拾陸:サムライガールは避難する

 当然と言えば当然だが、アトリは無罪放免となった。


 デュラハンが地上に現れたのとアトリがDPU署内で刀を抜いた時刻が同時期と言うだけで、誰もこの二つの異変を関連付けることができないのだ。


 タコやんの動画内で敵対していたのが映されていたため、デュラハンとアトリの関係は明白だ。明らかに敵対していた者同士がいきなり結託し、ダンジョン外に出て襲い掛かる。【テイマー】系に代表される魔物に言う事を聞かせるスキルを使った形跡もなく、ありえないと結論付けられた。


 今回の件はDPUの勇み足……やや強引な任意同行と言う形で処理された。謝罪すらない対応にタコやんは怒ったが、当のアトリが仕方ないと宥めたためその矛先を納めることになる。


 何故地上に一斉転送されたのかがわからなかったが、『ダンジョンだし、そういう事もあるのだろう』という諦めと言うかただの思考放棄でこの件は結論付けられた。かつて世界の崩壊を止めた大魔術を使用したなど、知る由もない。


 ともあれアトリは無罪放免。これで何もかも元通り――


「ってなれば苦労は要らへんかったんやけどなぁ……」


 タコやんはタブレットを手に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。タブレットに表示されているのは、ツブヤイッターやリンスタグラムなどのSNSだ。呟き程度の文字投稿や写真投稿などを行うSNSだが、そこはアトリへの悪意で満ちていた。


『アトリ逮捕!』

『罪を認めて切腹しろ!』

『デュラハンを使った自作自演!』

『配信者の闇! 数字の為に何でもする若者の末路!』


 DPUに連行されるアトリの画像を張り付け、言いたい放題である。そう言った投稿には『アトリは無罪となった』という擁護コメントもあるのだが、


『金で無罪を勝ち取ったんだよ!』

『DPUを刀で脅して逃げだしたに決まってる!』

『下層で得た洗脳スキルを使ったらしい。リソースは俺の叔父がDPU。そういうことだ』


 その無罪も不正を行って得たものだと開き直る。聞く耳など持たない。彼らにとってみれば『アトリを責める』情報以外は要らないのだ。真実などどうでもいい。大事なのは自分に都合のいい情報。自分が気持ちよくなる情報だ。


『ここがあの女のハウスね!』

『学校は〇●学園だぞ!』


 そしてアトリの住所特定や通っている学校まで特定された。或いは近所の誰かか学校の誰かが情報を暴露したのか。どうあれプライベートまで『正義』の手は伸びてきていた。


「いやはや、恐ろしいものだな。個人情報? そういうのは注意していたつもりなのだが」


「割とその辺のセキュリティ緩いけどな、自分。本名をカタカナにしただけどか、普通ないで。そら知ってる人にはバレるわ。


 とはいえ今のこいつらはそれ以前の問題や。ネットリテラシーとかネチケットとか欠片もあらへんで」


 座椅子に座ってため息をつくアトリにタコやんは軽くツッコミを入れた。そして書きこみを追いかけ、気分を害してページを閉じる。タブレットをしまい、背中から畳の床に倒れ込んだ。


「今頃、アンタの自宅と学校はえらい事になっとるやろうな。ご近所さんと学生たちにはちょっと同情するわ。


 ホンマ、アンタの叔母さんが別宅押さえてなかったらヤバかったで」


 アトリ達がいるのは、アトリの住むマンションから少し離れた所にあるアパートだ。築何十年の1LDK。アトリの叔母であるヒバリが『こんなこともあろうかと』とばかりに住所特定される前に押さえておいた物件なのだ。


 デュラハン戦の後、この騒ぎが起きることを想像していたのかヒバリはアトリ達にそこに行くように指示されたのだ。その30分後には住んでいるマンションが特定されたのである。


「駄目ですね。マンション周囲はアンチだらけです。アトリ大先輩の情報を得ようとうろうろしていますよ」


 壁に背を預けて座っている里亜がそんなことを言う。里亜は【トークン作成】を使って身代わりを作り、アトリ宅周辺を探っていたのだ。捜索系スキルが不要なぐらいにアトリを探す人がいる。スキル込みの捜索だとさらに数は増えただろう。


「お疲れ様なんやけど……その格好は何なん?」


 タコやんは里亜が着ている服装を指さし、問いかける。『トークン使って捜索してきます』と言いながら円錐状の紫色尖り頭巾に覆面をつけ、帽子と同色の紫のローブを羽織ったのだ。


 タコやんとアトリの第一印象は『魔法陣を囲んで儀式をしそうな団体の衣裳』である。


「カピロテって知りません? スペインのカトリック教徒が復活祭の時に着るものです。元々は懺悔するために使われるもので――」


「知らんがな! いや、そうやなくて! なんでそんな恰好しとんねんて話や!」


「素顔を隠さないと捜索にならないじゃないですか! 里亜もばっちり顔写されてアンチアトリ勢に顔バレバレなんですよ!


