▼▽▼ 叔母は若者達に期待する ▼▽▼

 アクセルコーポ日本支部内、ロマンはその一室で治療を受けていた。


 治療の理由はアトリに日本刀で殴られたダメージの回復だ。ロマンが率いる『キノコノコノコ』は皆その打撲傷で治療を受けていたが、それはあくまで名目だ。ロマンの栽培したキノコとスキルがあれば、一日あれば治療できるダメージである。


 だが彼らは数日間、治療エリアから出ることを禁じられた。


『スキルに依る治療は体に良くない』


『経過観察の為』


『とりあえずもう数日は療養したほうがいい』


 様々な理由をつけて治療エリアから出ることを禁じられた。外部との連絡を禁じられたわけではないが、『通信記録は確認できるからそのつもりで』と遠回しに監視されていることを告げられる。


「これは……どう考えてもジャを軟禁しているとしか思えまセーン!」


 拘束されているわけでもなく、連絡を禁じられているわけでもない。理由としては正当性があり、監視と思われる発言もあくまで確認可能であることを告げただけに過ぎないということもできる。


「TNGKさんを怒らせてしまった結果、ジャ達はこのまま軟禁されてしまうのデスネ!」


 悲観的になるロマンだが、その懸念は半分当たりで半分外れであった。


 この指示はTNGKが出したものだ。こちらの言う事を聞かずに数字欲しさにアトリに襲い掛かった相手への刑罰的な意味があるのは間違いない。これ以上余計なことをされないために閉じ込めたのだ。


「メッセージもなくこんなことをするなんて、相当怒らせてしまいマシタ~!」


 だがなんの言葉もなく軟禁紛いの事をしたのは、それだけ怒っているわけではない。先の大魔術の結果、TNGKの体力と気力が大きく削られたためである。端的に言えば、疲れて声をかけることもできないのである。


「これはお土産のキノコをもって謝罪しなくては! ここはキノコの王様であるポルチーニを! TNGKさんはダンジョン産のキノコを嫌うデスカラネ~! 食べず嫌いは良くないですが、仕方ありまセーン!」


 軟禁が解かれたことの事を考えるロマン。実際のところはそこまで怒っていないのだが、情報が制限されれば人は奇行に動くのである。とはいえ世界が分断された中でイタリアのキノコを再現できたのは、かなりの情熱と研究結果なのだが。


「キノコノコノコのロマン・ヴァレ。本名、稲場・陸。少し話があるがいいか?」


 そう叫ぶロマンの病室に一人の女性が現れる。


「オゥ! マダム・ベル! 法務部のエースがなんの用デスカ?」


 マダム・ベル。そう呼ばれたアクセルコーポの女性社員が入ってくる。アクセルコーポ内における法の盾あり、多くの配信者のトラブルを担当してきた敏腕弁護士。


 だが彼女がアトリの叔母であることは、社内では誰も知らない事だ。叔母――ヒバリは鳥の雲雀ヒバリの異名である告天子から告げるベルを二つ名としていた。


 ロマンも何度かお世話になったことがある人だ。柔和な笑顔を浮かべるマダム・ベルことヒバリはロマンに対して数枚のA4用紙を見せながら告げた。


「『Ψプサイ027』。このハンドルネームはお前のモノだな」


 用紙にはΨ027がSNS上で発言したいくつものメッセージが印刷されていた。その全てが、アトリに対する罵詈雑言だ。明らかな言いがかりばかりで、人格攻撃と言ってもいいほどのモノもある。


「ひぃ!? あ、あ、へ?」


 ロマンは慌てて目をそらし、呼吸を乱す。確かにそのアカウント名は自分が作った裏アカウントだ。TNGKの命令でアトリを攻撃するために作った捨てアカウント。


 アトリを攻撃するアカウント数は多いため、そう簡単にバレることはないとTNGKは言っていたのだが……。


「今アカウントを消しても無駄だぞ。サーバー上に記録は残っている」


 スマホに触ろうとするロマンに向けて、逃げ道なしとばかりに告げるヒバリ。アカウント名を押さえられた時点で詰みだ。そしてこういう時に助けてくれるのが法務課の人間だが、その法務課の人間に追及されている。


「あ、は、そうデス。そのTNGKさんに、命令されて……いえ、直接言われたわけではなく、いいえ、はい」


 しどろもどろになりながら、アカウントのことは認めるロマン。TNGKも自分が命令した記録は残していないだろう。ロマンからTNGKを追求することはできないようになっているはずだ。


「このままだと罰金として1万EMほどだ。これも示談が成立した場合の最低ケースで、もっとかかるケースもある。事、貴様はアトリに襲い掛かった。許してもらえるかどうかという意味では難しいかもしれんな。


