拾参:サムライガールはデュラハンと会う
デュラハン――
里亜の説明にも合った通り、元々はアイルランドの悪霊だ。馬に乗って現れ、死を告げて去っていく。その後一定期間後に現れて死刑を執行する。古今東西の神話や伝承にある『死の使い』の一種である。
様々な派生はあるが、首のない騎士と言うのが共通している。男性だったり女性だったり。首がないのは馬だったり。首がないのに動くことからアンデッド扱いされることもあり、昨今では馬はなく頭と体が離れているデュラハンもいるとかいないとか。
ダンジョンが並行世界をごちゃ混ぜにした混沌世界であるから、そう言ったデュラハンも探せばいるだろう。
「首のない鎧騎士。間違いはなさそうだな」
しかしながら、アトリたちが出会ったのは首無し騎士であった。兜のない黒い鎧。その小脇に兜を抱え、表情のない黒い馬に乗っていた。10を超える剣と槍がデュラハンを守るように浮遊している。
「デュラハン! コメントにもありましたようにボスのような決まった場所にいるわけではありませんが、その強さはボスレベル! ダンジョン上層を彷徨い死を告げる黒き死神!
さあ、アトリ大先輩はこの強敵を前にどのように戦うのでしょうか!?」
アトリから少し離れたところで、里亜が普通カメラに向かってナレーションをしていた。デュラハンを盾ながら、それに挑むアトリに話題を持っていく。自分のチャンネルではないが、配信者のサガで喋っていた。
「どう思いますか、タコやん先輩!」
「もって1分。スパッと切って終わりやな」
「雑っ! いやもう少しコメントしましょうよ。盛り上がり場でしょ、ここ」
「せやけどなぁ。アイツと何度かコラボしたらわかるわ。ボスとかでないと戦闘とかほぼ一瞬で終わるから、盛り上げようがないねん」
『だなぁ』
『タコやんがガジェットで対抗しようとしても、準備してる間に斬ってるし』
『だがそれがいい』
『ザコ視点を味わうのも悪くない』
『いやまあ、安心して見れるんだけどね』
『上層ボスぐらいじゃなあ……』
何度かアトリとのコラボを見ていたD-TAKOチャンネルの常連のコメントが飛ぶ。とはいえこれはアトリが異常で、上層ボスは中級配信者でも準備を怠れば敗退するほどの強さを持っているのだ。
「いえその、上層でもボスは普通に脅威ですし! デュラハンも決して侮っていい相手じゃないんですけど!?」
「せやな。それが一般的な考えで、油断したらあかんのは大事な心構えや。
でもあそこにいるのは歩く人斬りバーサーカー。普通の範疇に入れたらあかん存在や」
「さりげなく酷いことを言われているのだが、某」
タコやんの言葉にデュラハンから目をそらさずに答えるアトリ。
『残念ながら……今回はタコやんの方が正しいです』
『むしろその程度で納めてくれたタコやんの優しさに涙』
『その『歩く』にしても一歩で三歩すすむ歩法使うんだからなぁ……』
『待つんだ皆。まだ人は斬ってない!』
『まだ、な。確かにそうか。まだ、な』
『バーサーカー否定する人がいなくて草wwww』
『美しいモノを美しいというように、アトリ様をバーサーカーと言うのだ』
『まあその……もう少し手心を』
コメントもタコやんの言葉を肯定していた。これがキャラいじりではなく、心の底からそう思われているのがアトリと言うサムライガールである。
「退くがいい、人間。まだ貴様は死ぬ運命ではない。我が慈悲をもって見逃そう」
刀を構えるアトリを油断なく見ながら、デュラハンは言葉を発する。戦意を収めれば見逃そう。むやみやたらに死を与えるのは、流儀に反するのか。
「優しさには感謝するが、貴公の首を所望する者がいる。引くわけにはいかぬよ」
