拾伍:サムライガールは犯罪者になる

 コメントの弾幕と里亜の大泣きが収まり、一段落した後でアトリは――


「すまぬ……! 本当にすまぬ!」


 タコやんに向かって土下座していた。


「デュラハンの脳が欲しいと言っていたのにその事を忘れてこの体たらく。タコやん殿の約束を果たせずじまい。


 思えばゴーレムコアの時も同じように約束を果たせずじまい。誠に申し訳なく」


 タコやんに依頼された『デュラハンの脳を切り取る』という依頼を果たせず、真っ二つになったデュラハンの兜の横で頭を下げていた。


「いや……ええから頭上げい。ウチが酷いことしたみたいな感じやないか」


「そうですよ。アトリ大先輩。今回は仕方がなかったというか……」


 里亜のポーションを飲んでダメージが回復したタコやんと里亜は頭を下げるアトリにそう言った。わけもわからずダンジョンから地上に転送され、しかも自分達を庇うように戦ったのだ。その状態でアトリを攻めるほど、面の皮は厚くない。


『いきなり土下座とか何事!?』

『驚いたわ』

『むしろアトリ様は礼を言われる立場なんだけどなぁ』

『そのなんだ。謝るにしても土下座はやりすぎ』

『ほっとくとセップクしかねないな。止めろ』


 コメントもアトリの土下座にやりすぎの声であふれていた。むしろなにしてるのこの人という呆れが大きい。


「呪いを切り裂いて興が乗ったまま突き進み、気がつけば兜を唐竹割。その後で気づいた所存。冷静さをもう少し早く取り戻せれば、寸前で止めれたというのに」


「待てや。それは過失やろうが。そこで戦闘狂モード入るなや!」


 謝罪するアトリに、怒りマークを浮かべるタコやん。アトリが戦闘になると見境ないのは知っているけど、そうでないなら止まっていたのなら一言いいたくもなる。


「タコやん先輩落ち着いて。アトリ大先輩もレーダーを見て急いで駆けつけてくれたんですし」


「そういえば自分どこにおってん? レーダーに反応なかったで。数キロはカバーできるはずやけど、そんなに遠くにおったんか?」


「DPUの建物だな。レーダーに反応がなかったのは、何度かスイッチ入れ直したからで――」


 しどろもどろに説明するアトリに、タコやんはなにかに気づいたように叫んだ。


「は? DPUやったらすぐ近くやん。なんでレーダーが反応せんかったんや……?


 あ! 自分、電源オンオフ繰り返したやろ! そら反応ないわ! 放っとけば調整すぐに終わったのに!」


「う! まあ、その、すまぬ」


「それなかったらもう少し早う合流できたのに! ウチが無理して特攻せんでもよかったのに、アホウが!」


「いたたた!」


「タコやん先輩動かないで!? 傷口、お腹の傷が開きますから!」


 しゅんとするアトリをヘッドロックし、頭頂部に拳を押し付けてグリグリするタコやん。それを見てあわてふためく里亜。ポーションを使ったとは言え、タコやんのダメージは軽くはない。


『これは……有罪ギルティ

『つまり、アトリ様が機械に強く、戦闘狂じゃなかったら、もう少し被害は少なかった?』

『そんなのアトリ様じゃない』

『うむ、機械に不馴れなアトリ様に癒され隊』

『実際、被害がどれだけ減ったかなどわからんからなあ』

『とはいえタコやんの怒りも解らんではない』

『困ったときは再起動。でも繰り返したらダメ』


 アトリ依りだったコメントも、賛否両論。半々に割れた。アトリの機械オンチは今更だが、それで危機に遅れるのなら問題である。


「ああ、ホンマないわ! 上層エリアで余裕の配信のはずやのに、こないな目に遭うなんて!


 やっぱりこいつとの相性最悪やわ! トラブルしか起きへん!」


「トラブルに関しては私が悪いわけてはない気もするぞ。確かに不測の事態が起る頻度は高いのは否定できんが」


「いやいやいや、そこは否定しましょうよ。アトリ大先輩がトラブルを起こしてるわけでもないわけですし」


 呆れるように里亜がツッコミをいれる。タコやんはアトリを指差し、ため息混じりに愚痴る。


「せなねんけどなあ……でもあり得へんで。ウチは安全確実、ちょっと銭勘定で動くどこにでもいるオーサカの女やねんけど――」


「ちょっと?」


『ちょっとか?』

『(オーサカの女基準で)ちょっと』

『ちょっとやで(両手広げて)』

『皆の心が1つになった』


 呆れるように里亜がつぶやき、コメントも里亜に同意する。


「細かいことは気にしたらアカンで。でもコイツと何かするとすぐトラブル起きるねん! 