 当然、企業配信者としてもお終いだ。企業イメージを大きく損なう行動と発言だからな」


 ヒバリは淡々とそんなことを告げる。その言葉にロマンは顔を青ざめた。その未来を想像して、ヒバリに縋る。


「ひぃ!? ど、ど、どうにかならないんですか!? と言うかこういうのをどうにかするのが法務部なんでしょう!? 何とかなるんデスよね!?」


 罰金はどうにかなる。しかし企業の恩恵を受けられなくなるのはマズい。キノコの研究もアクセルコーポの支援あってのことだ。それを失えば、全てを失ってしまう。


「安心しろ。現状向こうからの訴えはない」


 向こう――アトリ側がこの件に関して何かを言ってはいない。つまり今のままなら、ロマンの罪は表に出ていない。


「もっとも、向こうが訴えてくればその限りではない。実際、相手側はこの事に気づいている可能性がある」


 可能性もなにも、アトリ側の弁護士というか法的な対処を行うのはヒバリなのだ。そのヒバリ自身がこうして交渉しているのだからお笑いである。


「気づかれているのデスカ!?」


「あくまで可能性だ。下手に騒ぐとあちらに確信させるかもしれないから他言無用で頼むぞ」


 言って口止めするヒバリ。


(とはいえ気付いたのも里亜さんのリークがあったからだがな。アクセルコーポ内にアトリを攻撃する輩がいるとは驚きだ)


 心の中でため息をつくヒバリ。主導となっている相手が定まれば、そこを中心に調べ上げればいい。ヒバリはロマンを始めとして、アクセルコーポ内の数十名の配信者にこうして話をしているのだ。


 里亜の情報がなければ、もう少し特定に時間がかかっただろう。そういう意味では、大感謝だ。


「TNGKがお前を庇うとは思えん。むしろ何かあったら無関係とばかりに尻尾を斬るだろうよ」


「あああ、あああああああ! もうおしまいデース!」


「落ち着け。そうならないように根回しするのが私の仕事だ。


 犯した罪は消えないが、反省するというのなら相手への交渉のきっかけになる。二度としないと誓いを立てて、謝罪文を書くんだ」


 ――ヒバリはこうしてアクセルコーポ内の配信者に脅し……アトリへの罵詈雑言を止めるように働きかけていた。訴えられる恐怖と企業から捨てられる恐怖から逃れるために、ほぼすべての配信者がヒバリに従う。


「あのTNGKさんから何か言われたらどうしたらいいでショウカ?」


「適当に返事を返しておけ。なんならスルーしてもいい。


 おまえもTNGKと心中したいと思うほどの忠義はないのだろう? せいぜいうまい汁を吸いたい程度の関係なのだから」


「いや、それは……」


 ヒバリの言葉に曖昧な返事を返すロマン。里亜のように人質をとられているわけでもない配信者がTNGKについていく理由は、おおよそそんなところだ。利害関係で繋がる関係。しかし利益と安全なら、多くの人間は安全を取る。


「TNGKもここまで相手を貶めれば安心しているだろうよ。慎重な彼のことだ。しばらくは様子見に走るさ。安心しな」書きこみ


「わかりマシタ。これ以上は書きこみまセン」


 頷くロマンを見て安堵の息を吐くヒバリ。その姿を見ながら、冷静な部分でアトリの叔母としてロマン達を訴えることを考えもしていた。


(最悪の場合、アトリの叔母としてこいつら全員を訴えることも考えないとな。


 そうなると企業としてはかなりのダメージで、私も職を失うだろうが仕方ない)


 アトリの事を思えば、そうするのが一番だ。ヒバリはそう思いながらもそれをしなかった。


『大丈夫だ、叔母様。私はそこまで傷ついてはおらぬ』


 ほかならぬアトリ自身がそれを望まなかったからだ。それは単にネットの罵詈雑言に堪えていないというわけではない。アトリは姉に勝てなかったという事もあり、劣等感が強い。平気そうに見えて、メンタルへのダメージは相応に大きいはずだ。


『タコやんと里亜殿が逆転の策を練ってくれている。それでどうにかならなかったら考えるが、それまでは控えてくれ。


 その者達にも里亜殿のように、理由があったかもしれぬしな』


 タコやんと里亜。


 アトリにとって友人と言える存在が、姪の為に動いてくれている。アトリはその友達に頼り、劣等感で折れることなく笑っていたのだ。


「そういうのを見守るのが大人の役割か。まったく、歯がゆい事だ」


 法律に則り、無法を裁く。ヒバリはそれが正しいと信じていた。


 だが、その正義を行使することであの笑顔を奪いかねない。若く元気な者達が頑張る舞台を壊しかねない。それは例え法に則った行為であっても、正しいとは思わない。


「それが大人の役割か。年など取りたくないものだ」


 ヒバリは頭を掻きながらアクセルコーポの廊下を歩く。まだまだ話をしなければいけない配信者は多い。


「まあいいさ。こういう裏方も悪くはない。


 主役共に頑張ってもらうために、根回しに従事するか」


 しばらくは大忙しだと、ヒバリは嬉しそうに微笑んだ。

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