「言葉だけ聞くとどっちが悪人かわからんなぁ。見逃す言ってんのに嬉々として襲い掛かるとか」
「それ、アトリ大先輩に依頼したタコやん先輩が言いますか?」
アトリのセリフを聞いて、巻き込まれないように離れた場所に移動したタコやんと里亜がそんなことを言う。事実、アトリの方から襲い掛かっているのだから仕方ないのだが。
「ならば運命に依らぬ死を汝にくれてやろう。我が武具で不幸に無残に散るがいい」
「死を恐れ、それを乗り越えることが戦いの本懐。某の刃でその命頂こう!」
首無し騎士とサムライガールは言って武器を振るい――
――天地がひっくり返ったかのような奇妙な感覚に襲われる。ぐるり、と視界が反転したかと思うと、ゴーストタウンの光景は青空とビル群に変わっていた。
「は?」
「え?」
タコやんと里亜は、その変化に混乱した。頬を撫でる空気。降り注ぐ陽光。そして周囲にいる人達。とても先ほどまで潜っていたダンジョンとは大違いだ。まるでダンジョンから出て地上に戻ったかのような、そんな感覚。
TNGKの魔術で地上に転送されたなど想像もできない。エクシオンの転送サービスも転送門と呼ばれる時空の歪みを利用したものだ。その歪みすら感知できなかった。明らかに常識外の、出来事。
『なんだこれ!?』
『は? へ?』
『ここって……〇●通りか……?』
『多分そうだと思う。時間帯的に太陽の位置もその辺だし』
『え? 生配信だよな、これ?』
コメントも困惑するばかりだ。こんな現象見たこともない。迷宮災害でも、何かしらの予兆はあるというのに。
そしてどういうことだと考える余裕もなく、
「ぎゃああああああああああああ!」
遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「いいいいいい、いきなり魔物が!」
「こっち来るなぁ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「DPU! DPUに連絡を!」
悲鳴の内容は様々だが、悲鳴が聞こえる方向に目を向ければ何が起きたかはすぐにわかった。
「デュラハン!?」
黒い鎧の首無し騎士。十の剣と槍を宙に浮かせ、死を告げる悪霊。それがダンジョンではない街中にいるのだ。
「人類の古き魔術か。大地に干渉し、地同士を繋いだか。見事な腕前」
デュラハンは使用された魔術の内容を理解したのか、そんなことを言う。そして浮遊させた剣と槍が驚く人たちに向いた。
「ならばこれらは魔術師の手勢と見るが妥当か。皆殺しにしてくれよう」
デュラハンからしてみれば、勝負を挑まれた瞬間に高度な術でこの地に飛ばされたのだ。ならばこの移動も攻撃の一環と考えても仕方のない事である。そしてその攻撃に、反撃をするのも当然の思考だ。
宙に浮く剣と槍が飛来する。剣は円弧を描いて切り裂き、槍は貫くように真っ直ぐに。無数の血を吸った剣が、鎧すら貫く槍が、飛ぶ。
――静寂が、通りを支配した。
悲鳴を上げる暇すらなく、そこにいた人達は命を失った。
「い――」
たまたま剣と槍に狙われなかった人達は、そこでようやく現実を理解する。理不尽な死。魔物の脅威。ダンジョンの魔物が地上に現れる迷宮災害。分割された地球の何割かは現れた魔物の領域となったのだという非公式の噂。
「いやあああああああああ!」
「た。助けてくれ……!」
「逃げろおおおおおおお!」
「ぎゃああああああああ!」
腰を抜かす者。我先にと人を突き飛ばして逃げる者。血を見てパニックを起こす者。静寂は爆発するような悲鳴で破られ、それは広がっていく。
「こらあかん! アイツ止めるで!」
