▼▽▼ タコやんは『ま、しゃーないわ』と言う ▼▽▼

 タコやん――本名は多胡たご茉莉まつり


 茉莉は生まれた時に咲いていた茉莉花ジャスミンからだ。白く咲く夏の花。花の王と言われる華やかな香り。そんな女性になってほしいという想いを込められて名付けられた。


 彼女はその気持ちを好意的に受け取ったが、二つほど不満があった。


 一つは名前が複雑で画数が多い事。小学生の時は書くのに難儀し、テストの時間を他人よりも消費してしまったこと。


 そしてもう一つは――


「やーい、たこっぱちー」


「8月生まれのたこでたこっぱちー」


「たこはちたこはちー」


 8月の花と、多胡という苗字。そこからくる子供特有の心ない言葉。同名の粉もの店が近くにあったこともあり、彼女をそう呼ぶ男子は多かった。いじめとも取れるあだ名に先生は怒るよりも先に、


「おう、ウチはたこはちや! お前ら焼いて食うたるぞ!」


 彼女はそういってからかってきた男子にやり返したという。


 タコやんは小さなころからそんな性格だった。周りの空気を読んで、先んじて行動する。先生が介入していじめとして処理すれば学校の問題になる。そうなるより先にやり返して子供同士の喧嘩にして、いじめではなくしたのだ。


 何事にも柔軟に。一番無難に解決する。彼女はずっとそうやって生きてきた。たった一つのさえたやり方よりも、あまりさえないけど無難な答えを出してきた。


「ま、しゃーないわ。こうしたほうが一番楽やしな」


 何かあれば、そう言ってのけた。罵られた怒りや痛みを飲み込んで、無難に事を納めるやり方を選択してきた。


 彼女の才能は他人よりも秀でていた。勉学により機械工学の才能を開花させ、ダンジョン内の物質に目を付けた。若くしてエクシオン・ダイナミクスの配信者となり、大学相応の教育を得た。そして得た知識を持ってさらに才能を引き延ばした。


 タコやんは8本の機械アーム『タコ足』を開発し、それを用いて鉱物採掘や木々伐採などを行い様々なダンジョン物資を確保してきた。土壌内の微生物や希少物質、道の金属を持ち帰った。


 一言で採掘や採取と言うが、それは簡単な事ではない。ダンジョン内にある物質の9割は地上にある者と変わらない。或いは未知過ぎて理解できない存在だ。地上に落ちている石と変わらない価値しかない。


 タコやんは調査に調査を重ねる配信者だ。それにより多くの物質をエクシオンに供給してきた。それにより多くの金銭を得てきた。


 ダンジョン内の調査を行うためにガジェットを開発し、それを用いて調査した箇所から採掘を行う。何度も失敗し、調査機械の調整を行った。その度に資金を失い、企業に頭を下げながらようやく形になった。


 採掘配信では何の苦労もなく新たな鉱物を見つけたり、調査配信でも軽快なトークを用いて気楽そうに見えるが、そこに至るまでの努力は並々ならぬものだ。そこに至るまでに万単位の思考錯誤が為されている。


 そうして得た希少物質。あるいはその配信。そこに至る努力。それらは――


『地味だなwwwwww』

『機械で楽しているだけじゃんwww』

『オモロないわwwwwww』


 そう言った心無いコメントで塗り尽くされた。


 繰り返そう。タコやんの才能は他の配信者に比べて突出している。ほぼ独学で企業に参入できるほどの知識を有し、企業に入ってもなお勉学をつづけ、生み出した機械も数多の失敗を重ねた物で、配信も万全を期した結果で。それでも――


『派手なスキルでドーンする方がバエる!』

『戦闘しないとか、面白くないんだよ!』

『採掘? 岩掘ってるだけじゃん。オモンネwwwwww』


 派手な配信。派手な内容。それが求められる時代。地味で動きのない採掘など誰も興味を持たない。


 タコやんはその意見を聞いて、


「ま、しゃーないわ」


 そう言って皮肉気に笑ったという。


 周りの空気を読み、周りに合わせてタコやんの動画も変化していく。採掘や伐採を交えながら、戦闘も織り込んでいく。そうすることで同接者も増え、チャンネル登録者も増えてきた。


 周りがタコやんの才能を認めなかった。


 時代がタコやんの才能を認めなかった。


 時代が時代なら、タコやんの才能は国が欲するレベルだ。地中にある希少物質をサーチできる機械など、ダンジョンがない時代ならどの国も求めるレベルだ。希少物質だけではない。地中にある物質の概要がわかれば、地雷除去や建物の老朽化などもわかる。多くの事故を未然に防げるのだ。


 しかし、そうはならなかった。


 ダンジョンがこの世界に現れたことで、タコやんの才能は地味で面白くないモノに成り下がったのだ。


 そしてアトリのように、戦闘に特化した者が認められる時代になった。アトリはスキルシステムを使用しないが、派手なスキルに依る武器攻撃や魔法攻撃。そう言った者達の快進撃。


