拾肆:サムライガールはデュラハンを斬る

 ――時間は少し巻き戻る。


「死を恐れ、それを乗り越えることが戦いの本懐。某の刃でその命頂こう!」


 ダンジョンでデュラハンに刃を向けて突撃したアトリ。だがその瞬間にTNGKの魔術により転移させられる。


「な、何者だ!?」

「日本刀!? コイツ、花鶏チャンネルのサムライガールだ!」

「は? DPUに強盗しに来たのか!?」


 転移先はDungeon Police Unit。ダンジョンで起こる問題を解決する公安機構だ。その部署内にいきなり日本刀を持った女が現れたのである。しかも――


「どどどどどどどしましょう! ええと、拘束? と、討伐?」

「こんな戦闘狂に勝てるかバカ! コイツの強さは知ってるんだろうが!」

「お前のことは忘れない。あばよ!」

「ぎゃあああああああ! 死んだ!」


 アトリの戦闘力は知れ渡っているのか、その場にいる警察達全員が戦意喪失である。彼らもダンジョン関係の犯罪者に対抗するために拘束系スキル等を有しているとはいえ、アトリの強さは規格外だ。


「あ。ええと……これは如何なる事か? 某、ダンジョン内にいたはずだが」


 あまりの状況に刀を下ろして問いかけるアトリ。しかしパニック状態に陥ったDPU職員たちは聞く耳を持たない。我先にと逃げ出そうとし、逃げ遅れた者が腰を抜かしている。


「タコやんも里亜殿もいない……。ふむ、そういうすきるか? 幻覚……ではなさそうだが」


 それまで一緒に居たタコやんと里亜がいないことを確認し、そして敵もいないことを確認して刀を納める。何がどうなっているのかまるで分らない。自分のアンチが大魔術を使って地上に移動させたなどと気づく由もない。


「そう言えば……これでタコやんたちの居場所がわかるんだったか?」


 アトリは頭部のウサミミに触れ、レーダーを起動させようとする。スイッチらしいものを探し……探し……探し……一旦ウサミミを頭から外して目視で確認する。そしてスイッチマークらしいものを押した。


「これか? ええと……これでいいのか? 頭にのせて……ええと……間違えたか?」


 外したウサミミを頭にのせてもタコやんに教えられたような地図は出てこない。実際のところは急に居場所が変わったからレーダーがリセットされて再度位置確認していただけで、ついでに言えばアトリが電源を押したことで再起動しているだけだ。


「ボタンはこれでいいはず……いや待て、他に何かあるかもしれんぞ。もう少し確認して……やはりもう一度ボタンを押すべきか?」


 頭から外して何度も見まわし、再度電源ボタンを押しては頭にのせてを繰り返す。何もしなければ数秒で位置補正は終わりレーダーは再起動したのだが、一分近くそんな奇行をアトリは繰り返していた。


「……何をしているんだ、あれ?」

「ウサミミを弄っている様に見えます」

「わからん。今ならどうにかできるのか?」

「いや、そうやって油断した者から死んでいくんだ。慎重に慎重を重ねろ」


 そしてDPUもその奇行を見て眉をひそめていた。いきなり現れた最強魔物級存在がいきなりコスプレグッズをもってワタワタしたのだ。どう対処していいか分からなくなるのもむべなるかな。


「お。ついたぞ。二人はあっちか。……む、里亜殿の数が増えて……消えた!?」


 視界に展開されるレーダー。里亜を示す光点がいきなり一つ増え、そして消えたのだ。トークンを使ってデュラハンの攻撃の盾にしたのだ。アトリからすれば事情は分からないが、急いだほうがいいのは確かだ。


「すまん! 修理費は後で払う!」


 アトリは言うなり事務所の窓に向かって走り、刀を振るう。切り裂かれる窓を突き破り、アトリは急ぎ光点の示す場所に向かった。パニックに陥る人たちを飛び越え、車を足場にして一気にその場に走っていく。


「弱き者よ。死出に旅立つがいい」


 そしてデュラハンが里亜とタコやんを攻撃しようとしているのが見えた。10の武具が二人を囲むように展開され、四方から突き刺そうとしていた。タコやんも里亜も地に伏し、迎撃は無理だ。


「断る」


 白刃が煌めいた。10の武具をその一閃ですべて切り払い、デュラハンと二人の間に割って入る。


「あいにくと六文銭は持ち合わせておらぬのでな」


 大きく呼気し、アトリは日本刀をデュラハンに向けた。


『アトリ様キター!』

『ぎゃあああああああああ! ナイス乱入!』

『処刑用BGMスタート!』

『マジ助かった!』

『ヒーロー来た! これでかつる!』

『この場合、ヒロインがタコやんなのか……』

『それはないわー』


 アトリの乱入に、それまでお通夜モードだったコメントが沸き上がる。


「来るの遅いわ! なにしてたんや!?」


「すまぬ、いろいろ手間取った。


 実際のところ、未だに事情を把握しているわけでもないのだが。ダンジョンで戦っていたはずなのに地上にいるとは。如何なる事か。タコやんわかるか?」


 タコやんの言葉に謝罪の言葉を返すアトリ。とりあえずダンジョンではないことは理解しているが、逆に言えばその程度しか理解できていない。ダンジョン外にデュラハンがいることもどういうことなのかわからない。