タコやんは背中のガジェットを展開する。タコやんが『足』と呼んでいる機械アーム。それを使って電灯を伝い、宙を舞うようにしてデュラハンに迫る。宙に浮かぶ剣と槍を弾きながら、機械アームの一本を使って脇に抱えた兜を奪おうとする。
「悪くない動きだ。その勇気、その行動。貴殿を戦士と認めよう」
デュラハンの言葉とともに、周囲の人を襲っていた剣と槍がタコやんの方を向き、一斉に飛んでくる。
「うえぇ!? この数はキビシ……っ!」
飛来する10の武具を8本の機械アームで迎撃しようとする。どうにか7本の軌跡を逸らすが、残った3本の武具がタコやんの体に命中した。受け身も取れず、タコやんはそのまま地面に倒れ伏す。
「有象無象とは違う気高き魂に、永遠の安息あれ」
「あかん……! これヤバいパターンや!」
デュラハンは一気に迫ったタコやんに賞賛し、武器を向ける。機械アームを動かして移動しようとするが、痛みで脳波が乱れてアームが思う通りに動かない。2秒あれば立て直せるが、相手が待ってくれるはずもない。
10の武具が飛び、その全てが体に突き刺さった。
「あぐぅ……!」
タコやんを庇った里亜の体に。
『ぎゃあああああああ! 全弾命中!』
『うへぇ……これは……』
『待て、これトークンだ!』
『トークンを使って庇わせたのか!?』
悲観するコメントだが、貫かれた里亜の体が消えるのを見て、庇ったのがトークンであることに気づく。トークンを生んだ里亜本体はタコやんの近くにいた。
「幻覚……いや、使い魔による身代わりか。姑息な手段よ」
デュラハンは里亜の体が霧のように消え去るのを見て、侮蔑の言葉を上げた。
「ぶ、武器の串刺しは何度か経験あります! だからと言って痛くないわけでもないですけどね! 痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!
落ち着け里亜! タコやん先輩、生きてますか!? ポーション飲めますか!?」
自分のトークンをデュラハンの攻撃の盾にした里亜は、タコやんを抱えて移動していた。串刺しにされたショックを精神で押さえ込みながら、タコやんにポーションを飲ませる。そのままタコやんを引きずってこの場から離れようとしていた。
「きっつぅ……! こないな目に遭うんやったら脳狙わんと殴っとけばよかったわ……!」
「あの状況でまだ脳が欲しいとか考えてたんですか!?」
「当たり前やろ! 何があかんかって、せっかくの金儲けのタネがフイになる事やねんからな!
だいたいバトるんはアトリの役目やろ! アイツ何どこ行ったんや!? アンテナの範囲外におるんか、居場所も連絡もつかへんとかどないなっとんねん!」
「あああああ、無視して逃げればよかった! 串刺しにされた痛みを返せこの守銭奴ドケチ!」
「そんな褒めんなや。照れるで。
……なんて漫才しとる余裕はないで!」
再度迫るデュラハンの剣と槍。飛来する武具を見て、タコやんは背中の機械アームを動かして弾き飛ばす。ポーションで痛みが緩和されれば、脳波の乱れもなくガジェットは使用できる。とはいえ、ダメージは軽くはなく、戦うのは無理だ。
「逃がさぬ」
剣と槍の飛来に合わせてデュラハンを乗せた馬が疾駆する。時速60キロの速度でタコやんと里亜に迫ってきた。重量を考えればその突撃だけで人を壊せる勢いだ。
「
「
「なんと!?」
里亜は突撃する馬の前に自分のトークンを産み出す。突然の障害物にデュラハンは驚くが、勢いを考えれば止まれるはずもない。里亜のトークンを突撃して破壊したデュラハンは、その破壊エネルギー分だけ減速して、そのまま一旦足を止める。
「うにゃああああああああ! 馬に轢かれるって初めてかも! パワフル! ワイルド! ヘビーウェイト! トラックで異世界転生するってこんな感じなんですね!
