って配信を見ていた。肉体的に大きく老け込んだとはいえ、その瞳は鋭い。
「君の教えてくれた情報通りだね、里亜君」
TNGKは背後にいる里亜に向けて、顔を向けずに感謝の言葉を告げる。
「感謝するよ。詳細な情報を事前に教えてくれたおかげで、対策も取れそうだ。さすがに下層に人を送ることはできないが、否定的なコメントを打つサクラは十分用意できた」
「いいえ、妹の為ですから」
TNGKの言葉に事務的に言葉を返す里亜。公式発表より先に里亜はTNGKに引退をかけた配信のことを告げていたのだ。そのおかげでTNGKは人員を確保できた。現在のアンチアトリの勢いを利用すれば、大きな波を作り出せるだろう。
「それで今放送しているアパートメントの場所はこの場所で間違いないな?」
そして里亜はアトリ達が避難したアパートメントの場所もリークしていた。現在アトリが逃げ込んだ場所であり、今現在里亜とタコやんがいる場所だ。
里亜は端末のGPS機能を使い、正確な場所を転送する。
「間違いありません。今現在、私がそこにいます。GPS情報がその証拠です」
「ではその情報を利用するとしようか。暴走した配信者がそこに行って何をするかまではわからんが、そうなればこの配信は止まるだろうよ」
言って唇を歪めるTNGK。
「そこで暴走されれば私も巻き込まれるんですけど」
「何かあればトークンを消せばいいだけだ。もう彼女達の信頼を得る必要はない」
「わかりました」
里亜はTNGKの言葉に頷く。トークンを消せば、アパートで起きる事件には巻き込まれない。【トークン作成】は潜入工作員としてうってつけの能力だ。
『あそこが配信場所か』
『逃げたつもりだけど、俺の追跡能力を侮ったのが敗因だな』
『乱入して終わらせてやるぜ』
彼を通して扇動されたアンチアトリの迷惑系配信者が、タコやんと里亜のいるアパートメントに迫っていた。
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