「ウチも知りたいわ。新たな迷宮災害とかそんなんか? アンタといるとこんなんばっかりやわ!」


「摩訶不思議がダンジョンの常とはいえ、このようなことは流石に初めてだなぁ。


 さてデュラハン殿、少し遅れたが戦うとしようか」


「何をぬけぬけと。弱き者をぶつけての様子見をしていたのだろう。或いは倒れている卑劣者のように、貴様もよく似た身代わりか何かか?」


 刀を向けるアトリに対し、デュラハンは里亜を指してそんなことを問いかける。


 デュラハンの視点からすれば戦いを挑まれた瞬間に地上に転移させられ、しかも挑んできた相手が消えたのだ。身代わりを使う弱き者を宛がわれ、ようやく挑んだ相手が出てきたのである。そんな疑いも当然と言えよう。


「卑劣者、か。身代わりと言っていたところを見るに、それは里亜殿のことで間違いないか?」


「名など知らぬ。己の身代わりを生み、盾にして生き延びる下劣な輩よ。堂々と戦うでもなく、死から逃げ回る子ネズミが。


 弱き者に生きる価値を求め、泣き叫んでいたな。無様な生き物よ」


「貴殿の価値観を否定はせぬよ。死の使いにとって死は崇める存在なのだろう。その誇りは理解はできぬが尊重しよう」


 デュラハンの言葉を受け、アトリは静かに言葉を返す。


「その上で、私の友達を愚弄したことは許せぬ」


 静かな、怒りの言葉を。


「――――っ!」


 デュラハンからの返答はなかった。


「何だ、この動き……!?」


 返答する余裕すらないほどのアトリの猛攻を受けたのだ。


 飛び交う剣を薙ぎ払い、突き刺そうと飛ぶ槍を足場にして跳躍され、アトリの刀はデュラハンの鎧を削ぐ。肩当、肘当て、籠手、脛当て、膝当て、腿当て、アトリが動くたびに黒鎧に傷が走る。


 デュラハンの反応速度をはるかに超える動き。一旦距離を置こうと馬を走らせるが、その生き先を予測していたかのようにアトリが背後に跳躍していた。完全に掌の上だ。


「動きさえ止めれば……!」


 少しでも動きが止まれば、アトリに【死の宣告】を与えることができる。一定時間後に対象を死に至らしめるデュラハンのスキル。相手を指さしながら宣告する必要があるが、逆に言えばそれさえ決まれば相手を殺せるのだ。


「弱き者は死ぬ定めと言ったな。強者が弱者の命を奪う。それが正しいというのは一つの真理だろう。


 だが詳細はわからぬが、里亜殿はトークンを産み出して命の危機から身を守った。貴殿が弱いと罵る行動が、強者の刃を凌いだのだ」


 デュラハンを追い込みながら、アトリは言葉を放つ。脳内のレーダーで何度か現れて消えた里亜の光点。具体的な内容まではわからないが、里亜がトークンを生んでデュラハンの攻撃を塞いだのだろうということはわかった。


「強者の一矢を弱者が塞いだ。言い換えれば強者が与える死を弱者が否定したといってもいいだろう。


 死の運命を覆したのだ、里亜殿は。貴様が言う弱く卑劣な方法で。死の使いである汝の死を」


「我が死を……覆したという宣うのか!」


「里亜殿は今生きている。それが証左であろう?」


「く……!」


 アトリの煽りに反論できないデュラハン。アトリの圧倒的な戦闘力に押されていることもあるが、その言い分も否定できない事だった。


 死を与えるデュラハンが死を与えることができなかった。強きモノに負けて与えられないのは仕方ない。しかし何もできない弱者に死を与えられないなど、死の使いの恥さらしだ。


「せめて一矢! せめて一矢喰らわせる!」


 アトリに追い込まれながらデュラハンは……里亜とタコやんの方を指さす。動き回るアトリを指さし続けて宣言をするのは不可能だ。だが動けぬ相手なら話は別である。死の使いとして、せめて誰かを道連れにしようとした。


「ルカ・ゴルデ・リベドガリアス・カンタリア。古き巻物の伝承は途切れて消え、彼方から聞こえる祭りの旋律は風化する。我が名は首亡き騎士。死を告げる悪霊」


「させぬよ」


 動けぬ里亜とタコやんを庇うように、アトリがその間に割って射線を塞ぐ。デュラハンからすれば想像外のことだが、このまま宣言すればアトリに【死の宣告】を与えることができる。幸運に感謝し、宣告を続けた。


「指先に在る者に、死の運命を」


 指さし宣言するデュラハン。指からアトリに不可視の何かが繋がり、そして呪いが成就する。呪いからは避けられない。そんな呪いを――

 

「死の呪い。――見えた!」


 アトリは刀を振るい、死の呪いを切り裂いた。


「な、に?」


「呪いの類はスピノ殿から一度食らっているのでな。そういった類はなんとなくわかるのだ」


妖精眼グラムサイト……いや、違う。経験のみで呪いを捉えたとだと。そのようなことが、あり得るのか!?」


 一度呪いを受けたから、呪いの形が見える? あまりのデタラメに驚くデュラハン。人間程度の神秘では感知することもできないというのに。感知系スキル持ちでも、専門的なスキルを持たなければ見ることもできないだろう。


 最後の一矢も完全に防がれ、デュラハンに完全に打つ手はなくなった。忘我していたのは一秒足らず。しかし一秒あれば、サムライには十分な時間。


「六文銭を支払うのはそちらの方だったな」


 アトリの一閃が、デュラハンの兜を割る。カラン、と二つに割れた兜が地面を転がる。そしてデュラハンは光の粒子となって、魔石を残して消え去った。


『一本!』

『勝負あり!』

『マーベラス!』


 花鶏チャンネルのお約束とばかりにコメントが飛ぶ。そして――


「わああああああん! アトリだいせ、だいせんば、ひぐぅ! アト、しぇんぱい、あぐぅ!


 わああああああああああああん!」


 感情が爆発した里亜が、我を忘れて大泣きしていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る