ああああ、新たな感覚! やば、これホントやばい! うへへへへへ!」
そしてその破壊エネルギーを受けた里亜……正確に言えばトークンが受けた衝撃をその身に受けている里亜は、そのダメージを転送されて地面を転がり悶絶していた。肉体に損傷はないが、脳が痛みを受容してその苦しみで悲鳴……と思いたい声を上げる。
「轢くって車偏に楽しいって書くけど、そういう事なんやな」
里亜が崩れ落ちたことで、支えの亡くなったタコやんも地面に伏す。半笑いの表情で痛みで苦しんでいるのやら悦んでいるのやらな里亜を見ていた。
――ふざけている様に見えるが、里亜は常人ならショック死しかねない衝撃を受けたのだ。意識があるだけでも大したものである。伊達に『死に慣れて』いないということか。
トークンで障害物を作ってデュラハンを止めたが、里亜にできる事はその程度だ。ここまで迫られればトークンも意味はない。相手も里亜がトークンを創る事を想定して攻撃してくるだろう。
「無駄な足掻きだな。逃げるしか能のない下郎め。弱き者は死ぬがいい」
動けない二人にデュラハンが迫る。その言葉に合わせるように、デュラハンの武具が動く。あれが動けば、二人の命はないだろう。
仮にあの攻撃を凌いだとしても、デュラハン本体が動く。馬の蹄で踏まれるか、デュラハン本体に『死の宣告』を受けるか。どちらにせよ、死は確実だ。
『ここまでか……』
『よく頑張ったけど、もうどうしようもないよな』
『DPU、近くにあるのに何してんの!』
『DPUもデュラハンをどうにかできる職員が常駐してるわけでもないからな……。おそらく避難誘導と怪我人の世話で手いっぱいだ』
コメントも絶望に染まっている。この状況をどうにかできる案は、ない。
「弱かったら……生きてちゃ駄目なんですか?」
そんな状況で地面に伏したまま、里亜はデュラハンを睨んだ。激しい衝撃で動悸は収まらず、脳波は乱れて意識も定まらない。
だけど、その言葉だけは聞き逃せなかった。
「弱くたって、生きてるんです。動けなくたって、生きているんです」
アトリのような剣技もなく、タコやんのようなガジェット作製もできず、スピノのようなスキルもなく、ロマンのようなキノコの知識もなく、『弱い』ことを売りにしている里亜。
事故に遭い身体が動かせず、それでも生きている妹。
「ええ、里亜は弱くて逃げて隠れて何度も死んで。そんな配信者です。それを嗤うのは自由です。それで誰かが喜んでくれるなら、里亜は配信者として満足です! その言葉を、その数字を誇りに生きていけます!
弱かったら生きてちゃ駄目なんですか……! ここにいることを、許してもらえないんですか!?」
弱く小さく馬鹿にされるような存在。庇護がなければそのまま朽ち果てる存在。それは排除されなければならない存在なのか?
『悲痛だな……』
『言いたいことはわかるが、魔物からすれば……』
『弱いから死ねとか、残酷だよな……』
『でも現実は非情だよ……』
コメントも、里亜の言葉に好意的はあるが同時に現実の厳しさにもあふれていた。
里亜もわかっている。弱肉強食は残酷だけど一つのルールだ。力なき者が消えていくのは、世の定めだ。救いの手は万人には届かず、流れた血に乗って世界は進んでいくのだと。
「弱き者は死ぬ。それが自然の摂理だ。思いも願いもすべて、死の前では無に帰す」
死の使いであるデュラハンに慈悲はない。ただ圧倒的な暴力をもって、生きたいという想いを踏みにじる。それが弱肉強食。力をもって支配する魔物のルールだ。
だがそのルールは、デュラハンにも当てはまる。
「弱き者よ。死出に旅立つがいい」
タコやんと里亜に迫る10の武具。1秒後に訪れる2人の死は、
――キィン!
「断るよ。あいにくと六文銭は持ち合わせておらぬのでな」
サムライガールの白刃で全て弾かれた。
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