 目論見外れてまうけど、同接数とか登録数とか跳ね上がって最終的に得するんや!」


「得するならいいじゃないですか」


「せやねんけど、色々モヤモヤすんねん! アンタもこのアンポンタンと付き合ったら解るわ!」


 ヘッドロックしたアトリを指差しながら叫ぶタコやん。髪の毛をわしゃわしゃにした後でアトリを解放した。


「アトリ大先輩がいろいろ規格外なのは認めますけど」


 そこは里亜も認めざるを得ない所だ。純粋な実力なら敵うものなし。アクセルコーポでも『強い配信者』とされるスピノやロマンをものともしない実力は企業配信者の枠組み外だ。


「無事に終わったんだし――」


 よしとしません?  と里亜が言いかけた瞬間に、


『DPUだ、動くな!』


 スピーカーで拡大された声が響き、ダンジョン素材で作られた半透明の盾で武装した集団が周囲を囲んでいた。


「はぁ? DPUがおっとり刀で何しにきやんや?」


 50人を超えるDPUの数に呆れた声を上げるタコやん。デュラハンが死んだ後に出てきて包囲するとかどれだけやる気ないのか。呆れにはそんな職務怠慢を責める声もあった。


『花鶏チャンネルのアトリ! 貴様にはダンジョン内部の魔物を手引きした疑いがかかっている!』


「は?」


『デュラハンが地上に顕現したと同時にDPUを襲撃し、我々の出動を遅らせた! これは貴様と魔物が連動している証左だ!』


「いやいやいや! 某も今回に関しては何がなんやら!?」


『死者12名! 重傷者29名! この大惨事を引き起こした罪は大きいぞ!』


『魔物を倒して無実を証明したつもりだろうが、我々の目は誤魔化せん!』


「思いっきり節穴やろうが、その目!」


 アトリもタコやんもDPUに向かって叫ぶが、聞く耳を持たない。アトリとデュラハンが共犯だと決めつけている。


(……DPUをここまで迅速に動かせるコネを持っていて、しかもアトリ大先輩を貶めようとしている人物……。


 まさかTNGK大先輩……?)


 里亜はあてずっぽうに近い推測で、事の真相を突き止めていた。


(この迷宮災害のような一斉転移がTNGK大先輩が人為的に起こしたのだとすれば、情報提供と企業の圧力でDPUにタイミングよく出動させてこの包囲に至ったのもわかります。


 アトリ大先輩を社会的に貶めて、制裁を加える。この状況はまさにうってつけじゃないですか)


 もっとも、大前提の一斉転移がTNGKの起こした者かどうか。こんなことができるスキルなど聞いたことがない。ダンジョン外に移動できるスキルはあるが、それはあくまで自分と周囲の仲間のみ。


 魔物を含んだ広範囲の移動など下層エリア、もしくはその下に存在するとされる深層の魔石にあるかもしれないぐらいだ。そしてダンジョンを毛嫌いしているTNGKがそれを使うとは思えない。


 あり得ない。そう思いながら里亜はSNSを確認する。予想通り、トレンドは『アトリ』『デュラハン』『魔物と結託』『自作自演』『テロリストサムライ』等であふれていた。


『アトリの自作自演! デュラハンを町中に呼び出し、自分はDPUを襲撃! 多くの死者が出た一大ニュース!』


『魔物と結託して町を襲ったテロリストサムライ! 召喚石の悪用ここに極まれり!』


『魔物を召喚して自分で倒すマッチポンプ! 数字が欲しい配信者の自作自演! 配信の闇がここに!』


『ダンジョンは安全? そんなわけないだろ!? 実際こうして魔物が出てきてるんだから!』


『いつかはやると思ってた。あのサムライ狂ってるしな』


『アトリ、自分で話題を作ろうと必死だなwww』


『多くの死者を出した事件。悲しいかな、こうなることは予測できたのに。誰もがダンジョンの魅力に騙されて、この事を指摘しなかった』


『サムライはオワコン。わかってたことだけどな』


 時間を得ることに加速していくアトリ叩き。皆がアトリとデュラハンが結託して事件を起こしたと疑わず……むしろ真実などどうでもいいとばかりに叩いていた。


 当然だ。彼らは『正義』を求めているのではない。正しいという事を求めてなどいない。道理を正そうとしているのではない。法を尊んでいるわけではない。


 彼らはただ、『正義』になりたいだけなのだ。


 自分は正しい。アトリは悪い。悪いから殴っていい。悪いから叩いていい。悪いからなじっていい。悪いから罵倒していい。悪いから唾を吐いてもいい。『正義』と言う立場に立てば、『悪』を叩いていいのだから。


 だから彼らは『正義』になりたいのだ。


 リアルで、そしてネットで。その両方からアトリを社会的に攻撃し、配信者として終わらせる。


(これが偶然……だとは思えません。だけど、こんなの――)


 里亜は胸に手を当て、苦悩する。


 悩む必要はない。アトリを貶めることでTNGKは妹の入院費を肩代わりしてくれる。その約束が今も有効であるのなら、このまま座して何もしなければいい。それが一番楽で、そして自分も妹も不幸にならない。


(アトリ大先輩を、擁護しなくてもいい。


 アトリ大先輩は尊敬出来ますけど、私はTNGK大先輩に逆らえなくて)


 だから何もするな。それが一番だ。楽で、不幸にならない。アトリもタコやんも自分の事を疑ってなどいないだろう。そもそも自分も何がどうなっているのかわからない。この推測だって、間違っているかもしれない。


『里亜殿はトークンを産み出して命の危機から身を守った。貴殿が弱いと罵る行動が、強者の刃を凌いだのだ』


 だけどアトリは自分の事を認めてくれた。


『死の運命を覆したのだ、里亜殿は。貴様が言う弱く卑劣な方法で。死の使いである汝の死を』


 身代わりしか使えない自分を称賛してくれた。こんな自分の為に怒って戦ってくれたのだ。


「里亜は――」


(ああ、何もしないのが一番なのに)


 きっと自分は馬鹿なんだな。里亜は心にともった熱い灯を感じながら、そんな自嘲をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る