 トークンは里亜と同じ格好をするんですから、トークンの顔を隠したかったらこうするしかないんです!」


【トークン作成】で生み出される装備品などはスキル使用時のモノがそのままコピーされる。なので全身紫ずくめ尖り頭巾の格好をすれば、その格好のトークンが生まれるのである。


「……その格好の方が目立たへんか?」


「目立った方がいいんですよ。トークンはいつでも消せるんですから。注目を引くだけ引いて見えないところで消せば相手は困惑します。情報を得て場を乱して都合よく脱出できますからね」


「ほーん、スパイ慣れしとるなぁ。さすがって褒めとくで」


 タコやんの言葉に、里亜が頭巾を取って堅い表情をする。


「……そうですね。里亜はスパイです。アトリ大先輩の情報をTNGK大先輩に流していました」


 里亜がTNGKのスパイであるという事は、二人には告げている。その事について責められるかと思ったが、今まで何も言ってこなかった。だが、状況が落ち着いたこのタイミングで言及されたのだろう。そう思って覚悟した。


「アトリ大先輩に近づいてコラボを持ち掛けるように命令されました。その後の煽りや炎上は、他の工作員が仕掛けた事でしょう。単に不慣れな状況で動揺するアトリ大先輩の姿を撮って粗悪MAD素材にするか。


 あとはアトリ大先輩にできるだけ近づいて、情報を引き出すように言われました。個人情報などがメインです」


 里亜はあくまでアトリに近づいての情報収集がメインだ。それほど信用されていなかったのか、計画の概要までは知らない。どの程度の規模でどれぐらいの人間が動いているのか。知っているだけでも100人単位は動いている。


「ふむ……。やたら強引なコラボ勧誘なのはそういうわけだったのか。奇妙な憧れとかもこちらを困惑させるための演技だったと?」


「奇妙?」


 アトリの質問に首をかしげる里亜。


「ええと……大先輩とか某に斬られたいとか」


「それは素です」


「……そうなのか……いや、まあ、うむ」


 ウソを言っている様子はない。アトリはこの件に関する言及をやめた。


「何をされても文句は言えません。知っていることを話せと言われればそうします。暴露動画でもなんでもします。


 ですから、妹の……里香のことだけはお願いできませんか?」


 頭を下げる里亜。事故に遭い、半身不随不で動けない妹。妹さえ無事なら、自分はどうなってもいい。


「そらアンタ、都合よすぎやで」


 タコやんは里亜の願いを一蹴する。


「自分をスパイしていたヤツの妹を保護しろ? 入院費もバカにならへんし、施設に預けるにしてもかなりの額や。なんでそんなことせんとあかんねん。


 そもそもTNGKもアンタの事信用してへんみたいやしな。持ってる情報も大したことあらへんのとちゃう?」


「……そう、ですね」


 タコやんの言っていることは正しい。それは里亜もわかっている。裏切って情報を渡していた相手の家族を保護しろなど勝手すぎる。とても頼める立場ではないが、それでも里亜は恥を忍んで頼むしかないのだ。


「タコやん。某はそれなりに蓄えもあるし、それぐらいなら――」


「アンタは黙っとき。タダでゼニ渡したらコイツの為にならへんねん」


 割って入ろうとするアトリに、ぴしゃりと言い放つタコやん。


「ええか。アンタの今の価値は裏切り者や。しかも今回の件がTNGKが仕掛けたんやったら、デュラハンに巻き込まれたアンタは何も知らされてへんかったってことや。


 つまり、TNGKにとってアンタは別に死んでもええと思われてたかもしれん程度の駒や」


 びしっ、と里亜を指さしいうタコやん。里亜もそれはわかっているのか、反論もしない。


「TNGKからすればアンタは『妹の治療費を首輪にして扱える捨て駒』でしかあらへん。なんでここで誰かが妹の保護のために動いたら、裏切りと思われて妹さんの命が危ないで!


 逆に言えば、妹さんの入院がまだ継続されてるってことは、まだアンタには駒としての価値があるって思われてる証拠や!」


「……あ」


 タコやんの指摘に、ハッとする里亜。気付いたのはタコやんの指摘そのものではない。自分の立ち位置と、その利用法だ。


「つまり、二重ダブルスパイをしろと?」


 まだ里亜はTNGKに信用されている。使い捨ての駒程度の信用ではあるが、利用価値はあると思われている。裏切らないと思われているのなら、それを利用することもできる。


「頭ええな、自分。そういう事や。今のアンタの状況を最も高く売るなら、そういう形にすべきなんやで!


 ええか、商売は売り方や! そいつを間違えへんかったら、いくらでも稼げるんや!」


 親指で自分を指さし、笑みを浮かべるタコやん。里亜は感心したとばかりに手を叩いていた。


「よくわからんが……里亜殿とその妹に危険はないのか?」


「ないで。むしろ妹さんの無事を考えたらこれが一番や。


 そんでアトリにはちょい気張ってもらうから、あんじょう頼むで」


 状況をよく理解していないアトリがとりあえずの心配事を問う。しかしタコやんはヘラっと笑って安心させるように告げる。


「気張る?」


「せやで。言うてもやることはいつも通りのダンジョン配信や。


 狙うは下層突破。しかも最強最高の機械環境でがっつり解説込みでや!」


「…………むぅ、それは難題だのぅ」


 機械とトークが得意とは言えない……むしろ苦手と言っていいレベルのアトリは、タコやんの要求に眉をひそめた。

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