 時代が求めるのは、そう言った才能。タコやんのような才能は見向きもされない。せいぜいが――


『なんでもできるけど、その程度』

『器用だけどそれ以上じゃない』

『そつなくこなすけど、一流にはなれない』


『器用貧乏』


 時代に求められない才能を持ち、時代が求める才能を持たない。ただそれだけだ。


 それだけでタコやんは下に見られる。才能の違いでしかないのに、求められる才能を持つものより劣っていると評価される。


『器用貧乏』


 タコやんにその単語を烙印した人間の心理など、聡い彼女は理解している。その評価を覆せないことなど、とうに理解している。


 それでも彼女はこういうのだ。


「ま、しゃーないわ」


 名前の事。才能の事。自分の努力でどうしようもない事。そんな事に対面し、その度にタコやんはそういって肩を竦める。


 そして周囲や時代に合わせるのように、自分を曲げるのだ。わがままを言わず、仕方ないと割りきって。


 だから――


『悪いサムライは討たれた!』

『アトリ逮捕!』

『サムライはオワコン。わかってたことだけどな』


 今SNSに広まるアンチアトリの動き。自分ではどうにもできない世界の流れ。


 これも仕方ないと割りきって、流れのままにアトリから距離を取るのが一番だと言うことは理解していた。


 アトリは他人だ。これ以上付き合っても、得はない。被害を受けないように離れ、対岸の火事として炎上を見るのがいい。アトリも恨み言は言わないだろう。


 だと言うのに、タコやんはそうしなかった。


 里亜にスパイを続けるように命じて、自身はアトリ撮影用のカメラを組み立て、アトリの下層探索動画を見て3Dマップを作って全体像を把握しようとしていた。


「複雑すぎやろ、下層! せめて物理法則ぐらい守れ!


 重力が三ヶ所から発生したり、突然光が曲がったり、なんもないところから磁場出てたり! ワケわからんわ!」


「うむ、そこは何やら珍妙な感覚だったな。五感がおかしくなったので、カンで進んでたぞ」


「カンでそんな環境歩けるとか、どないな感覚しとんねん……。しかもこれ、戦闘までしとるで」


 そんな会話を繰り返しながら、タコやんはダンジョン下層を分析し、形にする。そして下層に適したカメラの調整を行っていく。


「そら配信時は理解できずに後で解析って流れになるわ。


 こんなん、市販の浮遊カメラやと無理やで。専門のカメラでないとよう撮れんわ」


「色々すまぬ。正直、その辺りはとんと解らぬので。いろいろ世話になる」


 頭を下げるアトリ。タコやんはそんなアトリを見て、ため息をついた。


が時代が求める才能か」


 スキルを持たず、己の実力だけでダンジョンを無双するモノ。多くのチャンネル登録者を得た時代が求める少女。


 申し訳なさそうに頭を下げ、自分の無能さに恥じている。そんなどこにでもいる人。戦闘時の凛々しさとは正反対の姿。


 等身大の人気者は、自分とそんなに変わらない子だ。。剣術に特化し、それ以外はポンコツもいい所。機械もトークもSNSでの宣伝も今時の配信者以下の時代遅れ。


(里亜やあらへんけど、こんだけ数字稼いでんるんやからウチみたいなのに頭下げんでもええのに。他のモンみたいにウチを見下してもええのに。

 

 ここで本気で頭下げるのが、なんやな。ホンマ、あり得へんわ)


 そんなアトリを見て、タコやんは手を伸ばした。アトリの頭を撫でて、髪の毛をぐしゃぐしゃに乱す。


「のわっ! いきなり頭撫でるのはやめっ、髪が乱れる!?」


「うっさい! ちょうどええ所に頭があるが悪いんや!」


「流石にそれは理不尽すぎないか!?」


 乱れた髪の毛を直しながら距離を取るアトリ。タコやんは作業に戻った。


「しかし最強最高の機械環境と聞いてどうしたものかと思ったが、タコやんが手伝ってくれるのなら安心だな」


「下層でもばっちり配信できるカメラとか作れたら大儲けやからな。アンタのおかげで需要が増えるし、売る先はいくらでも出てくるで!」


「おお、なるほど。タコやんは商売熱心だな」


 タコやんの返事にうんうんと頷くアトリ。


(ま、それだけやあらへんけどな)


 タコやんがアトリを見捨てない理由は、金になるという理由もある。だけど、それだけではない。


『わからないのはタコやんを引っ張っても何も出ないという事だ』


 ファミレスでのつまらない会話。


『多才ともいえるタコやんなら、それこそ引っ張りだこなのではないか?』


 社交辞令とか無理な性格のアトリの評価。心の底からタコやんの才能を認めてくれている言葉。


(アホやわ。ホンマ、アホやわ)


 こんな自分よりもアトリの方が時代に求められているのに。器用貧乏な自分の才能など一蹴できるだけの才能を持ち、数字も成果も出しているのに。なのにアトリはタコやんの才能を心の底から認めてくれているのだ。


(あんなアホ見捨てられへんウチもアホやけどな!)


 自分を評価してくれた。冷遇された才能を認めてくれた。


 ただそれだけだ。それだけで、タコやんはこれまでの自分を捨てた。楽する道でもなく、周りに合わせる道でもなく、苦労して友達の為に動こうと思ったのだ。


 ドリンクを飲み、タブレットの上で指が躍る。背中のガジェットも別のタブレットを扱い、同時にカメラの調整を行う。アトリの配信を確認しながら、下層の情報をまとめ上げる。


 調べれば調べるほど謎が深まるダンジョンを、頭脳と『足』数で解析していく。時間は全く足りない。完璧なんて程遠い。それでも止まらない。いつもなら無理だと諦めるのだが、


「ま、しゃーないわ。時間ギリギリまでやったるで!」


 タコやんは生まれて初めて、ポジティブな気持ちでこのセリフを叫んだ。

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